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8月30日
コギト=エラムス/文


 「どうして...ボクくん...どうして...」

 私は思っていたことを無意識のうちに口に出していた。

 

 獣の匂いの染みついた、狭すぎる小屋の中で身体を丸めながら。

 

 

 事の発端は、ウチの飼い犬の定期予防接種だった。

 

 「じゃあ、ちょっと夜遅くなるかもしれないけど...帰ったらご馳走作ってあげるからね」

 玄関で靴を穿きながら、お母さんが言う。

 

 「ごめんねボクくん、最後の日だっていうのに...」

 すまなさそうに言い、ボクくんの頭を撫でるお父さん。

 

 「アンタ、ちゃんと留守番してるのよ」

 予防接種だけなのによそ行きの格好をした妹の詩[しらべ]がボクくんに言う。

 妹の詩にはウチの犬はいちばんなついているので、ついて行かないと暴れて予防接種どころではないのだ。

 

 「最近、ここらへんで野犬が出てるらしいから、夜は出歩いちゃだめだよ」

 お父さんが最後にそう言うと、みんなはお母さんの運転する車に乗って街へと向かっていった。

 

 結局、ウチの愛犬の予防接種の日とお父さんの作った陶器を町に売りに行く日が重なって、家は私とボクくんだけになった。

 

 

 ふたりで家族を見送った後、ボクくんは言った。

 「犬がいなくちゃ物騒だよね...萌ねえちゃん、犬になってよ」

 

 「なっ...なにを言ってるのボクくん?」

 なんとか冗談めかそうとするが...すでにボクくんはどこから持ってきたのか...真新しい首輪を持って私ににじり寄る。

 

 「忘れたの...昨日奴隷の誓いをしたじゃないか...奴隷ならご主人様の番犬になるのも当然だよね?」

 あの...射抜くような瞳で見つめる。

 その瞳で見つめられると...なぜか私は動けなくなってしまう。

 

 そして私は裸に剥かれ、犬みたいに首輪を付けられ、いつも愛犬のいる庭の犬小屋に繋がれた。

 確かに...昨日の夜、私は狂わされそうなほどの快感のなかで、ボクくんに奴隷の誓いをした。

 だけど...犬扱いするなんて...。

 

 「ね、ねえ、やめましょ、こんなこと...誰か来たら...」

 私は両手で身体を覆い隠しながらボクくんに言った。

 

 一昨日もたしか外で全裸にさせられたけど、あの時は夜だった。

 今は昼間...近所の人も来るかもしれないし、郵便局の人とかも...。

 

 ひゅんっ!

 

 ボクくんが私に向かって手を振り下ろしたかと思うと、しなるような音がして、

 

 ばしっ!

 

 私の太ももに焼けつくような痛みが走った。

 

 「うぐっ!」

 突然の痛みに、私はひざを折って崩れ落ちる。

 

 「犬は二本足で立たないんだよ?」

 崩れ落ちた私を見下ろしながら、冷たく言うボクくん。

 

 「うっ...」

 痛みの走った太もも見ると...鮮やかなミミズ腫れの跡が一閃していた。

 顔をあげて...ボクくんを見上げると、その手には乗馬するときに使う短いムチのようなものが握られていた。

 

 ひどい...ムチでぶつなんて...あんまりだよ...。

 「ひ...ひどい...ひどいよ...ボクくん...」

 震える声で訴えかけると...再びボクくんは手を振りかざした。

 

 ひゅんっ! ばしっ!

 

 「あぐううぅ!」

 今度は肩に斬りつけられるような激痛が走る。

 あまりの痛みに地面をのたうち回りそうになる。

 

 「それに犬は言葉を話さない。 ...言葉をしゃべるのは人間だけだよ...”モエ”」

 肩を押えて震える私を見下ろして...感情を感じさせない言葉で言うボクくん。

 ”モエ” ...本当に、ボクくんは私のことを犬扱いするつもりなのだろう。

 

 「ほらっ、犬は肩を押えない!」

 

 ひゅんっ! ばしっ!

 

 「ひぎいいいぃ!」

 あまりのたて続けの痛みに、私は身体が汚れるのもおかまいなしに地面をごろごろ転げまわった。

 

 「それに悲鳴は ”きゃいん!” だ!」

 だけどボクくんは少しも許してくれる気配はなかった。

 倒れた私を容赦なく打ち据える。

 

 ひゅんっ! ばしっ!

