自己満足の殿堂 the小 説


 【めぐる季節】

2002/04/21

【始まりは闇から】





  来たか、雅。よう時間を守ったの。お前にしては珍しい。


部屋の中は暗い闇で押し包まれており、いくら眼を凝らしても声の人物の姿は見えない。しかし確かにこの狭い部屋の中に二人の人間が相対して座っていた。
一人は老人、もう一人は血気盛んな若い忍で通り名は雅、本名を大木雅之助という。今年十八歳になったばかりである。



  なんじゃぁお頭、ワシはこれでも忙しい身じゃ。用件は早う済ましてくれい。

  ほぉ、女でも待って居るのか?

  ま、そんなトコだ。萎びたじっちゃんには気の毒い話だ。

  そいつぁ豪気なことだ。だがの・・・・女とは手を切れ。仕事だ。

  ふん・・・・・仕事ならしかたねぇ、女とは別れるさ。で、仕事は?長いのか。

  長いかも知れん、短いかも知れん。それは時世の流れ次第、今は誰にも読めん。



【海辺の国の春】


 その国は海に接し背後の三方を強国に囲まれ、さも窮屈そうに肩を窄めて生きていた。それでも独自の文化と政を営めるのは、偏に現領主である土肥篤則の三大国に対する接し方にある事は誰もが認める事実であった。篤則は三国それぞれの機嫌を平均して取り、決して一国だけに寄り過ぎぬよう心がけていた。一国に寄れば他の二国が不安を覚え即座に戦が起こり、小さな国はあっという間に滅んでしまうことを篤則は重々心得ていた。

小高い丘の上に築かれた砦のような小さな規模の城は、自然の地形と堅固な城壁に囲まれ守るも攻めるも最良の条件を備えていた。
雅之助は頭から預かった手紙を門番に渡し取次ぎを待つその間に城の周りをぐるりと見回してみた。
門のある場所からは浜に面した民家と市が見え、その戸数から賑わい活力のある街であることが伺える。その先は眩しく光る海、小さく揺らぐ笹の葉に見えるのは漁をする舟であろう、青い海に大小様々に浮かぶ小島の緑と鮮やかに引き立たち合い、一つの大きな絵を作り上げていた。穏やかな春の陽気にうらうらと絆され雅之助は頭が呆としてきた。


 この世に戦のない天下泰平があるとしたら・・・・・これがそうなのかも知れん。


頭が安寧の思想を持ち始めたところを門番の呼びかける声が現実に引き戻す。
ハッとする雅之助を門番が先導し広い板張りの部屋へ通された。見たところ城主と謁見するための部屋のようだが、ここは雅之助が今まで見てきたどの城の部屋よりも質素なものであった。
その上座には城主と思しき壮年の男が座し雅之助を迎えた。
篤則は人好きのする笑顔で雅之助を迎えた。


「良く来た。待ちかねたぞ!」
「は・・・はっ。某、甲賀の・・・・。」
「判って居る、山地の爺様に文を書いたのは私だからな。いや良く来てくれた。ああ、名はなんと申すのか?ささ、もっと傍へ!」
「は、雅之助と・・・。」


小さくとも一国の主であるがその気さくな振る舞いにさすがの雅之助も面食らって居ると、篤則の脇に控えていた正室の於かやが微笑みながら声をかけた。


「雅之助殿、お館様は大変気さくで人見知りなさらず誰とでもお話になる。さぞ驚かれたでしょうがこれが私共のお館様でありこの城の方針です。」
「はっ、確と。」


特別美人とは言い難いが、和やかな中にも上品な雰囲気を持つ奥方の微笑みは雅之助を十分に魅了し安心させた。
篤則が雅之助を傍に呼ぶので、なにか内密な話でもあるものと思い耳を立てた。篤則は二人の子供を呼び寄せると相変わらず大きな声でしゃべり続けた。


「これは伴輔と言ってな、私と於かやの間に子が無いのを良い事に伊国が送り込んできた養子だ。はは、驚いて居るのだろう。まぁよく聞け、もちろん伊国に贔屓すると他の国と戦になるからな、そうならんためにも伴輔に呂国から許婚をもろうた。それがこのみかげだ。くれと言ったのは私だがまだ七つだというのに、呂国も何を考えとるのかなぁ。で、室の於かやは波国城主の妹だ。」
「・・・・はぁ。」
「伴輔はとても頭が良くてな、孟子を全て理解しておるのだぞ。どうだ、凄いであろう。伴輔は伊国領主の五番目の側室の三番目の子で・・・・・」
「父上、三番目の側室の二番目の子です。」
「そうであったか?・・・・みかげは呂国御領主の三番目の姫君・・・・。」
「お館様、みかげは父の五番目の娘でございます。」
「ん?ああ、そうだったそうだった・・・・・・・於かやは確か・・・・二、いや三・・・・。」
「兄の四番目の妹でございます、篤則様。」
「はっはっは、斯く言う私はこの国の先の領主の三番目の子だ。上の兄は病で相次いで亡くなった。そのため私の基に家督が転がり込んで来たと言う訳だ。言うなればこの国は行き場の無い者の拠り所だ。一番は居らん。」


