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ファイアフライ 4「stuation Yellow」
カノンフォーゲル/文


ファイアフライ その四「stuation Yellow」 30
 街の外れにその建物はあった。

 瀟洒な建物で、一見すれば少しばかり金のかかったつくりの病院のようだった。

 最も、一般の言うところの病院とは雰囲気も中身もいくぶん違う。

 ここは、「捕獲者」たちのための治療施設なのだ。

 救出された「捕獲者」達は、ここで身体的・精神的に治療を受けることになる。

 ローパー等の調査研究施設も併設されており、ある意味ここも「戦線」の一端であるといえる。

 
きれいに整頓された自分のオフィスのデスクで、その女はパソコンのディスプレイと睨み合っていた。

 眠気覚まし以外の役目は到底果たしそうにない、もはやカフェインの水溶液といったほうがいい冷めたコーヒーのカップに手を伸ばす。

 ドアがノックされた。

 「どうぞ」

 返事を待って、独りの女が入ってくる。まだ少女といっていい年頃だろうか、着込んだメイド服はよく似合っていたが、きれいに整頓されているがひどく無機的なこの研究室には今ひとつ違和感を感じる。

 少女は首に皮製の首輪をつけ、のどのところには彼女の名前だろうか、「AYA」と刻まれた小さな金属板がついていた。

 「『子猫』について情報が入っています」

 「なにかしら?」

 持っていたファイルをめくって、

 「フリーのジャーナリストが彼女に付きまとっているとのことです」

 ひどく事務的なものいいだった。

 「そう」

 「何か対応を?」

 「そうね……」

 あごに手を当ててしばし考え込む。

 「少し様子を見ていて。あまりしつこいようだったら……」

 意味ありげな視線を向けて、語尾を濁した。少女はそれで言わんとしている事を理解したらしく、それ以上聞こうとはしなかった。

 「では、失礼します」

 「まちなさい」

 踵を返して去ろうとする少女を呼び止める。同時に手元のコンソールでドアをロックした。

 「よくやったわ、ご褒美よ、彩。いらっしゃい」

 恵子は妖艶な笑みを浮かべて、ネクタイを緩める。

 彩と呼ばれたその少女は頬を赤らめて、

 「……あの…ここで、ですか?」

 「いらっしゃい。大丈夫、誰もこないわ」

 「はい、お姉さま」

 と、答えて慶子のもとへと歩み寄る。

 慶子の側までくると、彩はいささか強引に唇を奪われた。

 「んっ・・・うっ…」

 抵抗する暇もなく舌を絡めとられ、彩の口内を慶子の舌が這い回る。

 長い長いキスの後、彩は酸欠になる一歩手前で開放された。

 二人の唇の間を、まるでなごりを惜しむように唾液が糸となってつなぎとめ、切れた。

 「くっはあ…はあ…」

 「あらあら、キスだけでできあがっちゃったのかしら?」

 椅子の肘掛けに両手をつき、頭を慶子の胸に預けるようにして方で荒い息をつく彩の髪をなでながら言った。

 「お…姉…さまあ…」

 潤んだ瞳で見上げる彩を見て、

 「どうしてほしいの?言ってご覧なさい」

 「あ…そんな…あ…」

 直前でお預けをくらって、もじもじとしながら目の前で意地悪く微笑んでいる慶子にすがる。

 「言わないと、何をしてほしいのかわからないわよ?」

 彩はほほを真っ赤に染め、羞恥の涙を浮かべてうつむいていたが、やがて、蚊の鳴く様な声で言った。

 「お、お姉……さまに…して……ほしい…です…」

 それまでかろうじで半球形を保っていた涙は、まるで彩の心中をあらわすかのように頬を伝い落ちる。

 「なにを?」

 あくまで言わせるつもりらしい。

 「き…気持ちよく…して…ください…」

 「それだけじゃないでしょう?教えたはずよ、『お願いの仕方』」