 

 「きゃっ、きゃいいいんっ!」

 私は痛みから逃れるために、必死になってボクくんの言う言葉を叫んだ。

 

 「そうだ...だいぶ犬らしくなったね」

 満足そうに言うボクくん。

 

 「くうんっ...くううぅぅんっ...」

 私は許してほしくって、身体を縮こまらせながら必死になって犬の真似をした。

 

 「じゃあ...いい子にしてるんだよ、 ”モエ” ...」

 私は怖くって、縮こまったままだった。

 そのままボクくんは縁側から家に上がった。

 

 それから...私の飼い犬としての一日が始まった。

 

 . . . . .

 

 外に出たままだと、近所の人に見られてしまうと思い、私は犬小屋の中に隠れることにした。

 犬小屋に入ろうと、入り口を見ると...愛犬の名前が書いてあるプレートのある所に、

 

 ”モエ”

 

 と書かれたプレートが上に重ねて貼ってあった。

 

 ..........。

 

 自分自身が、犬扱いされていることを改めて認識して...なんだかたまらなくみじめな気持ちになった。

 

 ボクくん...どうして...どうして...?

 

 . . . . .

 

 犬小屋の中はとても臭くて...とても居れたものではなかったけど、外に出ているわけにはいかない。

 私は大人しく小屋の中で小さくなっていると、バイクが走って近づいてくる音が聞こえてきた。

 

 あれは...郵便屋さんのバイクの音だ。

 

 バイクは私のいる犬小屋のすぐ近くで止まり、

 「空野さーん、郵便でーす!」

 縁側の方で郵便屋さんの声が聞こえてきた。

 

 「はーい」

 

 「あれっ? おウチの人は今いないのかな...?」

 

 「うん! 街まで用があるからって...ボクはお留守番してるんだ!」

 子供らしく無邪気に答えるボクくん。

 

 「そうか...じゃあこれ、おウチの人が帰ってきたら渡しておいて」

 

 「うん!」

 

 「あれっ...いつも来るとじゃれついてくるのに...今日はどうしたのかな?」

 

 !!...その一言に、私の心臓は飛び出しそうになった。

 そういえば...ウチの犬は人なつっこいことで有名だった...。

 

 足音が、犬小屋まで近づいてくる。

 

 「お〜い、元気か〜?」

 

 郵便屋さんは言いながら、外に出た引き綱をくいくいと引っ張る。

 きっと、犬小屋の中には犬がいると思って呼びかけてるんだ。

 

 郵便屋さんが引き綱を引くたび、私の首についた首輪がくいくいと引かれ、首が引っ張られる。

 あわてて私は引っ張り出されないように小屋の壁にしがみつく。

 

 「なんだか朝から元気がなくて...病気かなあ?」

 縁側からボクくんの声が。

 それはまるで本当の犬が中にいるかのような口ぶりだった。

 

 と...止めてくれないの? ボクくんっ!

 

 「ふーん、お〜い、生きてるか〜」

 郵便屋さんは引き綱を引く力を更に強め、私を小屋から引きずりだそうとする。

 

 ずるっ...ずずっ...

 

 私は懸命になって引きずられる身体をふんばってこらえようとする。

 

 「寝てるかもしれないよ...寝てる時に引っ張ると、くんくん鳴くんだけど...」

 ボクくんのその言葉は、まるで私に向けられているかのようだった。

 

 「くうん...くうぅぅんっ...」

 私は咄嗟に犬の鳴き真似をした。

 

 「あ...鳴いた...なんだ、寝てるのか」

 私の鳴き声を聞いて、郵便屋さんの引き綱を引く力が緩んだ。

 

 た...助かったあ...。

 

 郵便屋さんは挨拶をすると、バイクに乗って我が家を後にした。

 

 ボクくんと郵便屋さんのやりとりを思い出すと...まるで私が本当の犬みたいに扱われてて、惨めで泣きたくなった。

 

 私は少しだけ犬小屋から顔を出して、縁側のボクくんをじっと見つめた。

 きっとその時の顔は...泣きそうな情けない顔をしていたに違いない。

 

 だけど、私のその許しを請う視線にも、ボクくんは一瞥をくれるだけでまた家の中に戻ってしまった。

 その一瞬だけ向けられた視線は...まさに犬を見下ろすような視線だった。

 

 . . . . .

