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螺旋―欲望の孤島― 第2戦(前編) 御剣涼子VSミネルバ
チェシャ/文


 遠く、森の方から聞こえる鈍い騒音。

 ポニーテールの少女が本能的に咄嗟に身をすくめ、刹那の間に構えを取る。

 立つ場所は草原、身を隠す場所は少ないが、それは同時に敵の隠れる場所も少ないことを意味する。

 膝まで生い茂った草が風になびく草原から、森の方向を振り返る。

 森の中から聞こえる破壊音が、現実を感じさせる。

 「誰かが戦ってるの…か…」

 自分が経験したストリートファイトや決斗とは異質な空気。

 隔離された空間で、全てを賭けて戦いを強いられている。

 御剣涼子は、手にした木刀を握り締めた。

 

 『武器を選ぶがいい』

 数時間前、自分を運んだ仮面の監視員がカタログを見せていた。

 カタログに踊る写真や文字は、それが全て業物であることを示していた。

 歴史上、行方が途絶えてしまった名刀、魔刀すら含まれている。

 『木刀…がいいんだけど…』

 その言葉に、数分後、木刀が届けられた。

 木刀の殺傷能力は真剣には劣らない。劣らないが、戦闘能力は格段に落ちる。

 刃は触れるものを切り、刺すことができるが、木刀は物理的に叩き潰すことしかできない。

 機能が根本的に単純化されている。

 だが、涼子にとってはその単純さが逆に迷いを振り切ることになっていた。

 得体の知れない大会で、見知らぬ人間をいきなり殺傷することへの迷い。

 木刀ならば、真剣よりも手加減の幅が大きい。生殺与奪は、真剣よりも簡単に決めることができる。

 涼子は木刀を手に、放置された草原に立っていた。

 

 知らされたルール、ペナルティ、そして耳打ちされた人質の名を何度も確認するように頭の中で反復する。

 涼子が苛立ちを露わに地団太を踏む。

 真っ先に考えたのは、大会本部に乗り込み、人質を救出して脱出、というできすぎた展開だった。

 しかし、それは無理だろう。自分を連れ去った男たちの力量は、自分を遥かに上回っていた。

 そして、どこかに潜んで自分を監視している監視員も、当然それなりの腕前だろう。

 (連れ去った男達と、監視員は、全く同質のクローンであるが…)

