←前  次→


奥の花は手折られて 2
SIS/文


 「んぐ……ぷふ……」

  誰もいない廊下。

  僅かな音さえ響き渡りそうな塵ひとつ落ちていない王宮の廊下で、二人の男女が絡み合うように濃厚な口づけを交わしていた。

 「うむ……んん……」

  互いの口全体を味わうような激しい絡みは、静まり返った空間全体に音が広がるように感じられる。それが新たな興奮となって女の胸を高鳴らせる。

  その高貴な衣装に身をまとった二人。どちらも相当な身分であることを示していたが、体型はまったく一致していなかった。一人は贅肉の塊のような男。そして今一人は、決してそんな男に似つかわしくもない、スラリとした上品な細身の女性。

  王宮の者がこの光景を目にしたら、幽霊を見る以上に驚くことだろう。

  この男はゾーア帝国恭順派筆頭のグラム領コッダ伯爵、そして女性はそのコッダの専横を憎んでいたはずのウェルト国王妃、リーザである。

 「ぷは……ぁ……。はぁー……」

  深い口づけから開放されたとき、熱い吐息を何とか収めようとする。赤く火照る顔、そして胸の鼓動も。

 「ま……待って、コッダ卿」

  呼吸を整えながら、コッダを止める。

 「これからわたくし……娘に会いに……」

 「ええ、知っていますよ。そんなことは」

 「あっ……」

  すばやくリーザを後ろから抱きしめる。鈍く太った指が幾重にも着重ねた布地の上から胸を掴むようにまさぐる。

 「久しぶりのサーシャ様とのご面会なのでしょう。ですからこうして……」

 「ひぅっ……」

 「確かめているのですよ」

  掴んだ胸を強く握ると同時に、首筋に舌を這わせる。それだけで、リーザの心は砕けてしまう。

 「ぁ……ぁ……」

 「重ねて言いますが。あなたはサーシャ様を説得しなければならない。余計なことはなさらぬよう、これ以上国情を乱すような真似はなさらぬこと、と。そしてもう一つも……」

 「……ぁぁ……はぁ……」

 「あなたの言葉を聞き入れてくださるようでしたら、わたしも手を出しませぬゆえ」

  半ば放心しているリーザの左手を掴むと、自分の股間に寄せた。白魚の指を一本一本導いて、自分のモノに絡ませる。

 「それがサーシャ様にとっても、一番よいことかと。お分かりですね?」

  コッダは手を離した。それでもリーザの指は男性から離れない。それどころか少しずつ手のひらまでも含めて、それをしごき始めている。コッダも両手でリーザの両胸を揉み崩すように攻めている。

 「熱いですか?私のモノは」

 「……あつい……です」

 「あなたのも……」

 「んん……!」

  股間にまで伸ばされた太い指。布地の厚いスカートの中、下着越しにそこを抑えられると――ただ押さえられただけなのだが――ジュぐっ、と湿った布独特の感触と熱さが伝わる。

 「んあっ!……」

 「おっと、ここまでにしましょう。時間もない」

 「……あ」

  リーザが手を引きずり出すと、透明の粘液が細い指に絡んでいた。コッダの先端からにじみ出たものである。

  呆けた目でリーザはそれを眺めていたが、ためらいもせずに指を口に含む。どこかトロンとした目つき。ちゅ……にちゅ……と、指に舌を絡める。

  リーザ王妃。この国にあっては、気高く神々しいとしか言いようがない唯一の不可侵的存在。その王妃が、憂いも悲しみも含んだ表情を浮かべたまま粘液を舌で舐め取るその姿。そのうっとりとした表情、どこか被虐的な悦楽を味わうリーザは本当に淫靡だった。

 「お分かりいただけたようで……。頼みますよ、王女殿下のためにも」

 「娘の……ため……」

 「ええそうです。サーシャ王女のために」

  ――わたしは……サーシャに……何を……。

  もはや涙も出なかった。こんなになってしまった自分。サーシャに何が言えるのだろう?あの娘に声をかけることだけで、あの娘を汚してしまいそうで……。

  ――あの娘だけでも……逃がさないと。

  もとよりコッダの言うことなど信用していない。いずれコッダはサーシャを毒牙にかけようとするだろう。

  ――犠牲になるのは、わたしだけで十分……。

  去り行くコッダの背中に視線を突き刺す。かつて――数日前程度のことだが――その視線は憎しみと殺意を帯びたものであるはずだった。

  しかし、今は……。

  コッダのあのモノの高い体温と感触がリーザの手に残った。

 

