古びたアパートの一室。
そこに...台所からお盆を持った少女が入ってくる。
「薫さま、お食事を作りました」
少女はそう言うと、薫と呼ばれた男の寝ている布団のすぐ横に、ちょこんと正座する。
「あ...ああ...ありがと葵ちゃん」
薫は額にのせられた濡れタオルをずらして、少女の方を見る。
この薄汚れた部屋には似つかわしくないその少女...葵。
地味ながらも質のよい紬織の和服を身につけており、それでいて堅苦しさを感じさせない。
彼女にとっては和服が普段着であることがわかる。
「起きられますか?」
葵は布団でぐったりとしている薫を心配そうな表情でのぞき込む。
「え...ああ、だ、ダメみたいだ」
身体に力の入らない薫は、同様に力ない笑顔でこたえる。
「(...薫さま...私のせいで...私のせいで...)」
その笑顔を見て、葵の胸は締め付けられた。
桜庭家を飛び出し、薫を追ってここまでやって葵だったが、
途中で道に迷い、どしゃ振りの雨の中で薫に助け出されたのだ。
そのせいで...薫は風邪をひいてしまった。
「(...私が...私さえいなければ...薫さまをこんな目にあわせることもなかったのに...)」
熱に苛まれ、苦しそうに息をする薫を見て、罪の意識に苛まれる葵。
「(私は...薫さまに尽くすためにここに来たのに...これじゃあ...)」
ひざに置いた小さな手を、きゅっと握りしめる。
その手に、布団から這い出した薫の手がそっと重ねられた。
「そんな顔しないで...俺は葵ちゃんがいてくれるだけで嬉しいんだから」
葵を心配させないように笑顔を作る薫。
「(薫さま...)」
その顔を見て...葵は思わず大泣きしそうになったが...泣きべそをかいた段階でぐっとこらえた。
「(いけない、薫さまにこれ以上心配かけちゃ...)」
ぶんぶんと首を振って自分のネガティブな思考を振り払う。
「消化のよいおかゆを作ったんです、召しあがってください、薫さま」
お盆の上には葵の作ったおかゆが陶器の器に盛られていた。
葵は添えられたレンゲでおかゆを一口ぶんすくい取る。
「私が食べさせてあげますから、お口をあ〜んしてください」
どことなく嬉しそうな葵。
もともと献身的な彼女は薫の世話ができるのが嬉しいのだ。
「えっ!?」
一瞬びっくりする薫。
薫は家を出てから、母親以外の女性のやさしさに触れるのは初めてだった。
戸惑いながらも、葵の言う通りに口をあ〜んと開く。
葵は熱くないようにレンゲの上のおかゆをふぅふぅと息で吹いて冷ましてから、
「はい、どうぞ、薫さま」
両手を添えて薫の口元にレンゲを近づける。
「こくっ...んっ...」
やさしく差し込まれたレンゲのおかゆを、喉を鳴らして飲み干す薫。
最後の一口を飲んだ後、唇の端から煮汁が筋となってこぼれ落ちた。
葵はそれを見逃さず、垂れ落ちた筋を布で拭きとる。
「ありがとう...」
葵の細やかな気配りに感謝する薫。
こんなにかいがいしく世話をされたことがなかったので、少し感動していた。
「でも、食べにくくないですか?」
器からまたひと口レンゲにすくい取りながら聞く葵。
「ちょっとね」
苦笑いしてその問いに答える。
「..........」
その答えを受けて、何か考えこむような様子の薫。
考えがまとまったのか、葵はレンゲですくいとったおかゆを薫の口に運ぶのではなく、今度は自分の口に含んだ。
そして、顔を伏せて薫に口づけをした。
「んんっ!?」
いきなりの葵の大胆な行動に、薫は目を白黒させる。
接触した葵の柔らかな唇の感触...その口からおかゆが漏れ、薫の口内へと移される。
「んっ...こく...こく...」
与えられたおかゆを、のみほしていく薫。
口移しを終えると、薫はさっと顔を上げて、恥ずかしそうにうつむいた。
「いかが...ですか?」
かあーっと顔を真っ赤にし、縮こまりながらもじもじと言う葵。
葵は清楚で恥じらいのある女性だが、たまに薫のこととなると信じられないほど大胆になる時がある。
「おっ...おいしいし、食べやすかったけど...」
たしかにレンゲで食べさせてもらうよりも、数倍食べやすい。
まるで母親から離乳食を食べさせてもらう赤子の気分だった。
それに母親、ではなくて葵の唾液が混ざったおかゆはやさしい味がして...おいしかった。
「でっ、でもこんなことしたら、葵ちゃんに伝染[うつ]っちゃうよ」
女性から口移しで食べさせてもらう経験のない薫も葵と同じように顔を赤くしながら狼狽していた。
「はい、是非私に伝染[うつ]してください。それで薫さまが元気になるのであれば...」
桜色に染まった頬のまま...そっと微笑む葵。
「(んぐっ...)」
そのいじらしい姿に、更に体温が上がってしまう薫。
この葵の前時代的な女性像には、
男である薫にとってはやはり惹かれるものがあるが、たまについていけなくなる。
「そ...そういえば...俺、女の子とキスしたの...初めてだ...」
思い出したように言う薫。
その一言に、葵の頬に更に赤みが増し、耳まで赤くなる。
「わっ...私も...ですっ...」
肩をすくめて、葵はボソッと呟いた。
. . . . .
