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螺旋―欲望の孤島― 第4戦(前編) 岬にて
チェシャ/文


 夜の暗がりの中、名もない人工の島の最北にある岬に、3人の女が集まっている。

 寒々しい情景には似つかわしくない彼女達は、KOF(キング・オブ・ファイターズ)という世界規模の格闘大会に

 参加経験があるという共通点を持つ、一流の格闘家である。

 そして、この島で行われる欲望と狂気に満ちたゲームに参加を強要されている虜でもあった。

 3人はレオナ、ユリ、ブルーマリー。大会で会い闘った以外の交友関係はないが、それでも闘いを通して人間性は分かっている。

 それでも、緊迫した状況の中、共通の話題が見つからないため、何となく沈黙が守られていた。

 崖の下からうるさいほどに聞こえる波の音を意識から排除し、隠し持っていた双眼鏡で海上を見ているレオナが、

 ピクリと反応し、その双眼鏡を海とは反対側に向ける。

 「誰か来る…金髪で…長身…とすると…」

 レオナが双眼鏡から得た情報を淡々と報告する。

 「キングさん!」

 特徴を聞いただけで、ユリはかつてのチームメイトだと直感して、駆け出していた。

 レオナも同じ結論に達し、双眼鏡を再び海に向け、何かを探すように海上を見張っていた。

 「ユリ…無事だったんだね?」

 「はい!キングさんのおかげで…あの人は?」

 悪意に満ちた罠と誤解によって、キングはユリを守るためにある少女と闘うことになってしまった。

 ユリはすぐに逃がされたため、結果がどうなったか分からない。

 「…勝ったよ…強かった…」

 キングは言葉少なく、また語りにくそうに結論だけを告げた。

 闘いの裏にあった真実を伝えても、ユリに余計な心配をさせるだけだし、何よりもあの闘いを汚すような気がした。

 「…舞は?」

 「雛子ちゃんを探しに…」

 「…行って、今帰って来たところよ。」

 ユリの言葉を遮って、それまでなかった声が聞こえる。同時にキングの背後に突然、二人分の気配が現れる。

 振り返ったキングは、見慣れた露出度の高い赤い忍び装束と、そして育ちの良さが容易に伺える少女の姿を捉えた。

 「雛子ちゃん、普通にテクテク歩いてるんだもん…見つけやすいけど、あれじゃあ危なかったわよ…」

 忍び装束の舞が、雛子と呼んだ少女の頭をポンポンと叩く。

 「すみません…どこに行って何をすれば良いかも分かりませんでしたので…」

 雛子は自分がまだどんな状況に置かれているかも理解し切れていないようなおっとりとした様子である。

 「何事もなかったから良かったけどね。あ、シェルミーを見つけたんだけど…イマイチ信用できないから誘わなかったからね。

 それと、インターポールの女刑事とか、レオタードの軍人さんも…まだ信用しきれないから…」

 「これで信用できる知り合いは全員…ちょうど6人…声を掛けなくて正解だったかも…」

 レオナが双眼鏡を下ろし、他の5人に向き直る。一同が少し緊張した面持ちで、レオナの方を向いた。

 「私があなたたちを呼んだのは、脱出する計画があるため、それとその計画が失敗したとしても、

 今後、協力関係を保つために相談をするため…」

 「本当に脱出できるの?」

 舞が少し警戒しながら尋ねる。レオナとは共闘したこともあるが、軍人であるということが少し不安にさせる。

 「計画さえ成功すれば、それは約束する…信用してもらうために、私が話せる範囲で、計画と今までの経過を説明しよう…

 私は…この大会の調査を命じられて潜入していた…役員付きのメイドに変装して、あの鬼束という男を探っていた。」

 一同の脳裏に、開会式で一人騒いでいたあの男の姿が思い出される。

 同時に、舞の記憶が鬼束に愛しのアンディを容易く倒された忌々しい光景を思い出す。

 「でも、敵の力は予想以上だった…私は敵の密偵に監視され、鬼束に捕まって…

