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歯車1 邂逅
コギト=エラムス/文


 朝。大学のキャンパス。

 「どうかしたのか?」

 木の下でおろおろとしている雪乃に、男は声をかけた。

 「あっ、はい、あの子...」

 雪乃は木の上を指さす。男はその指の方向を見上げる。

 

 みーっ、みーっ

 

 細い枝に、しがみつくようにして白い子猫がいた。

 心細そうにみぃみぃと鳴いている。

 

 「あの子...降りれなくなっちゃったみたいで...」

 まるで自分のことのように心配そうに言い、男をすがるような視線で見上げる。

 男はふぅ、とため息をつくと、

 「わかったわかった。助けてやるからそんな目で見ないでくれよ」

 雪乃の顔がぱっと明るくなる。

 「ありがとうございます!!」

 雪乃はぺこりと頭を下げた。

 

 しばらくして男の手によって助けられた子猫は、雪乃の胸に抱かれていた。

 「うふふふふ、よかったねー」

 「みーっ」

 まるで会話をしているような雪乃と猫。

 なんとも微笑ましい空間がそこにはあった。

 

 そのほんわかとした空間も束の間。

 「あっ! いけない! あたし、講堂に忘れものしてたんだ!」

 ふと自分の本来の目的を思い出す雪乃。

 「ど、どうしよう、この子...」

 学内には動物は連れ込めない。

 ほっておけばいいのに雪乃はこの猫のこれからのことを気にかけていた。

 「俺があずかっといてやるよ」

 男が手を差し出す。

 「えっ、いいんですか?」

 すまなさそうな雪乃の顔。

 「ああ、あずかっといてやるからさっさと自分の用すませてきな」

 子猫を抱いたまま、ぺこぺこと頭を下げる。

 「ありがとうございます! すみません、何から何まで」

 抱いた子猫を、男の手に渡す。

 「すぐに戻ってきますからね!」

 ぶんぶんと手を振り、雪乃は駆け出した。

 走るのにあわせてポニーテールがぱたぱたと揺れている。

 

 「ふふっ...」

 その後ろ姿は、男にとってはとても滑稽なものに映り、笑いをこらえきれなかった。

 「あいつもこれから...この猫みたいになるっていうのにな...」

 男は暴れる子猫を、片手で押さえつけるようにして弄ぶ。

 

 何も知らないその後ろ姿。大きなリボンが無邪気に揺れながら遠ざかっていった。

 

 . . . . .

 

 ぱたぱたぱた...

 変わらぬ足取りで、講堂の扉を開ける雪乃。

 

 段差を昇り、いつも自分が座っている座席の所へ行く。

 「あるかな〜」

 机の下を覗きこむ。

 「あった!」

 うすいピンク色の表紙の大学ノートを見つける。

 

 「よ、よかった〜」

 ほっと息をつきながらノートを胸にぎゅっと抱きしめる。

 雪乃が探していたのは、大事な講義をまとめたノートであった。

 

 ノートを胸に抱いたまま、再び駆け出す雪乃。

 「(急がないと...あの人が待ってる)」

 段差を駆け下り、扉に手をかける。

 

 「...?」

 先程とは違う、重たい手応え。

 「あれっ?」

 開かない。

 

 「うう〜ん」

 両手で力をこめて、ひっぱる。

 しかし、びくともしない。

 

 「あれ...? 鍵がかかっちゃったの...?」

 だが、内側のロックは外れている。

 

 「うう〜ん!」

 更に力をこめて、ひっぱる。

 開く気配はない。

 

 あれこれ扉を調べてみたが、開かない原因はわからなかった。

 この講堂の出入り口は、この扉ひとつしかない。

 

 「(ごめんね、ちょっと叩かせてね)」

 心の中で扉に謝る雪乃。

 

 すうっ、と息を吸い込む。

 「すみませーんっ! 誰かーっ!!」

 叫びながらドンドンと扉を叩く。

 

 「閉じ込められちゃったんですーっ!! 助けてくださーいっ!!」

 どんどんどんどん。

 

 どんどんどんどん...