楽しそうに、しかし言葉の端々に皮肉と悲しみを織り交ぜながら篤則は話していた篤則の顔が急に真剣な表情へと変わった。


「そこで雅之助、お前の仕事だが・・・・。」
「はい。」
「伴輔の命を護って欲しい。」




伴輔は命を狙われていると言う。
刺客を放ったのは他ならぬ伊国、伴輔の実父である。養子になったとは言え曲がりなりにも伊国城主の血をひく人間が他国で暗殺されたとなれば当然伊国は黙っておらぬ。伴輔の死をこの国の謀略であるとして宣戦布告をしてくるであろう。そうなればこの小さな国は一溜りも無い。
そう篤則が話すのを聞いて居た伴輔は申し訳なさそうな顔で俯いていた。


「伴輔、お前は利用されただけだ、気に病むことは無い。そのような訳で雅之助、伴輔のこと宜しく頼んだぞ。心優しく思いやりの深い子だ、四六時中べったりとしつこく粘りついておってくれ。」


頭を下げる篤則に、雅之助は床に額が付く程擦り付けた。



雅之助は伴輔に供なって部屋へ向かった。これからは伴輔の影となり始終見守る事になる。
雅之助から見ても伴輔はまるきりの子供である。真丸の大きな瞳は愛くるしく大人たちの感心を惹き、おとなしく無防備で無邪気な子供そのままで、大人たちのドロドロとした腹の探りあいとは無縁の存在に見えた。
だがそれは上辺だけの見せかけの姿、部屋の戸を閉めた瞬間、伴輔は雅之助にこう言った。



「雅之助と言ったな。目障りだ、去ね。」
「そうは行きません、伴輔様の護衛を・・・・。」
「目障りだ。それにお前は臭う、早々に去れ。自分の身は自分で護る。」



領主の前でのあの殊勝な態度は今は欠片も見られない。小さな身体で見下すように蔑んだ眼で雅之助を一瞥すると、くるりと背をむけ文机に向かい本を開いた。
あまりの態度の豹変ぶりに雅之助は心底驚いていたが顔に出しては自分の負け、延いては忍の恥とおくびにも出さず無表情を勤めた。
沈黙が部屋の中を支配し伴輔の本の頁をめくる音だけが聞こえていたが、臭うと言われたのを真に受けた雅之助が鼻を鳴らし自分の体臭を嗅ぎ始めると、伴輔は再度去ねと口に出した。


「なんだ、まだ居たか。山猿、人の言葉が通じぬか。」


礼を逸した伴輔の言葉に、待ってましたとばかりに雅之助は飛びついた。
伴輔の胸倉を掴み上げ片腕で高々と抱えあげると、伴輔は驚き足をばたつかせ逃れようともがいた。しばしの戒めからようやく解き放たれると、伴輔は苦しそうに息を切らせながら雅之助を批難した。


「貴様、私を護る立場に在りながら狼藉を働くか!」
「その言葉は私を護衛として認めて下さるのですな。有り難い。」


してやったりと得意気に笑う雅之助を恨めしそうに見上げながら伴輔は目を逸らした。その首根っこをギリリと押さえ込んで雅之助は伴輔に言い聞かせた。


「私の雇い主は飽く迄も御領主土肥篤則様で御座る。篤則様からのご命令が無い限り、私はどこまででもあなたをお護り致す所存です。申し遅れましたが篤則様からあなたの教育係も承っております。手取り足取り、誠心誠意を尽くし御教授申し上げますぞ、どうぞ宜しく御願い奉りまする!」


丁寧な口調ではあったがれっきとした脅し文句であった。
幾つもの死線を越えた忍の脅しには、いかに頭が良くても所詮は経験の無い子供である伴輔には逆らう度胸は無かった。



時に雅之助十八歳、伴輔十歳の春であった。




2002/03
                      


  Aへ続く

『主な登場人物』

大木雅之助・・・甲賀忍者。下忍。十八歳。
土肥篤則(どいあつのり)・・・この国の城主。三十四歳。
土肥伴輔(ともすけ)・・・伊国の三番目の妾腹の二番目の子。篤則の養子。十歳。後の半助。
みかげ・・・呂国の城主の五番目の娘。七歳。伴輔の許婚。
於かや(おかや)・・・波国の城主の四番目の妹。廿歳。篤則の室。


思いつきで書き始めた土井半助の半生Dorami妄想バージョン。
これから先続くのか、終わるのか、それは本人でさえも判らない。
どう転んでいくのかまったくの謎である。





小説の間へ戻る

楽天モバイル[UNLIMITが今なら1円] ECナビでポインと Yahoo 楽天 LINEがデータ消費ゼロで月額500円〜!


無料ホームページ 無料のクレジットカード 海外格安航空券 解約手数料0円【あしたでんき】 海外旅行保険が無料! 海外ホテル