 

 (茶番ね、コッダ)

  つぶやいた存在は、その始終を見ていた。

  「彼女」もまた知っていた。コッダはウェルト国やリーザ王妃だけでは物足りず、その娘サーシャまでも手にかけたくてうずうずしていることを。

  身の程知らず……。

  侮蔑の言葉とは裏腹に、その「女」には冷徹な笑みが浮かんでいる。軽く、小指を舐める。

 (せいぜい楽しむことね。でも……)

 

 ***

 

  母と娘、リーザ王妃とサーシャ王女の数日ぶりの再会は、二人っきりで賓客の間にて行われた。

  サーシャはそのとき、何かがおかしい、と思った。

 

 「お母さま、ただいま戻りました……」

 「…………お帰りなさい」

  この数日で二人を取り巻く情勢は大きく変化していた。

  事の発端は宰相であるコッダ伯爵の専横である。

 

  島国のウェルトにとって大陸情勢は「関心事」を超えて死活問題に等しい。その大陸で侵略的なエネルギーを活発化させていたのはゾーア帝国であった。

  ウェルト国王ロファール――リーザ王妃の夫――は反帝国の盟主となり、出征し……善戦の末、敗れ去った。宰相の職にあったコッダはこれを機会に、自分の本来の政策を強行し始めた。ゾーア帝国への恭順である。

  だが、ゾーア帝国への反感は根強い。帝国への恭順はガーゼルの邪教を受け入れることに他ならないからである。

  恭順への強硬姿勢や民衆への過剰なまでの課税。リーザ王妃とサーシャ王女の軟禁に至っては、宮中の心有る者にとって目を覆うばかりであった。

  意を決したリーザが娘のサーシャを何とか脱出させたのは数日前。ヴェルジェ領マーロン卿にコッダ追討の勅を届けるためである。

  しかし、サーシャは捕まった。勅書までもがコッダの手に落ちた。

  リーザの目論見は潰えたが、彼女の不幸はそれだけではなかった。

 

