自己満足の殿堂 the小 説


 【移りゆく季節】

2002/05/16




竜胆丸に母は居ない。
竜胆丸を産み落とした後、直ぐに落命した。
故に面影なども覚えてはいない。



五つ年上の兄は病弱な上に賢くない、故に役に立たないとされ日々生きているだけの生活を送ってた。一度、弟であると顔を会わせたが兄の反応は無く只一言「似ていない」と言われた。
後々女中たちの噂話を聞けば、母とその実の弟との間に生まれたのが兄だと知った。自分とは半分しか血の繋がっていない兄だった。



物心が付いた時には既に教育係が傍に居て行儀や学問を厳しく教え込まれた。
それは竜胆丸を立派な人間に育てたいと言う愛情ではなく、伊国領主からの命令で機械的に任務をこなすだけの役目に過ぎなかった。
結果だけが問われその過程や心の動きは必要とされなかった。
父である領主の役に立てるように、そのためにこの世に生まれ生かされているのだと常に教えられ、自分の存在する理由を考えたことも無かった。知識は増えたが心はさもしく飢えていた。



父は。
一度だけ会ったことがある。


それは竜胆丸が隣国との和平の証として養子に出るときだった。
その祝いに一人前の男として認めると称され伴輔の名を貰った。だが養子と言っても実際は人質である。戦が起これば真っ先に殺されるのは自分である。が、それは覚悟していた。
自分が生まれてきた理由、存在している価値、必要とされていると言う安堵感が幼い伴輔を見知らぬ恐ろしい敵地へ向かわせる原動力となった。


しかし、伴輔を迎え入れた地は今まで味わったことの無い慈愛と喜びに充ち満ちており伴輔を戸惑わせた。人の無償の愛を知らない伴輔は自分の頭の中にある知識全てを掻き集め、これから共に生活する人間たちの行動理由を探したが皆目見当がつかず困惑したが、それは面に出さず国で教えられた通りの笑顔を作り続けた。
これからお前が愛し慈しむ人間だとみかげを紹介された時も。
自分と同年代の少女を見たのは初めてだった伴輔に、自分と同じ顔の色をしたみかげはとても珍しい物に見えた。今まで見たことのある女とは、顔が真っ白で歯を鉄漿で染めてみな同じ顔をしていた。



そして自分を囲む人間たちとは明らかに異なる人種が現れた。
大木雅之助。
城の人間が居る前では常に礼儀正しく、養父、養母の前では畏まって澄ました顔をしているくせに伴輔と二人きりになると行儀の悪さはこの上ない。
風呂上りに平気で裸で室内をうろつくし言葉づかいも悪い。この前は最大の攻撃法だと言って伴輔に握りっ屁を喰らわせた。
行動予測の付かない雅之助は伴輔にとって一番の苦手であるが、その雅之助は常に伴輔にぴったりとくっ付きなんでも出しゃばる。そして伴輔のことは何でも知っている。
伴輔にとって忌むべき人間であるが如何せん力の差が歴然としている。
雅之助が忍術を使い力も強いからと言うわけではない。


学問は伴輔の方が上であると思う。
しかし今まで学んで来た事は参考にはなるが実践としては使えない。
それに引き換え雅之助の持つ知識とは生活の中でも戦いの中でも直ぐに役立つものばかりで、特に薬草とその処方に詳しい雅之助に対し伴輔は心から感心させられた。
そして兵法に関しても然りである。
雅之助の知る兵法は伴輔の知らない物ばかり、どれも小賢しく地味なものであったが、よくよく話を聞きそして考察してみると成る程と頷けることばかりであった。
このことから伴輔は次第と忍術に興味を持ち学ぶ面白さを知り雅之助に忍術を教えろとねだった。
雅之助も快く教えたが武術について教えていると伴輔が詰まらんと言い出した。


「伴輔、何が不満だ。」
「お前の教える武術はどれも逃げるばかりではないか。攻め打ち込み相手を倒すのが武術ではないのか?」
「じゃぁワシに打ち込んできてみろ。ほれ、さあ。」


いかにも相手を馬鹿にするように、雅之助はへらへらとにやけた顔で伴輔の打ち込む隙を見せ付ける。その挑発に乗った伴輔がエイっとばかりに木刀で真正面から打ち込むと、雅之助はスッと屈み伴輔の鳩尾を軽く拳で突いた。