 「だれかーっ...」

 誰の反応もない。雪乃の声がだんだんと小さくなってくる。

 

 「ふぅ...」

 ため息をつく。

 扉を叩くために握り締めたこぶしが開かれる。

 

 「叩いたりして、ごめんね...」

 開いた手で、やさしく扉を撫でた。

 

 . . . . .

 

 座席のひとつに座り、足をばたばたとばたつかせる。

 雪乃の身長ではこの講堂の座席は高すぎ、足が届かないのだ。

 「あのひと...待ってるだろうな...」

 ぼそりとつぶやく。

 

 眼鏡をはずし、頬杖をつく雪乃。

 教壇の黒板をじっと見つめている。

 「あーあ.....どうしよう...」

 やるせないため息。

 

 . . . . .

 

 がくっ

 頬杖から雪乃の顔が落ちる。

 「!!」

 はっと、気がつく雪乃。

 机に置いた眼鏡をかけなおし、あたりを見まわす。

 そこは大学の講堂。すぐに自分の置かれた状況を思い出し、しまったという顔をする。

 「あちゃ〜...ついウトウトしちゃった...」

 眼鏡をずらし、両手で瞳をごしごしとこする。

 まるで眠たそうな子猫のような仕草。

 

 再び扉を開けようと試みるが、まさに雪乃を閉じ込めるように沈黙していた。

 講堂の時計は、正午をまわっていた。

 

 「ごめんなさい...」

 雪乃は席から立ちあがり、男のいた木の方角に向かってぺこりと頭を下げた。

 

 「.....このまま閉じ込められたままなのかな...」

 雪乃の脳裏に言い知れぬ不安がよぎる。

 だが、それ以上の不安が身近に迫ってきていた。

 「(う〜っ.....どうしよう?)」

 雪乃の内股ぎみの脚が、より一層内股になる。

 この講堂に閉じ込められてから、7時間が過ぎようとしていた。

 

 それからの雪乃は一人であわただしかった。

 黒板に落書きをしたり、ノートの内容を読み返したり、走りまわったり、歌をうたったり。

 すぐ間近まで迫ってきている尿意をごまかそうと、講堂の中をちょこまかと動きまわった。

 

 .....だが、時間がたつにつれ、その動きはまるでロボットのようにぎくしゃくとしたものになってきた。

 やがてそのぎくしゃくとした動きが、だんだんとスローモーになり、ついには立ち止まってしまう。

 「(う〜っ、もう我慢できないよぉ!)」

 自分の生理現象をごまかすのにも限界がやってきた。

 立ったまま太ももをもじもじとすり合わせる。

 額には玉のような汗が浮かび、前髪が張りついている。

 

 ふと、雪乃の視界に、ブリキのバケツが入る。

 「..........」

 掃除用のバケツだ。

 そのバケツをじっと見つめる雪乃。

 

 尿意のあまり、明らかに雪乃の思考は低下していた。

 

 「(.....あれに.....しちゃおっかな...)」

 しかしすぐに首をぷるぷると振ってその考えを振り払う。

 「(な、何考えてるのよあたしは! そんな恥ずかしいことできるわけないじゃない!)」

 しかしまた、悪魔の囁きが。

 「(...洗って返せば...わかんないよね?)」

 だが、こんなところで用を足すなど、普段では絶対に考えられない行為だ。

 雪乃はうつむいたまま考える。

 いつ開くともわからない閉ざされた扉。それが雪乃の判断を狂わせた。

 「(う〜っ!)」

 雪乃は顔をあげる。その表情は決意したものとなっている。

 

 足元のバケツを両手でそっと持ち上げると、

 「(...どこからも見えてないよね?)」

 きょろきょろとあたりを見まわして窓などを確認する。

 この講堂には扉の他は天窓しかない。採光用の天窓から覗かれる心配はなさそうだ。

 「(よし...)」

 バケツを持ったまま一番目立たない講堂の隅へと行き、隠れるようにしゃがみこむ。

 「(ごめんね、あとでちゃんと洗ってあげるからね)」

 バケツに両手をあわせて謝る雪乃。

 バケツにそっと腰かけ、ゆっくりとショーツをずらす。

 

 普段は自分が勉強をしている場所でこんなことをするなんて、そう考えるだけで雪乃の顔は火が出るくらい熱くなった。

 ひざのあたりまでショーツをずらし、少しだけ足を開く。

 もう、雪乃の顔は熱でもあるかのように真っ赤だ。

 教室には誰もいないというのに、ひとりで恥ずかしがる雪乃。

 

 ぴったりとくっつけた脚を少しだけ開く。

 「んっ...う...」

 そして、小さな声でうめいた後、

 

 チョロロロロロ...

