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歯車9 謀議
コギト=エラムス/文


 「ん...」

 意識を取り戻す雪乃。

 

 重い瞼を開けると、視界がゆっくりと現実味を帯びてくる。

 

 みーっ

 

 「..........?」

 少し頭を起こすと、雪乃の胸の上に乗って心配そうに覗き込む子猫の姿が。

 

 子猫を胸にだき抱えながら、雪乃はゆっくりと起き上がった。

 まだ意識がはっきりせず、泥の中にいるかのように身体が重い。

 

 あたりを見回すと...そこは全く見覚えのない部屋だった。

 そのベッドの上で、雪乃は目覚めたのだ。

 

 みーっ

 

 子猫の鳴き声に視線を落とすと...腕に光る銀の時計が見えた。

 

 「.....!!」

 雪乃の脳裏に、あの夜のような陵辱劇が甦った。

 

 金田に自分が排泄している時のテープを聴かされ...そのまま峠まで連れて行かれた。

 そして...見ず知らずの男たち6人と金田の合計7人に乱暴された。

 愛車であるパトリックに縛りつけられて...それから、

 変な薬を飲まされて...身体中が麻痺したみたいに痺れてきて、どんどん意識が霞んできて...

 気がついたら、裸にさせられて、街中を.....。

 

 あのぶっきらぼうだけどやさしく、パトリックも気に入っていた金田...。

 直樹との失恋で失いかけた暖かさを、少しだけだけど取り戻した気がした。

 だが...その男に裏切られたのだ。

 

 泣いても、叫んでも、暴れても...誰ひとりとして雪乃を助けてはくれなかった。

 むしろ...自分が声を枯らしで絶叫する様を、男たちは楽しんでいるようだった。

 街にいた人々は、ボロ雑巾のようになった自分を見て、嘲り、汚いものでも見るかのような視線で通りすぎて行った。

 

 「うっ...!」

 身体のあちこちが、ズキズキと痛む。

 

 服は着ている...あの惨劇でズタズタにされた服ではなく、いつも雪乃が着ているパジャマだ。

 袖をめくると...白い細腕のあちこちに擦り傷がある。

 いや...腕だけじゃない。

 脚も、背中も、肩にも...アスファルトを転がされ、傷ついた跡がある。

 股間が火傷を起こしたあとみたいにヒリヒリと痛み、太い鉄の棒を突っ込まれているかのような違和感がある。

 

 意識の中と、身体の痛みは...男たちに陵辱されたことを忘れさせてくれない。

 かえってズキズキと疼き、雪乃を責め苛む。

 

 「いやっ...いやああああっ!」

 頭を抱えてベッドにうずくまる雪乃。

 

 「いやっいやっいやっいやっいやっいやっいやあああああああっ!!」

 そのまま激しい頭痛に襲われるかのように、悶え苦しむ。

 

 「いやあ....いや...いや...ぐすっ...ひぐっ...ひっく...いやああぁ...」

 .....悲鳴はやがて嗚咽へ変わっていった。

 

 . . . . .

 

 雪乃はベッドの隅でひざを抱え、小さくなっていた。

 「うっ...ぐすっ...ひっく」

 身体を丸めたまま、嗚咽を漏らしつづける。

 

 いくら泣いても...悲しみは洗い流されることはなかった。

 泣きつづけて腫れあがった瞼。

 それでも涙は止まらず、まるで壊れた蛇口のように瞳の端から大粒の雫がぽろぽろとこぼれ続ける。

 

 みーっ

 

 止めど無く流れる涙を、子猫はずっと舐めてくれた。

 

 「うっ...くっ...ううううっ」

 子猫を抱き寄せる。

 

 今、雪乃の痛みを理解してくれるのは他の誰でもない、この子猫しかいないのだ。

 

 ガチャ.....

