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螺旋―欲望の孤島― 第3戦(前編) キングVS来栖川綾香
チェシャ/文


 大会が開始されてから1日が経過した。

 参加している選手は、島内を探索する者と、その場から動かない者に分かれていた。

 ある者は恐怖と不安から、その場に蹲ったまま一晩を明かしていた。

 ある者は会場で見た仲間と合流するため、島内を歩き回っていた。

 ある者は自分以外に信用できるものがいないため、転々と場所を変え、注意深く眠れぬ夜を過ごした。

 そして、ほんの少数の者は、逃げるものより注意深く獲物を探しながら島内を巡っていた。

 

 選手の一人、キングは、2番目の部類に属していた。

 かつてKOFを共に戦った仲間と合流するため、島の中を駆け回っていた。

 会場で拘束されていた時、偶然隣にいたレオナからの伝言を伝えるために。

 『脱出したければ、島の最北の岬に集まること。ただし、信用できる人間以外には話すな。』

 そう囁いたレオナとは、大会の開始と同時にバラバラになった。

 伝言を聞いたのは、キングとブルーマリーだけだった。

 信用できる人間は誰か?

 キングの脳裏に浮かんだのは、かつてのチームメイトの姿だった。

 運良く、キングはかつてのチームメイトである不知火舞に会うことができていた。

 舞に伝言を伝え、「信用できる」者を集めるように頼んで別行動をとっていた。

 (ジャン…)

 人質として紹介された弟の姿。幸いにも、弟はこの会場には拉致されていない様子だった。

 キングは預かり知らないことだが、委員会で『在宅組』と呼ばれる人質である。

 会場にこそいないが、キングの行動次第では、どうなるかは分からない。それは知っていた。

 そして、キングの脳裏によぎる男の顔。

 (リョウ…ッ!)

 恋愛感情を抱く男。しかし、キングを救いに来て、たったの一撃で静められてしまった。

 リョウが弱いのではない。相手が異常な強さだっただけだろう。

 リョウを助けなければいけない。そのためには優勝する必要がある、

 そして、優勝するためには、たった一人許される仲間を除いて、全員を倒し、男達に捧げる必要がある。

 だが、レオナの言葉にはこのおぞましい状況に頼らずとも、リョウを助ける方法があるような気がした。

 だからキングは進んでいた。一人でも多くの仲間を助けるために。

 

 

 来栖川綾香は苦悩していた。

 大会開始から間もなく聞いた破壊音。それが綾香の行動を決めていた。

 『ここは狩場…自分の身は自分で守らなければいけない。誰かに会ったら、戦わなければいけない。』

 綾香は一人だった。見知った顔など、誰一人いなかった。

 孤独な状況で、この狂った戦場に立たされ、勝ち残ることを強要されている。

 そう、綾香は勝たなければならない理由があった。想い人と、実の姉を人質に獲られている。

 他の選手も同様だが、だからといって、自分の大切な人と、自分を捨ててしまうような性格ではなかった。

 しかし、だからといって、冷酷に他人を狩りたてることなどできるはずがない。

 それ故の苦悩であった。

 慎重に行動し、誰かに見つからないように常に移動し、そして、誰とも出会わないことを祈っていた。

 『運が良ければ、自分以外が全滅するかもしれない。』

 ありえないと分かっていても、そんな都合の良い期待にすがっていた。

 だが、戦場の戦士がお互いに引き合う運命から、逃れることは決して出来ない…

 

 ミネルバと涼子が激戦を繰り広げた草原。綾香はそこにたどり着いていた。

 背の高い草の中で、一休みしようと、周囲の様子を伺う。

 そして、気がついてしまった。同じように誰かが草むらに潜んでいることを。

 一瞬で背筋が凍りつき、冷たい汗が流れる。

 相手が誰であるか分からない恐怖。何を考えているか分からない恐怖。そして、力量が分からない恐怖。

 逃げ出したくなるような恐怖と、自分の中に立てた誓いで綾香の心が締め付けられる。

 (もし…もし出会ってしまったら…戦わなきゃ…姉さんと…浩之のために戦う…だから…気がつかないで…)

