自己満足の殿堂 the小 説

【紅の季節】

2003/04/24






 チッチッチッ・・・
 チチチッ・・・・チチッ・・・・・・。


『千鳥、か・・・・・・・?こんな処に??』



 深い芦原を人目を避けるように歩いていた男がふと、そんな疑問を抱くと同時に、大きな風が渡り芦原全体がザンワと揺れた。
その瞬間、男の首は胴から離れ遠くまで弾け飛び、両目を見開いたままゴロリと地面に転がった。
その眼はまだ自分の死を理解しておらず真っ直ぐ前を向いていたが、やがて色を無くし沈んでいった。


 離ればなれになった胴と首は当然ながら微動だにせず、その死は明らかである。
人気の消えたと思われた芦原から三人の男が現れ、頭を無くした男の脚絆から一通の書簡を探り当てた。
書簡を見つけた男は別の男にそれを渡すと、三人はその場から音もなく立ち去った。

 後には芦原と、頭を亡くした身体とが風に吹かれるだけだった。






 三人の男は無言であった。
星灯りさえない闇の中を風切る速さで歩き続け、やがて小さな村へと着いた。その村の中で庄屋と思しき舘へ入っていく。

三人は舘の最奥にある部屋の障子の前で静かに傅き、中に入る許しを請うた。


「半助、梶原、平蔵、只今戻りました。」
「ご苦労様です、どうぞお入りなさい。」


 そろりと障子を開け中に進み行ったのは半助だけである。その他の者は廊下で頭を下げて待機した。
半助は懐から書簡を取りだし、文机の前に座っている小笹に渡す。
小笹は中身を確かめるとにっこり笑って丁寧な口調で礼を述べた。


「確かに。あなたに任せると間違いがありませんね、半助。」


 やさしく微笑んで賞賛の言葉を口にするが、その口調に温かみなどこもっていない。小笹はクンと鼻を鳴らしちらりと半助を見遣ると、薄ら笑いを浮かべて訊ねた。


「また斬ったのですか。」
「後腐れが無くて良いでしょう。どのみち斬らねばならぬ相手でしたし。」

「斬らずに済んだのではないですか?ま、仕事が完璧に成されればどちらでも良いことなんですが。・・・・・・半助。」
「まだ風呂に入っておりません。」


 膝の上に載せられた半助の手に、小笹の冷たい手が乗せられると半助は風呂に入っていないと告げた。
神経質な程に清潔好きの小笹は汗や血の臭いを好まず、夜伽の相手の半助でさえ身体を清めていなければ抱こうとしない。
半助もそれを知っていて態と汗を流さないまま小笹の前に出たのだが。


「湯はまだ取ってあります。直ぐに入って来てください。次の仕事の打ち合わせがありますから。」


 そう命令されると従うしかないのは解っている。
半助は一礼して部屋を出ると、そのまま風呂へ向かった。




 近頃は半助は血を見て狂うことは無くなった。身体と気持ちが高揚し興奮することはあっても見境無く人を斬ることはない。
とは言え、半助の赴いた先の敵方に生き延びた者は居ない。自分の行く先に現れる者は誰であろうと凪払うのが、半助の生きる道である。生にしがみ着くつもりは毛頭ないが、我が道を阻む者は何人たりとも容赦しなかった。
逃げまどう女子供を見逃したことはあるが、たとえ幼子でも母を庇おうと行く手を遮れば、視線を逸らすことなく斬り捨てた。戦場の恐怖に自分の足に縋って泣き叫ぶ子供を斬ったこともある。跡目争いに巻き込まれた、生まれて間もない赤子の首を落としたことも一度や二度ではない。


 刀を振るう半助の身のこなしは、風にたゆたう笹の葉の如く滑らかでたおやかであった。元は敵の攻撃を躱すための動きに、小笹の手ほどきで人を斬る動作が加えられ、美しさと恐ろしさが共存するようになった。
一番年下の、愛らしく童顔である半助に言い寄る仲間も少なくなかった。しかし小笹の手付けであると知れると、それも近頃は落ち着いてきていた。
半助は公私ともに小笹の手ほどきを受けていた。





「聞いていますか、半助・・・・・・・、本当にココが弱い人ですね、たったこれだけでもう乱れてしまって・・・・。」
「手筈は解った・・・・・・・もういいだろう、私は・・・下がる・・・・・・・・・。」
「ダメですよ、お仕事の話は終わりましたけどね、今度は別の用事です。さ、腰を上げて。」
「・・・・ぁ・・・・・・ぁあっ。・・・・・・・・くっ・・・・・!」
「あなたは私だけのモノですよ、私にはあなたが必要なのですよ、半助。」
「はっ・・・・はぁっ・・・・・・ぁああっ・・・・・っ!」




 人心を操る小笹の手管は実に見事であった。
人の心の闇と弱い部分を突き崩し、そこをしつこく攻め上げる。
それにより半助も小笹の冷酷さを解っていながら離れられないで居る。
どんなに汚い仕事でも、どんなに手を血に染め狂わんほどに泣き崩れても、たった一言、「私にはあなたが必要」と囁かれると、半助の心は意図も簡単に溶けてしまう。
 その言葉には微塵の温もりも込められていないと気づいているのに、それに気づかない振りをしている。
小笹はいかに半助が血にまみれようとも、決して他人に身体を預けるようなことはさせなかった。それで半助も一抹の期待に縋り未だ小笹の元にいるのだが、当の小笹にすれば、他人の手垢の付いた物を触りたくない、ただそれだけの理由だった。





「もう、行って良いですよ半助。明日の昼には出立できるように。諸直と千価を連れて行きなさい。」


 ひとしきり半助を悩ませ明日の仕事を言い付けると、小笹は半助を部屋に返した。
半助は冷たい廊下を一人素足で歩きながら、赤く染まる下弦の月を眺め、部屋に戻って行った。






  Hへ戻る   まだ続く

主な登場人物』


土井半助(暗殺専門屋)・・・・(十八歳)
小笹(新勢力忍頭)・・・・・・(二十代半ば)
その他、忍協会の皆さん






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