 何故か拷問されることも…犯されることもなく、ただこの大会の選手として登録されて監禁されていた。」

 任務に失敗し、他の潜入部隊とも連絡は取れない…噂では、他の捕虜は拷問されていたらしい…

 任務は失敗したが、保険は掛かっている…というよりも、本来の作戦は予定通り実行される…

 私が潜入してから一週間以内に連絡がなければ、自動的にこの島に部隊が派遣されてることになっている。」

 レオナが淡々と軍人としては屈辱の記憶を話し、一度言葉を切った。

 「それが今日だ。」

 その言葉に、一同が驚きの声を上げる。

 「何故か衛星からでも、島の形しか映す事が出来なかった。辛うじて撮影できた地形を基に部隊は行動する。

 もし、私が生きていた場合を考え、北の岬に救出部隊が到着することになっている。」

 「…でも、何で私たちだけ選ばれたんだ?他の人たちは見殺しにするのか?」

 厳しい口調で問い掛けるキング。その脳裏には、自分が倒してしまったあの少女の顔が浮かんでいた。

 「作戦の成功に関わる話だったから…本当にごく僅かな信用できる人間にしか話す事が出来なかった。

 それに…私には、あなたたちくらいしか、信用できそうな相手がいなかったから…」

 少し照れたような表情を見せ、再び海上に双眼鏡を向ける。

 全員が緊張に包まれ、話す言葉すら見つからない。

 寒々しい波の音が押し潰されそうな不安と、焦りを駆り立てていく。

 どれだけ待ったか分からないくらいの時間の後、ずっと双眼鏡を覗いていたレオナが口を開く。

 「…お迎えが到着した…」

 振り返ったレオナが仲間にほんのかすかに安堵の表情を見せるが、すぐに厳しい顔になる。

 「この島はすぐに戦場になる。恐らく、情報から判断して女性は保護されるだろうが…全員の保証は出来ない。」

 「そんな!?」

 「こればかりは仕方がない…本当の目的は、この島の制圧と、重要メンバーの逮捕なんだから…」

 レオナの言葉と、そして辛そうな表情に一同は反論の余地を無くし、海上が良く見える崖の先端まで近づく。

 暗がりは艦隊のものと思われる明かりと、そしてそこから離れた場所で交戦していると思われる断続的な明かりを浮かべていた。

 「…各国が協力し、競うように精鋭部隊を派遣している…恐らく、最強と呼んでも差し支えがないだろう…」

 戦火は激しく輝きつづけ、止むけ気配もないように思われたが、やがて少しずつ輝く感覚が短くなる。

 「艦隊からの信号…『我ガ方有利』…もうすぐ救助部隊が来…」

 艦隊からの信号で安堵の表情を浮かべたレオナが振り向いた瞬間、その背中が異様な明るさに照らされる。

 閃光が海上を一直線に薙ぎ、真っ赤な炎が浮かび上がり、爆発音が断続的に耳に届く。

 「……どうなったの…?」

 「分からない…明るすぎて…双眼鏡の暗視機能がアダになってる…」

 暗闇でも見えるよう、光を増幅する双眼鏡の機能は、明るすぎる目標の前では役割を果たしていなかった。

 焦るレオナの横に舞が進み出る。くの一として訓練された遠視術を使って海上を探る。

 「…今、海に浮かんでいる船で、無事なのはない…全部、火の手が上がっているか、もしくは原型を留めていない…」

 レオナが状況を整理する―というよりも、予想外の展開に、打開策を考える―ために、目を閉じる。

 数秒で冷静さを取り戻し、不安そうな表情を浮かべる一同に静かに告げる。

 「救出作戦は…恐らく失敗だ…後10分で部隊が到着、もしくは何の連絡もなかったら、この場を放棄する。

 派遣部隊の規模から、すぐに第二次作戦が展開されるとは考えにくい…

 こうなった以上、我々はそれぞれに同盟を組んで、共同しながら戦って、救出を待つしかない…」

 レオナの出した結論に、一同は強い不安と、忍び寄る絶望感を覚えずにはいられなかった。

 「もし…もしも、救出がなかったら…?」

 怯えたユリが、全員が考えていた最悪の予想を口にしてしまう。