 綾香は息を潜め、気配だけを伺っていた。殺気を、そして闘気を…

 緊張で身は凍り、冷たい汗がダラダラと流れる制服の中のブラウスは、びっしょりと濡れているだろう。

 時間の感覚が消え、どれだけそこに潜んでいるかも把握できなくなったその時…

 予想外の方向から殺気の塊が飛来するのを感じた。

 いくつもの光球が草むらに落ち、着弾点が発火する。

 「くっ…!」

 自分の近くに光球が迫り、綾香は咄嗟に横に跳んで避ける。

 「ちぃ〜っ!」

 泣きそうな、しかし、緊張感のない悲鳴と共に、草むらから人影が飛び出す。

 二人が炎に照らされるお互いの姿を認める。光球はすでに止んでいた。

 「あ…あぁ…ど…どうしよぉ…」

 草むらから飛び出した、幼さを感じさせる女、ユリ・サカザキがうろたえる。

 綾香は構えこそ取らなかったが、臨戦体勢で向かい合っていた。

 (戦わなくちゃ…でも…本当に良いの?)

 相手はまだ戦意がないようだった。実際にはユリの方が年上だが、綾香の目には自分より幼く見えていた。

 「…!?…ユリ…サカザキ?極限流空手の…?」

 綾香が咄嗟に構えを取ってしまう。綾香自信も格闘技に携わり、かなりの腕前であるため、ユリの存在は知っていた。

 目の前で構えを取る綾香の前でも、ユリは戦う気が起きなかった。

 同様に、構えこそとったが、綾香もまだ戦う決心はついていなかった。

 だが、戦士の運命は戦いを避けることを許さなかった。

 「ベノムストライク!!」

 綾香の眼前を、青白い何かが通り過ぎた。冷や汗がドッと溢れ出てくる。

 「キングさん!?」

 「ユリ!何をしている!?危ない!」

 キングがユリを庇うように綾香との間に割って入り、綾香を観察する。

 構えを取っている綾香を見て、どこか気の抜けたユリが襲われていると判断したのだろう。

 「ユリ…北の岬で合流しよう…信用できる奴がいたら、連れてきてくれないか?」

 キングが綾香から視線を外さずに、ユリに囁く。

 「う…うん…でも、その人は…」

 「良いから早く行くんだ!気をつけて行くんだよ!」

 キングの気迫に、ユリは説明すら許されず、その場を離れざるを得なかった。

 「…随分…強引なのね…」

 綾香が寂しそうに呟く。自分は孤独なのに、相手は仲間がいて、しかもお節介な助け合いまでしている。

 おまけに、向かい合っていただけで、敵扱いされている。

 怒りと、寂しさとが混じった苦笑いを吐き捨てるように漏らす。

 「あなたがそんなにやる気だから…戦わなきゃいけなくなったじゃない…!」

 (私はまだ戦いたくなかったのに…!)

