「じゃ、たしかに! 毎度どーも!」
藤原家の玄関に荷物を届けた配送員は、頭を下げながら愛想のよい営業スマイルで言った。
「はい、いつもご苦労さまです!」
荷物を受け取った雪乃はそれ以上の本気スマイルを返す。
その最高級の笑顔に見とれてしまう配送員...すぐに我にかえって少し照れながら藤原家を後にした。
この才能といってもいい雪乃の屈託ない笑顔は...多くの男どもを誤解させる要因になっているのだが、
本人は全く気づいていない。
小包の宛名を確認する雪乃。
「ええっと...あっ、直くん宛てだ.....直くーん! お荷物届いてるよー!」
直樹の部屋に向って元気に叫ぶ雪乃。
...が、雪乃はこの時まだ知らなかった。
この荷物の中にあるものが、これからとんでもない騒動を起こすことになろうとは...。
. . . . .
「はい、直くん、コーヒー」
盆に載せたコーヒーカップを直樹の前のテーブルに置く。
直樹はと言うと、テーブルに向って目を輝かせながらその包みを解いている。
直樹がなぜ嬉しいのかはわからないが、
直樹が嬉しいと自分も嬉しいのでとりあえずにこにこしてみる雪乃。
「ねえ、何が入ってるの?」
直樹のすぐ横に寄り添うように座る。
「へへ...じゃーん!」
直樹はガラにもなくはしゃぎながら、ダンボールの箱を開ける。
するとその中には...油紙に包まれ、銀色に輝く手錠が入っていた。
「.....? なあに? これ...」
盆を胸に抱いたまま...箱を覗き込む雪乃。
「手錠だよ、手錠! へへっ、カッコいいだろ〜、」
さっそく箱の中から取り出してその感触を確かめている。
「えっ!? てじょう!?」
大きな瞳をことさら大きく見開いて驚く雪乃。
優等生の雪乃にとっては全く縁のないものである。
「いいか、見てろよ」
直樹は左手に手錠を持ち、自分の右手首にあてがった。
がちゃっ!
手首に向って手錠を降ろすと、つがいで外囲を成していた半円が回転し...すっぽりと手首をその中に囲った。
「へぇぇぇ...」
手錠の仕組みなど知らない雪乃は、まるで手品でも見るかのようにその様を見ていた。
直樹はまるでブレスレットを見せびらかすようにして雪乃の前でちらつかせている。
「でも...どうしてこんなものを...?」
目の前でジャラジャラと鎖の音をたてる手錠をしげしげと見つめながら聞く雪乃。
「買ったんだよ、通販でな、おもしれーだろ」
「ふ、ふぅん...で、でも、なんだかこわいね」
銀の手錠に映りこむ雪乃の顔が、不安げなものになる。
手錠といえば、人を拘束する道具である。
それについてあまりいいイメージを連想していなかった。
「そんな事いう奴ぁこうだ!」
「あっ!?」
がちゃり!
直樹は言うが早いが雪乃の左手を取り、その手首にもう片方の手錠の輪をかけた。
「ちょちょっ、ちょっと直くんっ!?」
狼狽する雪乃。あわてて手錠の輪から手首を抜こうともがいている。
だが、さすが本物の拘束具だけあって雪乃の細い手首にもピッタリとフィットし、抜けない。
「ははっ、逮捕だ逮捕!」
雪乃のあわてぶりが面白くて、大笑いする直樹。
小一時間ほどウンウンともがいた後...あきらめた雪乃が泣きそうな声で言う。
「な...直くんっ...外れないよ...これ...」
雪乃のあわてふためく様を十分に楽しんだ後で、
「しょうがねぇなあ...外してやるとするか」
手錠のかかってない方の手を箱に突っ込んでカギを探す。
が...余裕のあった表情がだんだん曇りだし、
箱をまさぐる手の動きが次第に速くなってくる。
そして一言。
「.....ない...」
. . . . .
「カギは送るように言っといた...明後日の夜くらいにゃ着くだろ」
受話器を置いた直樹は雪乃の方に向き直る。
通販会社のミスで、送られてきた手錠にはカギはついていなかった。
直樹はその会社に電話をし、文句を言っていたのだ。
「じゃ...じゃあ...お休みの間はずっとこのままなのね...」
しょぼんと肩を落とす雪乃。
今日は金曜日...明後日の夜ということは、日曜日の夜までふたりはこのままということである。
「そんな暗いカオすんな!」
うつむく雪乃の頭に手を置いて、髪の毛をくしゃくしゃにする。
「う...うん...」
こくりと頷く雪乃...だがその表情は暗いままだ。
「まったく...」
直樹はやれやれといった感じで言うと、居間に戻ろうと歩きだす。
「きゃあ!?」
いきなり歩きだした直樹に、ぐいんと引っ張られ、おっとっと、とバランスを崩してしまう雪乃。
ふたりは体格差がかなりあるため、直樹の何気ない一動でも、雪乃にとっては大きな力で作用するのだ。
「...おっと」
バランスを崩して倒れそうになった雪乃を胸で抱きとめる直樹。
直樹の厚い胸板にそのまま顔をうずめる雪乃。
「おら、ちゃんとついてこいよ」
「う、うんっ...ありがと、直くん」
再び居間を目指して歩くふたり。
手錠で繋がれて間もないせいか、その足どりもぎこちない。
雪乃は直樹の歩幅にあわせ、後ろからぱたぱたと早足でついてくる。
「あ、お夕食、どうしよう?」
「店屋物でも頼めばいいだろ」
「あ...そうだね、直くん、なに食べたい?」
「そうだな...たまにはソバでも喰うか」
「うんっ、お蕎麦ね」
「大盛りでな」
「うんっ........あの...直くん?」
「なんだよ?」
居間に入ろうとした直樹は歩みを止める。
「また電話まで戻って...」
雪乃は苦笑いしながら廊下の向こうにある電話を指さして言った。
. . . . .
