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遥かな時代の階段を(前編)
コギト=エラムス/文


 アイツは...いつも俺のことを馬鹿にしていた。

 

 卒業式でいよいよアイツと別れられるって思ってる今日もそうだ。

 卒業式が終わったら伝説の樹の下に呼び出された。

 たぶん告白のフリして、真に受けた俺をみんなであざけ笑おうって魂胆に違いない。

 アイツは卒業後は一流大学に行く身、俺なんかプー決定だ。

 きっとアイツは言うんだ、告白を真に受けた俺に向かって、

 「浪人生のあなたなんかが一流大学の私を好きになる権利なんてあるわけないでしょ」って。

 

 科学部の紐緒結奈は、いつも俺に声をかけてきた。

 俺を自分の発明のモルモットにするために。

 きっと、俺なんかがどんな目にあっても誰も悲しまないから適任だと思ったんだろうな。

 そこで俺は...悪魔に魂を売った。

 あの女の発明の「時空間物質転送装置」のモルモットになることを承諾したのだ。

 これは要するにタイムマシンらしい。原理はわからないが、過去か未来のどちらかに移動できるらしい。

 これで...過去に戻って俺を苦しめた女...藤崎詩織の過去をメチャクチャに変えてやる。

 俺にもう未来はない。だからもう現在に戻ってくる必要もない。

 だが、一人では死なない。アイツの未来もメチャクチャにして一緒に地獄に引きずり落としてやる...。

 

 俺はポケットから「時空間物質転送装置」を取り出した。

 一見テレビのリモコンのような形をしている。こんなので本当にタイムスリップできるのか?

 だが...俺にもう迷いはない。

 詩織に復讐を誓いながら...俺は「過去」に戻るボタンを押した。

 

 . . . . .

 

 「.....?」

 時空間の物質転送は、ほんの一瞬だった。

 

 身体の調子を確かめてみたが、どこもおかしな所はない。

 あたりを見渡してみると...「私立きらめき高校」が立つ前の空き地にやってきたようだ。

 俺は子供の時、この空き地でよく遊んでいたんだ。

 どうやら...タイムスリップは成功したようだな。

 

 遠くに、大きな樹の下ではしゃぎながら遊んでいる2人のガキがいた。

 

 「.....あれは、詩織か!!」

 片方のガキを見て思い出した。あれは子供の頃の詩織だ。

 となると...もう一人のガキは俺ということになる。

 

 昔はよくこの樹の下で、詩織と遊んでいた。

 この土地には後から「私立きらめき高校」が建設される。で、あの樹は「伝説の樹」と呼ばれるようになるんだっけ...。

 この頃の俺は本当に純粋無垢で、詩織の性格の悪さにも気付かずに一緒に遊んでいたもんだ。

 ふたりは何やら樹の下の地面を掘り返して遊んでいる。

 

 「こういうのって、タイムカプセルっていうんだよ」

 詩織は得意気に胸を張って言う。

 コイツは子供の頃からそうだった。何か一つでも俺の知らないことがあれば、鬼の首でもとったように言って、俺を見下す。

 そうか...この日はふたりでタイムカプセルを埋めて遊んだんだ...。

 

 「詩織は一体何を入れたんだー?」

 ガキの俺は鼻をたらしながら間抜け面で詩織に聞く。鼻ぐらいかめよ。

 「こくごの時間に書いた作文」

 「えーっ? 看護婦になるとかってヤツかー? あんなもん入れてどうすんだよー?」

 「ひどーい、健くん、詩織の勝手でしょ」

 そうだ、俺の名前は島村健...間違いない、あれは俺だ。

 

 ふたりはタイムカプセルを樹の下に埋めた後、仲良さそうに手を繋いでどこかへ行ってしまった。

 

 たしか...大人になったら開けようって約束してたんだよな...。

 

 そうだ!! いいことを思いついた。

 あのタイムカプセルの中にゴキブリの死骸でも入れて、アイツをびっくりさせてやろう。

 俺は樹の下に行って、埋められたばかりのタイムカプセルを掘り返す。

 

 タイムカプセルは、クッキーのブリキ缶だった。

 中を開けると、ヒーロースナックのカード、メンコ、ビー玉などが入っていた。

 ...きっとこれは、俺が入れたものに違いない。

 その横に、猫のイラストがプリントされた便箋が入っていた。

 これは、詩織が入れた作文だろう。

 

 ...たしか、国語の時間に書いた作文は「大人になったら何になりたいか」だった。

 それで詩織は看護婦になりたいとかって書いてたな...。

 この中にゴキブリの死骸を入れてやろうと思い、俺は便箋を開封する。

 すると中から、2枚の原稿用紙が出てきた。

 一枚は...、

 