 「……っ」

 おいつめられた彩はうつむいてしまう。

 それを慶子は楽しげに見ていた。

 「あらぁ、いいの?ちゃんとできないと、してあげない。そういう約束だったわよね?」

 彩はうつむいたまましばらく迷ったようにスカートのすそを握り締めていた。慶子はそれを辛抱強く待っている。

 やがて、諦めたようにスカートのすそを両手で持ち上げた。

 「ゎ…私の…いやらしいここを……いじめて…ください……」

 羞恥のためか、声が震えていた。

 膝下までのスカートが持ち上げられ、隠されていた彩の足が露にされる。

 スポーツでもしているのか、それなりに鍛えられた足だったが、その年頃の少女らしい、健康的なきれいな足だった。

 そして少女の秘所を隠しているショーツは、未だ触れられていないというのに少しの汗と多くの汗以外のものでしっとりと濡れていた。

 「ふふ…やればできるじゃないの…」

 自らの調教の成果を満足げに眺めてから、慶子は立ち上がると彩に歩み寄り、さりげなく動きを封じて彩のおとがいを持ち上げると今にも落ちそうなほど膨れた涙を舌先でなめとった。

 「ぁ……」

 舌が触れると彩は小さく声をあげた。ぴくんと体を震わせる感触を楽しむように、二度、三度と舌を這わせる。

 与えられる快感に身を任せ、もはや自ら立っていることもできなくなっている彩の耳元にささやいた。

 「でも…あれじゃ満点は上げられないわよ?」

 「え…ぁ…」

 反応させるまもなく慶子はどこから取り出したのか小さな卵型の物体を彩のショーツに滑り込ませた。

 「ひぁっ…」

 それは偶然なのか、あるいは慶子の卓越した技術の賜物なのかは知れなかったが、異物は絶妙な位置に当てられていた。

 「おねえさ…何…を………きゃっ…!」

 まともに言葉を紡ぐのも辛いのか、あえいでいる彩に向かって妖しい笑みを浮かべた。

 「ちょっとしたペナルティよ」

 おびえた瞳を向ける彩を唐突に開放する。

 支えを失い、その場にへたり込んでしまった。ショーツの中の異物が床にぶつかり、彩の秘所の上にある肉芽をつついた。

 「………っぁ…っ」

 思いもしない刺激を受けて、声にならない悲鳴をあげた。

 「さ、いくわよ」

 「え…?」

 彩がへたり込んでいるうちに慶子は手早く身支度を済ませていた。

 「それともそこでそうしてる?……一人で」

 突き放すように言ったその言葉に、彩はびくっと身を竦ませて慶子を見上げた。

 それまで彩の思考を焦がしていた快感が一瞬引いて、代わりに怯えが彩を支配した。

 涙を流しながら、力の抜けた様子でふるふるとかぶりを振る。ちゃりちゃりと首輪の名札が音を立てた。

 ろくにちからの入らない下半身に懸命に力をこめて、傍らのデスクにすがって立ち上がる。

 ずいぶん苦労して立ち上がった彩の脇を通り抜けざまに耳元にささやく。

 「私の部屋まで声を我慢できたら、それでお仕置きはおしまい」

 こくんとうなずいて、慶子の後に従い部屋を出た。

 慶子はドア脇のデコーダーにカードキーを通して、ドアをロックすると、引っ掛けた白衣の裾を翻して歩き始めた。

 彩はその後を追おうとするが、歩くたびにショーツの中の異物が暴れて、歩みは遅くなった。

 人気のない廊下に、二人の足音だけが響く。

 やがて廊下の行き止まりにあるエレベーターに乗り込むと、彩は慶子に悟られぬようそっと背中を壁に預けた。

 その途端、いきなりショーツの中の異物が暴れ出した。ぶるぶると細かく早く、そして力強く振動する。そしてその振動は、彩のもっとも敏感で繊細な器官を容赦なく刺激した。

 「!」

 とっさに溢れ出しそうになる声を堪えようと、指が白くなるほど噛んだ。だが、慶子の調教によってさんざん開発されてしまった体には痛みもそれほど与えられた刺激を緩和するにはいたらなかった。