 「最期まで諦めないで…ただ、もしも最悪の事態が生じた時のため、利害が一致するパートナーを選ぶんだ。」

 誤魔化しとしか思えないレオナの言葉に促され、6人はお互いの顔を見渡す。

 最初に口を開いたのは、それまで黙っていたマリーだった。

 「私は…テリーを助けたい…舞はアンディよね?」

 舞は黙って頷く。

 「それなら、私は舞と同盟を組む。」

 エージェントのマリーが、一番レオナの考えに近い冷静さを持っていた。

 二人の決断を受け、今度はキングが怯えて震えるユリの肩を抱きながら口を開く。

 「ユリ…リョウとロバートを助けたいだろう?」

 躊躇いがちにユリが頷く。本当は全員と協力して、何とか闘わずに逃げたかった。

 「私と目的は一緒だ。私はリョウとジャンを助ける…ユリ、一緒に来てくれ。」

 キングは悲痛な表情で、ユリの決断を見つめていた。

 他の4人の様子を見ながら、雛子が困ったような表情を見せる。

 「あの…わたくしは…?」

 自分だけは利害が一致する者がいない。このままでは、一人になってしまう。

 「私と一緒に来るといい。」

 雛子にレオナが声をかける。その表情は、予想外の出来事による不安で疲れきっていた。

 雛子の気の抜けたような返事など聞こえないかのように、せわしなく時計と周辺を見回す。

 そして、無情にも時計の針が10分をかなり過ぎた時、レオナが重い口を開いた。

 「…10分経った…残念だが、救出作戦は…」

 レオナが絶望したように宣言した時、何者かの気配が一同の近くに現れた。

 レオナが無意識に覚えた期待を胸に、パッと顔を上げると、そこには人影が二人分浮かんでいた。

 「こんな寂しい所で花火見物?」

 どこかで聞きたことのある、低く冷たい声が一同に投げかけられる。

 海上から照らされる炎の明かりに、二人の姿が赤く染まりながら明らかになる。

 「マチュア…それにバイスも…参加していたなんて…開会式にはいなかったはず…」

 KOF参加選手の中で、最も信用に足りない存在。

 その二人が、よりによってこんな状況の中で姿を現していた。

 「悪い子だねぇ…自分たちだけ助かろうとするなんてねぇ…」

 「あなたたちの企み…他の選手にも伝わるでしょうね。次の食事が運ばれる時の連絡事項でね。」

 薄く笑みを浮かべたマチュアとバイスは、一同を追いつめるように歩み寄ってくる。

 「お前たち…奴らと関係があるのか!?」

 仲間をかばうように、キングが一歩進み出て、二人を牽制しようとする。

 わずかな隙も見せず立ちはだかるキングによって前進を阻まれてはいるものの、なおも邪悪な気配を放ち、

 目の前の獲物を値踏みし、選ぶように見回す二人。

 「さあ?私たちは、自分の仕事をしているだけよ?」

 「そうさ…この大会に参加して…甘ちゃんを狩るっていうお仕事をねぇ!」

 二人が突然、広報に大きく飛びのいた瞬間、空から閃光が地面を薙ぐ。岬は衝撃に揺れ、亀裂を生じさせる。

 わざと一同をはずしたような閃光に、全員が空を見上げ、そしてそこに強大な存在がいることを感じ取っていた。

 「誰かいる…!」

 反撃が出来ない空中に、敵意を持った何者か存在し、しかもそれは上空から狙い撃ちできる存在であった。

 反撃できない空と、そして間近に強烈な敵意を持った相手を抱え、一同は確実に追い込まれていた。

 「このままじゃあ、全滅だ…一度散るしかない!」

 6人がパートナーと共に、3つの方向に同時に駆け出す。

 同時に再び閃光が岬に突き刺さり、彼女たちがいた場所が崩れ落ちる。

 「さあ、誰を狙う?」

 「連絡役を抑えれば奴等は分断できる…連絡役はアイツさ!」

 バイスの指示と同時に、マチュアの袖が不自然に伸び、駆け出した一人の足を捕える。

 「舞!」

 「くっ!この放しなさいよ!」

 舞が懐から扇子を取り出し、自分の脚を捕えるマチュアに向って投擲する。

 胸元が大きく開き、乳房が露出することに構っている暇はない。次々と投げつづける。