「っつぅ!」
「まだやるか?」


今度は明らかに闘志を燃やして伴輔が構える。相変わらずニヤ付いて隙だらけの雅之助をぎっと睨みつけ、左から腹をめがけ横薙ぎにしたがこれも容易く躱され手刃で木刀を落とされた。
明らかな力の差を見せ付けられて悔しがる伴輔に雅之助は厳しく言い聞かせる。


「いいか、力任せに攻撃しても相手に避けられちゃそれっきり、次は自分が攻撃され殺られちまう。避けて逃げてぎりぎりまで相手を誘い込んだところで・・・バッサリ。な?その方が命も体力も無駄にせんで済む。それにな、忍ってのは逃げてナンボ、生き延びてナンボのもんなんだ。無駄な戦いはせん、死んだら損。判ったか、ボウズ。」
「・・・・。」



一を教えれば十を悟り百を学ぶ。
生徒としては申し分の無い伴輔であるが雅之助に対しても一向に心を開こうとしない。
周りの人間は気付いていないだろうが雅之助の眼は誤魔化せなかった。篤則や於かやの前で大声で笑って見せても雅之助だけは伴輔の笑顔が作り物だと気付いている。まだやっと十二になったばかりの子供であるのに心の底から笑わない伴輔を雅之助は哀れに思った。





ある秋の夕暮れだった。
夕餉の時間も近く、小さな城内には飯の炊ける匂いと魚の焼ける匂いで一杯になっていた。


魚の焼ける匂いは雅之助と伴輔が忍術の訓練に使っている雑木林の中にも漂ってきた。海近いこの国では何処に居ても食事時になると魚の焼ける匂いがして来る。
そろそろ飯の時間、魚の匂いに触発された雅之助の腹がぐぅと音を立てた。縄抜けに手間取っている伴輔を足先で突付いてはようせんと食いっ逸れると急き立てたが、伴輔は相変わらず顔をしかめてもがくばかりで一向に縄から抜けられない。
飽きっぽい雅之助はいい加減腹も減ったので伴輔の縄を解いて城へ帰ろうとした時、魚の焼ける匂いに混じって人の燃える臭いがして来た。
ハッとした雅之助が俄かに忍の顔へとなり、その緊張を察した伴輔が何事かと戸惑ううちに雅之助は伴輔の綱を苦無で切り、この場を動かないように指示すると瞬く速さで城へと駈けていった。



縄から解かれた伴輔は樹上に身を隠すとじっと膝を抱えて空を見上げていた。
夕焼けだと思っていた茜色は城の燃える炎の色だった。竈から上がる煙だと思っていたのは街の燃える煙だった。立ち昇った煙に炎の赤が映え空はさらに赤く燃えていた。
逃げ惑う人々の悲鳴や建物の焼け落ちる音は伴輔の潜むこの林まで届いていたが、伴輔の耳には遠く他所の世界の出来事にしか思えず、眼は虚ろに闇を見つめていた。






幾つ時間が過ぎただろうか。
伴輔が気がつくと目の前に雅之助がいた。その姿はボロボロに傷ついており自分の物なのか返り血なのか、目の前から消える時身に付けていた薄紫の小袖は滴る程の血で濃紺に変わっていた。
始めて見る悪鬼のような風体の雅之助に一瞬驚き背筋に冷たいものを感じた。
雅之助は小さく「行くぞ」と伴輔を促し、闇の中へ二人溶けて行った。




裏街道からも離れ地元の猟師さえも稀にしか使わないような細く険しい獣道。
そこから少し藪の中に入った山小屋に二人は潜んでいた。
此処は雅之助の属する忍一派が連絡や休憩に使う小屋である。
雅之助は重く血を吸った小袖を脱ぎ捨てると土に埋め、湧き水を汲んできて身体から血を拭い取ると小屋に常備してある新しい小袖を身に着けた。
雅之助は伴輔に背を向けたまま静かに話をした。それは城が落ちる時、篤則と於かやの最後の時。