 

 お昼前、無理矢理ボクくんから引きずり出された。

 

 「モエ、ボール遊びしようよ」

 ボクくんは片手に野球ボール、片手にムチを持って私に言った。

 

 「わ...わんっ」

 きっとそう言わないとまたムチでぶたれると思い、私は犬みたいに鳴いた。

 

 「よし、そうら」

 ボクくんはそう言うと、私の動ける範囲のあたりにボールを投げて落とした。

 

 そして颯爽と続ける。

 「とってこい!」

 

 「わ...ん」

 私は泣きたいのをこらえて、這いつくばってそのボールのところまで行った。

 

 手...今の私にとっては前足にあたる所でボールを掴もうとしたら、

 びしっ!

 と背後でムチをしならせる音が響いた。

 

 「!!」

 私はその音にムチの激痛を思いだし、思わず肩をすくめてしまった。

 

 きっと...ボクくんは口で咥えて持って来いと言ってるんだ...犬みたいに。

 

 「くうっ...」

 私はあまりの屈辱にうめきながら、顔を地面に近づけて、土で汚れた野球ボールを口で咥えた。

 

 そして落とさないようにしながら、ゆっくりとボクくんの所まで這って戻って、差し出された手の上にボールを置いた。

 

 「よおし、いい子、いい子」

 ボクくんは嬉しそうに言って私の頭をぐりぐりと撫でた。

 

 「そらっ!」

 そして、またボールを放り投げた。

 

 もうほとんど泣きべそをかいた顔でボクくんを見上げたけど、ボクくんは許してくれなかった。

 

 それから、何度かボールを拾いに行かされた。

 

 私は...この昼間に、全裸で首輪をつけられ、這いつくばって主人の投げるボールを犬みたいに追いかけてる。

 誰かが来たら、いいわけできないくらいの変態的行為。

 

 胸も、お尻の穴も、アソコも、恥かしい所は全部丸だしで、ボクくんに全部見られた。

 だけど...ボクくんの態度は「犬のそんなところは全部見えて当たり前」といった態度で、全然気にする様子がなかった。

 

 惨めで...悔しくて...ようやくボール遊びから解放された後、犬小屋に戻って泣きたいのを懸命にこらえた。

 

 . . . . .

 

 お昼すぎ、またボクくんは私のところにやって来た。

 

 おそるおそる犬小屋から顔を出すと...いつもウチの犬が使っているエサ皿を持ったボクくんが立っていた。

 「”モエ” ごはんだよ」

 そう言って、ボクくんは地面にそのエサ皿を置いた。

 

 見ると...そのエサ皿の上には、私がいつも犬にあげていたエサと同じものが盛られていた。

 

 きっと...ボクくんは、このエサを犬みたいに這いつくばって、手を使わずに食べろと言うに決まっている。

 そんなに...そんなに私のことを犬にしたいの?

 どうして...どうしてそんなひどいことを...。

 

 「うっ...」

 あまりの扱いに...ずっとこらえていた涙があふれた。

 

 「うぐっ...ぐすっ...ひくっ...ぐすっ」

 一度涙があふれてしまうと、もう止められない。私は嗚咽を漏らして泣いた。

 

 だけど、ボクくんは許してくれなかった。

 「ほらっ、さっさと食べて」

 引き綱を引っ張って、泣きじゃくる私を小屋から引きずり出す。

 

 どうして...どうして...?

 どうして...私にこんなひどいことばかりするの...?

 

 私はもう、たまらなくなって、泣き叫びながらエサ皿をひっくり返した。

 

 「もうイヤっ! 嫌いっ! ボクくんなんか大っ嫌いっ!!」

 涙をぼろぼろこぼしながら絶叫する。

 

 この時の私は...本当に悔しくて、惨めで、情けなくって.....。

 ボクくんのことを少しでも好きに思っていたことを激しく後悔していた。

 

 「そう...やっぱり...嫌いなんだ...萌ねえちゃんも...ボクのことを...」

 

 悲しそうな声でボクくんは言ったかと思うと.....まるで憎しみを込めるように、力いっぱい私を打ち据えた。

 ひゅんっ! びしっ!!

 「ぎゃんっ!」

 私ははじかれたように叫んだ。

 

 ひゅんっ! びしっ!!