 

 部屋の...玄関の扉が開いた。

 

 滝のように流れる涙を拭いもせず、はじけるように顔をあげる雪乃。

 ずかずかと上がりこんできた2人の男の姿を見て、雪乃の全身は総毛立った。

 

 忘れたくても忘れられない男たち...自分の地獄の底へと叩き落とした男のうちの2人。

 「ひ...っ!!!」

 思わず息をのむ。

 

 子猫をしっかりと抱いたまま、震えながら後ずさりをはじめる。

 恐怖のあまり瞳孔が開き、まるでこの世の終わりでも見ているかのように表情が凍りついている。

 歯の根が全くあっておらず、ガチガチと鳴っている。

 

 「............」

 腰を抜かしたような格好で後ずさりする雪乃を黙って見下ろす男たち。

 

 部屋は狭く、もう雪乃は部屋の壁際まで来ているのだが、後ずさりをやめようとしない。

 必死になって脚をばたつかせて後ずさりを続けている。

 恐怖のあまり思考力が極端に低下しており、もう逃げること以外考えられないのだ。

 

 「...相当追い詰められてるな...どうする、渡瀬」

 渡瀬と呼ばれた男はポケットから注射器を取り出した。

 「やっぱり寝ている間に打っておけばよかったな...たのむ、金田」

 「押さえておけばいいんだな?」

 金田と呼ばれた男は腕まくりし、鍛え上げられた二の腕を露出させながら言う。

 「ああ、だが恐怖にかられている人間は普段の何倍もの力を出す...侮るなよ」

 

 「まかせとけ!」

 金田は言うが早いが恐怖で顔を真っ白にする雪乃に飛びかかった。

 

 フーッ!!

 

 威嚇する子猫を無造作に掴んで部屋の隅に放りなげ、顔面蒼白となった雪乃の腕を捻りあげる。

 

 「いやあああああああああああああああああっ!!!」

 部屋を揺らすほどの絶叫が響いた。

 

 「くっ...!!」

 腕ひじき逆十字をかけるような体勢で雪乃の片腕を押さえつける金田。

 

 「いやああああ!! いやああああああーっ!!! いやああっ!! やああああっ!」

 恐怖のあまり狂ったように暴れる雪乃。

 あいたほうの手で床をガリガリと掻き毟る。

 身体を可動範囲までよじらせ、脚で床を蹴ってどすんどすんと跳ねる。

 金田に押さえられている腕を力で引き剥がそうとする。

 細腕がギシギシと軋むが、骨が折れる痛みよりも目の前にある恐怖から逃れることに必死なのだ。

 普段の雪乃からは想像もつかないほどの取り乱しぶり。完全に恐怖に支配されてしまっている。

 

 「お...大人しくしてろ! おい、渡瀬、早く!!」

 腕ひじき逆十字をかけるような体勢で雪乃の片腕を押さえつける金田。

 

 「よし...!」

 渡瀬はその伸ばされた雪乃の腕に注射器を刺し、一気に薬液を送り込んだ。

 

 「いやあああああああああっ!! やあああああっ.....やあ....あ...」

 腹の底から搾りだされる断末魔のような悲鳴が、途切れ途切れになってくる。

 

 薬液の効果によって、雪乃の抵抗は鎮圧された。

 あれほど身体を強張らせていた緊張が緩み、糸の切れた人形のようにぐったりとなる。

 

 「これで少しは落ちつくだろ」

 「ふぅ...世話やかせやがって...」

 まるで死んだように動かなくなった雪乃を見て、男ふたりはやれやれと溜息をついた。

 

 . . . . .

 

 窓から指し込む西日照らされ、雪乃の意識は再び回復した。

 部屋の隅でひざを抱えたまま...顔を伏せ、微動だにしない。

 

 みーっ

 

 雪乃の首筋に襟巻きのように巻きついた子猫が時折心配そうに鳴く。

 

 ガチャ.....

 

 部屋の...玄関の扉が再び開き、一人の男が入ってきた。

 

 男は雪乃のすぐ側まで歩いてくると、

 「よお...ハラが減ってるだろう、食事を持ってきてやった...ここに置いとくからな」

 雪乃の返事は期待していないのか、手に持ったお盆をフローリングの床に置く。

 

 みーっ

 

 肩から飛び降りた子猫が、その食べ物に向おうとするが、あわてて雪乃は子猫を抱き寄せる。

 一体何が入っているかわからない食べ物を、子猫に食べさせるわけにはいかないのだ。

 

 「ははは...大丈夫、中には何も入ってない...」

 男はつとめてやさしく言う。

 しゃがみこんで雪乃の顔をのぞきこむが、雪乃はわざと視線を合わせようとしない。

 

 「(渡瀬の薬のせいか...だいぶ落ちついてきてるみたいだな...)」

 雪乃の瞳は相変わらず真っ赤に泣きはらしたままだが、以前のように取り乱す様子はない。

 

 チュッ...チュッ...