 雪乃の小さな尿道から、勢いよく金色に輝く液体がほとばしった。

 バケツに雪乃の尿が当たるたびに、ブリキの鳴る音が講堂中に響く。

 「(やっ、やだぁ、こんなに音が...)」

 予想外の音の大きさに、耳まで赤くなってしまう。

 

 チョロロロロロ...

 「(やっ、あ...あっ.....)」

 恥ずかしさの余り、バケツにまたがったままひとりで身悶える雪乃。

 瞳を閉じ、両手で口を押さえ、身を縮こまらせて早く終わってくれるように祈る。

 

 チョロロロロロ...

 だが、そんな雪乃の思いを無視するかのように、ますます勢いを増して放出される金色の液体。

 「(ん...ううっ)」

 誰かに見られているわけでもないのに、恥ずかしさで死んでしまいたくなる。

 身を震わせ、目の端から涙があふれてくる。

 

 チョロッ...チョロロッ...

 やがてその勢いもおさまり、何度か断片的に尿を放出した後、それはおさまった。

 

 「ふぅ.....」

 上気した顔でため息をつく。

 用意しておいたポケットティッシュで濡れた股間を拭い、丸めたティッシュをポケットにしまった。

 ゆっくりと立ちあがり、ショーツを履きなおす。

 

 「(あたし...何やってるんだろう...)」

 生理的欲求が解消され、急に冷静になってくる。

 

 バケツを持ち上げて、その重さに驚く。

 なみなみとバケツに注がれた雪乃の尿は、チャプン、チャプンと波うち、

 気温の低いこの講堂では、うっすらと湯気をたてていた。

 「や、やだっ!」

 バケツの入り口を覆い隠し、その湯気を見えないようにする。

 

 ガラッ

 いきなり講堂の扉が開く。

 飛びあがりそうなくらいに、びくん! 身体を震わせて驚く雪乃。

 「おや、あんた、何しとるんだ?」

 モップを片手に持った、いかにも掃除夫らしい初老の男。

 「い、いえ何でもないんです!」

 素早くバケツを背中にバケツ回して隠す。

 チャプン、と音がする。

 「これからここを掃除するから、出てってくれんかね」

 「は、はい! すみません!」

 

 「エヘヘヘヘ...」

 男に不自然な笑顔を向けながら、背中に隠したバケツを見られないように横歩きで出口に向かっていく雪乃。

 「...?」

 怪訝そうな、男の顔。

 「じゃ、じゃあ、失礼しますっ!」

 出口が近くなると、ものすごい勢いで走って講堂を出る雪乃。

 「あーっ、恥ずかしかったぁ...あのおじさんに見られてなかったよね?」

 チャプチャプと音をたてるバケツをしっかりと胸に抱き、雪乃はぱたぱたと廊下を走った。

 「(ごめんね、すぐに洗ってあげるからね)」

 バケツをやさしく撫でながら、雪乃は廊下を駆けぬけていく。

 

 だが、これが長い長い悪夢の始まりであることを、このとき雪乃はまだ知らない。

 

 

 


解説

 O-EDO様のリクエストの「雪乃がどうして先輩達のおもちゃになってしまったかの話」です。

 とりあえず第1話目は理由づけが必要なのでHなしになってしまいましたが、

 次話からは少しづつ雪乃ちゃんをいじめていこうかと思っています。

 

 まだ仕事が忙しいままなので新規のネタが書けず、読者の皆様には御迷惑をおかけしております。

 あと少しの間は現状あるネタのお話ししか書けなさそうなので御了承ください。

 


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