 「い、痛いっ!」

 

 ひゅんっ! びしっ!!

 「やめて、やめてえええっ!」

 

 ひゅんっ! びしっ!!

 「ボクくんっ! ボクくんっ!」

 

 私はムチの痛みに悶絶し、泣き叫び、のたうちまわりながらボクくんに許しを請った。

 だけど、ボクくんは許してくれない。

 むしろより力を込めて、私を容赦なく打った。

 カメみたいに背中を向けて丸くなると背中を打たれ、あお向けになるとお腹をぶたれた。

 まるで焼けた鉄板の上に乗せられたみたいに、私は転げまわった。

 

 私の身体がアザだらけになるまで打ったあと、ボクくんは肩で息をしながら家に戻って行った。

 

 身体中に響く激痛に、しばらくダンゴ虫みたいに縮こまって...その場から動けなかった。

 

 . . . . .

 

 それから夜になっても...ボクくんは私の所へは来なかった。

 まだ...ムチでぶたれたところがヒリヒリ痛む。

 

 私は身体を丸めて犬小屋の中でじっとしていると...なにやらヒタヒタという足音が近づいてきた。

 足音の重さでその足音は人間のものでないことがわかる。

 

 「.....?」

 私は顔を上げ、犬小屋の入り口から少しだけ顔を出して外の様子を伺う。

 

 「!!」

 目の前に現れたものに、思わず息を呑んでしまう。

 

 野犬...いや、ニホンオオカミの群れだった。

 それも...このオオカミたちはひょっとして、竜神池のそばで香織さんに乱暴していたオオカミたちじゃ...?

 オオカミたちは、ガルルル...と唸りながら、私のいる犬小屋のまわりをぐるぐる回っている。

 

 「...ひっ!」

 間違いない。

 どのオオカミも...股間にあるおちんちんが、はっきりわかるくらい大きくなってびくびく震えている。

 

 私の匂いを嗅ぎつけて...ここまでやって来たんだ。

 そして...私を香織さんと同じ目にあわせようとしてるんだ...。

 今の私は...衣服を何も身につけていないし、そのうえ首輪に繋がれているから逃げられない。

 彼等にとっては...欲望を満たすには格好の標的なのだろう。

 

 「(ど...どうしよう? なんとかしなきゃ...)」

 なんて考えていると、

 

 ぐいっ!

 

 「きゃああっ!?」

 

 オオカミたちは、私の首輪に繋がる引き綱を咥え、ものすごい力で引っ張って私を犬小屋から引きずり出そうとする。

 私は抵抗するも、オオカミたちが力を込めるたびにずるずると犬小屋から力づくで引っ張り出される。

 

 「やあっ! だ、だめっ! いやあああっ!!」

 パニックになって、私は本当の犬みたいに、犬小屋の床に爪を立ててその場にとどまろうとする。

 だけど、爪をたててもなおオオカミたちの力はすさまじく、ガリガリ床をかきむしりながら私は引きずられてしまう。

 

 「あうっ!」

 とどめのひと引きで私は犬小屋から放り出されるように飛び出した。

 

 どさっ!

 

 「くううぅぅっ!」

 そのまま勢いあまって砂煙をあげながら地面を引きずられる。

 

 「ウォォンッ」

 低い唸り声が聞こえたかと思うと、オオカミたちは一斉に私の身体に噛みついてきた。

 

 「いやっ! 痛い! やめてえぇ!」

 オオカミたちは驚くほど統制がとれており、私の身体の部位を噛みついて固定する。

 

 私の身体をあおむけにし、首、両手首、両足首にそれぞれ噛みついて、大の字になるように広げる。

 抵抗しようとしても、暴れれば暴れるほど彼等の牙が肌に食い込んできて...満足な抵抗ができない。

 

 「痛いっ! やだあっ! やだああああっ!!」

 私は周りに聞こえるのもおかまいなしに、ぶんぶん首を振って絶叫した。

 

 オオカミたちは私をのぞきこんで、舌をだらんとたらしたままハッハッと荒く息をしている...。

 まるで獲物を狙うようなその瞳に、背筋がぞっとなる。

 

 オオカミたちのなかでも...ひときは身体の大きい、ボスらしきオオカミが私の股間の間に割って入った。

 そのまま私の身体に前足を乗せる。

 

 「ひいっ!!」

 顔を上げた私の視界に飛び込んできたのは、オオカミのいきり立ったおちんちんが...私の股間につきつけられているところだった。

 あとほんの少しオオカミが腰を沈めれば、繋がってしまうほど、近づいていた。

 

 いやだ...いやだ...いやだああああっ!!