 「……ごめんなさい、わたしのせいで……危険な目にまで遭わせてしまって……。余計なことを頼んだばかりに……」

 「ううん、わたしはいいのっ。わたしのことよりケイトが、ケイトが危ないのっ!」

  ケイト、とはサーシャを護衛していた近衛の女騎士である。

 「ケイトが……」

 「捕まって牢に入れられたの。処刑されるって。……わたしのせいで……わたしが逃げ遅れたせいで……」

 「…………」

  泣き崩れるサーシャを、リーザはやさしく抱きかかえる。そして耳元に、静かに囁く。

 「……サーシャ。落ち着いてよく聞くの。わたしのことは、もう亡き者と思いなさい」

  サーシャのすべてが止まる。

 「ケイトのことはわたしが何とかします。あなたは……。あなたは今すぐは無理でも、いずれ時期を見てここから逃げるの」

 「お母さま……なに言っているの……?」

 「この王宮にはもう人間はいないの。あるのは卑しい欲望だけ……」

 「…………」

 「この城を抜けたら、二度と戻ってはなりません。ここにはもう、あなたの居場所は……」

 「どうしてしまったのお母さま! コッダを許さないって仰ったじゃない!」

 「……もう……ダメなの……」

 「どうしてっ!? ねぇ、どうして諦めるの?」

 「…………ごめん……なさい」

 「わたしね、外に出ていろんな人にあった。城下の町の人や宿場の人にも……みんな圧政に苦しんでいたの。そして怖がっていた。みんなコッダのせいじゃない」

 「……サーシャ……お願い……分かって……」

 「分からないっ! 分からないわっ!」

  サーシャは止まらない。止められなかった。堰き止まっていた感情が一気に決壊したかのようにリーザに向かって叩きつけられる。

  ――街で、村で、重税と苛烈な取立てに苦しむ人たち。……役人に蹴飛ばされる老婆を見ても、逃げる身では助けることもできず、歯がゆくも悔しい思いをしたあの時。

  ――ゾーア帝国の影におびえ、数代に渡って受け継いできた土地を手放してまで、逃げ出す人々の列を見たとき。

  ――コッダの追捕に見つかり、足を挫き、血豆を潰して道無き山野を必死に逃げ回ったとき。

  ――ケイトが身を犠牲にして、大勢の追っ手にたった一人で立ち向かい、無数の手傷を負ってついに力尽きたとき……。

  サーシャは自分という存在が、外の世界ではまったくの無力な存在だったとさんざんに思い知らされた。

  あの悔しさ。あの無念。逃亡生活でのその時その時の思いが、肌が泡立つかのように蘇る。

 「今、わたしたちが諦めたら、誰がコッダを止められるの!?」

  今までの苦労や思い、悔しさの元凶がまるでリーザであるかのようにサーシャは捲くし立てる。

  しかし。

 「…………お願い……お願いだから……」

 「お母…さま……?」

  リーザは泣いていた。まるで、泣くことで免罪を乞う幼子のように。

 

  ――自分はもう、サーシャの知っている自分ではない……。ここにいるのは無力な女。眠っていた欲情を引きずり出され、恥辱をさんざんに貪り、それに悦んでしまう卑しい女。

  リーザ自身も無念としか言いようがなかっただろう。コッダの手によってさんざんに淫らに刻み込まれたリーザ。サーシャになにも言い返せず、本当にただの「女」となってしまったリーザには泣くことしかできなかった。

  そして、サーシャはそんな弱い母親を今までに見たことが無かった。

  いつも気丈で、気高く、厳しく、やさしい、リーザ王妃。自分の母親としても、一人の女性と見ても、尊敬しあこがれの対象でもあったリーザ王妃…………。

  しかし、目の前の女性は、無力で誰かが守ってやらねば手折れてしまうような、脆く儚い存在であった。

 (わずか数日のうちに、なんでこんなにまで……)

  サーシャにとってリーザの変貌ぶりは、とても現実味のあるものと受け止められない。

 「……お母さま。なにがあったの? ……コッダに何かされたの?」

  ビクんっ、と肩を震わすリーザ。

 「…………まさか……お母さま……。コッダに……」

  最初の違和感。醸し出す空気。リーザの変貌。

  サーシャは、初めて気づいた。「お母さま」が違っている「何か」が。それが淫靡な匂いを含んでいることに。

  そして。それを気づかれたリーザの表情を、サーシャは忘れることができないだろう。

 (……これが……あのお母さま……?)

  一瞬だが、見逃さなかった。

  淫ら、としか言いようが無い表情。どこか被虐の悦びを見出したかのような……サーシャにすらゾクりとさせるような、悪毒を含んだ女性。それが今、サーシャの目の前にいる母親であり、王妃の姿だった。

  白百合のような白さの奥に隠されていた、毒々しい色。そんな色をサーシャは母親の中に感じて取ってしまった。

  ――うそよっ。

  叫びたかった。否定し尽くしたかった。しかし、一度それを感知してしまうと、リーザのすべてが見えてきてしまう。

  ……それは否定しようもない、妖しげなにおい。妖花としての魅力を醸し出している母親に、サーシャもドキリとした。それは確信に、そして怒りに変貌するまで、時間はかからなかった。

 「………………コッダっ…………!!」

  殺してやる。

  わたしの大切なものも、国の人たちの未来を、薄汚い手で壊していくコッダを……殺してやる。

  サーシャのすべては、その思考でたぎっていた。

 「サーシャっ、いけませんっ!」

 「放して、お母さま! わたしっ、あいつを、あいつをっ!」

 「お取り込み中でしたかな?」

  第三者の闖入は、サーシャから冷静さを完全に奪った。

  一度見たら忘れもしない、醜悪な肥満体。売国奴であり寄生虫とも言うべき腐った貴族の権化……コッダ。

 