 綾香は最後の一言を飲み込むと、しっかりと構えをとってキングを睨みつける。

 「お前が…ユリを襲ったからだ!私はアイツを守る…!」

 キングは苦虫を噛み潰したような表情で、綾香との間合いを詰める。

 キングは先ほどの光球の雨を、綾香の仕業だと思い込んでいた。

 二人の姿が炎で照らされる。誤解を解くことも敵わない雰囲気の中、緊張が高まっていく。

 「勝手なことを…!でも、おかげで覚悟が出来たわ…戦わなければ進めない!」

 綾香が目の前の強敵を前にして、一切の迷いを捨てる。

 今はとにかく戦わなければいけない。状況はともかく、自分も相手も格闘家なのだ。

 綾香はジリジリと滲みよるキングとは対照的に、勢い良く駆け出し、自分の間合いにキングを入れようとした。

 「ベノムストライク!」

 しならせたキングの脚から、青白い気弾が撃ち出される。

 草を薙ぎ払い、一直線に駆ける綾香に一瞬で迫る。

 「それはさっき見た!」

 綾香は右足を軸に体を翻らせると、鼻先まで迫った気弾を容易く避ける。

 体を正面に向けた綾香の前にキングの姿が迫っていた。

 ベノムストライクを放った直後に、綾香の間合いを一気になくしたキングが、体を回転させて正面を向いた綾香にハイキックを見舞っていた。

 「迅っ…!つっ!」

 綾香はかすかに体を沈め、腕で頭部を守り、しっかりと蹴りを受け止める。

 同時に一瞬で姿勢を低くし、膝下を狙って下段の回し蹴りで反撃する。

 「くっ!?」

 ガキッという硬い音を立て、綾香の蹴りがキングの脛に阻まれる。

 「その蹴り…脛の硬さ…ムエタイね…!」

 「一応、KOFの常連なんだけど…知らないかい?」

 綾香の言葉に答えながら、キングは不意を討つように蹴りを止めた膝を突き出し、膝蹴りを放つ。

 「日本チーム以外に興味はないのよね!」

 綾香は、えげつない膝蹴りを両掌を重ねて受け止めると、キングの顎に向けて額を突き出す。

 「なるほど…これはユリには荷が重いかったね…替わって正解…っ!」

 止められていたキングの膝が弧を描くように吹き上がり、前傾姿勢になっていた綾香の体を跳ね飛ばす。

 宙返りをして着地したキングがグラつき、膝をつく。頭突きが顎をかすめ、脳が揺れていた。

 キングは脇腹をおさえて、倒れている綾香に視線を送る。

 「つっ……立ちなよ…効いてないんだろ?」

 綾香の頭突きのせいで、そして膝を押さえられていたせいで本来の威力が出し切れなかった。

 綾香の体は派手に跳ね飛ばされ、地面に横たわっていたが、実際には突き飛ばされたくらいのダメージしかないはずだ。

 おまけに、膝で吹き飛ばす瞬間、綾香はカウンターで肘を放っていた。姿勢は完璧ではないが、かなりのダメージを与えている。

 「当たり前でしょ?それにしても…さすがね…私のカウンターの肘でも倒せないなんて…」

 綾香が体のバネを使って跳ね起きる。きちんと受身を取っていたので、地面に倒れたダメージはない。

 攻防ではキングの技が勝っていたが、一瞬の機転により、綾香のほうが優勢に立っていた。

 不思議なことに、一手合わせるごとに、お互いから余計な感情が失われていく。

 綾香の中の怒りも、キングの中の焦りも消えていた。

 二人の中には、説明の出来ない充実感を感じている以外、何も存在していなかった。

 わだかまりはない。憎しみも迷いもない。ただ、貪るように、慈しむように戦いを味わうだけだった。

 「どうした?来ないのか?」

 膝をついたままのキングが綾香を誘う。明らかに不利な体勢だ。

 脇腹はともかく、頭突きのダメージはもう残っていないだろう。罠であることが簡単に伺える。

 綾香が口許に笑みを浮かべ、一歩一歩近づいていく。

 罠であることは知っている。このまま進み、間合いが縮まれば、何か仕掛けてくるだろう。望むところだ。

 綾香の表情に気がついたキングが同じようにかすかな笑みを浮かべる。

 相手は、企みに気がついた。ただし、こちらが何をするかは分からないはずだ。

 この制服の少女は、罠と知りつつ誘いに乗り、大胆にも未知の罠をその場で打ち破るつもりなのだ。

 綾香がゆっくりと近づく。

 (あの気弾は使わないはず…間合いが違う…となると、下段か…上昇型の対空か…)

 キングを見据えたまま、綾香が冷静にキングの手を読む。

 下段なら足で攻撃を止めて反撃、上昇攻撃なら上昇にカウンターを合わせて叩き潰す。

 綾香の中でプランが立つ。もし違ったら…その時は体に任せるのみだ。

 キングまで後数歩の距離まで迫る。キングに動きはない。

 踏み出す一歩が緊張感と、期待と恐怖と、そして快感に満ちる。

 そして、綾香が最後の一歩に踏みこもうと足をほんの少し上げた瞬間…

 キングの体が脚から地面を低く這い、矢のように綾香の股をくぐろうとする。

 (股を抜けて、後ろから攻撃!?させるか!!)

 綾香がわずかに上げた足で、スライディングするキングの足を押さえる。

 (これで動きが止まる!そして、このまま蹴りを…)