 オオカミなんかに...オオカミなんかに犯されたくないっっ!!!!

 

 寒くないのに、怖くて歯がカチカチ鳴って...歯の根が合わない。

 だけど...だけど...最後の力を振り絞って、私は助けを求めた。

 

 「ボクくんっ!! 助けて!! 助けて!! 助けてええええっ!! ボクくううううううんっ!!」

 小一時間前に大嫌いだとなじった人に、私は祈るような気持ちで助けを求めた。

 

 ばあんっ!!

 

 縁側の雨戸が勢いよくはじけ飛んだかと思うと、ボクくんの姿が夜空に踊った。

 雨戸を蹴破って飛び出したボクくんが...私のすぐ近くに着地する。

 

 ばしっ!

 

 ボクくんは手にした竹刀で、私の身体にのしかかるオオカミに一撃を加えた。

 「ギャインッ!」

 もんどりうって倒れるボスオオカミ。

 

 ボクくんはステップを踏んで後退する。 ...あれは...剣道の「残心」だ。

 竹刀を上段に構え、オオカミたちを睨みつけている。

 オオカミたちの身体はとても大きく、ボクくんよりもひとまわり以上も大きいのに、ボクくんは堂々としてる。

 

 「ウオンッ!」

 起きあがったボスオオカミが吼えると、私の身体に噛みついていたオオカミたちが離れ、一斉にボクくんに襲いかかった。

 

 ボクくんは飛びかかってくるオオカミたちを身を翻してかわし、その背後から面を打ち込む。

 「やっ!」

 ばしんっ!

 「ギャインッ!」

 

 相手のオオカミは複数、時折かわしそこねて腕や脚に噛み付かれる。

 

 「くっ...! このっ!!」

 ボクくんは竹刀の柄の部分でオオカミの眉間を殴りつけて、引き剥がす。

 

 ボクくんは剣道の心得があるのか...複数のオオカミ相手に一歩も引かなかった。

 だけど...野生のオオカミの生命力はかなりのもので、ボクくんに何度打ち込まれても立ちあがってくる。

 

 「うっ...くうっ...はあっ...はあっ...」

 だんだん、ボクくんの身体さばきが鈍くなって...息があがってくる。

 もうかなりの箇所を噛まれており、身体のあちこちから血が流れてきている。

 

 「ぐあっ!」

 不意に、飛びかかったボスオオカミがボクくんの首筋に噛みついた。

 

 「ぐっ...う!」

 ボクくんは噛みつくボスオオカミを竹刀の柄で何度も殴って離そうとする。

 だけど...ボスオオカミは食らいついて離れない。

 

 「ううっ...」

 ついに、ボクくんの膝ががっくりと落ち、地面に膝をついた。

 

 周りを囲んだオオカミたちは、今にも一斉に飛びかからんばかりに唸りをあげている。

 

 「うっ...ぐうっ!!」

 

 ばきっ!

 

 ボクくんは何を思ったのか、立てた膝に竹刀を当てて、半分にへし折った。

 

 「このっ!」

 そして、渾身の力をこめ、折れて尖った竹刀をボスオオカミの眼球めがけて突き立てた。

 

 「ギャウンッ!!」

 これにはたまらずボスオオカミも悲鳴をあげて噛みついた首筋から離れた。

 ボスオオカミは片目をやられて血を流している。

 

 ボクくんは折れた竹刀を構え、再び立ちあがり、ボスオオカミを睨みつける。

 

 「..........ウォンッ」

 

 しばらく睨みあった後...ボスオオカミは小さく唸ってその場から逃げ出した。

 他のオオカミたちもあわててその後についていく。

 

 オオカミの群れの背中が完全に見えなくなるまで見送った後...

