自己満足の殿堂 the小 説


【散り行く季節】

2003/04/11




 半助は彷徨う。此処がどこだか半助は知らない。
右から風が吹けば左へ流れ、左から風が吹けば右へ流れる。
行く手を川に阻まれれば川に沿ってただ歩き、歩く道が無くなればまた引き返して行く。
そうして風に晒され水に流され、雅之助と別れてはや半月が経とうとしていた。

 目に付く物で腹に入る物は何でも喰った。そのせいで腹を下そうが死に至ろうが、誰が哀しむでもなし。泥水を啜り動けないほどの苦痛にのた打っても、誰が気遣うわけで無し。たとへこの場に行き倒れても、狼や烏が後始末をしてくれる。
生まれてこのかた感じたことのない開放感と自由。誰に制限されるでも無し、誰に束縛されるでも無し。
行く方は風次第、自分でさえ解らない。命も風次第。自分の知る余地も無い。
ただ、寒いだけだった。



 季節はもう冬へ入っていた。
空を見上げれば冬の渡り鳥達が夕日に向かって一文字になり飛んでいる。
身に着けていた衣服は泥と垢で真っ黒にすすけ、あちらこちらで引っかけては破け、足はあかぎれと擦り傷で血が滲み、それが泥と混じり真っ黒になってこびりついていた。
痩せこけた頬と傷だらけの細い手足。焦点のあって居ない瞳は深く落ちくぼみ、愛らしかった面影は欠片も見て取れない。今や半助はどこから見ても物乞いか、山から下りてきた山人のように、荒れ野を浮かぶように彷徨い、行く宛も、生きる気力もなくただ足を動かし倒れ込むようにして前へ歩んだ。


 ふと、鼻につくいやな臭い。人の肉の焦げる臭いが半助の鼻に漂ってきた。どこかで火葬でもしているのか。
その臭いのする方へ誘われゆらゆらと向いて行き着いた先にあったのは、火葬場ではなく、戦に巻き込まれ全てを焼き尽くされた小さな邑であった。
建物も畑も、人も家畜も、全て生きながら焼かれたのか、まるでするめのように無様に真っ黒く焦げていた。殆どの遺体からは未だぶすぶすと燻る煙が上がり、そこかしこからギチギチと骨の軋む音と異臭が立ちこめていた。
黒くすすけた地面は熱を持っていたが裸足で歩けないほどでは無く、半助は燃え残った木材と地面の間に潜り込み、久しぶりの温もりを得た。
もうこの場から動くつもりはなかった。
暖かいこの場所で、他の死体と共に自分も朽ちて終おうと、消し炭の中に潜り込み眼を閉じた。今はただ温もりに包まれて眠ってしまいたかった。
誰も自分を必要として居ない。あの人は自分だけのものではなかった。
血に狂った自分をあの人は置き去りにしていってしまった。


 自分は誰に望まれることなく一人で生まれ、誰に惜しまれることなく一人で逝く。

 暗い意識の深淵に、半助は沈んで消えた。
半助の眼は二度と光を見ないだろう。次に目が開くとき、そこは死の淵であるはずだ。










 しかし、半助の眼は光を捉えた。
それと同時に柔らかく風のような穏やかな声音も耳に届いた。


「お気づきですか、お若い方。随分と眠っておいででしたよ。」


 その声は男のもだが、とても優しくひびきの良い声だった。言葉遣いは上品で嫌味が無く、育ちの良さが伺える。
色白でどこぞの商家の若旦那か、身に着けた衣服はパリッと糊付けされて清潔感の漂う好青年。年の頃は二五・六、形の良い手が滑らかに動き、枕元に置いた茶碗にとぷとぷと薬湯を注いだ。


「少し苦いけれどお飲みなさい。身体に良い草を調合してあります。」


 綺麗に手入れされた爪先と傷一つない長い指。刃物など触ったことが無いような指だが男性特有の浮き出た血管が健康と逞しさを物語っており、半助は暫く男の手に見とれていた。

 男は優しくほほえむと半助に薬湯を差し出した。茶碗を受け取るときに触れた男の指先は冷たかった。
久しぶりに暖かい物を胃に流し込み一息吐くと半助は男の様子を窺った。今までの生活で身体に染みついた生き抜くための習慣である。
すると今まで微笑んでいた男の目が一瞬、すっと冷たい光を発したが、今の半助にそれを見切る洞察力はなかった。

 半助が自分の身体を見ると着物は清潔な物に替えてあり、泥と垢まみれだった身体も綺麗に拭き上げられていた。泥まみれでひび割れていた踵には白く清潔な布が巻かれ、ボサボサで伸び放題だった髪は櫛で梳かれ一つにまとめられていた。歪に割れて真っ黒になっていた爪も形を整えられ摘んであり、薄い桜色に戻っている。


「失礼ながらあなたがおやすみの間に身体を清めさせていただきました。私は汚れているが嫌いな質なので。」
「それならば、何故私を拾ったのです。酷い有様だったでしょう。」
「あなた・・・・忍の方でしょう。」


 男がそう言うと半助の眼がギラリと光った。
正体を知られた忍にあるのは死のみ。男を睨み付け身を構えようとしたが、つい先程まで自分は死ぬ気であったことを思いだし身体の力を抜いた。そんな自分がおかしくて、口の端だけで小さく笑った。


「ああ、待ってくださいよ。私があなたを助けたには訳があるのです。実は私も忍の端くれ、名は小笹と言います。」


 小笹は相変わらず優しい微笑みを浮かべながら話を続けた。

 小笹は近頃、若い忍ばかりを率いて新しい勢力を立ち上げたのだという。まだ名の知られていない自分たちは、先ず仕事の数をこなすことで名を挙げようとしている。
どんなに危険で如何に汚れた仕事であろうとも、持ってこられた話は全てやり遂げることが信条であると言った。
小笹の静かながらも熱のある語り口調に、半助は少しづつ心引かれて傾き始めていた。
若さが取り柄なだけの集団といえども、優れた統率者の元では何者にも負けぬ力を持つことが出来るのだと、そして今、小笹は半助の力を必要としていると、呪詛を紡ぐように半助の脳に語りかけた。


  ワタシニハアナタガヒツヨウナノデス。アナタノナハ?
「半・・・・助。」
  ハンスケ、ワタシニハアナタが必要です。私に、私達に協力していただけませんか。半助。
「必要と・・・・あらば。私をあなたが・・・・望むのなら。」



 新しい居場所を見つけた半助だが、その手は血に塗れ拭っても拭えぬ後悔を引きずることとなる。



部屋の外は冷たい風が音を立てて吹き荒れていた。
土井半助、十四歳の初冬。長い冬の始まりだった。









〜つづく〜




2003/04  
                 


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『主な登場人物』


土井半助(洗脳され中)・・・・(十四歳)
小  笹(新勢力忍頭)・・・・(二十代半ば)





おっぺけぺ。おっぺけぺ。
おっぺけぺっぽっぺっぽっぽ。





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