 それまで蓄積されていた快感とも相俟って、もはや声が漏れるのは時間の問題だった。

 せめて暴れ続ける無線式のローターをずらそうと、メイド服の上から開いている右手を使ってそれをつまもうとした。が、それは帰って悪い結果をもたらしてしまった。彩自身の粘液ですべり、ローターは彩の胎内へと飲み込まれてしまったのだ。

 「っ!…っ!…」

 痛いほどの肉芽への刺激が止んだ代わりに、今度は内側からの刺激が与えられた。

 彩の目が驚きに大きく見開かれた。

 と、同時にローターの振動が止まる。

 「………っは…っは…ぁ…」

 噛んでいた指を離し、荒い呼吸を繰り返す。

 軽やかな電子音とともにドアが開いた。

 「ついたわ。降りるわよ」

 「は……い…」

 気を抜けばもつれてしまいそうな足を懸命に動かして、慶子の後に続く。

 目標が見えてきた分少しだけ、気が楽になった。

 「あら…」

 声をあげて慶子が立ち止まる。一瞬遅れて彩も足をとめる。

 「やあ、もう上がりですか」

 ローパーと対峙する者にとって一般的な米軍規格のウッドランドの戦闘服に身を包んだ大柄な男が立っていた。

 「ええ…あなたは?イシモトさん」

 「私もです」

 慶子は何気なく羽織っている白衣のポケットに手を突っ込む。

 「!」

 彩は唇を噛んで俯いた。

 またローターが動き出したのだ。

 先程ほどではないにしろ、振動を続けるローターに、彩はうつむいて耐えるしかなかった。

 「で、訓練のほうは?」

 「ご依頼のとおり、基本的な火器の扱いからCQB戦術まで。とはいっても、まったくの素人を特殊部隊並みにってのはやはり無理がありますよ。…そりゃ、あの娘たちはやる気はありますし、真面目ですけどね」

 イシモトは肩をすくめて見せた。日系人らしいが、えらく日本語は達者なようだ。

 「士気も高い、装備も充実、おまけに訓練教官の給料は破格、後は時間をかけて完成度を高めていけばいいのですけれども…それを急げと仰る?」

 軽口の中には無知な素人の難題に対する非難も込められているようだった。

 「どこまでできるの?最低でも、ここの警備ぐらいには使えるようにしてもらわなきゃ困るけど」

 挑戦的とも取れる笑みを浮かべて、慶子は言った。

 「そのために私を雇ったんでしょう。ここの警備ぐらいのことであれば、彼女らは明日からでもできます。…なあ、アヤくん」

 「えっ…ぁ…は…い…」

 いきなり話を振られた彩は、驚きのあまり声が変に上ずってしまった。

 「……ふん…」

 彩の<異常>を察してかそうでないのかはわからなかったが、イシモトは不機嫌そうに鼻を鳴らした。

 「……まあ、いいわ。できるだけ早く、お願いするわ」

 「努力しましょう」

 言い残して去っていくイシモト。その後姿が角を曲がって消えるまで、慶子は足をとめていた。

 「……ふん、傭兵風情がえらそうに。いくわよ」

 途端に不機嫌になった慶子に促され、彩も歩き出した。

 ローター自体の振動と歩くことによって生まれる振動とが合わさり、さらに彩の中で暴れまわった。

 慶子は病院の敷地内に併設されている研究施設の中の一部を自分専用に使っていた。

 渡り廊下でつながれたそこまで、あと少し。

 そこまで我慢すれば…。

 その一瞬が、命取りだった。

 それまでの振動に慣れはじめていたが、何の前触れもなしに、振動が強くなった。

 今の振動に比べれば、今までのはほんの遊びに過ぎないと感じるほどの、恐ろしいまでの刺激。

 「やっ……あああああああああああっ…!」

 声を押さえることも、立っていることももはやかなわなかった。

 床に崩れ落ちて、快感に押し流されたままでいたが、不意に体内の振動がやんだ。

 「これは…お仕置きね…」

 「ぁ……」

 恐ろしいまでの快感にぼやけた頭で、見下ろしている慶子を見た。



 