 「そぉら!私をお忘れかい?」

 マチュアに向って飛来した扇子の群れを、バイスが放った無数の蹴りが叩き落す。

 完全に二対一悪条件に苦戦している。

 パートナーが捕えられたマリーが立ち止まり、助け出そうと踵を返す。

 同時にユリとキングもかつてのチームメイトを助けようと立ち止まる。

 しかし、上空から光球が降り注ぎ、彼女達の足を止める。

 「レオナ!雛子をお願い!」

 舞が自分の身が危ない中で、お嬢様育ちであり、現状で一番の不安材料の雛子をレオナに託して逃がそうとした。

 「…分かった…!」

 レオナは苦い顔をしながら、雛子を引っ張ってその場から離脱した。

 「これは…あの時の…!」

 キングの脳裏に凄まじい不快感と怒りが湧き上がる。

 「こおーけん!こおーけん!こおーけん!こおーけん…キングさん!助けて!」

 ユリが飛来する光球に気弾をぶつけて相殺するが、やがて対処しきれなくなり、助けを求める。

 マリーの方は、光球を掻き消すような技がないため、避けることで手一杯になって、舞を助けることが出来ない。

 仲間を心配しながらも、自分達のみを守ることが精一杯な状況が続き、やがてそれが不意に止まる。

 「…!危ない!」

 一流の格闘家の危機感が最大級の警鐘を鳴らし、一斉にその場から飛びのく。

 空からの光球が止んだ一瞬の後、再び極太の閃光が薙ぎ払うように地面を撃つ。

 まるで舞の元へ向わせないように、仲間達との間を閃光の痕が焦げ付いている。

 そして、再び光球が豪雨のように降り注ぎ、彼女たちのスタミナを確実に削り取っていく。

 「卑怯者!同盟以外に仲間がいるなんて!」

 「卑怯?6人で協定を結んで、共闘しているくせに何を言い出すんだい?」

 立て続けに投げられる舞の扇子を蹴り落としながら、バイスがマリーの言葉の矛盾を突く。

 「その通りね…それに、3人だけだと思うの?」

 引き寄せられまいと必死に踏ん張る舞を何とか引き寄せようとしながら、マチュアが冷酷な笑みを浮かべる。

 「何だと…!?くっ…退くしかない!このままじゃあ…全滅する…!」

 キングが真偽の分からないマチュアの言葉に歯軋りし、辛い決断をする。

 すでにキングとユリだけでは捌ききれず、3人ともが何発かの光球をその身にかすらせていた。

 「私は何とかするから、早く逃げて!」

 舞は脚を拘束する袖に抵抗しながら、どこからとこなく無数の扇子を取り出しては投げ、マチュアとバイスの行動を封じている。

 舞は自分一人だけなら、何とか使える忍術を駆使して、二人の目をくらませて何とか逃げ出すことは可能だと考えていた。

 舞が仲間達に呼びかけたその時、また光球の雨が止む。

 空がキラッと輝き、何度目かの閃光が地面に向って襲い掛かる。

 「舞!ごめん!必ず助けるから…」

 マリーの辛そうな詫びの言葉が、閃光の轟音に掻き消される。

 そして、閃光が収まった時には、3人の姿は消えていた。

 同時に、空からの執拗な狙撃も突然なくなっていた。

 地面に降り注いだ光球の痕から、何匹もの蝙蝠が空に向って昇っていく。

 

 

 他の誰よりもショックが大きいレオナだったが、守らなければいけない雛子の存在が何とかレオナを絶望から救っていた。

 突然の事態に呆然とし、レオナに引っ張られていた雛子が我に返る。

 「舞さん!レオナさん、舞さんを助けに行かなくては!」

 雛子は相撲で鍛え上げられた踏ん張りで、レオナの逃走を強制的に停止させる。

 「4人がかりなら何とかなる!早く逃げるぞ!」

 「そんな!?」

 レオナの言葉に反発し、戻ろうとする雛子を、レオナの平手が張り飛ばす。

 「こんな状況で乱戦になったら、お前を守ってやれる余裕はないんだ!

 かといって、一人で逃がしたら余計に危ない!ここは戦場なんだ!」

 「わたくしの…せい…?」

 呆然とする雛子を再び引きずり、レオナはその場から撤退した。

 

 