 綾香が攻撃の目算を立てた瞬間、キングの体が全身のバネを稼動させて跳ね上がる。

 「トラップショット!!」

 一瞬で逆立ちの状態になったキングの踵が綾香の体に跳ね上げ、そのまま綾香の体が地面から浮く。

 「うっ…!うぁぁっ!?」

 アクロバティックに身を翻らせたキングが綾香に数発の蹴りを叩き込む。綾香の体が不自然に大きく揺れる。

 宙に浮いた状態で、キングの鋭い蹴りを浴びた綾香が吹き飛ばされ、何とか倒れずに体を起こしている。

 「…まさにトラップね…」

 再び間合いが開いた状態で綾香が呟く。

 罠にかかり、痛めつけられたのに、胸が踊って仕方がない。

 相手が自分の力量や予想を凌駕いたことすらも愛おしい。

 「また…置き土産か…」

 キングが脇腹を押さえている。先ほどカウンター受けた場所である。

 綾香は叩き込まれる蹴撃の嵐の中で、ガードを捨ててカウンターに賭けていた。

 おかげで全てをその身に浴びることになったが、代わりにキングの脇腹にカウンターの蹴りを叩き込むことが出来た。

 ガードしても8割は食らっていたはずだから、最善の手と言えるだろう。

 「正直に接近戦に付き合うと馬鹿を見るな…それなら!」

 キングの脚が大きく振られ、青白い気を纏う。

 「その技はもう見切ったわ!」

 綾香が迫り来る気弾を上体を反らしてやり過ごす。

 「あうっ!?」

 確かに避けたはずの綾香の体に衝撃が走る。

 「ダブルストライ…クッ…!」

 キングが唇の端を持ち上げる。

 一発目を撃つと同時に、体を翻らせて二発目のベノムストライクを放っていた。

 しかし、脇腹にダメージを負った今のキングには、かなりの負担がかかる大技である。

 してやったりという表情ではあるが、脇腹を押さえ、青い顔で脂汗を流している。肋骨にヒビくらいは入っているだろう。

 綾香は、何とか崩れ落ちないように膝に力を入れていた。

 (…さっきの一撃がかなり効いてる…今の技もかなり威力が落ちてる…)

 二発目はかなり無理な姿勢で放たれるダブルストライクは、二発目は一発目よりは多少威力が落ちる。

 しかも、今はかなりのダメージを負った状態で無理して撃っているため、かなり威力が下がっていた。

 (…こっちも…そろそろ限界かな…)

 綾香の体もかなりのダメージを負っている。ムエタイの蹴りは、並大抵の威力ではない。

 だからこそ、カウンターでキング自身の破壊力を込めて深手を与えることが出来たのだが…

 「「次で最期だ!」」

 二人は同時に叫ぶと、残った力を込めて動いていた。

 「ダブルストライクッ!!」

 苦悶の表情を浮かべ、キングが二発の蹴りを放つ。同時に撃ち出される渾身の気弾。

 綾香は自分に向う気弾に向って駆け出していた。

 自分の進行方向の直線状に、二つの気弾とキングの姿が重なる。

 綾香はまず思い切り踏み込みと、一発目の気弾を跳躍して飛び越す。

 しかし、着地点を待たずに、二発目が迫ってきている。

 綾香は祈るような気持ちで二発目に自ら飛び込むと、高く吹き飛ばされた。

 しかし、威力が弱っていた気弾は、綾香を自らの進行方向に吹き飛ばすことはできず、綾香自身が突き進んでいた方向に吹き飛ばしていた。

 「いけぇぇ!!」

 「踏み台にした!?」

 つまり綾香は気弾に自ら飛び込むことで、キングへのブースターとして利用していた。

 高く舞い上がった綾香は、キング目掛けて飛び込む。

 「甘い!」

 キングは綾香に向って跳び、まるで竜巻のように勢いを乗せた蹴りを放つ。

 「トルネードキック!」

 キングのしなった脚が迎撃するように放たれる。

 「もらったッ!!」

 綾香はカウンターで蹴りを放ち、キングの脚をすり抜ける。

 そのまま綾香の跳び蹴りはキングの胸に吸い込まれるように突き進み、そしてキングの反転で虚しく空を切った。

 キングの勝利を確信した瞳が綾香の瞳を見つめる。

 キングのトルネードキックには、まだ蹴りが残っていた。

 綾香の脚はすでにキングの胴体を逸れ、無防備な頭にキングの蹴りが放たれる。

 ガシッと妙な感触がキングに伝わる。綾香の頭に放った脚からではない。腕からである。

 キングの脚が宙を薙ぎ、同時に無防備だった腕に激痛が走る。

 「ぐぁぁぁ!!!」

 胴体に二本の剥き出しの脚が乗せられ、柔らかい太ももに挟まれた腕が思い切り引き伸ばされ、肘を固められていた。

 腕ひしぎ十字固め。

 綾香の目的は、キングの腕を取ることだった。蹴り足は、腕を取り、固定するためのフェイントに過ぎなかった。

 二人はもつれ合いながら、地面に急接近していた。

 このまま地面に落ちれば、衝撃でキングの肘は完砕、おまけに受身が取れずに叩きつけられ意識を失うだろう。

 それはすなわち、敗北を意味する。

 その後に何があるか知っている。しかし、それ以上に敗北することは許せなかった。

 自分は格闘家なのだから。良い戦いをし、そして全力を尽くした後に、自分が立っていなければならない。

 「ぐぅぁぁぁ…!くっ…うおぁぁ!!」

 キングの魂が、無意識のうちに体を突き動かす。

 完璧に決まった綾香の腕ひしぎの前では、満足に動くことは出来ない。

 ただし、ここは地面の上ではない。不安定な空中である。

 極められた肘がビキビキと異常な音をたて、激痛が脳を灼くのも構わず、自由な方の腕を持ち上げる。

 (その拳を私に打ち込む気?無理よ!それにもう遅い!後ほんの一瞬で激突よ!)