 市街地の一角、日向の工場。

 その二階は日向と栞の暮らす部屋になっていた。

 明かりの消えたベッドルームには、シングルベッドのきしむ音が響く。

 日向が腰を動かすたびに、腕の中で栞が切なげにあえぐ。

 「んっ……ふうっ……」

 栞は指を噛んで懸命に声を殺そうとしているが、それも押し寄せる快感と、たとえようもない幸福感に流されてかなわない。

 窓からさし込む月明かりで、うっすらと桜色に染まった栞の肌に浮いた汗が輝いている。

 潤んだ蒼い瞳に見つめられ、日向の動きがより深く、力強いものになっていく。

 それに従い、しがみついている栞の腕にも力がこもる。

 恥じらいながら、声を押さえるのを止めた。

 「んっ……あっ…あっ…あっ…や…純一さん…純一さ……あっあっあっ……ああああああああーっ!」

 栞がひときわ大きくその均整の取れた、美しい身体をわななかせ、声をあげた。

 と、同時に熱くぬめった栞の胎内が日向を締め付ける。

 もう、たまらなかった。

 「栞っ…くっ…うっ・・・・・・」

 一かけらほどの理性が、日向をつき動かした。

 自身の物を栞の中から引きぬき、栞の白い下腹に白濁の熱い塊を撒き散らした。

 「熱っ…!」

 降り注いだ日向の精に、栞は声をあげる。

 栞の隣に日向は倒れこんだ。うつぶせに倒れこんだまま顔を栞へ向ける。

 二人は何も言わずにただ見つめ合い、ただただ荒い息をついた。

 「栞……」

 荒い息をつきながら、栞は少しだけ悲しそうに目を伏せて、言った。

 「……中には……くれなかったんです…ね…」

 言葉を紡ごうとした日向の唇に、身を起こしたしおりが指をあてて制する。

 「約束……ですものね…」

 約束。すべてケリがつくまで、子供は作らない。出会い、いくつかのトラブルを経て一緒になり、ほどなく世の中がこのようになってしまったときに、そう決めたのだ。

 くすり、と微笑んで見せる。

 「ごめんなさい…」

 栞の、悲しそうな微笑。日向はそれを見るたび、思い出すことがある。決して口には出さないが、それは忘れられない出来事でもあった。

 「いい…そんな顔するな…」

 「あ……」

 たまらず栞を抱き寄せる。

 一瞬だけ驚いたように身を竦ませたが、すぐにその身を委ねてくる。

 二人で横たわるには、このシングルベッドはいささか手狭ではあったが、それでも気にはしない。

 すぐそばに、離したくない相手を感じられるから。

 栞がそっと手を伸ばし、日向の頬を横切る古い傷跡に触れた。

 慈しむように、細くきれいな指でなぞっていく。何かを思い出すように。

 そしてそれは日向が思い出したものでもある。

 日向の体に刻まれた傷跡は、頬のそれだけではない。一線を退いたとは思えないような、無駄の無い、鍛えぬかれた体のあちこちに残る銃創、火傷、大小さまざまな傷跡。

 それはすなわち二人で歩いてきた道でもあった。

 「栞…?」

 「……なんでも…ないです…」

 名残惜しそうにしながら、栞は日向の腕の中を抜け出すと、半身を起こした日向の前にちょこんと座り込む。さっきまで自らの中に入り、二人をつないでいたものに、手を添えて、