 

 抱き寄せた子猫が、雪乃のひとさし指を咥えてチュッチュッと吸い出した。

 「...?」

 子猫がいったい何をしているのかわからない雪乃。

 

 「.....ママのおっぱいが恋しいんだ

  それでかわりにお前の指を吸ってるんだな」

 

 「え...?」

 男の囁くような言葉に、雪乃は初めて顔をあげた。

 

 「ソイツはまだひとりで生きていけるほど大きくない...

  母親に育ててもらわなきゃいけない赤ん坊なんだ」

 必死になって雪乃の指に吸いつく子猫を、男は慈しむような瞳で見ていた。

 

 男が雪乃に視線を戻すと、ふたりの目が合った。

 「...お前が寝ている最中も、その猫はお前の指を吸ってたんだ...

  おっぱいが出ないのに、ずっとな」

 諭すような男の口調。

 

 「その猫にはお前しか頼る人間がいないんだ...」

 言いながら立ち上がる。

 

 さっきは目をあわせようとしなかったのに、立ち上がる男を目で追う雪乃。

 

 「その盆にのっている食事を全部きれいに食べたら...

  猫が飲んでも大丈夫なミルクをやる」

 もう男は雪乃を見ようとはしない。

 そのまま背を向けて部屋を出ようとする。

 

 「その食事は猫に食べさせるなよ...消化できずに下痢を起こすぞ...」

 最後に男はそれだけ言って、部屋を出て行った。

 

 . . . . .

 

 壁に張りつくように並べられた無数のモニター。

 そのブラウン管には雪乃が映しだされていた。

 複数あるモニターはどれも同じ角度からではなく、ありとあらゆる方向から雪乃をとらえていた。

 

 モニターを見つめる6人の男たち...。

 

 ガチャッ...

 

 その部屋に、もう一人、男が入ってきた。

 

 「さすがだ、エド...」

 部屋に入ってきた男を、金田は歓迎した。

 

 「あれでよかったのか? 渡瀬」

 

 「ああ...あのタイプの女は、ひとりにしておくと悪いことばかり考えるようになる

  母性本能のある女にはああして ”自分がいなきゃダメだ” と思わせる存在を与えてやるんだ...」

 

 「...ほら見てみろ、食欲はまだないはずなのに、

  ネコのミルクが欲しいために無理して食べてる」

 

 ブラウン管に映った雪乃は箸を取り、お盆に載せられた食事を口に運んでいた。

 

 「思ったとおりだな...あの女は自分の痛みよりも、他人の痛みの方が辛いんだ」

 

 「へぇ...そんな人間がいるもんなんですか?」

 

 「車のボンネットに縛りつけただろう? あの時、自分よりも車のことを心配してたじゃないか」

 

 「なるほど...」

 

 「ところで金田...身辺整理の方は大丈夫か?」

 

 「こっちは問題ナシだ...大学に休学届けは出してきたし、

  雪乃の友人たちには誤魔化しておいた」

 

 「晴子とかいう女も大丈夫か?」

 

 「ああ、父親の病気で北海道の方に帰ったと伝えておいた」

 

 「よし...特にあの晴子とかいう女は危険だ。

  今の雪乃が会ったら全てを話してしまう恐れがあるからな」

 

 「雪乃の体調と精神が回復するまで...このマンションで暮らしてもらう」

 

 「そうか...エド、例の準備は?」

 

 「問題ない」

 

 「よし...準備万端だな...」

 金田は満足そうに言うと、再びブラウン管へと視線を戻した。

 

 ブラウン管の向こうで食事を口に運ぶ少女は...

 自分の知らないところで更なる計画が進んでいることに気づかないでいた。

 

 

 


解説

 「歯車8」の続きです。

 

 今回エッチなしなのでちょっと手抜きめ。

 


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