 「最悪なルールね…逃げ道も考えつかない…」

 親指の爪を噛みながら、涼子が良案を探す。

 「同感だな…」

 ふいに耳に届く声。柄を持つ手が構えを取り、全身に緊張が走る。

 ハッと振り返った涼子の目に、赤い髪の女性が立っていた。

 細身の体に鎧を身に着け、冷たさすら感じさせる鋭い美貌の持ち主であった。

 「あなたは…?」

 脇構えに木刀を構えた涼子から、警戒感が滲み出る。

 対峙するだけで分かる。かなりの、いや、相当な腕前だ。

 安穏とした時代の感覚ではなく、戦場の、それも白兵戦で鍛え上げられた凄みを感じる。

 現代では、容易くお目にかかれない、まさに死線を越えた戦士の強さだろう。

 「私はミネルバ…マケドニアの王女…いや…ここにはない国だ…」

 涼子の緊張を知るように、ミネルバはその場から動かずに語った。

 「…異世界からの参加者ってことね…」

 「そういうことだ…」

 涼子の問いに、ミネルバが気乗りしない顔で答える。

 「こんな馬鹿げたことに付き合う暇はないんだが…人質を取られている…」

 「私も同じよ…」

 距離をおいた二人の間に緊張が流れる。

 「本当なら、同盟とやらを考えたいところだが…」

 ミネルバの言葉に、涼子がかすかに動く。

 「お前が放つ闘志が、その余地すら与えてくれないようだな…」

 「え…?」

 涼子が戸惑いの声を上げる。

 「私と向かい合った時から、私を見るお前の目が戦いたくて仕方がないと語っていた。」

 ミネルバの言葉に、涼子は小躍りしている自分の心に気がつく。

 「そして…」

 いつの間にか草原に立つ、二人の仮面の男。

 「そんなお前の闘志を見逃してくれるほど、この大会は…甘くはないらしい!」

 ミネルバが草で隠れた脚を蹴り上げる。

 足の甲に乗せられていた槍が跳ね上がり、ミネルバの手に柄が握られる。

 槍を2、3回軽く回すと、穂先を横に薙ぐ。

 「自分で撒いた種だ…文句はないな?」

 薙がれた草が風に舞い、ミネルバがキッと涼子を睨む。恨みなく、覚悟を決めた瞳だった。

 「ええ…ごめんなさいね…巻き込んで!」

 ピリピリと叩きつけられるような気合を受けながら、涼子が不敵に微笑む。

 結局は、自分は強い者と戦えれば、場所など関係ないのだろう。

 お互いの都合、待ち受ける悲劇、そんなものは終わってから考えれば良い。

 涼子は全身に緊張感と、焦がれるような期待感を溢れさせていた。

 「無駄な争いは好まない…だが、こうなった以上、負けるわけにはいかない!」

 ミネルバが駆け出す。槍の攻撃と同じように、一直線に涼子を目指して全速で駆けて来る。

 槍は片手で掴んだまま、一見すると隙だらけに見える。

 「こっちだって!負けるつもりはないわよ!」

 涼子がミネルバに合わせるように間合いを縮める。

 槍と刀のリーチの差は当然承知している。薙刀と戦ったこともある。

 武器の違いによる「三倍段」の法則など、戦い方次第で意味をなさなくなることも知った上での前進だった。

 数瞬で縮まった間合いで、二人がお互いに呼気を吐く。

 ミネルバは、右手の槍を涼子目掛けて突き出す。

 涼子は、それを迎え撃つように切っ先を穂先に向けて撃ち出す。

 ガッという鈍い音を立て、両者の武器がピタリと止まる。

 「…なるほど…木製の剣に鉄芯が仕込んであるのか…」

 「あんたの槍…先端を丸めてくれてるのね!」

 涼子がフワッと身を翻すと鋭く踏み込んで、伸びきったお互いの武器の間合いを縮め、懐に入る。

 ミネルバの切っ先は、自分の背中の後ろにある。水平に構えた木刀が胴を薙ぐために動く。

 鎧の上からでも、十分にダメージを与えられる一撃だった。

 「獲った!」

 「甘い!」

 ミネルバが右手首をかえすと、柄尻が跳ね上がり、回転した柄が涼子の木刀を受け止める。

 全エネルギーを解放される前の一撃とは言え、ミネルバは難なくその一撃を受け止めていた。

 そのままもう一度右手を捻ると、弧を描いた穂先が、涼子の顎を捉える。

 涼子は辛うじて峰で受けると、間合いを取る。

 「…流される…」

 ミネルバの槍と、それを振るう膂力によって。打ち込みが流されてしまう。

 対応策は、柄の回転を封じ、棒にしなければならない。

 (掴んでしまえば…でも、掴んだら、こっちの攻撃も半減する…)