「いただきます」
丁寧に両手を手をあわせて一礼する雪乃。
「うわっ、喰いにくいなこれっ!?」
すぐ横で早速食べはじめている直樹は、開口一番そう言った。
手錠のせいでふたりはぴったりと寄り添った状態での食事を余儀なくされた。
雪乃は左手、直樹は右手を拘束されているため、雪乃はともかく、直樹は利き手が拘束されていることになる。
最初は拘束のない左手で悪戦苦闘していた直樹だったが、
「食べさせてあげよっか?」
と雪乃が世話を焼きたそうな表情で言ったため、拘束された右手に箸を持ち替えた。
それはそれで問題があり、直樹が箸を動かすたびにつられて雪乃の左手があわただしく上下し、
雪乃は直樹に手を引っ張られるようにして食事をした。
上品な雪乃は、いつも食器に手を添えて食事をするのだが、今日ばかりはそうもいかない。
しかも引っ張られながらの食事のため、ふたりして食卓の上を食べこぼしまみれにしてしまう。
なんとも滑稽な食事風景は、いつもの倍以上もの時間をかけてようやく終了した。
「ごちそうさま」
丁寧に両手をあわせて一礼する雪乃。
「.....お前、ホントに喰うの遅いんだな...」
横で待っていた直樹があきれた様子で言う。
普段なら食べ終わるとさっさとどこかへ行ってしまうのだが、今日ばかりはそうもいかない、
「ご、ごめんね、これでも急いで食べたんだけど...」
本当は直樹に引っ張られて自分が食べるどころではなかったのだ。
「さて、テレビでも見るかな...」
言いながら椅子から立ち上がる直樹。
「あっ、ちょっと待って直くんっ、後片付けさせて」
引っ張られるようにしていっしょに立ち上がりながら、言葉で制止する雪乃。
「後片付け? いらねーだろそんなもん、そのまま表に出しとけ」
「ダメだよ...ちゃんと洗って返さなきゃ」
「まったく...しょーがねぇなあ...さっさとしろよ」
「うんっ...ありがと、直くん」
. . . . .
食事も終わり...居間のソファに座っていつものようにテレビを見るふたり。
直樹はテレビを見ているのだが...雪乃は先ほどから直樹の横顔をじーっと見つめている。
「なんだよ?」
視線が気になってテレビから雪乃の方に視線を向ける直樹。
「直くん、耳のお掃除していい?」
じっと直樹の耳のあたりを凝視したまま言う雪乃。
先ほどから雪乃は直樹の耳の穴をじーっと見つめていたのだ。
「なんだ、またかよ.....いいよ、自分ですっから」
以前から雪乃は直樹の耳の掃除をしたがっていた。だが、直樹はずっと断っていた。
「そう言って直くん、全然しないじゃない! ねぇぇ、お掃除させて!」
まるで小さな子供がおねだりするように、直樹の身体にすがりつく雪乃。
「いいじゃねえかよ別に...なんでそんなに俺の身体のことばっかり気にすんだよ」
ことさら面倒くさそうに返す。
「だって...こんなに近くにいるから気になっちゃって...」
確かに...手錠のせいとはいえ、今日はふたり、ずっとくっついたままだ。
「...しょうがねぇなあ...どうすりゃいいんだ?」
「えっ、ほんと!?」
直樹の承諾の言葉を聞き、雪乃の瞳がひときわキラキラ輝きだす。
「じゃあ、ここに頭を置いて横になって」
ぽん、と自分の細い太ももをスカートごしに叩いた。
直樹はさも面倒そうにため息をつきながらもそれに従い、大きな身体を横たえる。
雪乃は手を伸ばしてテーブルの上にあるペン立てから耳かき棒を取ると...
「じゃあ、じっとしててね直くん」
ひざの上で横になる直樹に声をかける。
黙って頷く直樹。
こそっ...
木製の耳かきが...直樹の耳の中に入り込む。
こそ...こそ...
耳の穴の中をまさぐられるような感覚がして、きが2、3度やさしく動くと...溜まった耳垢がすくいとられる。
「わっ...やっぱりいっぱいあるよ...」
取れた耳垢を見て、何故だか嬉しそうな雪乃。
すくい取った垢をテーブルの上に広げたティッシュに落としていく。
こそ...こそ...