 「コッダあああぁぁっ!! あなた、よくもおおっっ!」

 「ダメっ! サーシャ堪えてっ!」

  短剣を抜きコッダに飛び掛ろうとする娘を、リーザは後ろから必死に抑える。

 「お願い……お願いだからぁ……」

 「お、お母さま……」

  母親の必死の静止に、涙声でサーシャの力がわずかに抜ける。

  そんな憎悪と殺意の視線を受けたコッダは、持ってきた菓子とお茶を残念そうにテーブルに置いた。

 「話しがはずむかと思って持ってきたのですが……お気に召さなかったようで残念です」

 「…………」

 「…………」

  二人の女性の冷たい視線が突き刺さっても、コッダは一向に気にせず話しを続ける。

 「しかし……この様子では、説得しそこなったと思ってよろしいのですかな、王妃殿下?」

 「待って……まだ、話しは……」

 「説得ってなによ。あなたの話しなんか、聞く気は無いわっ」

 「おや。まだお話しされてなかったと見える。わたしと王妃殿下の再婚の話しですよ」

  ――…………え。……今、なんて…………。

  サーシャは、リーザを振り返る。コッダの世迷言を否定してくれることを期待して……。

  しかし、そこにはうなだれるだけの女性がいた。目を閉じ、耳を塞ぎ、すべてから逃げたがっているリーザが。

 「……そんな……お母さま……ウソでしょう……ウソと言ってよ……」

 「リーザ王妃はこの国難にあたり国をひとつにまとめるため、あえてこの選択肢を選ばれたのですよ」

  コッダがもっともらしく語る言葉は、サーシャにまったく届かなかった。

  ――コッダ。

  ――どこまで、どこまで人を、国をムチャクチャにすれば気が済むの……お母さまに手を出して、それじゃ飽き足らず……。

 「さて、このような物騒なものなど、あなたの手にはお似合いではありません……」

  すっかり放心してしまったかと思われたサーシャの右手から、コッダが短剣をやさしく奪い取る。

  途端、サーシャに憎悪の火が蘇った。

 (コイツだけは……今、殺すっ……殺せばすべてが……)

  サーシャの左手がきらめく。血が、飛ぶ。

 「ガぁっ!?」

 「サーシャっっ!?」

  コッダの肥満した腹あたりの布地が裂け、赤い斑点が滲み始める。

 (利き手じゃなかったから……深くなかった!)

  隠し持っていたもう一本の短剣を構えなおす。

 「てえっ!」

  もう一振りは、コッダの顔を傷つけた。

 「ひ? ひぃぃっ……待て、待ってくれ……」

  コッダは腰を抜かしたように地べたから尻が上がらない。奪った短剣を前にかざしているが、ガタガタと震えて何の役にも立っていない。

 「あなたさえ……いなければ……いなければすべてが……」

  順手に持ち替えた短剣は、心の臓の一点を狙う。

  あと少し、あと少しで……。この存在を消して……っ。

 「それは、ダメですよ」

 「え?」

  背後に別の黒い気配を感じたとき、サーシャの意識が急激に薄れる。

 「サーシャっ……!」

  なに……? お母さま……何が起こったの……?

 