 綾香が気合を入れ、一層力を込め、背筋を反らして肘を無理矢理引き伸ばす。

 「負けるものかぁ!うああぁぁッ!」

 気迫の声と、激痛の絶叫。

 キングは体を捻り、固めた拳を無理矢理振るった。

 綾香に向けてではなく、極められた自らの肘の内側に。

 キングの肘が不気味な音を立てる。綾香の表情が凍りついた。

 肘の内側に無理矢理力が加えられたことにより、肘は内側に曲がり、綾香の鳩尾の上で肘を立てる形になった。

 「ぐッ…!ふっ…っあぁぁぁ…!!」

 「う゛っ…ぐぅぅぅ…」

 綾香の体が背中から地面に叩きつけられ、一瞬遅れてキングが傷めた脇腹から地面に落ちる。

 しばらく動かなかった二人だったが、やがて金色の髪が炎に照らされながら揺らめくように動いた。

 脇腹を押さえ、キングがヨロヨロと起き上がる。中腰になった所で、尻餅をつく。片腕はダランと下げたままだった。

 「…危な…かった…」

 激痛に顔をゆがめながら、綾香の顔を見る。

 意識を失っている綾香の表情は、炎に照らされ、汗すら美しく輝いていた。

 キングが無理矢理肘を曲げたことにより、地面に激突した際に、綾香の鳩尾に肘が叩き込まれていた。

 キングが身をよじったことにより、綾香よりも体が浮いていたことが幸いした、まさに紙一重の決着だった。

 「…何故…あの飛び道具を…使わなかった…?」

 キングの中に残った一つの疑問。この草むらを、このように炎で焼いたあの上空からの気弾。

 それを見て、キングはユリの身を守ろうとこの娘と戦った。

 「簡単なことです。この娘は、そのような力はないからです。」

 キングが弾かれたように声の方向を向くと、いつの間にかキングの背後に仮面の男が立っていた。

 急に動いたことにより、二箇所から激痛が走り、体を硬直させる。

 綾香のほうにも、同じように仮面をした男が近づいている。

 「キング選手、お見事でした。」

 「…どういうことだ…?あの気弾は…彼女の技ではないのか!?」

 激痛に耐え、這いながら守るように綾香に近づき、キングが尋ねる。

 「ええ、来栖川綾香選手には、そのような技はありません。あの気弾は…流れ弾…ということになりますね。」

 無感情に仮面の男が説明する。「流れ弾」というところだけ、一瞬の迷いのような溜めがあった。

 「そん…な…じゃあ、私は…」

 「見事な戦いでした。では…」

 呆然とするキングの目の前から、綾香と仮面の男が消える。

 「さあ、キング選手。勝利者の休憩施設にご案内いたします。」

 キングはしばらく俯き、完砕した方の手で地面に爪を立てる。

 「…頼みが…ある…」

 キングが搾り出すような声で、ようやく口を開く。

 「敗北者の解放…でしたら、お聞きすることはできません。」

 「…そうか…私は勝利者の権利を放棄するよ…傷の手当てだけしてくれないかな?」

 「…承知いたしました。」

 仮面の男はキングの体を抱きかかえると、一瞬で姿を掻き消した。

 「すまない…ッ!」

 キングの悲痛な呟きが、誰もいない空間に残る。

 

 上空に佇む黒い影。コウモリの群れに腰掛け、空を漂いながら地上の様子に微笑を浮かべる。

 この戦いの発端を作った張本人は、新たな獲物を探してその場を飛び去った。

 退屈を嫌うモリガンにとっては、錯綜する運命すらも、最上の美酒のようであった。

 

 

 


解説

 第三戦です。

 今回は、綾香とキングの戦いですが…名簿で並んでいたからではありません!(笑)

 総合格闘技の使い手と戦って、絵になるキャラを用意したかったので…

 

 綾香は…実際にどう戦うか、詳しくわからなかったので、また想像です…(汗)

 キングは必殺技が駆け引きに向いているので、ちょっと多用してしまいましたし…

 

 では、後編をお楽しみに…今回はダークです(笑)

 


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