「薫さま...? お寒いのですか?」
時折震える薫を見て、葵は心配そうに言う。
「えっ、ああ、ちょっとね」
言いながらまたブルッと震える。
「..........」
薫を苦しめる要因は、どんな些細なことでもほおっておけない葵。
すぐさま薫の身体を温める方法に思考の全てを費やす。
「あの...薫さま? 申し訳ありませんが、少しの間だけ向こうを向いて頂けませんか?」
「...? え? うん」
薫は寝返りをうつようにして葵に背中を向ける。
葵は薫がこちらを見ていないことを確認すると、立ちあがって電灯の紐を引き、部屋を暗くした。
不意に、布団がめくりあげられ、何かが薫の寝ている背後に寄り添うようにくっついた。
薫の背中に...やわらかくて...暖かいものが押し当てられる。
「(な...なんだろう? あったかくて...すべすべしてて...気持ちいい...)」
その正体を知るべく、寝返りをうとうとした薫。
「み...見ないでくださいっ!」
背中越しに聞える葵の声。
「え...、葵ちゃん!? ま、まさか...」
その声に、薫の脳裏に全裸の葵が浮かびあがった。
「恥ずかしいんです...そのままでいてくださいっ...」
必死な葵の声で...薫の予想が妄想でないことがわかる。
「どっ...どうしてこんなことを?」
振り向きたい欲求を押さえて聞く薫。
「薫さまがずっと寒そうにしてたから...私の...私の身体で...暖をとってもらおうと...」
言いながら、薫の傷だらけの背中に愛とおしそうに頬ずりする葵。
確かに、一気に寒さは吹っ飛んだ。今はむしろ暑いほどだ。
その瞬間から、ただの柔らかいだけだった物体を、急に意識しはじめる薫。
背中ごしとはいえ、葵のしなやかな肢体ははっきりと感じとれた。
肩甲骨の間に顔をうずめ、ずっと頬ずりをしている葵のやわからいほっぺた。
普段は和服を着てわからないが、以外と豊満な乳房...その先につく小粒まではっきりとわかる。
薫の両足にあわせ、健気に美脚を絡めさせている。
普段は和服なので全然わからないが、葵の脚はすべすべで、ほっそりとしていた。
丁度、薫の尻肉の下あたりに...葵の下腹部が感じられる。
尻肉のあたりに押し当てられた控えめな若草の感触で、ついその奥にある秘められたものまで想像してしまう薫。
「(や...やべっ...勃[た]ってきちゃったよ...)」
病気とはいえ魅力的すぎる葵の肢体に、健全な男子らしい反応を見せる。
「あの...薫さま...」
耳元で囁くように言う葵。
「えっ!? あ、な、なんだい?」
勃起を悟られないように平静を取り繕うが、声が上ずってしまう。
「あの...そのっ...薫さまのお身体に...触れてもいいですか?」
言いにくそうに言う葵。
「ああ、いいよ」
背を向けたまま答える薫。
「...ありがとうございます...薫さま...失礼します...」
言い終わると、薫の脇ごしに胸板に手をまわす葵。
少し筋肉のついた薫の胸板に...葵の小さな手が添えられる。
「薫さま...」
その胸に回した手で、ぎゅっと薫を抱きしめるようにする葵。
薫の背中に葵の丸みを帯びた身体が更に密着する。
薫の耳元に吐息がかかるほど、すぐ後ろに葵の顔がある。
胸の双球はむにゅりと押しつぶされるほどに押し当てられている。
「(あっ...葵ちゃん...そんなダイタンな...)」
葵はただ愛としい薫を抱きしめているだけで、誘惑する気など毛頭ないのだが、
薫の分身にはどんどんと血液が集中し、もう最大にまでそそり立っていた。
「薫さまの胸...」
葵は言いながら、薫の胸をやさしく撫でさする。
「薫さまのおなか...」
葵の手がやさしく薫のお腹を撫でる。
少しくすぐったかったが...子供の頃にお腹が痛い時に、母親にさすってもらったのを思い出す薫。
「ずっと...ずっと夢みてた...薫さまが..薫さまが...こんなに近くに...」
ぎゅうっと抱きしめ、身体をくっつける葵。
「もう離れたくない...ずっとお側においてください...」
薫の背中に顔をうずめる葵。
自分のことをここまで一途に想ってくれる葵に...感激してしまう薫。
「葵ちゃ...んぐっ!」
だが、その感激の言葉は途中で遮られた。
にぎっ...にぎっ...