 「お遊びが過ぎますわ、コッダさま」

  黒い法衣……というより煽情的な妖しさによって編まれた黒いレザースーツの女。その女が印を解く。

 「あなたの体はウェルトとゾーアを結ぶ大切な身。女子供との遊びに興じられて傷がつくなどもっての外です」

 「おお、ミルカどの。いや、面目ない」

  ミルカ。その女性は、ウェルトに派遣されているゾーアの魔女であった。そして、リーザを堕とすのに手を貸した暗黒魔法の使い手であった。

 「この娘にも、ですか?」

 「よろしく頼みますぞ。逃げられて外で旗を立てられても困るし、殺してしまうのも……」

 「娘には手を出さないでっ」

  リーザがコッダにしがみ付き、懇願する。

 「わたしが……わたしが代わりになんでもするから……お願い……」

 「……王妃殿下。わたしとて年端もいかぬ娘に手をあげるようなマネはしたくはないのです。しかし、悪いのはあなただ」

 「……わたしが……」

 「お願いしたはずです。サーシャ様を説得してください、と。だがこうなってはやむを得ません。わたし自らが言って聞かせて上げますゆえ」

  ぱちん、と指を鳴らすと衛兵がリーザを拘束する。

 「な、なにを……」

 「あなたにもお仕置きが必要です。お部屋でお待ちいただけますかな?」

 「……サーシャっ…………!」

  衛兵たちがリーザを連れ出す。バタン、と扉が閉じられたときには、コッダの意識はサーシャの若い体への欲望でいっぱいに詰まっていた。

 「この娘も……色と欲に染まることを考えると……わたくしも期待してしまいますわ」

  小指をかじるように舐めるミルカ。その呟きには、仕事以外の熱望が含まれている。

 「この体。この細かい肌……わたくしも味見をしていいかしら、伯爵?」

 「ははは、まぁ細かいことは任せますがね。それより……」

 「ええ、分かってますわ」

  気絶したサーシャを後ろから抱きかかえると、ミルカは首筋に深いキスマークを植え付ける。

 「……ふふ。いい味……」

 「ぅ…………ん………」

  サーシャのうめきに応えるように、ミルカは囁く。

 「あなたも仲間に入れてあげる……この甘美な味を……教えてあげる……」

  そう言うとミルカはサーシャの体をまさぐりながら、呪文を唱え始めた。その何も知らない体に淫らな何かを塗り刻み込むように、呪を肌に植え付けていく。やがてそれはサーシャの体の奥底にまで染み込んでいくのだろう。

 「……ぁ………ぅぁ……」

 「ようこそ、この世界へ……ふふ」

  無意識にうめくサーシャと、その体を楽しむ魔女ミルカ。

  二人の絡む姿を楽しみながら、コッダはサーシャが次に目を覚ますときを想像し、期待に胸を膨らませていた。

 

 ***

 

  サーシャの目がさめたとき、そこは自分の寝室であった。

 「…………そっか……わたし……」

  一瞬、いつもの朝を迎えたのかと錯覚したが、意識がハッキリするにつれ、ヒシヒシと実感がわいて来る。

  ――コッダに捕まったのね……。

  胸当てを外した軽装の外出着は面会時と同じだったが、手枷と首輪がサーシャを拘束していた。天井と首輪を鎖が繋ぎ、ヂャラヂャラという音が敗北感を占める。

 「あと少しだったのに……」

 「いや、本当にあと少しだった。危うくわたしめも命を落とすところでございました」

 「……コッダ」

  サーシャが目を覚ます前からいたのだろう。その中年貴族は絨毯に跡をつけながらノシノシと近づいてくる。

  心なしか舌なめずりしているようである。いや、実際にもこの虜囚の獲物を料理する方法を、想像たくましくあれこれ選んでいるのだろう。それも妄想ではなく、サーシャを虜にしたという現実味に裏付けられている。

