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王女のお仕事〜序章〜
チェシャ/文


 世界は荒廃し、悪しき強者が弱者を踏みにじる時代。

 「古き正しき血」を受け継ぐ四王家は大陸を統べ、闇の軍勢の度重なる侵攻と戦っていた。

 闇の軍勢を率いるのは、強大な力を持ち、破壊神の復活により「理想社会」の構築を目指す闇の反逆軍団。

 闇の軍勢は、四王家が守る破壊神の封印を解くため、四王家に苛烈な侵攻を行っていた。

 最大の兵力を持つジューダス王家さえも、闇の反逆軍団に容易く打ち滅ぼされてしまった。

 そして、四王家の一国、メタ=リカーナ王国。

 美しく、活気に溢れていたこの王国も、度重なる侵攻による不安と緊張に怯え、暗い雰囲気に包まれていた。

 それだけではない。メタ=リカーナは、更に大きな不安を抱えている。

 運悪く、物語の中核となってしまったこの国は、宿命により他国よりも格段の「待遇」を受けることとなっていた。

 国は、絶望的な危機に見舞われながらも、国を守る騎士団の微力と、何よりも一人の男の絶大な力で生き抜いてきた。

 男の名前はD・S。桁外れの魔力と、破綻した人格、そして強靭な肉体(と、本人曰く究極の美貌)を持つ魔法使いである。

 彼の存在により、メタ=リカーナは一筋の希望にすがりつくことが許された。

 しかし、強大な個人に庇護を求めた者は、時に卑屈にその誇りを失い、心を歪め腐っていく。

 例え、国の中枢にいる者であろうとも…

 

 