 「…あの…きれいに……しますね…」

 つながっていたときほどではないにせよ、日向のそれはまだ硬さを残していた。

 いきなり口に含んだりはせず、舌を出してちろちろと自分の愛液にぬれている日向を清めていく。

 下を向いたために垂れてきた長い黒髪を、片手でかきあげる。

 「んっ……むっ……むっ…」

 栞は知ってか知らずか、日向の一番感じるところに小さな舌を這わせていく。

 「しお…り…」

 腕を伸ばして、栞の髪をなでる。栞はびくっと体を震わせ、一瞬だけ上目遣いに日向を見ると、お返しとばかりに日向を口に含んだ。

 「…んっ…」

 一心不乱に奉仕しているそれはひどく淫らだったが、同時に深い愛情に満ちたものだった。

 たちまち日向は硬さを取り戻した。それどころかそのまま二度目の射精を迎えてしまいそうになる。

 敏感に感じ取ったのか、栞は今にも爆ぜそうなそれから唇を離す。薄い唇と日向の間を、銀の糸が伸び、切れた。

 「……っは……純一……さん…」

 栞は日向にのしかかるように這い寄ってくると、はにかみながら、言った。

 「……あの……純一さん……わたし……今日…今日、大丈夫な……日ですから…」

 「栞…?」

 日向は驚いた。

 栞がここまで積極的なことはあまり無かったからだ。

 「だから…今度は……中に…ください…中で…気持ちよく…なって…」

 栞は羞恥で耳まで真っ赤になりながら膝立ちになると、自らの秘所を片手で広げながらそろそろと腰を落としていく。

 「んっ……ひゃあうぅ……ぅ……あああっ!」

 くちゅっと、ひどく湿った、卑猥な音を立てていきり立った日向の怒張をゆっくりと飲み込んでいく。

 無理な体勢が祟ったのか、あるいは刺激が強すぎたのか、唐突に膝が砕け、一気に腰が落ちてしまう。

 栞も予想しないほど深く飲み込んでしまい、そのまま日向の胸に倒れこんでしまった。そのまま日向も後ろへ倒れこみ、その衝撃で栞がまた悲鳴ともつかない声をあげた。

 「…栞、無理するなよ」

 最初よりもさらに熱くぬかるんだ栞の膣内の感触を味わいながら、声も出せずにいる栞を気遣う。

 「はっ…はっ…はっ……大…丈夫、です」

 強すぎる快感にあえぎながら、懸命に体を起こそうとする。

 そのいじらしさに、日向の肉棒は大きさを増した。

 普段からは考えられないほど艶っぽい瞳を日向に向ける。

 「や…うぅ…純一さん……大きい……気持ち……いい…ですか……?」

 「ああ……」

 「よかった……動き、ますね…」

 安堵の笑みを浮かべて、ゆっくりと腰を動かし始めた。

 「うっ…ああああ…!…深い…です……」

 二人が肌を重ねるときも、栞が上になることはほとんど無かった。

 栞は正常位を好んだ。

 この体勢なら、くっついていられるから、と。

 そのためか、栞は歓喜の中にも驚きを隠せなかった。

 初めのうちは慣れない動きに戸惑っていたのだろう、やがてコツをつかんだのか動きが大胆に、力強くなっていく。

 栞の秘所が日向を締め付け、しごきたてる。

 栞が腰を上げ、落とすたびに長い黒髪が舞い、飛び散った汗が窓から差し込む月明かりにきらきらと光った。

 「純一さん……純一…さぁん…っ!」

 求めるように伸ばしてきた手を取って、固く指を絡め逢う。

 「……わたし…わたし……もう…」

 絶頂が間近なのか、栞の声が切迫したものになっていく。

 「栞…待って…!」

 すでに栞の意思を離れて動きつづける栞の腰を、日向は不意に止めさせた。