 「ふぅ...」

 ボクくんは緊張の糸が切れたのか...その場にどさりと倒れこんだ。

 

 「ボクくんっ! ボクくんっ!!」

 私はようやく我にかえり、ボクくんの元に駆け寄ろうとする。

 

 びーん

 

 「んぐううぅ!」

 だけど、首輪の引き綱がひっかかって勢いあまって首を締められてしまう。

 しばらくはわけがわからなくって、パニックになったみたいに引き綱を引っ張っていたが、

 首輪を外せばいいことにやっと気付き、首輪を緩めて、四つんばいのままボクくんの元へと這っていった。

 

 「ボクくんっ! ボクくんっ!」

 血まみれになったボクくんを抱きかかえる。

 

 私の呼びかけに...ボクくんは閉じていた瞼をゆっくり開いた。

 だけど、その視線は定まらず、宙をさまよっている。

 

 「しっかりして! ボクくんっ!」

 私はボクくんの身体を揺すりながら、必死になって呼びかけた。

 

 ボクくんの唇が...ゆっくりと動いた。

 

 「ボクって...実は...本当の子供じゃないんだ.....」

 かすれた声で...ボクくんは確かにそう言った。

 

 「ボ...ボクくん?」

 ボクくんは...息も絶え絶えに...語りはじめた。

 

 「ボクは...ボクは...赤ちゃんの頃に養子に出されて...

  本当のパパやママじゃない人から育てられたんだ.....」

 

 「ボクも...小学校に入るまでは本当のパパやママだと思ってたんだけど...

  パパが子供を作れない身体だってことを偶然聞いちゃって...」

 

 「それから...かな...

  パパとママの態度が...だんだん冷たくなってきたのは...」

 

 「それで...ボクは...ボクは...

  ママを...ママをボクの奴隷にしよう、って思ったんだ...」

 

 「奴隷に...奴隷にしたら...もう、ボクに冷たくしないだろう、って思ったんだ...」

 

 ボソボソと語り続けるボクくん、私は抱きかかえたまま、呆然とその言葉を聞いていた。

 

 「ボクの...ボクのママを妊娠させたのは.....ボク...なんだ...」

 

 「え...っ!?」

 

 「昨日の電話で...パパから言われちゃった...お前は悪魔の子だ、って...

  もう...もう我が家にはいらない子だ...って」

 

 そう言うボクくんの瞳からは...ぽろぽろと大粒の涙がこぼれていた。

 

 「そう...だよね、たとえボクのせいでも...本当のママの子供ができたんだから...

  ボクはもう...必要ないよね...」

 

 宙をさまよっていた瞳が...私の方に向けられる。

 

 「ねぇ...教えて...萌ねえちゃん..........ボクって...いらない子?」

 

 「!!」

 私は...今やっと気付いた。

 ボクくんは...ボクくんは...愛してほしかったんだ。

 

 生まれて...本当の両親もわからずに養子に出されて.....そこでもいらない子呼ばわりされて...。

 きっと...きっと...本当の愛情を知らずに今まで生きてきたんだ。

 

 私にしてきたことは...彼なりの精一杯の愛情表現だったんだ。

 愛されることを知らないが故に...こんな不器用な形でしか自分の気持ちを言い表せなかったんだ...。

 

 「ううん...そんな...事...ないっ...いらない子なんかじゃ...」

 涙で声が詰まってそれだけ言うのが精一杯だった。

 

 「ありがとう...でも...もう...いいや...お姉ちゃんからも嫌われちゃったし...ボクの居場所はもうどこにもないから...」

 そう言ったかと思うと...ボクくんは力なく笑って...ゆっくり瞼を閉じた。

 

 「ボクくん? ボクくんっ!?」

 私はぐったりと動かなくなったボクくんを揺さぶった。

 

 嫌いなんかじゃない...嫌いなんかじゃない...。

 

 私は...私はボクくんといるだけで...いつも、いつも嫌なことが全て忘れられた。

 受験の悩みも、将来の悩みも...そして、恋の悩みも。

 ボクくんはいつも乱暴で...強引で...わがままで...自分勝手だったけど.....いつも私だけを見ててくれた。

 「ボクは萌ねえちゃんだけだから」って言ってくれた。

 

 そんな...そんな大事な人を...嫌いになんかなるわけないじゃないっ!!

 

 「うそっ、嘘よっ!! 嫌いなわけないじゃない!! ボクくんっ!! ボクくんっ!! 目を開けてっ!! いやああああああっ!!」

 私はいつのまにか...心の中で思っていたことを大声で叫んでいた。

 

 

 


解説

 「8月29日」の続きです。

 しかし妙な内容だなあオイ。

 

 でも次で完結...続けてご覧ください。

 


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