大会の開始から数分後、ティファ・ロックハートは放置された地点に留まっていた。
(どうしよう…クラウド…助けて…)
ティファが放置されたのは森の中。木の根元に座り込んで、不安と戦っていた。
ここが異世界で、しかも闘うことを強制されている…未だに実感はない。
しかし、見てしまった…人質の中にクラウドの姿があったのを…
助けるためには、自分が戦わなければならない。しかし、心優しい彼女にはまだ強い迷いがあった。
塞ぎこんでいた彼女が突然顔を上げる。
「…ユフィ…?」
視線の先には、旅の仲間であるユフィの姿があった。
まがりなりにも忍びであるユフィの気配は薄い。しかし、そうでなくてもティファには気がつかなかっただろう。
「ティファ…だめだよ!そんなにボーっとしてちゃ!」
ユフィが安堵のため息と共に軽い叱責を浴びせる。
「この辺、かなりいっぱい人がいるよ…ティファだって、説明聞いたでしょ!?」
ティファは見慣れた顔に安心し、うっすらと涙を浮かべて頷いた。
「みんな…戦うことは望んでないと思うけど、出会ったらどうなるか分からないんだよ…?
それに、かなり殺気だった奴もいるみたいだし…」
ユフィが差し伸べた手に掴まってティファが体を起こす。
「ねえ…ユフィ…一緒にいない?私…怖いよ…」
「うん!良いよ。ティファなら、守ってくれそうだもんね。」
ユフィはあっさりとティファの申し出を受け入れた。
ユフィも自分の力、特に格闘能力に自信はある。だが、ティファの格闘術は、それをはるかに上回っていた。
それに、今まで旅をしてきた仲間のティファは、信用も出来るし、何よりも違和感がない。
そして、心優しいティファは最悪の場合でも自分の身を助けてくれるだろう。色々な意味で…
そんな二人の前にどこからともなく、監視員は姿を現す。
緑色の服は、森の緑に完全にマッチしている。気配どころか存在さえも感じられない。
そんな存在が突然、二人の前に現れた。
「同盟成立…と考えても良いのかな?」
白い仮面の下から、静かな声がする。
「そ、そうよ!」
「私とユフィは一緒に戦う…」
二人の言葉を聞き、監視員は姿を消した。
『人の心は脆い…気を許さないことだ。』
監視員の一言だけが、どこからともなく残される。
怒りに顔を真っ赤にするユフィと、やはり怒りを感じているティファだけが残された。
「しっつれいな!」
「ホント!…ユフィが信用でできないのは、マテリアに関してだけよ!」
ティファの言葉にユフィが目を丸くする。ティファは悪戯っぽい笑みを浮かべている。
「ひどぉい!ティファ!」
「アハハハ、ごめんね、ユフィ!」
ユフィがティファを追いまわす。
「もう…!でも、ティファ、元気が出たみたいだね!」
ユフィがティファの様子を見て、安心したように笑顔を見せる。
「ユフィのおかげかな…それに、クラウドを助けるために、落ち込んでいられないから…」
一瞬明るくなったティファの顔が、悲痛な表情を浮かべる。
「そうだよ!クラウドを助けるために元気だそうよ!」
「二人で最後までがんばって、どっちが勝っても、お互いの身柄を保証しなきゃね。」
「ううん。優勝はアタシに譲ってよ…」
ユフィの声のトーンが下がる。ティファの不安を誘うような口調である。
「ユフィ…?」
「優勝したら、賞金もらえるんでしょ!?だから、最後はアタシに勝たせてね!」
パッと顔を輝かせたユフィが、先ほどのお返しとばかりにティファをからかった。
「さてと、ちょっと偵察に行って来る!ティファは隠れててね!」
ユフィは軽やかに木に登り、ティファを残して姿を消した。
ティファは、ユフィに言われたとおり、茂みに身を隠して様子を伺った。
精神を集中させる。確かに、周囲には複数の気配、そして殺気や闘気が感じられた。
(今動いたら…危ない…もう少し様子を…)
ティファは一掃気配を消し、呼吸すらも制限して周囲の様子だけを伺う。
格闘家として師・ダンカンに鍛えられ、戦うための術、生き残る力を得ていた。
そのティファの背筋にゾクっと悪寒が走る。
殺気ではない。ただ、この上なく不快な気配。妖気と言えるものがティファの背筋を駆け巡る。
本能に従い、慌てて茂みから飛び出し、身を投げる。
一瞬遅れて、それまでティファがいた場所が眩い閃光に薙ぎ払われる。
閃光はティファがいた空間を遥かに通過し、木々を焼き払いながら森の奥に消えていった。
「フフフ…あれで隠れていたつもり?」
妖艶な女の声が聞こえる。
「あなたの香り…私には良く分かったわ…」
「あなたは…?」
振り向いたティファの瞳が捉えたのは、同性から見ても妖艶な女だった。
胸の大きく開いたレオタード、そして黒い羽を持った淫魔・モリガンが薄く笑いながらティファを狙っていた。
体の前に構えられていた黒い巨砲が姿を変え、モリガンの背中に消える。
「私はモリガン…あなたのような優しい獲物を狩るハンターよ…!」
モリガンの拳から、オーラに包まれたコウモリ・ソウルフィストが放たれる。
咄嗟に身を捻ったティファの背後の木が抉られる。
「何故…そんな風に戦うの?」
「何故?フフフ…楽しいからよ。」
戦う目的が見出せないティファが、モリガンから間合いを取りながら構えを取る。
「それに、あなたが戦うつもりがなくても、もう勝負は始まっているのよ?」
モリガンはソウルフィストを撃ち、ティファを追い詰める。