 「ぁ…そんな…純一さん…」

 寸前でお預けを食らった栞が切なげに腰をゆすろうとする。

 それを制して、日向は半身を起こした。

 栞の腕を自分の首に回させて、言った。

 「こうしたほうが…良いだろ…?」

 栞は、こくん、とうなずく。

 栞が再び腰を動かし始める。

 日向も、タイミングを合わせて動かし始めた。

 「や…ぁ…だめぇ…純一さんそんなに動いたらだめぇ…!」

 「つらいか…?」

 いったん動くのをやめて、栞に問う。

 いささか力の抜けた様子で、ふるふるとかぶりを振る。

 「動かないほうが良い?」

 再び、ふるふるとかぶりを振る。

 「……純一さんの……好きにしていいです……」

 声が震えているのは快感の為か、それとも怯えか。

 「そんなこといってると、やめてっていってもやめないぞ?」

 …こくん。

 ほんの少しだけ迷った後、うなずく栞。

 それがどうにもいとおしくて、栞の唇に、ついばむようにキスをする。

 一度唇を離した後、今度は栞から唇を求めてきた。

 互いの舌を絡め合う、濃厚なキスだった。

 栞の舌が懸命に日向の舌を捉えようと蠢く。

 少し意地悪く、栞から逃げて見せる。

 「…んっ…」

 唇が離れる。

 栞の頬が赤い。

 恥じらいながらも、責めるように日向を見る。

 日向の引き締まった太ももの上にいる所為で、若干栞は見下ろすようなかたちになる。

 小さく笑い、栞の頭を抱き寄せた。

 「あっ……」

 髪をなでてやりながら、ささやくように言った。

 「動くぞ」

 肩に顎を乗せるようにしている栞が、こくんとうなずくのがわかった。

 「ひゃっ……ああ…」

 栞を気遣うように、はじめはゆっくりと腰を動かし始めた。

 が、それもすぐに激しくなっていく。

 「あっ…ああ…純一さ……きゃうっ……や…ぅあっ……」

 すぐ耳元で栞の悲鳴とも嬌声とも取れる声を聞きながら、日向は腰を止めなかった。

 お互いすでに高められていた二人は、あっけないほどに絶頂を迎えてしまう。

 「栞…栞もう俺…」

 「純一さああぁん!」

 栞の秘所がひときわ強く日向を食い締める。

 その刺激が引き金となり、日向の肉棒は栞の中で爆ぜる。

 断続的に跳ねながら、栞の胎内に熱くたぎった生命の素を吐き出した。

 「ひああああ……ああ……」

 下腹に満たされていく熱い感触と、たとえようの無い幸福感を感じながら、栞は呆けたように天井を見上げた。

 

 

 夏の湿気を多分に含んだ空に浮かぶ月が傾き、窓から差し込む銀の光はずいぶん部屋の奥まで差し込んでいる。

 日向はゆっくりと体を起こし、時計に目をやる。

 0230時。草木も眠る丑三つ時。

 あの後二人とも力尽きるようにベッドに倒れこみ、眠った。

 隣を見れば、寄り添うようにして栞が安らかな寝息を立てている。

 安心しきった、とても幸せそうな寝顔だった。

 顔にかかった髪をのけてやり、あらわになった上半身にシーツをかけてやる。

 栞を起こさぬようにそっとベッドを抜け出して、台所へ向かう。

 冷蔵庫から作り置きの麦茶を出して、少しだけコップに注ぐ。

 頭が痛くなるほど冷たく冷えた麦茶を唇を湿らせるように、少しづつ飲む。

 半分ほど飲んだところで、再び注いだ。

 (なんだかなあ……)

 あの後、お互い貪る様に求め合い、けっきょくふたりとも意識が途切れるまで肌を重ねていた。

 あそこまで燃えたのは久しぶりだった。

 (まだまだ若いってことなのかなあ…)