耳掻きが粘膜に触れるたび、くすぐったいような、気持ちいいような感覚がある。
「こんなにおっきなのが...よく聞えてたね」
雪乃の耳かきは非常に丁寧で心がこもっており...
耳の粘膜を一切キズつけずに垢だけを掻き取っていった。
こそ...こそ...
粘膜を耳かきでくすぐられるたび、じわりと滲み出てくるような快感が広がる。
「わあっ...いっぱい取れたよ...ほら見て、直くん」
手錠のせいで少しやりにくかったが、雪乃は器用に耳垢を掻き取っていく。
垢が取れるたびになんだか嬉そうだ。
「(コイツのひざ...気持ちいいな...)」
雪乃にひざまくらをしてもらうのは初めてだったが...
雪乃の太ももは細身ながらも柔らかくてあったかで、気持ちがよかった。
それ以上に、雪乃の耳かきは想像以上の気持ちよさで...
もっと早くやらせておけばよかったと少し後悔する直樹。
耳の中をこりこりとやさしく掻かれるたび...頭の中にモヤがかかったような快感に包まれる。
目がトロンとしてきた直樹の表情を見て、
「...ここ、気持ちいいでしょー?」
雪乃は嬉しそうに言いながら耳かきの先でこちょこちょとくすぐる。
こそこそっ、こそこそっ...
先日の空想フェラチオなどの性技はともかく、耳かきとなればいつもの調子を発揮する。
簡単に直樹の快楽秘孔を探りあてる雪乃。
寒い冬に熱い風呂に入ったような気持ちよさを何倍にも増幅したような快感が、
断続的に耳穴から湧き起こり、じわじわと脳内に伝わる。
射精の時の鋭い快感とはまた違う、ふんわりと包みこまれるような、ふわふわ身体が浮くような、そんな快感。
「はうううぅぅぅ」
あまりの気持ちよさに、だらしない溜息を漏らす直樹。
もうよだれを垂らしてしまうほどに恍惚の表情になってしまう。
「はい、こっちはおしまい...今度は反対側ね」
雪乃の声に、夢見心地を遮られ、少し不服そうな直樹。
それでも早く続きをしてほしいのか、文句も言わずに頭を反対側に返し、雪乃の方を向く。
ちょうど...雪乃の股間に顔をうずめるような形となってしまう。
股間にちょん、と当たった直樹の鼻先の感触.....ぎょっとなる雪乃。
「ちょちょっ!? ちょっと直くん! そうじゃなくて! 反対側に寝てっ!」
あわてて股間に貼りついた直樹の顔を両手で離そうとする。が、びくともしない。
「めんどくせぇなあ...いいじゃねぇかよ、これで」
「だ...だめだよっ! は、恥ずかしいよぅ!」
上着を引っ張ってスカートの間に滑りこませるような仕草をする雪乃。
「姉弟[きょうだい]でなにを恥ずかしがってんだお前...さっさとやれよ」
言い終わると、直樹はもう聞く耳を持たないといった表情で目を閉じた。
「う...うん.....でも...あんまり顔を近づけないでね...」
顔を真っ赤にしたまま心細そうに言う雪乃。
再び耳かきを再開するが、恥ずかしいのかその手つきも少しぎこちない。
でも...気持ちいいのには変わりはなかった。
直樹はと言うと、耳掻きの気持ちよさに、今度はいいニオイがプラスされてすぐにまた夢見心地に引き込まれていた。
「(ふぁ...いいニオイだな...)」
よく洗濯されたスカートの、日なたのニオイ。そして...ほんのり香る石鹸のニオイ。
雪乃にバレないように、くんくんとそのニオイを嗅ぐ。
やさしい耳かき...鼻腔をやさしくくすぐる香り...やわらかい膝の感触...
こりこりと耳を掻く音が...まるで子守唄のように心地よく脳内に響く。
これほど気持ちのよい枕は世界中どこを探しても、いくら金を積んでも手に入らないだろう。
リラクゼーションという言葉があるが、今の直樹はそんなものでは言い表せないほどリラックスしていた。
母親の胎内で羊水に浸かっているような...そんな心地よさ。
「はい、こっちもおしまい」
雪乃は最後の耳垢をティッシュの上に落としながら言う。
だが...直樹は動かない。
動かなくなった直樹の顔を覗き込んだ雪乃は...
「直くん? 直くん.....? あっ」
あっと嬉しそうな声をあげた。
「うふふ...」
覗きこんだ雪乃の顔が...やさしく微笑む。
完全に身体の力が抜けきった直樹は...まるで母親の胸に抱かれる赤子のように、安らかな寝顔を見せていた。
「チョコレートみたい 第十一話」の続きです。
アクシデントで女の子と手錠で繋がれて、しかもカギがない...、
まあ現実にはまずないですが、大好きなシチュエーションです。
そして耳かき! 私のお話しの中で2回目ですが...これも好き。
雪乃の性格が原作とはかなりかけ離れてきていると思う今日このごろ...。