「やめて!!」
ティファは無数に放たれるソウルフィストを避け、そしてかろうじて受け止めながらモリガンから逃げようとしていた。
「やめる?本当にそれで良いの?」
振り向いて駆け出したティファの顔の前に、モリガンの顔が現れる。
木々を縫うように飛び、ティファの体の上に浮かびながら顔を覗き込んでいた。
「あ…う……?」
突然の事態に、硬直するティファ。モリガンの瞳に吸い込まれそうになる。
「あなたも格闘家の端くれでしょ?戦いを挑まれて逃げるなんて…本当にできるの!?」
モリガンの翼が変形し、槍のような形状になると、ティファの体に次々に打ち込まれる。
「う…!?っくぅ!」
ティファは両手でその猛攻を捌き、反射的に中空のモリガンに蹴りを繰り出す。
「ほら、体は正直じゃない…?」
モリガンは空中で体を泳がせ、蹴りを難なく避ける。
ティファが追撃しようとするが、モリガンは更に高く舞い上がる。
「でも、今の迷いのあるあなたと遊んでも面白くないわ!」
モリガンは高く舞い上がると、上空からソウルフィストを雨のように降らせる。
ティファは軽やかにそれを避けながら、枝に飛びついて、木を駆け上がる。
一瞬で登った足場にして上空のモリガンに迫ろうとした。
「あら?そんなところで何をしているの?」
上空にいたはずのモリガンが、いつの間にか地上に立っている。
「いつの間に!?」
ティファは木から飛び降りながら、モリガンに向って矢のように蹴りを放つ。
「フフフ…」
ティファの飛び蹴りが微笑むモリガンに迫り、ティファの脚はモリガンの腹部を直撃する。
「く…ごめんなさい!」
確実な手応えを感じ、ティファは目の前の対戦者に罪悪感すら感じた。
「別に構わないわ…何ともないし…フフフフフ!」
「え!?何!?キャア!」
モリガンに当たった脚が動かない。良く見ると、何か黒い物が絡み付いている。
目の前で微笑むモリガンの姿が歪み、真っ黒い何かがティファの体に絡み付いてくる。
キィィィ、と甲高い音をさせて、木々を割ってモリガンが空から降り立つ。
「何で…確かに地上にいたのに…あれは…!?」
黒い何かに全身を絡めとられ、身動きのできないティファが理解できずにもがく。
「今のは私の分身…ダークネスイリュージョンというのよ?」
モリガンが、身動きの出来ないティファの体を優しく抱きしめる。
「目に映るものだけが真実ではないの…目を開けていても見る夢もあるわ…」
モリガンの翼が大きく開き、甲高い音がティファの耳を打つ。
「な、何を…放して!!」
「さあ、私と行きましょう?」
もがくティファの耳に、甘い吐息と共にモリガンが囁く。ティファの体から力が抜けていく。
フワリと体が軽くなる。二人の体は浮かんでいた。
「いや…放して!放して!!」
ティファが暴れる。この女に抱きしめられているだけで、体から力が抜け、何かおかしな気分になってくる。
体の浮揚感が、抵抗力を弱める。ティファはだんだんと甘く痺れるような気分になっていった。
暴れていたティファだったが、モリガンの瞳に魅入られたようにやがて抵抗しなくなっていた。
二人はどんどんと上昇し、木々を抜け、やがて地上からかなり離れた上空に達した。
「おやすみのキスをあげる…」
モリガンは、ティファの唇に自分の唇を重ね、舌を絡めた。
モリガンの魔力ですっかりと淫靡な空気に飲まれたティファは夢見心地でそのキスを受け入れていた。
「じゃあ、おやすみ…また遊びましょう?」
長いキスの後、恍惚としているティファを抱え、モリガンは真逆さまに急降下を始めた。
景色が急速に巻き戻されるように、地面が近づいてくる。
ティファの頭が地面に直撃し、砕かれる瞬間、モリガンは体の向きを変え翼を広げた。
「戦意はない子は、もう負けなのよね?」
モリガンがティファの体を地面にそっと下ろす。
「…その通りです。初戦勝利、おめでとうございます。」
樹の上から監視員が降りてくる。
「では、モリガン様。勝利者の休憩施設にご案内いたします。」
「滞在期限は半日だったわね?でも、お風呂を借りたら、もう十分よ。
今のは、ただの火つけだったから…早く本気で戦いたいわ…」
モリガンは男に導かれるまま、森の中に消えていった。
モリガンが最初にわざと外したソウルイレイザー、そして派手に暴れ回ったのは、
戦闘という現実を示し、他の選手の緊張を爆発させ、戦闘に導くためだった。
「ティファ・ロックハート…敗北。身柄を拘束させてもらうぞ。」
入れ替わりで姿を現したもう一人の監視員がティファの体を抱きかかえる。
「んはぁ…ほしい…」
ティファの手が無意識のうちに男を求める。
「焦らなくても、もう少しすれば、嫌というほど楽しめる。」
聞こえていないティファに話し掛けながら、ティファを抱きかかえたまま跳躍し、姿を消す。
「これは……ティファ…?ティファ!?」
数分後、戻ってきたユフィの目に映る光景は、破壊の後の残る一帯だけだった。
ユフィの声だけが、一帯に響き、新たな緊張状態を作り出していた。
遅れに遅れた本選開始です。
基本的な形として、前後編に分けることになると思います。
ティファ、何か動かしにくいですね…
うーん…何とか勉強が必要な部分です…
どなたか、「ティファはこうだ!」といった情報などありましたら、お願いいたします。
他力本願で恐縮ですが…