 迷う涼子の一瞬の隙を突き、ミネルバが間合いを詰める。

 思い切り姿勢を低くし、背の高い草に草に隠れるように一気に詰め寄る。

 緑の中に目立つ涼子の脚を薙ぐように、槍を横なぎに一閃する。

 「!これだ!!」

 一瞬の攻めに反応した涼子が、片足を上げて槍を踏みつける。

 「ぐっ…」

 渾身の力で踏まれた槍は、ガッと反動をつけて止まり、ミネルバのバランスを崩す。

 「もらったぁ!」

 一瞬の機転で生まれた好機に、涼子は足元のミネルバに鋭い一撃を振り下ろした。

 涼子が木刀を振り下ろす瞬間、槍を踏んでいた足が踏み込みのために少しだけ軽くなった。

 「させるか!」

 ミネルバは、その隙を逃さず掴んだ槍を思い切り引く。

 涼子の足を乗せた槍は、ミネルバの手元に引き寄せられ、結果として涼子はバランスを崩して後ろ向きに倒れることになった。

 倒れこむ涼子に向って、ミネルバが槍を真っ直ぐに突き出す。

 バランスを崩しながらも、涼子は何とかその一撃を払いのける。

 「バランスが悪いのはお互い様か!?」

 毒づいたミネルバが続いて槍を回転させ、尻餅を突いた涼子に柄尻を叩き込もうとする。

 「食らえ!」

 倒れこむ時に用意した錘入りのボールペンをミネルバに向って飛ばす。

 ガッガッという重い音を立て、ミネルバの鎧に突き刺さり、ミネルバの攻撃に隙ができる。

 気が殺がれた一撃を木刀の柄で叩き落し、涼子は全身のバネを使って体を起こし、そのままミネルバに飛び込む。

 攻撃を外したせいで隙ができたミネルバだったが、辛うじて身を捻る。涼子の飛び込み突きが肩口に切っ先がかする。

 お互いにそのまま前向きに駆け、間合いを開く。

 「もう少しで…鳩尾を打ち抜かれるところだった…」

 ミネルバが傷む肩を押さえながら、隙なく槍を構える。

 「こっちこそ、頭を砕かれるところだった…」

 涼子が正眼に構えながら、呼吸を整え、ミネルバの様子を伺う。

 一瞬の攻防の中の恐怖と反撃に、涼子の背筋は冷たい汗と共にゾクゾクした歓喜に泡立っていた。

 (…楽しすぎる…!)

 額から流れる汗にすら気がつかない涼子。その表情は、薄っすらと微笑が浮かんでいる。

 勘が次の交差が最後になると告げている。どちらが勝つかかは分からない。

 全身に緊張感と闘志を溜め、攻撃の隙を待つ。

 ミネルバは、涼子の爪先から頭の先までを眺め、その体に満ちた必倒の気を感じてた。

 両者の緊張が最高潮になり、冷や汗が額を伝うことすら、引き金につながるまでに高まる。

 拮抗が一瞬で破られる。

 ミネルバが、自分の鎧に刺さったボールペンを引き抜き、涼子に向ってそれを放った。

 涼子はミネルバが手を動かした瞬間に深く踏み込み、草に隠れるくらい身を低くしてボールペンを避ける。

 覆い茂った草の根元には、ミネルバの足が覗く。

 そこから推測されるミネルバの体に、脇構えから木刀を最高の踏み込みと共に突き出す。

 切っ先が迫り、ミネルバの槍は動かない。柄尻を地面につけ、垂直に立てられたままだった。

 「でぇやぁぁぁ!!」

 必殺の意思を込めた掛け声と共に、切っ先が撃ち出される。

 左右どちらに身を捻っても避けられず、槍を回転させて防ぐこともできないほど迅い突きがミネルバに殺到する。

 しかし、切っ先は何の手応えも感じず、涼子の体は勢いに任せたまま、草むらを突き破って外気に晒された。

 殺気を感じ、肩口から視線を向けた涼子の瞳に映る月を背負ったミネルバ。

 ミネルバは槍を軸に高く跳び、涼子の突撃を空中に逃げて避けていた。

 宙を舞うミネルバの体が翻り、軸になっていた槍が引き寄せられる。

 涼子の瞳とミネルバの瞳が交差する。そして、涼子の瞳がミネルバの背後の月の光で眩み、涼子の意識はそこで途絶えた。

 

 空中で体を翻したミネルバは、その遠心力を利用して柄尻を涼子の首筋に打ち込んで勝利を得た。

 「紙一重…だな…」

 ミネルバが鎧の上から腹部を触る。

 ミネルバが、槍を使い中空に逃れた時に、涼子の突きがすぐ近くを通り抜けた。

 それだけで鎧にはヒビが入っていた。

 「…誇るが良い…」

 意識を失った涼子にミネルバが背を向ける。

 「ミネルバ選手、お見事でした。」

 それまで黙って勝負を見ていた監視員が、ミネルバに近づく。

 「こんなに良い戦いの後だというのに…後味が最悪だ…」

 意識のない涼子を抱きかかえて姿を消した監視員の姿にミネルバが毒づく。

 「あの娘は…これから…」

 「ご説明申し上げた通りです。」

 「…すまない…!」

 監視員の言葉に、ミネルバは切なそうに呟いた。紙一重で運命を分けた少女のために。

 「明日は我が身です…さあ、勝利者の休憩施設にご案内いたします。」

 ミネルバは足取り重く、男の後に従った。

 

 

 


解説

 第2戦目です。

 

 涼子を登場させるのはすぐに決まったんですが…相手がなかなか決まりませんでした。

 迷いに迷った挙句、ミネルバに決定しましたが…

 飛竜から降りた時のミネルバは、本当は剣なんですよね…

 でも剣同士では、涼子には敵わないでしょうし(笑)、武器のバリエーションが欲しかったので、敢えて槍ということにしました。

 (剣と鞭は多いんですが…あと、銃とか…)

 槍の使い方は、イメージで書いてしまったので本物とはかなり違いますよね。

 一応、カンフー映画で使われている使われ方とお考えください。

 

 ともあれ、後編をお楽しみに…

 


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