 「D・Sはまだ戻らぬか…」

 ハアー…っと長い長いため息が床にまで伝わる。

 「騎士団の雑魚共も、必死に戦ってはいるが…雑魚は雑魚…」

 ため息が二重になり、ハーモニーを生み出す。

 「闇の軍勢から寝返ったガラのおかげで、何とか凌げてはいるが…」

 陰鬱なため息が少しずつ重なり、重厚さを増す。

 「民は恐怖と圧迫に、もう暴動寸前…しかし、熱血へっぽこ騎士団や裏切り者がガラに絶大な人気を得ておる…」

 四重になったため息は、すでに床を湿らせるまでに至っていた。

 「戦乱の世の常と言っても、あのような単細胞が発言力を増すとは…

 このままでは、ワシらの大臣の立場などまるでなくなってしまうのう…」

 ついに五重となったため息が、完璧なハーモニーを奏でる。ただし、あまりに絶望的な響きではあるが…

 「仕方がないやもしれん…だって、ワシら、実際になぁ〜んにもしとらんもの…」

 五人のうちの一人が、ポツンと漏らした言葉に、全員が絶句する。

 まさに図星である。彼ら五人の大臣は、それぞれが己の人生を振り返ってみるが、取り立てて何か功績を上げた記憶はなかった。

 実権は国王にあり、実務レベルで働いているのは部下達である。

 彼ら大臣は、ただ大仰に部下からの報告を聞き、国王からの意見を賜るだけ。仲立ち以下である。

 更に、この国には英雄と呼ばれる大神官、愚直な熱血漢とは言え、国のために命をかける騎士団長、

 そして、ごく最近になっては、メタ=リカーナの、いや世界の救世主と化したD・Sなどが絶大な発言力を持つ。

 形式的に大臣の椅子に据えられてこそいるが、誰の目から見ても、その無能さは明らかだった。

 彼らに、その安楽椅子に座ることを許しているのは、人格者である国王による王制だからである。

 五人の大臣の近況といえば、陰口を叩きながらも実力者に媚を売り、混乱や危機の際に、錯乱しながら

 転がり回って大騒ぎし、自分たちの保身に努めるだけであった。

 しかし、彼らはまだまともである。D・Sが現れる寸前などは、敵と内通し、城内に導き入れた大臣がいた。

 無論、残虐な侵略者が約束を守るはずがなく、容易く命を絶たれてしまったが、その事例が、彼らに内通を思い留まらせていた。

 しかし、彼らは自らの無能を恥じてはいない。

 無能故に糾弾されることで、安穏と何もせずに威張り散らせる高官の地位を追われることを恐れていた。

 つまり、根本的に腐ってしまっていたのである。

 大臣の一人が、都合の悪い話題から離れようと、口を開く。

 「そ、そう言えば!シーラ姫は何だか最近、随分とお綺麗になられた!」

 その一言で、一同の顔がパッと明るくなる。

 「そ、そうじゃな!あの美貌!…そ、そうじゃ!反逆軍団のカル=スに姫を嫁がせれば、わが国は安泰なのでは…?」

 最低の提案に、戸惑いながらも、可能性を模索し始める。

 彼らはまだ知りえないことだが、闇の反逆軍団が求める封印は、シーラの胎内にあった。

 彼らにシーラを渡すということは、即ち破壊神の復活=世界の終りである。

 「…無駄じゃよ…あの者達が、そんなことで我らと手を結ぶはずがない…」

 先ほど一同を絶望の底に引きずり込んだ大臣が、再び全員の希望を奪う。

 彼は、ある意味では世界を救った救世主なのかもしれない。

 「…そ、それにしても…シーラ様は、お戻りになられてから、少し変られたのではないか?」

 もう違う話題を探す余裕もなくなった一同は、直前まで出ていたシーラ姫の話題しか思い浮かばなかった。

 「以前は、もっと聞き分けがないというか…強情というか…しかし、今は何と言うか、おしとやかになられた。」

 シーラは、D・Sと共に、ガラにさらわれた大神官の娘を救出に迎い、先日帰還したばかりだった。

 「D・Sと…何かあったのではないか…?」

 D・Sの封印を解くため、シーラは王族にとって婚儀に等しい接吻を行っていた。

 それだけではなく、シーラは旅立つ前から、D・Sに何か特別な感情を持っているようにも見えた。

 「な、ならばぁ!この際、D・Sと姫を正式に婚姻させ、この国を命がけで守らせてはどうじゃ!?」

 「…あの男が、そんなことをするはずがない…それに、奴がこの国を統治した瞬間、ワシらの無能者の命はない…」

 ネガティブな発言ばかりする大臣に、他の大臣の非難の目が向けられる。

 しかし、事実である。D・Sはメタ=リカーナを、そして世界を手に入れようという野望は持っている。

 しかし、大臣達の予想以上の暴君となるのは目に見えているし、何より年老いた無能者など許しはしないだろう。

 「卿は…先ほどから、我々の案を否定してばかり…何がいたいのだ!?」

 激昂する一同に、冷ややかな目を向け、その大臣は口を開く。

 「我々の最大の目的は、この国を如何に守るか…ではない。如何にこの居心地の良い権力の座に座りつづけるか…じゃ。

 しかし、我らには、力もなければ、才能もない。命がけで闇の反逆軍に寝返る勇気すらない。

 今となっては、この国の、この地位にすがりついて守り通さねばならんのじゃ…」

 ネガティブな大臣が、顔を上げる。その表情は、自暴自棄とある種の決意を秘めていた。

 「ワシらにあるのは、無能ながら、大臣の椅子にまで這い上がってきた力…つまり、悪巧みしかない!」

 いつの間にか、主導権はこの男に与えられていた。一同を前に熱弁を振るい、その心を掌握していた。

 「そこでワシは、今ここに!例の計画の発動を提案する!」

 「例の計画」という言葉に、一同はざわめきたった。

 「ま、まさか…?イカン!危険過ぎる!」

 「いや、D・Sがいまだ帰還せず、王は病床、苛烈な侵攻により混乱を迎えた今こそ、我らに勝機!」

 いかに口々に反対されても、流れはすでにこの男に渡っていた。

 「さあ、諸卿…今こそ立ち上がるのだ…我らの国を…いや、地位を守り抜くために!」

 魔術的な言葉に引き込まれた一同は、ただ黙って頷き、そして立ち上がった。

 

 ―続―

 


解説

 GYIさんよりいただいたリクエストです。

 ちなみに、ダンバインの方のシーラ姫ではありません(笑)

 今回は、恐らく過去最長の文量になり兼ねないので、分割しての発表となります。

 …下手をすると、本番まで2、3章くらいかかりそうですが、お付き合いいただけると嬉しいです。

 


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