「みかげ殿は何とか助け出せた。乳母殿と市中に入っておった呂国の間者に巧く引き渡す事が出来たが、篤則様は討ち死になされた。於かや殿は逃げ果せる事も出来たのに篤則様に着いて行くと申されてなぁ。自害なされたよ。熱いの、男を慕う女とは。」
「・・・・・・・・。」

「伊国の宣戦布告理由は【伊国領主の嫡男伴輔を謀殺せしめた事甚だ遺憾で有る。伊国は和平の証として敵国に養子へと赴いた伴輔の御霊に報いるべく、此処に宣戦を布告するものである】だとさ。伴輔、お前いつの間に死んだ?はっはっは!」
「・・・・・・・・。」

「おっかしいと思ったんだ。確かに小さな城だが護りは万全、ちょっとやそっとの攻撃には耐えうる造りだったのに、伊国の攻撃は全て城の弱点ばかりを突いておった。まぁ、よくある話、内通者が居たんだな。」
「・・・・・・・・。」

「内通者はな・・・伴輔・・・・。」
「・・・・・・・・。」

「お前だ。」
「・・・。」



「理由は?何故土肥を裏切った。あんなにお前に善くしてくれていたのに。みんなお前を温かく迎えてくれたんじゃなかったのか?ワシと言うつよーい護衛まで雇ってよぉ。結構金掛かるんだぜ、忍を雇うってのは。特にウチのじーさんは業突張りだしよ。命を狙われてるってのもハッタリだったんだろ。篤則様はうすうす感じて居られた様だが。」
「戦国の世には・・・・よくある話だろう。私は伊国の人間で父はその領主。」

「そのお父上様がお前を血眼になって探していなさるぞ。」
「当然、私の身の無事を案じて居られるのだ。」

「おうよ、若様御身の無事を御心配あそばしてな、伊国の忍衆に伴輔を直ちに探し出せ、探して即刻抹殺せよとの命を下した。そんだけじゃねぇ、裏稼業で食っとる奴らにゃ賞金も出るってぇ噂だ。なんと金五十貫!お前当代随一の賞金首だ。凄いなぁ、価値有る若様だ。」
「な・・・・!?」



ここまで言われて伴輔もはっと気がついた。
宣戦布告の理由からして自分は只の捨て駒でしかなかったのだと。
実の父は初めから自分の命は要らなかったのだ。
現に開戦の日は自分に知らされていなかった。
では自分の存在する理由は・・・・・・。


自分にかけられた莫大な金額は目の前の男を充分に魅了したはずだろう。もとより血は繋がっていないしたった二年護衛として傍にいただけ。それに自分は裏切り者で、この男の雇い主を死に追いやった張本人である。
逃げ出そうにも雅之助の実力は伴輔が一番よく身をもって知っている。

伴輔は震える声を絞り出した。



「私を殺すのだろう。」
「金五十。そんだけありゃ家と畑を買ってのんびり暮らせるなぁ。」

「は・早く殺せばいぃい。」
「京の太夫を侍らすってのもいいなぁ。」

「私はもう・・・・必要が・・・。」
「でも先に土肥と契約しちまったからなぁ。その契約がまだ生きてるから金五十はフイよ。」



言葉の意味を解した伴輔が不思議そうな顔をした。
その表情は年頃の子供そのままの雅之助が初めて見る顔だった。今まで常に自分を作り己を殺して続けてきた伴輔の見せる素直な心の顔に雅之助は複雑な心境であった。

 


  やっと心の表情が出せたってのに、結局それを押し殺して生きる道を歩むのか。



これからの伴輔の将来を思うと雅之助は正直喜ぶ事は出来なかった。





〜つづく〜




 2002/04                     


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『主な登場人物』

大木雅之助・・・・・・・・・甲賀忍者。下忍。廿歳。
土肥伴輔(ともすけ)・・・・・篤則の養子。十二歳。後の半助。幼名は竜胆丸。
土肥篤則(どいあつのり)・・・この国の城主。三十六歳。
於かや(おかや)・・・・・・・二十二歳。篤則の室。
みかげ・・・・・・・・・・・九歳。伴輔の許婚。


思いつきで書き始めた土井半助の半生Dorami妄想バージョン。
ちょっと話がクサくなってきたなぁ・・・・。まぁいいや、自分の好きなごつ。





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