 「薄情なお友達ね…」

 「分かってないわね。信用してくれているから、逃げたんじゃない?」

 マチュアの冷笑に不敵な笑みを返し、舞の指が印を組み始める。

 マチュアが舞の足に絡みつかせた袖を引き寄せようとした瞬間、舞の体がユラっとぼやける。

 「陽炎の舞!」

 舞の体を取り巻くように炎が舞い上がり、舞の体を包み隠す。

 「くっ…」

 咄嗟に袖を戻したため、炎が袖を伝ってマチュアまで届くことはなかった。

 逃げ場のない試合であれば、このまま炎が消え、反撃に備えれば済む話だが、今は状況が異なる。

 相手は忍術を使えるくの一であり、そして、ここは逃げることも戦術の一つになる戦場である。

 炎に包まれている以上、舞の様子は簡単には伺えない。

 しかし、迂闊に手を出すこともできず、そして、早くしなければ逃げられてしまうか、相手に主導権を渡すことになる。

 「ちいっ!じれったいね!」

 ジレンマに痺れを切らしたバイスが、炎を掻き消すように蹴り足から真空波を乱れ打ちする。

 切り裂かれた炎の中に、精神を集中させている舞の顔が覗く。

 「見えた…そこだ!」

 最後に大きく炎を吹き飛ばすと舞の頭目掛けて腕を伸ばす。

 頭を掴み、そのまま地面に叩きつけて引きずろうとしたバイスの手が舞の顔に迫る。

 手間をかけられたことに苛立ち、殺気だった危険な手が舞の顔に迫り、そしてすり抜けた。

 「なに!?これは…幻…?」

 「バイス!下!」

 少し離れた場所で、状況を見極めていたマチュアが警告を発する。

 マチュアの声に下を向いたバイスの目に、足元に残っていた炎が急激に立ち上るのが飛び込んだ。

 「飛翔龍炎陣!!」

 バイスの足元で炎が爆発的に膨れ上がり、バイスの顎目掛けて噴き上げてきた。

 「ぐ…うぅっ!?」

 咄嗟に腕を上げ、顎をガードしようとしたバイスだったが、不完全な防御は容易く崩され、跳ね上げられた。

 離れた場所にいたマチュアには、バイスの足元の炎に隠れていた舞が、炎をまといながら宙返りしたのを捉えていた。

 しかし、目の前の炎と陽炎に気をとられたバイスには、舞の姿は確認しようがない。

 咄嗟にガードし直撃だけは免れたものの、完全に体勢を崩したバイスの頭上が急激に明るく照らされる。

 舞は圧前の技で跳んだ舞が倒的に不利な状況を打破すべく、体内に溜めた気を炎に変え、一気に解放する。

 「不知火究極奥義!鳳凰の舞!」

 バイスの頭上に舞い上がり、尻尾のような腰帯から発した炎に包まれながら回転する舞。

 完全に死角となった頭上から、灼熱感を伴う強烈な一撃を見舞われ、バイスの呼吸が一瞬止まり、衝撃で意識が飛ぶ。

 回転を止めた舞は、無防備になり崩れ落ちるバイスの背中に膝を乗せ、地面に落下する。

 「やっ!」

 地面に倒れたバイスの背中に全体重を乗せた舞の膝が突き刺さり、肺の中の空気が全て吐き出される不気味な声が発せられる。

 元は格闘よりも、敵を葬るために作り出された忍びの技が、舞の自覚がないうちに凶悪な連携を作り出していた。

 「これで一対一…こういう何でもアリの場所なら、忍びである私の方が有利みたいね…」

 バイスの背中を踏んだまま、舞がゆっくりと起き上がり、手にした扇子をマチュアに向ってビシッと突きつける。

 その動作でプルンと胸を弾ませ、得意げな顔をしている舞にマチュアは冷ややかな瞳を向ける。

 「随分と…えげつないことをするのね…」

 舞の足元で力なく倒れるバイスを静かに見つめた後、マチュアがゆっくりと顔を上げる。

 「…見直したわ…」

 マチュアの表情が静かで美しい、それでいて寒気のするような笑顔を作っている。

 「あなたはあの仲良しチームでお遊戯しかできないような甘い娘だと思っていた…

 でも、それは私の目が曇っていたようね…あなたは立派にコッチ側よ…」

 マチュアの手がそっと持ち上がる。美しく手入れされた爪が危険さを漂わせ、舞に向けられる。

 「予想もしなかった出会い…ゾクゾクするわ…だから逃がさない…存分に楽しんでちょうだい…」

 自分に向けられる美しい微笑からゾッとするような冷たさを感じ、舞は身構える。

 (しまった…やっぱり、すぐに逃げるべきだった…)