 妙に年寄りくさいことを考える自分に苦笑した。

 ぐっと残りを飲み干して、ベッドに戻ると、シーツに包まった栞が体を起こしていた。

 「悪い、起こしちゃったか」

 ふるふる。

 よっと声を出してベッドに腰を下ろして、自分がまた年寄りくさい仕草をしているのに気づき、苦笑する。

 栞が不思議そうに覗き込んでくる。

 少しばつの悪い顔をして、日向は、

 「なんか年寄りくさいなって思ってさ、俺」

 栞はそれに答えず、そっと肩を寄せてくる。

 腕を回して、栞の肩を抱いた。

 事実、年齢だけで言えば、まだまだ若いといえる年齢だった。

 しかし、今までの経験は、普通の同世代のそれよりはるかに多様で、過酷なものだ。

 戦火の下で死を身近に感じたことも一度や二度ではない。

 それでも、後悔はしていない。そして、これからもすることは無いだろう。

 何を引き換えにしても守りたいものがあるから。

 いつまでもそばに居たいから。

 だから、戦える。

 日向は思う。

 何もなければ戦えはしないと。

 「栞」

 腕の中から、蒼い瞳が見上げてくる。

 「愛してるよ」

 栞はとてもうれしそうな顔をして、

 「わたしも……純一さんを…愛してます」

 そして、今夜何度目かのキス。

 だが深くは無かった。すぐに栞は唇を離して、

 「…っは…あんまり深いの…だめです…」

 少し怒ったように、栞が言う。

 「なんで?」

 「…………ら…」

 もごもごと口の中で何かを言った。

 「え?」

 いぶかしむ日向に、きっと睨むと、

 「また変な気分になっちゃうから深いのはだめですっ!」

 頬を染め、目尻に涙の玉を浮かべて栞が言う。

 余韻が抜けきっていないらしい。

 「…………」

 二人の間に沈黙が下りた。

 だがそれも一瞬のことで、どちらともなしに笑みがこぼれた。

 「さて、まだ夜明けまであるから、もう少し寝るか」

 「ぁ…」

 小さく声をあげて、栞が立ちあがる。

 「?、どうかした?」

 「あの…やっぱり、シャワー…浴びてきても良いですか?」

 「俺も行って良い?」

 「もう……」

 「悪い。冗談」

 他愛も無い会話を交わして、きれいな曲線で構成された裸身にシーツを巻きつけ、栞はシャワーへと歩いていった。

 程無くシャワーの水音が聞こえてくる。

 日向はベッドに横たわり、何をするでもなく天井を見上げていた。

 満ち足りた交わりの後の倦怠感が、ゆっくりと日向をまどろみの世界へといざなう。

 不意に、シャワーのほうからがたん、と何かが落ちる音がした。

 「ぃ…いやああああああああああああああああああっ!!!」

 栞の悲鳴だった。

 枕の下からグロックの9ミリを引っつかむと、風呂場へと駆けて行く。

 「栞っ!」

 乱暴にドアをノックするが、中からは栞の弱弱しい嗚咽が聞こえてくるばかりだ。

 ドアを開けて、日向は言葉を失った。

 湯気の立ちこめる中、栞が床に座り込んでいた。

 自分の肩を抱きしめ、震えている。

 そして、何よりも異様だったのは

 栞の長く、きれいな黒髪が

 銀髪に変わっていた。

 「…栞!」

 濡れるのもかまわず、栞に駆け寄る。

 肩をつかんで、声をかける。

 「栞…栞、しっかりしろ!」

 日向の呼びかけに答えず、見えざる何かに怯えている栞。

 「栞!!」

 大きく肩をゆすられて、さ迷っていた瞳が急速に焦点を結んだ。

 「純一…さん……?」

 「ああ、ああ、そうだ、俺だよ。どうしたんだよ、何があったんだよ?」

 栞の目尻に涙が膨れ上がり、そのまま日向に抱きついた。

 日向はそのまま何も言えず、シャワーに打たれながら泣きじゃくる栞を抱きしめてやるしかできなかった。

 