 「ち、近寄らないでっ。わたしの部屋に勝手に……っ」

  ベッドの上で後ざすろうとするが、首輪と鎖が範囲を定めてしまっている。逃げられない。

 「ご相談したいことがあっても、あなたはちっとも私めに耳を傾けてくださらない。いささか無礼ではありますが、このような拘束をさせていただいたことをお詫びする次第で」

 「…………」

  油を塗ったような、饒舌なこの男など相手にしたくはない。無視を決め込もうとしたサーシャだったが、次の言葉ですぐに撤回する羽目になる。

 「あの近衛の女騎士のことですが……」

 「ケイトがっ? ケイトがどうしたの!?」

 「いや、別にどうなったとかそういうことではないのですが。今は」

  コッダは続ける。

  ケイトには王族の拉致と勅書の捏造、謀反の企て、煽動、捕縛時での抵抗で兵士数名の殺害の罪状が数えられている。 

 「今のままでは死罪は免れませぬな」

 「そんなっ……ケイトはアンタの汚い手からわたしを守ってくれたのよっ!」

 「忠義、麗しい限りです」

 「……ケイトに手を出して御覧なさい……わたしも舌を噛み切って死んでやるっ……」

  その論法の幼さに、コッダは思わずほころんだ。

 「な、なにがおかしいのっ」

 「いやいや、自己犠牲の精神は立派ですよ。さすが生まれながらにして王族であらせられるわけで」

 「笑うなっ」

 「でも、それで誰が助かるのです?」

  ……え? とサーシャが問い返す。

 「あなたの言う通りでは、こうなります。ケイトとか言う女騎士は処刑。サーシャ様も自害。後に残るのはリーザ王妃のみ」

 「…………」

 「さすがは王族です。自分のお命と同様、大切な部下の命をも犠牲になさるという考え方。そこまでして何を残しますか?」

 「あなたに汚されるくらいなら……わたしもケイトも……自決を望みますっ」

 「謀反人という悪名を残してね」

 「……っ!」

 「あなたの意地など、今はそのような結果しか残しません。もう少し、御身を大切に思われたらいかがですか?」

 「……悪いのは……悪いのは全部、あんたよっ……!」

 「そう、悪いのはわたし。しかし、あなたや女騎士、そしてリーザ王妃の命を握っているのもわたし」

 「…………」

 「なにぶんにも、謀反の話など表立っていないので、処刑の話も立ち消えにしたっていいのですよ……あなたの態度次第によっては」

 

  わたしは汚される。

  性行為など話しにしか聞いたことしかなかったサーシャにとって、それは具体性を伴っていなかったが、とにかく汚されるだろう、ということが分かった。おぞましさと恐れ、なによりコッダなんか俗物によって自分がどうにかなってしまうこと……死んでしまう以上に耐えられることではない。

  ケイトはこの決断をきっと喜ばないだろう。却って自責の念に駆られ、自決してしまうかもしれない。

  しかし。

 「…………」

 「お分かりいただけたようですね。ではまず最初に、わたしにつけた傷を手当て願えますか」

 「……手枷を外しなさいよ」

 「その愛らしい口があるではありませんか」

 「……っ!?」

  傷口を口と舌で舐めろ、と言っているのだ。

 「そんなことっ……!」

  くっ、と堪える。自分が堪えなければ、母親もケイトも無事では済まないだろう。

  悔し涙が目に溜まる。でも……。

 「や、やればいいのでしょう」

  ――舐めるだけ……ただ、舐めるだけなんだから……。 

  コッダの指し示す傷口――脇腹あたり――におずおずと舌を伸ばす。

  ち。

  舌先に人肌が触れ、しょっぱさが広がる。

 「……やだっ」

  あわてて引っ込める。舌先や味覚が穢れた感じがした。

  ふと見上げると、コッダがいやらしい視線をサーシャに向けてニヤニヤしている。

  ――楽しんでいる。わたしが恥じらいに戸惑うのを見て、楽しんでいる。

  ――こんなヤツに楽しまれるくらいならっ!

  生来の負けず嫌いが出てきたのだろう。怒りと自棄っぱちな気分に任せて乱暴に、しかし積極的に舌を這わす。

  ……ぴちゅ、くちゅ、ん…………。

  薄暗くなった寝室に二人っきり。物音も他にはなく、サーシャの舌使いだけが妙に響く。

 「んー……。こっちはもういいでしょう」

  その声に、舌を離す。

  ――ヤだっ。

  一瞬、コッダの腹と自分の舌が唾液の糸で結ばれていた。首を振って糸を断ち切る。

  腹の傷口はとうに止血しており、滲んでいた血も脂肪もすっかり舐めとられていた。後にはサーシャの唾液が傷口周りにネトつくように光っている。

  サーシャは、怒りと羞恥に顔を赤らめ、荒い呼吸を整えている。

  しかし、それは必ずしも怒りによるものだけではなかった。サーシャ自身気付いていないが、この屈辱的行為にどこか興奮を覚えていたのだ。荒く、熱い呼吸。昂揚とした気分に染められた瞳。どこか別の情感がほころんでいることを、コッダは見逃さなかった。

 (これは……思いのほか早く仕込めるかも)