 再び陽炎の舞を使って、マチュアの目を誤魔化して逃げようと、印を結ぶために静かに隙をうかがうように手を持ち上げる。

 「刻んであげる…」

 舞の首筋に悪寒が走り、大きく飛びのいてマチュアから距離を取った瞬間、マチュアがそれまで舞のいた場所に立っていた。

 「勘が良いのね…」

 マチュアが舞を目で追いながら微笑む。その瞳は熱狂的な何かで輝いていた。

 (早い…)

 今まで闘った相手の中でも、格段のスピードをもったマチュアに、舞の背筋に冷たい汗が流れる。

 そして、何よりも大会で目にした技の切れ味。打撃というよりも斬撃と呼べるそれは、一歩間違えば命に関わる。

 間合いを一気に詰めるようなスピードと凶悪な技がある以上、僅かな隙も命取りとなる。

 しかし、攻めなければ、逆に自分が捌き切れないような攻撃に晒される。

 今度は舞がジレンマに悩まされていた。手にした扇子に力が入る。

 冷や汗を浮かべながらマチュアの動向を監視する舞に笑みを向けたまま、マチュアがゆっくりと舞に近寄っていく。

 手にした扇子を投げ、距離を取る…それでは、投げようとした隙に間合いを詰められ、首筋をあの爪が撫でるだろう。

 何をするにしても、この間合いは危険だった。しかし、間合いを広げるための行動すら封じられてしまうだろう。

 「どうしたの…?ほら…」

 蛇に睨まれた蛙のように、動くに動けない舞に向って、マチュアが再びその袖を飛ばす。

 捕まれば逃げ場はない。舞は手にした扇子を大きく振るい、その袖を薙ぎ払う。

 「ほぉら…隙ができたわ…」

 そのほんの少しの隙に、マチュアは舞の懐に忍び込み、今にもその爪を振るおうとしていた。

 「くっ!?」

 舞は咄嗟にしゃがみこみ、振るわれた殺意の一撃を何とか避ける。

 逃げ遅れた髪の毛先が切り払われる。あと少し遅ければ、舞の首は切り裂かれていただろう。

 しゃがみこんだ舞の顔を目掛けて、次の一撃が振るわれる。

 爪が顔を薙ぐ瞬間にマチュアの手首に振り上げた自分の腕を当てて斬撃を止める。

 止めた瞬間に、もう一方の手が次の攻撃のために振り上げられるのが目に映る。

 舞は全身のバネを最速で利用し、しゃがみこんだまま、マチュアの脚に蹴りを放つ。

 すでに攻撃に入っていたマチュアは蹴りを避けることができず、そのまま体勢を崩してしまった。

 舞の顔を浅く掠り、そのまま爪が地面を抉る。舞の頬にうっすらと赤い筋が刻まれる。

 「必殺忍び蜂!」

 蹴り足を戻すと同時に、肘を突き出してマチュアに突っ込む。

 「あぐ!?」

 体勢を崩し、前のめりになっていたため、無防備な腹部に舞の肘の直撃を食らったマチュアが苦悶の声を上げる。

 舞は勢いに乗り、密着したまま肘に全体重を乗せ、マチュアを地面に叩きつけようとする。

 しかし、マチュアは舞の体から放れて地面に叩きつけられ、舞自身は逆方向に引き寄せられていた。

 「そんな…立ち上がるなんて…」

 振り向いた舞の目に映ったのは、袖を伸ばして自分の体を捕らえるバイスの姿だった。

 直後、視界がブレ、次の瞬間には凄まじい衝撃と共に地面に叩きつけられた。

 「生憎、私はタフでねぇ…でも、本当に危なかったよ…マチュア、大丈夫かい?」

 まだダメージが強く残っているらしく、少しフラつきながらもマチュアを気遣う。

 「くっ……もう少し時間を頂戴…」

 痛む腹部を押さえながら、マチュアが何とか体を起こす。

 あのまま舞の肘を乗せられたまま地面に叩きつけられたら、どれだけダメージを受けていたことか…

 一方、舞は地面に叩きつけられたダメージでまだ朦朧としながらも、何とか逃げようと必死にもがく。

 「逃がしゃしないよ…フフ…不思議な感じだろう?体中が思い通りにならなくなるってのはさぁ…」

 バイスは地面を這う舞の首を掴み、地面にめり込ますようにズルズルと引きずる。

 「知らない仲じゃないし…本当はちょっと遊んでから、あんまり苦しまないように倒してやろうかとも思ったんだけどさ…

 ここまでやってくれたんだ…覚悟してもらうよ?」