 しょうらいのゆめ 1ねん1くみ ふじさき しおり

  わたしのしょうらいのゆめは、かんごふさんになることです。

  かんごふさんになって、こまったひとやびょうきのひとを、たくさんたすけてあげたいです。

 

 フザケた作文だ。

 アイツはいつもいい子ぶって、周囲に媚びる所がある。

 

 もう一枚は、どれどれ...、

 

 しょうらいのゆめ 1ねん1くみ ふじさき しおり

  わたしのしょうらいのゆめは、けんくんのおよめさんになることです。

  けんくんのおよめさんになって、ずっとずっと、いっしょにいたいです。

 

 !?

 な、なんだこれ...?

 けんくんのおよめさんになる...? 健くんって俺のことじゃねーか。

 

 .....そ、そうか!

 俺が大人になってタイムカプセルを開けて、あの作文を見て喜んでいることろに、

 「ひっかかったわね、誰があなたみたいなダニと結婚するわけないじゃない、バーカ」

 って言うつもりだったんだな!!

 

 アイツ...こんなガキの頃から根性が腐れてたのか...とんでもねぇ女だな。

 こうなったら...この作文の通りに俺の嫁にしてやろうじゃねーか。今すぐな。

 

 俺は詩織の後を追った。

 

 詩織はガキの俺と別れ、ちょうど家に帰る途中だった。

 その無防備な背中に近づき、口を押さえて身体をひょいと抱えあげる。

 

 「むーっ!?」

 びっくりして手足をばたつかせて暴れる詩織だが、所詮ガキの他愛のない抵抗だった。

 俺はすぐ近くの工事現場まで詩織を抱えていった。

 

 ここでコイツをメチャクチャにレイプしてやれば、二度と立ち直れまい。

 俺を今の今まで馬鹿にしやがって、その分の恨みをここで晴らさせてもらうぜ!

 

 俺は誰もいない工事現場で詩織を地面に放り投げる、

 

 「きゃあっ!?」

 どさん、と地面にたたきつけられ砂煙をあげながら何mか滑る詩織。

 

 「けほっ、けほっ、こほっ!」

 砂煙を吸いこんでむせる詩織。

 

 俺はその小さな身体に容赦なく馬乗りになった。

 「い、いーやーああああっ! け、健くーん!! 助けてぇぇぇっ!! 健くーん! 健くううううん!!」

 いきなり大音量で絶叫する詩織。

 

 俺はムカついてその顔を力まかせにぶちのめした。

 

 ばしっ! ばしっ! ばしっ! ばしっ!

 俺の力を受けて、詩織の顔はちぎれそうなくらいに左右に勢いよく振れる。

 時折、ぐっ! ぐっ! と声にならない悲鳴をあげている。

 ハハハ、なんて無力な姿だ。俺の力を思い知ったか!

 

 「けっ...健く...ん...」

 何発かぶってやると、ぐったりとしてやっと大人しくなりやがった。

 

 「へへっ、いくら叫んでも健くんなんか来やしねーぜ」

 俺は自分のセリフにハッとなった。

 

 健くん...?

 ひょっとして俺のことか?

 

 「おいっ! 詩織っ!! どこだっ!? 詩織ーっ!!」

 俺の背後から声が...あれは、ガキの頃の俺の声だ。

 チッ、コイツの叫び声を聞きつけてやって来やがったか...。

 

 「あっ!! 詩織っ! このっ! 詩織をはなせーっ!!」

 詩織に馬乗りになった俺を見つけて、勇ましく言うガキの俺。

 

 あんなガキ、ひと捻りなんだが大事な俺の身体を俺が痛めつけるわけにもいかない。

 

 とりあえず...ここは退散するか。

 俺は「時空間物質転送装置」を取りだし、「未来」のボタンを押した。

 

 . . . . .

 

 ...ここは...どこだ?