  ほくそ笑むコッダは、サーシャに次の傷口を指差す。顔……左頬につけられた傷。

 「こちらも、お願いしますよ」

 「くっ……」

  コッダを睨みつけたが、すぐに「手当て」を再開する。

  ――早く終わらせたい……終わって……。

  その一心で、コッダの頬に舌を這わせる。

  手枷のついた手でコッダの顔を支え、慣れない奉仕を続けるサーシャ。はたから見ると、うら若い愛人が中年貴族に愛を囁くかのようにも見える。

  舐める音が、自分の熱い鼻息がはね返り、サーシャを蝕むように気を高ぶらせていく。

  ……ハァ……ハァ……。

  熱い吐息は、当然コッダにも届いている。

 「……っ!? んんっっ!!」

  突如、コッダが間近にあったサーシャの唇を奪った。

 「んーっ! んんんっっ!!」

  抵抗しても、コッダの口が舌がサーシャの口を陵辱する。

  ――唾液。自分の匂いじゃない、別種の唾液。タバコ、酒、他に得体の知れないものが混じった、ヤな匂い……入ってくる……押し割って入ってくるっ!

 「イヤぁっ!」

 「お、ツっ……」

  夢中だった。コッダの舌を噛んで逃れたのだと気付いたのは、コッダの肥満体をようやく引き離してからのことだった。

 「つ……ちっ……。抵抗しましたね」

  コッダの凶悪な目が、鈍く光りだした。この捕らえた小動物をどう扱おうか、楽しみが多くて迷っているような加虐的な目。その残酷さに糸目はつけないような視線に、サーシャは返って開き直った。

 「したわよっ、……こんなこと許されるはずがないじゃないっ!」

  くっくっく……と鈍く笑うコッダ。

 「まぁ、今のは最後の反撃ということで大目に見ましょうか。これであなたは、わたしに逆らえない……」

 「なにを言って……」

  途端、サーシャの心の中に黒い空間が侵食し始めた。

 「……な、なに……これ……」

  体が、熱い。胸が、つらい。空気が足りない……。酸素を求めるように、悶える。

 「かはぁ…………ぁ…………」

 「おつらいですか? 今しばしのご辛抱を。血の契約による呪術の一種ですから」

 「血の……契約……?」

 「あらかじめ仕込ませていただいたゾーアの魔法のひとつでして。先ほどお舐めいただいた血によって、あなたとわたしの主従関係が成立してしまったのですよ」

 「そん……な……」

 「これからは身も心も尽くしてくださるよう、お願いする次第でして……。もっとも、心のほうのケアはこれからじっくりと……」

 「……負けないから……」

 「ん?」

 「こんな卑怯な手に……魔法の手を借りなければ女の身一つなんともできないようなアンタなんかに……負けないんだからっ!」

  ぱちぱちぱち……と、人をバカにしたような拍手が広がる。

 「ご立派です、サーシャ王女。そうでなくては意味がありません」

  苦しさのあまりベッドに倒れこんだサーシャの手をとり、手枷を外してやる。

 「さて。あなたのプライドと、暗黒魔法の力とはどちらが強いのか……。まずは服を脱いでください」

  ビクんっ、とサーシャに痙攣が走る。

 「服を脱げ」というコッダの声が頭の中で鳴り響く。

  ――脱ぐ……服を脱ぐ……ダメっ……でも……やだ……。

  コッダへの服従。サーシャの心は全力で拒否している。

  葛藤。

  コッダの言葉に従わねば、という義務感、焦り、恐れ。

  一方、理性と意地は必死になって言葉に抗おうとする。

 「……くぅっ……ぅぅ……」

  心が締め付けられる。抵抗すればするほど動悸は高まり、呼吸が荒れる。

  ――苦しい……こんな、苦しい……。

  思わず胸元を緩める。

 「……あ」

  途端に苦しみから解放される。コッダの命令に従うことでサーシャは不思議なほどの安堵感と開放感を味わった。

 「ほら、早く脱いでくださいよ」

  また締め付けられる心。

  ――ダメよ……耐えなきゃ……。だめぇ……。

  ダメだった。もう耐えられなかった。抵抗するだけで襲ってくるすさまじい苦しみ。そして、従うことへの開放感。

 「お、ようやくその気になってくれましたか」

  ベッドの上にノロノロと膝立ちし、ベルトを外す。紐を解き、スカートが落ちる。

  細い腕。すらりとした足。サーシャの白い肌が少しずつ現れる。男の目には誰にも見せたこともない、誰にも触れさせたこともない処女雪のような肌。

  ――ダメぇっ! コッダなんかに、コッダなんかに……こんなこと……っ。

  ――今、わたしはオトコの目の前で、肌を曝け出そうと……している……。

  心の中ですさまじく拒絶を叫んでいるサーシャの中で、不思議な興奮が生まれ始めていた。二つの背反する心が主張をぶつけ合い、サーシャを蝕んでいく。

  衣擦れの音と共に現れる、サーシャの生育途上の均整の取れた下着姿。リーザのように熟れた豊満な体と違って、青みのかかった果実と言ってもいいその肉体は、細身の中にしなやかさと柔らかさを保っていた。