 首を掴んだまま舞の状態を引き起こし、そのまま地面に叩きつける。

 「くあぁぁ!?」

 回復しかけた意識が、激痛と衝撃で再び朦朧とする。

 「クク…良い表情だよ…」

 バイスは舞の腰に座ると、顎に手をかけて舞の上半身を無理矢理反らす。

 柔軟な舞だったが、それでも腰や背骨が悲鳴を上げ始める。

 舞が苦痛に身を捩る度に突き出された豊かな乳房がブルンと揺さぶられる。

 「良い格好ね…」

 何とか動けるようになったマチュアが舞に近づき、苦痛に歪んだ表情を見つめる。

 「素敵な声を聞かせて…」

 マチュアの爪が突き出された舞の柔らかい乳房に食い込む。

 「いっ…あぁぁぁぁ!?」

 舞の朦朧とした意識が、鋭い痛みに急速に回復させられ、激痛によって甲高い悲鳴を上げる。

 キャメルクラッチで仰け反らされ、突き出された乳房には鋭い爪を突き立てられ、舞は苦悶にもがき続けた。

 「そう…その声よ…ゾクゾクするわ…」

 「あぁ…本当に良い顔をしているね…」

 舞を責める二人は、歪んだ興奮を覚え、体の底に疼きが湧き上がるのを抑えられなかった。

 疼きが強くなるにつれ、舞の体は更に苦痛を与えられ、そして二人は更なる昂ぶりを覚える。

 情欲に淫蕩な表情を浮かべた二人は、その秘部から熱い蜜が溢れることすら感じていた。

 「ぐ…うぁ…いた…ぃ…たす…け…」

 舞が苦痛の悲鳴を上げ、救いを求めるたび、二人はゾクゾクと悦びに満ちて、責めを強くする。

 舞の乳房からはツゥッと赤い筋が滴り、背骨と腰は危険な軋みを立てていた。

 「あぁ…我慢できない…このまま…」

 「ダメよ…そんなことをしたら、私たちはあの子に殺される…でも…それも素敵ね…」

 二人の瞳が狂気に似た欲情の輝きに染まり、禁断の絶頂を求めて力を込めていく。

 二人はもう舞を生かしておくつもりなどなかった。ただ、自分達が絶頂を味わうことだけが頭を支配する。

 二人が越えてはいけない限界に差し掛かり、最後の力を込める。

 その瞬間、二人は自分の体がどこにあるかも分からない浮揚感を感じた。

 そして直後、視界は暗転し全身がバラバラになるような衝撃に見舞われる。

 「カ…ッハァ・・・!?」

 「ふっ…!?ぐぁっ…?」

 味わったのは絶頂などではない。これ以上ないほどの衝撃とダメージであった。

 目が回って気持ちが悪い。体に全く力が入らない。固い地面の感触を嫌というほどに味わいながら地面に横たわる。

 「何を考えているんです?」

 冷たい声が二人の朦朧とした意識に冷水を浴びせるように染み渡る。

 「命令を忘れましたか?僕は言ったはずですよ。『壊すな』とね。

 二人ともあんなに淫らな貌をして…そこまで自制が利かないとは思わなかった…」

 何とか回復した視界に、舞を抱いた少年の姿が映る。今まで苦悶を浮かべていた舞に良く似た顔。

 絶頂寸前の自分たちを吹き飛ばしたのは、あの少年だろう。彼以外にそんな真似ができるとは思えない。

 「僕は今まで、非常に重要な任務をしていたんですよ。間に合わなかったらどうするつもり?」

 二人はその瞳に射抜かれ、何か言葉を発しようとしたが、ダメージが強すぎて呻き声以外出てこない。

 「あなたもです!モリガンさん。」

 少年が何もない宙空を睨む。その視線の先が揺らぎ、突如、美女が現れる。

 「監視員まで破壊して…何を考えているのです?」

 美女に一瞬遅れ、ドサッと緑色の忍び装束を纏った数人の骸が地面に落ちる。

 地面に落ちた表紙に仮面が外れ、少年と同じ顔をした素顔が露出する。その瞳は魂が消えたように虚空を見ていた。

 「君がどんな顔をするか…それが知りたかっただけよ…フフフ…」

 空中に漂い、少年の顔を見つめていたモリガンは、それだけ言うと咎める視線から逃れるように空に消えていった。

 咎める相手を失った少年が怒りを静めるようにため息をつくと、指を鳴らす。

 瞬時に現れた自らの分身である新しい監視員に舞の身柄を引き渡す。

 「少し危険な状態だから、できるだけ静かに運ぶこと。本部に着いたら、すぐに治癒するんだ。

