自己満足の殿堂 the小 説


 【闇の季節】

2003/03/27




  愉しい。人を斬るのは心地が良い。私を見て怯え逃げまどう人を斬るのは、
  あの快楽にも似た至上の悦び。



 半助の身体から血の匂いを消し去るために雅之助は湯を沢山流した。身体を伝い流れて消えて行く透明の湯が、半助の目には血の色に染まって見えていた。その目は相変わらずなにも映していないようで、まるで焦点があっていない。

 風呂から上がり部屋へ戻ると、雅之助は直ぐに薬を調合し半助に飲ませる。即効性の睡眠薬は直ぐに意識を奪い去り、半助は静かな寝息を立てた。
宿に戻るなり何も言わず、ただ憮然としている雅之助にただ事でない様子を感じた雄三は問いただした。


「何事だ。」
「半助がまた・・・・血を見て狂いおった。今度は人を斬った。」

「本当か。」
「それだけじゃない。人を斬ったのが楽しかったと言った。」

「人斬りを愉しんだというのか?それは拙いな。」
「判っておる、判っておるが・・・・どうしたものか。」


 二人が頭を突き合わせ悩んでいるところで雄三が困った様子で話し出した。稲生城の使いが来て軍は既に配備、未明に行動を起こせと指示が出されというのである。
半助を一人にする訳には行かず、かといって妹君を連れ出すのにも雅之助か雄三どちらか一人だけでは無理である。半助を郷に帰すには時間がなく、任務遂行のためにここで眠らせておけば戦に巻き込まれて命を落としてしまう。


「仕方がない、此処へ来る途中、山の中に廃寺があっただろう。眠らせたままあそこに置いておこう。」
「大丈夫か?」
「あそこまでは戦火は届かんだろう。半助を捨てられた死体みたいに偽装すればいい。誰も好きこのんでそんなモン触りはせん。
 薬も充分飲ませておく。」


雅之助は油紙とボロ布で半助の身体をすっぽりとくるみ、肩に担ぎ雨の中へ出ていった。







 山の廃寺は鬱蒼とした森の中にあり、昼とて薄暗い場所であれば夜は尚更であった。しかしここならば敢えて人は近づこうとはしないだろう。雅之助は安心して半助を運び入れ、ボロボロになり朽ちようとしている木造の本尊の後ろに寝かせると、もう一度薬を含ませて再び宿屋へ戻っていった。
夜明けはもう近く、作戦実行時間までの余裕はなかった。






 雅之助が去り一刻を数え、東の空が濃紺から青に変わろうかという時、眠っていた半助の意識が覚醒した。僅かに身じろぎし手足を動かし、薬のせいでぼんやりとした頭をもたげて辺りを見回すと、其処はまだ真っ暗である。
埃とカビの臭い、それに降りしきる雨の音だけが身体に入ってくる全ての感覚で、雅之助の温もりと熱い体はその場にはない。

 半助は夜中に闇の中で目覚めた子供のように孤独だった。自分の知らぬ間にどこかへ置き去りにされ、信じた人間はその場には無く、世界でただ一人取り残されていた。
頭の中で昨夜斬った人間達の顔と血しぶきの香りと温もりが何度も蘇り半助の中で渦巻いている。
ふらつく足で扉を開け外へ出ると、行く宛もなくただフラフラと足を動かし前へ進んだ。どこへ行くのか、何を求めているのかそれは自分さえ解らなかった。
求めるものなど、半助には。








 無事に下命を果たした雅之助は後始末を雄三に頼んで、自分はいち早く廃寺へと向かった。今は昼過ぎ。自分の予想で半助に飲ませておいた薬はあと二刻ほどで切れる計算だった。しかし独り眠らせている半助が心配で、走る速さはすれ違う人々の不振を買うほどに異常であった。顔もせっぱ詰まった恐ろしい形相であったに違いない。

 夜明け前に来た廃寺の扉は開いたままであった。もしやと思い、そっと中に忍び入ると、其処には半助をくるんでいた油紙と、ボロ布が落ちているだけだった。名を呼び、周囲を探したが姿は認められず、足跡は降りしきる雨に途中でかき消されていた。
追いついてきた雄三と共に改めて半助を探してみたが手掛かりすら掴めないまま、雅之助は雄三に諭されて一旦郷へ戻った。
もしかしたら先に、と言う期待もむなしく、雅之助の家は冷たい空気のまま、がらんとした闇であった。



 雅之助は頭に半助を探すように何度も言上した。一度は郷の一員と認めた人間の行方を探すのは当然であると説得し、それが認められないならば、抜け忍として狩り出すようにも働きかけた。禁を破り、作戦中に不要に人を斬った半助を罰するのは当然のことである。
しかし頭は敢えてお咎め無しと、郷の人間を使って半助を捜すことを認めなかった。それでも食ってかかる雅之助に頭は伝えた。




「半助の顔が割れ、過去の名を知る者も出てきて居る。半助をこの郷に置いては余計な危険と騒動を招くやもしれん。
 これは良い機会と言える。これ以上の詮索は無用。」
「あんた、仲間と認めた人間を見捨てる気か?仮にも半助はあんたが仲間と・・・。」

「儂は大勢の安泰が約束されるなら一人を犠牲にする。半助一人のために郷に厄災を招くわけにはいかん。」
「大勢の安泰と、もう一人の安泰を考えるのがあんたの役目じゃろう!」

「儂もただの爺、出来ることと出来ん事がある。」
「半助はワシのっ・・・・・!」

「失礼します。雄三、お召しにより推参。」
「半助はワシの・・・何じゃ。」

「・・・・・・ンの糞爺・・・・。」



 雅之助と半助と雄三の三角関係を知ってか知らずか、頭はその場に雄三を呼んでいた。大きな声では言えないが、雅之助と雄三の関係は頭以下の上忍達なら知っていることである。雅之助が半助の身を案じ心配するは、同居人であるという以上の感情があることなど、頭の目を持ってすれば既に知れたこと、食ってかかるのも当然であろう。しかし其処へ元からの情夫である雄三を持ってこられては、これ以上雅之助も何も口にすることが出来ない。


相変わらずの強か振りと根回しの良さに、雅之助も舌を巻かざるを得なかった。


 雄三の刺さるような目線を背に受けながら雅之助は自分の住処へと戻って行き、その後ろを雄三も着いていった。
その夜、雅之助の家にはいつまでも灯が点り、時折怒声が聞こえていた。






〜つづく〜




 2003/03                     


  Fへ戻る     Hへ続く

『主な登場人物』


大木雅之助(針の筵中)・・・・・・・(二十二歳)
土井半助(行方不明中)・・・・・・・(十四歳)
野村雄三(不機嫌極まりなし中)・・・(二十三歳


やっと動き始めたなぁ。
がんばれよ、半助。
うん、私もな。





小説の間へ戻る

テレワークならECナビ Yahoo 楽天 LINEがデータ消費ゼロで月額500円〜!
無料ホームページ 無料のクレジットカード 海外格安航空券 海外旅行保険が無料! 海外ホテル