  最後に貞操帯が外される。

  そこには、絹製の純白の下着と隷属の証の首輪を身につけた、大人になりきれていない一人の無防備な王女がベッドの上にいた。無垢な少女は目に涙をいっぱいに浮かべ、両の手を胸とあそこを隠すかのように添えている。

 「いやいや、結構結構。次は……そうですねぇ、四つん這いになってください。こちらにお尻を向かせて」

 「……くっ」

  言われたとおり、四つん這いの格好をするサーシャ。首輪に繋がる鎖がシャリシャリと擦れる。

  ――やりたくないのに……こんな恥ずかしいこと、やりたくないのに……。

  オトコの前、それもコッダの目の前で、自分の恥ずかしい場所を誇示するかのようなポーズをとらされて、サーシャはもう何がなんだか分からなくなっていた。

  屈辱と恥辱。背徳。そして被虐。そのすべてがサーシャの心を弄び始めたのだ。

 「――ひっ!?」

  股間に、ねちょり、と生暖かい不気味な感触が触れた。

 「若い、生娘の味ですな」

  コッダの舌先が、下着越しにサーシャのあそこを舐め始めたのだ。

 「イヤぁっっ!! ヤダぁっ!」

  全身に怖気が走る。

  自分の性器を舐められることなど、サーシャの倫理からは考えられないことだった。「そこ」から体の中心線を犯すかのような、ゾゾっとした不気味な感触。突き抜けるような刺激。その初めての感覚がすべて、サーシャに刷り込まれていく。

 「ヤめてぇっ! こんなのっ……ヤぁぁっっ!」

  四つん這いの姿勢のまま暴れ出したサーシャの太ももを、抱きつくように抑えるコッダは、その引き締まった足にも舌と唇を這わせる。ナメクジの跡のような、唾液の線がヌラヌラと光っている。

 「母娘でも味わいが違いますなぁ。あなたというつぼみを花開かせてあげます……忘れられないくらいに」

 「やだ……やだよ…………こんなの……」

  サーシャは涙を流していた。全身で逃げ出したいのに、心も全力で嫌悪しか感じていないはずなのに、この魔の束縛から抜けられない。身動きのできないサーシャにとって、涙を流すことしかできなかった。

  にちょ、ぬちょ、と単調な音が部屋に響く。それはサーシャの耳にも感触にも刻まれていく。

  白いシルクのショーツがコッダの唾液に濡れると、サーシャの中身が透けて見える。

  指で感触を味わっていたコッダは、下着の中に侵入する。

 「あっ……ひっ!?」

  直接の感触は別の「感じ」をもたらす。そこに貪るようにコッダが口付ける……というよりむしゃぶりついた。同時に指も攻め立てる。

 「ひ、ひぎぃっ……ヤぁ……」

  コッダの太い舌。そのぬめりとざらざらした感触が中に侵食し、弄る。そのおぞましさに、サーシャは声にならない悲鳴をあげ続けていた……。

 

 

 


解説

 お久しぶりに投稿させてもらいます、SISです。

 

 いろいろとあるのですが、一緒に送った3話のあとがきに回します。

 この話で飽きていなければ、もう少しお付き合い願います。

 

 あ、ちなみに作中に出てくる「ミルカ」という女魔道士はオリジナルです。

 

 では3話目をどうぞ……。

 


掲示板に感想を書く

戻る

PC用眼鏡【管理人も使ってますがマジで疲れません】 解約手数料0円【あしたでんき】 Yahoo 楽天 NTT-X Store

無料ホームページ 無料のクレジットカード 海外格安航空券 ふるさと納税 海外旅行保険が無料! 海外ホテル