 あぁ、それと…"捕虜"の相手は少し遅れる。準備だけしていてくれ。

 敗北者は不知火舞選手だけ…逃げた選手は放って置いて良い。脱走についても…計画は失敗したんだ。大目に見よう。」

 少年の指示に監視員は舞の体を丁寧に抱え、一瞬で姿を消した。

 「さて…お二方…貴女たち同盟を組んでいるから、勝利者として扱うことにするよ。」

 まだ起き上がることもできないマチュアとバイスに、少年は冷たい視線を向ける。

 「禁を犯してまでイキたかったんでしょ?それなら、僕が相手をしてあげる。

 勝利者へのご褒美タイムの12時間…ずっと相手をしてあげるからね…」

 少年は二人の体を軽々と両脇に抱える。両脇に抱えた二人の体がかすかに震えている。

 「怖いのかな?でも、許さない…その淫らな体にしっかり教えてあげるよ。

 その手で人を殺める歪んだ快感よりも、僕に与えられる快感の方が何倍も恐ろしいということをね…」

 少年は二人を抱えたまま、ゆっくりと歩き出した。

 崩れた岬から見える海上は、まだ炎上する赤い光が煌いていた。

 

 

 


解説

 今回は今までとは少し変った闘い方になりました。

 現在はほとんどの戦いが、どういう可能性があるか完全には分かっていない状態で、テストとモデル化の段階です。

 ということで、このような乱戦形式になりましたが…もう少し、混戦させた方が良かったかもしれませんね。

 

 さて、今回気がついた点で、少し作中のルールについて改訂したいと思います。

 『コインの獲得が3日間に一度もなかった選手は、戦闘時の敗北と同じ処分を受ける』

 というルールですが、作中の時間経過では、全員がこの処分の対象になってしまいますね(笑)

 ただ、この点は「全員がいきなり何の警戒もなく闘い始める」というご都合主義を使わなかったために、

 現時点で闘うための理由を必要としているために発生した問題点です。

 ということで、このルールを一部改訂し、『敗北した選手が全体の半分に達した時から発動』ということにさせていただきます。

 戦闘が邪魔だという方には、むしろ余計な改訂かもしれませんが、お許しいただきたいと思います。

 また『誰かと遭遇して、戦意があれば交戦開始』というルールも、『乱戦の場合は例外』と改訂させていただきます。

 でないと、乱戦になった場合、周囲にいる全員餓巻き込まれた挙句、勝者と敗者の区別がつかず、

 最終的には最後にその場に立っていた者が勝者…という無理な展開が、容易く生じる危険性がありますので…

 望んでその場に挑み、闘っている場合は上気のケースもアリですが、島の中が各選手間の戦闘が頻発するようになると、

 元のルールのままでは、混乱が大きくなるだけですので…

 以上の改訂をお許しください。

 

 また、今回、マチュア、バイスは不知火によって「ペナルティ」を受けることになりましたが…

 本来、参加選手は実際に登録された投資者、推薦者の方々の代理キャラ以外は接触することができません。

 ただし、今回の両キャラの場合は、投資者、推薦者がいない特例での参加キャラであり、また大会開始前の様子を

 描いた小説でも明かしていますが、特殊な扱われ方をされるキャラなので、今回のようなオチが成立しました。

 他のほとんどのキャラについては、原則通りですのでご安心ください。

 

 そして…今回、やたらと伏線を張ってしまいましたが…これらはいずれ、幕間小説の形で明かさせていただきます。

 「脱出失敗の原因は何だったのか?」「不知火が言っていた捕虜」とは誰なのか…ということをテーマに、

 2本の幕間小説を発表させていただきますので、どうかお待ちください。

 

 これが年内最後の作品となりましたが、来年からもがんばりたいと思うので、どうかお見捨てなきようお願いします。

 それでは、皆様、良いお年を…

 


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