 隣にいる栞は、ベッドの上でしゃくりをあげていた。

 「すん……」

 ただただ何かに怯えている栞の体を拭いてやり、ベッドへと連れて行く。

 その間、一瞬たりとも日向を放そうとはしなかった。

 幾分落ち着いたものの、それでも栞はカタカタと小さく震えている。

 「……純一さん…」

 「大丈夫?」

 こくん。

 いつのまにか、あの銀髪も元の黒髪に戻っていた。

 大丈夫といってはいるが、傍目にはとてもそうは見えない。

 少なくとも、状態はさっきより幾分マシ、という印象でしかなかった。

 ベッドに腰掛け、栞を安心させるように抱きしめてやる。

 そうすることしかできない自分を呪わしく思う。

 やがて、栞はぽつり、ぽつりと話し始めた。

 「………純一さん………アレが……また…あの感じがして……わからなくなって……それで…気がついたら……勝手に……」

 「……」

 あまり要領を得ていないものだった。しかしそれでも、日向には何事かを理解できた。

 そしてしおりが感じたものと、日向が推測した物が一致するとするなら。

 戦況は変わる。

 確実に。

 嫌な予感がした。

 それを裏付けるように電話が鳴った。

 今このとき、このタイミングでかかってくるとしたら、相手は決まっていた。

 動けないでいる日向をよそに、電話は鳴りつづける。

 いつまでも、恐らく出るまで鳴り止みはしないだろう。

 日向は栞を見た。顔を伏せているので表情を読むことはできないが、肩を抱く手と、日向のシャツをつかむ栞の手、接しているすべてから栞の怯えが感じられた。

 「……栞…」

 こくんとうなずいて、栞が手を離す。

 震えている栞を残して、重い足取りで受話器を取った。

 「…はい」

 受話器の向こうからは、予想通りの人物の声が聞こえてくる。

 『ああ、日向さん。こんな時間にすいません』

 「いや。起きてた」

 『……栞ちゃんも?』

 「ああ」

 ぺたり、ぺたりと足音がして、栞がそばに来る。

 『…代わってもらえます?』

 肩越しに栞を見る。栞がうなずく。

 「お久しぶり、美帆ちゃん」

 声の震えは、まだ取れなかった。

 栞がそっと手を伸ばし、日向の手を取る。

 受話器に受け答えをしながら、すがるように日向を見た。

 初めて会った頃の、すべてに対して怯えを持って見る目だった。

 栞の手を握り返す。

 栞の瞳に、ほんの少しだけ安堵の色が見えた。

 しばらくの会話の後、栞は受話器を置いた。

 受話器を置かれた電話機を見つめたまま、栞は言った。

 「……美帆ちゃんも…感じたそうです…」

 「……そうか…」

 再び電話が鳴り出す。

 栞が手を伸ばすよりも早く、日向が受話器を取った。

 「……ああ…そうだ……。そっちもか。……ああ、うちと…あと笹本さんとこも……わかってる…大佐にはこっちから…ああ、わかってる。……気をつけてな。……何かわかり次第…ああ、頼む」

 受話器を置いた。

 日向もまた電話機を見つめたまま、

 「……松永んとこも……來香ちゃんも、だそうだ」

 肺の中の空気すべてを吐き出すように言った。

 二人は黙ったまま、沈黙した電話機を見つめた。

 たった五分にも満たない電話で、状況が「気のせい」から「かなり確度の高い警戒すべき事態」へと変わってしまった。

 「純一さん」

 蚊の鳴くような、消え入りそうな声。

 「………また……戦うんですか……?」

 栞の問いに、日向は躊躇した。

 どう答えても、栞を悲しませることは避け得ない。

 戦いは無いといえば嘘になる。

 しかし栞は戦いを望みはしない。

 恐らく確証がとれ次第、原隊へと復帰することになり、かなりの確率で日向自身も戦闘に参加することになる。ハンターや自衛隊にはアレへの対応のノウハウが無い。

 そして……。

 そこから先の思考を意志の力で断ち切る。

 「……うん」

 ようやっと、それだけを声に出した。

 うつむいて黙ったままの栞。

 「栞」

 答えずに、日向の胸に顔をうずめる。

 「わかってます。わかって…ますから……」

 声が震え、涙がこぼれる。

 「何で……どうしてなんです…?……こんな……純一さんは…あの人たちは…何のために……」

 それ以上は言葉にならない。

 ただただ嗚咽するだけの栞の髪をなでてやりながら、壁にかけられたコルクボードに張られた写真のうちの一葉に目をやる。

 戦闘服の上にタクティカルベストを付け、自動小銃を手にした男たち。

 中央には栞がいた。その隣には、照れた表情で日向がいた。

 訓練の直後らしく、いずれもフェイスペイントも落としていない顔が笑っている。

 そのうち幾人かの笑顔は、今はもう見ることはかなわない。
 そして、画面の端には、一人だけ背を向けた男が写っていた。

 日向の視線はその男に注がれていた。

 「……シュガート少佐、なかなかうまく行かないものですね」



 

 続く
 


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