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チョコレートみたい 第九話
コギト=エラムス/文


 学校の昼休み、中庭で昼食をとった晴子と雪乃。

 

 あからさまに疲労困憊といった感じの雪乃の顔色に、真っ赤に泣き腫らした瞼。

 「...雪乃、なんかあったの? そんな疲れた顔して...」

 朝からずっと気になっていたことを聞く晴子。

 

 「う...うん...」

 ぐったりとした返事をする雪乃。

 持ってきていた弁当も、ほとんど残している。

 

 「何があったの? ほら、晴子サンに話してみなさい!」

 雪乃のがっくりと落とした肩を、元気づけるようにバンバンと叩く。

 

 「ありがと...晴ちゃん...」

 雪乃はうつむいた顔を上げ、疲れた顔に無理して笑顔を作る。

 

 「で、何なの?」

 雪乃の方に身体を向け、聞く体勢を整える晴子。

 

 「うん.....あのね.....そのね.....」

 口に手をあてて言いにくそうにもじもじとする雪乃。

 

 興味津々といった様子で顔をのぞきこむ晴子の期待に満ちた眼差しに後押しされ、その唇がゆっくりと動きはじめた。

 

 雪乃は昨日の夜、直樹がしていた行為を自分なりの表現で晴子に伝えた。

 恥ずかしかったので直樹が自分の下着を持っていたことだけは伏せて。

 

 中庭に晴子の笑い声がこだました。

 

 「ど、どうして笑うの!? 真剣に悩んでるのにぃ!!」

 晴子が笑う理由が全くわからない雪乃。戸惑いと苛立ちが混ざった表情になる。

 

 あまりにも未熟な性知識の雪乃に思わず晴子は噴き出してしまったのだ。

 

 「ご、ゴメンゴメン...雪乃の悩みはよおっくわかった」

 笑いすぎて苦しそうに腹部を押さえながら、雪乃をなだめる。

 

 「直くんが何をやってたのか...晴ちゃんわかるの!?」

 泣きそうだった瞳が急に期待に満ちたものに変わる。

 

 「ああ、あれは身体にたまった毒液を出してんのよ、あのくらいの男の子はみんなそうじゃない」

 晴子は揶揄したつもりだった。

 

 「えっ!? どくえき!?」

 だが、雪乃は晴子の言葉をありのままに受けとめる。

 

 「...あ、あんた、小学校の時に保健体育の授業でやったでしょ!?」

 本当に雪乃に対してはこの手の冗談は通じない。

 半ばあきれた様子で言う晴子。

 

 「うん...あのね...笑わない?」

 また言いにくそうな雪乃。

 

 「うん、笑わない、笑わない」

 こくこく頷く晴子。

 

 雪乃の説明はこうだ。

 小学校の保健体育の授業で確かに男女の身体のしくみについて学習したのだが、

 雪乃はその途中で恥かしさのあまりのぼせて、倒れて保健室に運ばれたのだ。

 

 中庭に晴子の爆笑がこだました。

 

 「ひ...ひどいよ晴ちゃん! 笑わないって言ったのにぃ!!」

 だがなおも中庭の芝生を転げまわり、涙を流しながら笑う晴子を見て、苛立ちと戸惑いを加速させる雪乃。

 

 「.....そんなに泣くほど笑うことないのにぃ...」

 とうとう、ぶーっと頬を膨らませ、むくれてしまう。

 

 晴子は雪乃が男女間のことに極端に奥手である理由が、少しわかったような気がした。

 

 「わかったわかった、この晴子サンにまかせなさい!」

 むくれる雪乃の頭を撫でながら、晴子は胸をどん! と叩いた。

 

 . . . . .

 

 帰ってきた直樹はすぐに部屋に閉じこもり、一言も口を聞いてくれなかった。

 雪乃は夕食をまたお盆に乗せ、部屋の前に置いておいた。

 

 「さて...っ」

 むん、と腕まくりをして自分の机に向う雪乃。

 まるでテストの前日のような気合の入り方だ。

 

 机の上には、一冊の投稿エロ雑誌が置かれていた。

 

 「これでも読んで、男の子の身体のことをもっと勉強なさい!」

 雪乃の頭の中に、昨日の晴子のセリフがフラッシュバックした。

 

 「よおし...」

 きりっ、とした顔でその雑誌に臨む雪乃だったが、

 1ページ目を開いただけでまるで爆発したように赤面する。

 

 「美人家庭教師の教え子と愛欲の日々!」

 とデカデカと写植された文字の下に、目線入りでフェラチオをする女の写真が掲載されていた。

 

 「!?!?!?」

 あまりの衝撃ショットに言葉の出ない雪乃。

 

 薄いボカシが入っているものの、その写真の女性が咥えているものが昨日直樹の股間についていたものと同じものだと認識する。

 「(こっ...この女の人は一体なにを? それに...写真を撮って雑誌に載ってるなんて...)」

 雪乃にはわからないことだらけだった。

 男の性器を口に咥えてしかもその姿を写真に撮るなんて...全くの未知の領域に頭の中を「?」でいっぱいにする。

 