 次に転送された場所を確認するべく、俺はあたりを見まわした。

 

 ここは...俺の家の近くにある公園か...。

 すぐ近くの鉄棒で、なにやらガキ共が集まってワイワイ騒いでやがる。

 

 あ...あの鉄棒に掴まってるやつはガキの頃の俺だ。

 思い出した。

 俺は小学生の頃、目立ちたくてクラスでまだ誰もできなかった逆上がりができるとウソをついちまったんだ。

 それで...クラスのみんなの前でやって見せるってことになったんだ。

 

 今でも忘れない。

 あの俺を囲むみんなから少し離れた場所で、詩織がじっと俺のことを見てる...。

 アイツが根性腐った女だってわかったのは、だいたいこの時あたりからだ。

 

 現に他のクラスメイトは俺の近くで応援してくれてるのに、アイツだけは一人離れて俺のことをあざけるように見ている。

 

 あっ.....詩織がどっかに行きやがった...。

 そうだ、この時純粋な俺は詩織から見捨てられたと思って、その憎しみのパワーで見事逆上がりを成功させて、ウソツキの汚名を晴らしたんだ。

 

 ちょうどいい、今俺は逆上がりの真っ最中だ。

 もうジャマは入らないから今度はゆっくりアイツをレイプしてやるぜ。

 俺の逆上がり成功という栄光ある瞬間が見れないのは残念だけどな...。

 

 俺は詩織の後を追った。

 

 詩織は神社の境内にいた。

 一人何やら必死にブツブツ祈ってる。

 

 何を祈ってるんだか知らないが、必死に祈るその無防備な背後に俺は足音を消して近寄っていった。

 

 「...ますように...どうか、....逆上がりが....すように...どうか、健くんの.....成功...」

 

 ...?

 それにしても、何をこんなに必死になって祈ってんだ、コイツは?

 

 「どうか、健くんの逆上がりが成功しますように...どうか、健くんの逆上がりが成功しますように...どうか、健くんの逆上がりが成功しますように...」

 

 ...!?

 まさか...コイツ、俺を見放したんじゃなくて...ずっと俺のことを祈ってくれてたのか?

 

 ...チッ、似合わねーことしやがって...なーにが「逆上がりが成功しますように」...だ。

 なんだかシラケちまったぜ...。

 

 俺は「時空間物質転送装置」を取りだし、「未来」のボタンを押した。

 

 . . . . .

 

 次にやってきたのは...どうやら詩織の家の中のようだ。

 廊下ごしに、台所で鼻歌を歌いながら何やら料理をしている詩織の姿が見える。

 俺がここにいることには全く気付いていないようだ。

 

 詩織の身長からいって、だいたい中学生くらいの時代にやってきたようだ。

 「時空間物質転送装置」に表示されている日付を見ると、2月13日とある。

 どうやらあれは...バレンタインデー用のチョコレートを作ってるんだな。

 

 そういえば...アイツは毎年俺にチョコレートを贈ってきやがった。

 だが、俺はわかってる。

 アイツは成績優秀で顔もいいから男はよりどりみどりだ、馬鹿でブ男の俺なんか相手にするわけがない。

 それを証拠にチョコレートには、ゴキブリの死骸が入っていたことがあった。

 あの時はショックだった.....。俺の純粋な心をアイツはもて遊んだのだ。

 それ以来...アイツのチョコを受け取っても、俺は中も見ずに捨てていた。

 チョコを受け取った俺を見て、アイツは随分と嬉しそうな顔をする。

 だが俺にはわかっている。その心の中ではほくそ笑んでいることを。

 

 しっかしあんなに浮かれて何が楽しいんだか...きっと男に媚びるチョコを作ってんだろうなぁ...。

 

 何やら生クリームを搾り出してチョコレートの上に字を書いている。

 しかし、その途中で、

 「あ...生クリーム切れちゃった...買ってこなきゃ」

 詩織はエプロンを外しながらサイフを持って、玄関から外へと出て行った。

 

 チャンス!

 アイツが苦労して作ってるチョコにこっそりゴキブリを忍ばせて、評判をガタ落ちにしてやるぜ!!

 俺にゴキブリ入りチョコを贈った報いを受けてもらうぜ!!

 

 俺は台所に入ると大きなハート形のチョコレートの前に行き、わざわざ現在から持ってきたゴキブリの死骸のたくさん入ったビニール袋を取り出した。

 ハート形のチョコレートには生クリームで「I LOVE」と書かれていた。

 

 へっ、何が「I LOVE」だ!!

 

 チョコの上だとバレてしまうのでチョコを持ち上げ、その下にゴキブリの死骸を数体忍ばせた。

 ...へへっ、これでよし!

 色が似てるから間違えて喰っちまうかもな! ハハッ!

 

 ガチャ

 

 玄関の開く音が...!

 詩織が帰ってきたみたいだ!

 

 俺はあわてて「時空間物質転送装置」を取りだし、「未来」のボタンを押した。

 俺が未来へタイムスリップすると同時に、詩織が台所の中に入ってきた。

 

 「さぁーて、続きを作らないと...

  でも、I LOVE KEN なんて書いたら...ちょっと大胆すぎるかなぁ...?」

 

 

 


解説

 今回は導入部とあってHは一切ナシです...でも次回は必ず!

 


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