下腹部まで延びた葵の手が、立派になったものを掴んだのだ。
「...? 葵さま...? なんですか...? これ?」
葵はどうやらそれが何かわかっていないらしく、不思議そうににぎにぎと握りしめる。
「うあっ...ああっ...葵ちゃんっ...そ、そんなとこ...持っちゃダメだぁぁ...」
ファーストキスも今日初めてだったという薫。
女の子に大事なところを握られるというのも当然初めてである。
葵の紅葉のような手で握られるたび、背筋が寒くなるような快感が走る。
葵は手の内にある固くて張りのあるものを握るたびに、薫の背筋がぞくっ、ぞくっと震えるのを風邪による悪寒なのかと思っていたが、
やがて...その握る手がサオの付け根のあたりまで来てようやくその正体を知った。
「え.....?」
しばしの沈黙。
ちょうど、葵の手は玉袋のところをわし掴みにしたところだった。
むにゅっ...
「うあっ!?」
柔らかな手に揉みこまれて、気持ちよさに思わず情けない声をあげてしまう薫。
「きゃっ! すすすすすすみませんっ!」
あわてて手をひっこめる葵。
「すみません! すみません! 薫さまの大切なところを、私ったら...」
背中ごしにぺこぺこと頭を下げる葵。
いくら無意識とはいえ、男の性器に手を触れるという行為にとっては葵にとって「はしたない」行為に分類される。
「あっ...ああ、い、いいよ、それに、少し気持ちよかったし」
つい、本音が出てしまう。
「えっ?」
きょとんとする葵。
「あ、い、いや、なんでもない」
「で、でも...男の人のってあんなに大きくなる...ん...です...ね」
もじもじと恥かしそうに、初めてふれる殿方のモノの感想を述べる葵。
言いながら自分はとんでもない事を言っていることに気付き、その声がだんだんと消え入るように小さくなっていく。
「や...やだ、私ったら...なんてことを...」
あまりの恥かしさにシオシオと小さくなる葵。
「ハハハ...」
背中ごしに葵が恥らう様が伝わってくる。
思わず苦笑いしてしまう薫。
そのままふたりはじっと身体を寄せ合っていたが、
「あ...あのっ...薫さま?」
やがて、葵の方からまた口を開いた。
なんだかまた言いにくそうにしている。
「なんだい? 葵ちゃん」
「も...もう一度...さわってもよろしいですか?」
それは蚊の鳴くような小さな声だったが、音をたてるもののない室内でははっきりと聞こえた。
「えっ!?」
また乙女の口から出された大胆発言に、びっくりする薫。
「私...私...大好きな薫さまの身体のことを...もっとよく知りたくて...」
やはり、こと薫のことになると、人一倍奥手な葵が大胆になる。
ひとりの男を一途に思う乙女のなせる業なのか。
「いいけど...でも...」
言いながら、薫は寝返りをうって葵の方を向いた。
「きゃっ!? かかか薫さまっ!? みっ、見ないでくださいっ!!」
いきなり振り向いた薫にびっくりして両手で身体を覆い隠す葵。
「葵ちゃんだけ触るってのはずるいな...俺もよく知りたい...葵ちゃんの身体...」
窓から差し込む月明かりで、葵の白い肢体がシルエットのように浮かびあがる。
その輪郭は...薫が想像していたものよりずっとしなやかで美しく、また華奢だった。
アキラ様のリクエスト「桜庭葵と花菱薫の純愛」ねたです。
純愛モノを書きたくって...手ごろなネタということで。