 「(と...とりあえず、文章を読んでみればわかるかな...)」

 こくこくと何度も喉を鳴らしながら、その下に続く文章を読みはじめる。

 

 その巻頭の投稿内容は、女子大生で家庭教師のアルバイトをしている女性が中学生の教え子の欲望を口で慰めるというものだった。

 

  ”こんなに大きくして...溜めてちゃ身体に毒よ、あたしがスッキリさせてあげる...私はそう言いました。”

 「(あっ...そういえば晴ちゃんも毒液とか言ってたけど...やっぱりこの本にも書いてあるように身体に害のある液がたまってるのね...)」

 なるほどと頷きながらページをめくる雪乃。

 

  ”口で咥えたまま...唇をすぼめて刺激すると、気持ち良さそうな顔をして「先生、先生」とうわごとのように言いだしました。”

 「(お、お口で咥え...!? 唇で...!? 男の子はそれが気持ちいいの...? 直くんもそうなのかなぁ...)」

 直樹の昨日の様子を思い浮かべ、さらにドキドキしてしまう雪乃。

 

 ”「せ、先生、イクッ!」その言葉と同時にあたしの口の中に白くてドロッとした精液があふれました。”

 「(せいえき...? 聞いたことはあるけど...。定期的に出さないと駄目なのかぁ...)」

 だが、精液が何の目的で出されるものなのかをよく理解していない雪乃。

 それはそうだ。この雑誌に限らず年頃の女性ともなればそんなことは常識なのでいちいち説明していない。

 明日にでも晴子に精液の役割を聞いてみようと思う雪乃であった。

 

 刺激の強い内容に途中で何度も卒倒しそうになりながらも、直樹のことを思って必死にその雑誌に立ち向かう雪乃。

 今の雪乃を支えているのは直樹に対する一念のみであった。

 

 その投稿雑誌にはそれ以外にも、母親が実の息子の性欲処理をしている話などがあった。

 「(へぇ...ここではお母さんが出してあげてる...やっぱり出してあげるのが普通なのね...)」

 母子の背徳をまるで当たり前の行為のように解釈してしまう雪乃。

 

  ”男の子を喜ばせるフェラチオ講座! これで彼の精液をたくさん搾っちゃえ!”

 「(ふぅん...こうすると男の子は気持ちよくて...せいえきがたくさん出るのね...)」

 言いながら口をぱくぱく動かしてその雑誌のテクニックを真似する雪乃。

 

 もともと頭の良い雪乃は雑誌の内容を乾いたスポンジが水を吸うように吸収していった。

 ありのままに受けとめるあまり、誤った知識もいくつか吸収してしまったが...。

 

 「はぁぁぁぁ...」

 その雑誌を読み終えて、大きなため息をつく雪乃。

 もう首筋まで真っ赤に上気させ、口の中はカラカラ、心臓は飛び出さんばかりにドキドキ高鳴っている。

 いままで飛んでしまいそうな意識を保つのに必死で、緊張の糸が切れたのか机にぐったりと顔を伏せる。

 

 瞼を閉じると...直樹の顔が何度も何度も現れては消える。

 なにはともあれ、昨日直樹がしていた行為を理解でき、そしてその解決策もわかってホッとする。

 恥かしくてたまらなかったけど...直樹のために読んでよかった...と雪乃は思っていた。

 

 しばらくして...その閉じられていた瞼がゆっくりと開く。

 

 「よぉし...」

 その瞳は決意にらんらんと燃えていた。

 

 . . . . .

 

 直樹は自分の部屋でベッドに腰かけて参考書を読んでいた。

 

 コンコン...

 

 控えめなノックの音。

 直樹にはそのノックの主が例によって雪乃のものだとわかる。

 

 「ね...直くん、入ってもいい?」

 扉の向こうから雪乃の声が。

 だが直樹はまるで聞こえていないかのように無視する。

 

 「ごめんね...直くん、入るよ...」

 断ってから少しだけ扉を開く雪乃。

 扉の隙間から直樹がベッドに座っているのを確認し、そのまま続けて扉を開く。

 

 「..........」

 だが直樹は参考書から顔を上げず、無視しつづけている。

 

 雪乃は部屋の中に入り、背中ごしにバタンと扉を閉じる。

 「あのっ...その...直...くん?」

 そして緊張のあまり震える声で直樹に声をかける。

 

 「.....?」

 雪乃の緊張した声に、視線だけ上げてチラリと雪乃の方を見る。

 

 そこには茹でダコのように真っ赤っ赤な顔をしてもじもじと俯く雪乃が立っていた。

 

 「な、なんだ!? ペンキでも塗ったのか!?」

 無視するつもりだったが、雪乃の異常なまでの顔の赤さにぎょっとなり声をあげてしまう直樹。

 

 まるでのぼせたように上気した雪乃のうつむいた顔があがり...直樹を見つめる。

 その桜色の小さな唇が...ゆっくりと動く。

 

 「なっ...直くん...わっ...私がスッキリさせてあげるね...」

 

 かわいらしい少女の唇から...つっかかりながらも信じられない言葉が紡ぎ出された。

 

 

 


解説

 「チョコレートみたい 第八話」の続きです。

 

 もう次のステップですよ。

 


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