自己満足の殿堂 the小 説


【狂った季節】

2003/03/13



 陽が落ちるまでに時間はあったが重く立ちこめた雲は夕刻の暗さを醸しだし、今にも雫を落としそうだった。辺りは重く湿った空気と生ぬるい風がゆるゆると流れ、半助の頬にまとわり付いた。

 雅之助と雄三の情交を目の当たりにした半助はそっとその場を離れる。
足音を立てず息も吐かず、気配を押し殺したままその場を後にすると再びあの小屋まで走って行った。


 小屋の中は相変わらずの盛況で、半助は人々に揉まれながら女を探した。しかし先程自分の相手をした女は見当たらず、別の女が半助の袖を引いた。半助は女に着いて外に出た。


「悪いんだけど、今は上だけだよ。」


 女はそう言ってしゃがみ込もうとしたが、半助はそれを許さなかった。女の腕を掴み立たせて後ろを向かせると裾を巻くし上げた。
女が驚いて拒否すると腕を後ろ手に捻りあげ動きを止めた。そうする間に女の尻に手を充て、無理に押し込んだ。


「いやぁぁっ!止めてってばぁ、今は月の障りでっ・・・ぁあっっ、ああっ!」


 女の窪みは真っ赤になっていた。それは血液ではなく月のものである。それ故に下の商売は出来ないと言うのを半助は構わず無理に押し込めた。
滑りの悪い孔はギチギチと軋みながら半助を呑み込み、辺りには血の臭いに似た淀んだ空気が漂い始める。
肉のぶつかり合う度に湿った音と鼻を突く臭いが立ちこめ、半助の男根は真っ赤に染まりながら女を突き上げた。

悲鳴を聞きつけた小屋の男達が数人得物を持って出てきた。
小屋の主に雇われた腕に覚えのある用心棒達である。男達にとって女は大事な商売道具で、傷つけられでもすれば損失となる。
男達は女から半助を引き剥がそうと、刃物を振りかざし飛びかかってきた。

 この時、男達は脅しのつもりだった。子供相手に本気になる必要もない、刃物をちらつかせれば逃げていくと思っていたのだが、悪いことに半助は虫の居所が悪かった。女に差し込んだ物を抜き取ると身を翻し、男達の得物を蹴り落とした。如何に腕が立つと言っても半助にとって敵となる男達ではなかった。
だが、これで男達は本気になってしまった。
子供相手にやられては名が廃る、と、今度は半助を殺すつもりで大勢で飛びかかったのである。
始めは四・五人程度だった男達も、騒ぎを聞きつけその仲間がワラワラと現れ、半助は十人の得物を持った男相手に大立ち回りをしていた。

 鎖鎌を手にした男が半助に斬りかかって来た。たいして技量のある男では無かったが意気込みだけは凄まじかった。しかし事もなく半助に身を躱れ、勢いあまって転んだ拍子に自分の臑に深く鎌を刺してしまった。男は大きな血管を傷つけてしまい大量の血液が流れ出る。



 その血を見た半助の表情はみるみる硬直し、顔色は真っ赤に変わっていく。
 半助はいつかのように狂ってしまった。



 あの時と同じように奇声を上げながら男達に飛びかかっていった。そうすると相手も応戦して来る。暫くは素手で殴るだけであったのが、誰が落としたのかいつの間にか手に刀を握っていた。
訓練された半助の動きを止められる人間は居なかった。

 降り出した激しい雨と赤い血の雨に叩かれながら鬼神さながらに刀を振るう。
半助に斬って懸かってくる者、そして騒ぎを聞きつけて小屋から出てきた客や女達、その場に居合わせた運の悪い二十人ほどの人間を、半助は見境無く斬り捨てた。

 狂いながら半助は人を斬る。しかし一方でそんな自分を見るもう一人の自分が居た。そのもう一人の自分は人を斬る感触と血の温もりと香りに喜びを感じながら、満たされなかったものが補われる充足感に酔っている。

 あっと言う間に街の裏路地を死体で埋め尽くし血の海を築き、辺りに斬る物が無くなったのを感知すると半助の精神は少しづつ落ち着いた。
足下に転がる無惨な肉塊と血溜まりを踏み拉き、自分の仕業を振り返ってはらはらと涙をこぼした。
涙をこぼし己の所行を悔いながらも、胸の中はある感情で満たされている。


「気持ち良い。」


一言呟くと半助はその場を去り、闇の中へ溶けていった。






 雨はますます激しく降りつけ気温も下がって外は冷え込んできた。
半助に言い付けた約束の時刻はもう二刻も過ぎているというのに一向に戻る気配がない。
雅之助は嫌な予感で頭が一杯になり落ち着かない様子で部屋の中で立ったり座ったり、雄三は落ち着きのない雅之助が気に障り、無関心を装いながら剣呑な気を発している。
とは言え、大事な作戦を控えている身である。何処から情報が漏れ自分たちの動きが知られていないとも限らない。
雄三は半助を探しに行くように雅之助に促すと、待ってましたとばかりに雅之助は外へ出て行った。


 とは言っても探す宛はまるでない。
 昼間に街で別れたっきり、半助は何処へ行くとも言っていなかった。たいした金も持たせてないので座敷に上がり込んでいるはずは無し。
街の大通りを雅之助が歩いていると、夜の雨の中だと言うのに慌ただしく行き来する人間達が居る。その者たちは裏通りへ入っていき、また車を引いて出て行く者もいる。
裏通りは色町であるが故賑やかなのは当たり前だが、これは様子が違う。
人集りの出来ている方へ行きその囲みの中を覗いてみると、辺りは一面血の海となり、雨で流された血が流れ出て辺りの地面は真っ赤に染まっていた。
数多く転がっていた死体は身内の者や知り合いの者が片づけている途中で、今はもう二・三体ばかりが転がっているだけである。
集まってきている野次馬に溶け込み、雅之助の助が様子を窺っていると、人々の話が耳に入ってきた。

  
   少年の仕業らしい。
   少年?ガキじゃねぇか。ホントにガキだったのか?
   二十人ほど殺されたと。
   狂った奴らしいぞ。
   子供でも人を斬るご時世だ。
   鬼にでも憑かれおったかのう。
   剣呑、剣呑。


雅之助はドキリとした。地面を流れる夥しい血の量。
狂った少年。まさか半助がまた・・・。


 雅之助は慌ててその場を離れ半助を探し歩いた。
人気のない身を隠せる様な場所に見当を付けながら、雨の中を走り回る。
街外れまでくるとさすがに真っ暗で、雨も降り辺りは漆黒の闇。しかし道にはくっきりと足跡が残っており、丁度半助と同じ位の体格をした人間の足跡である。
雅之助はそれを辿って半助を追った。


 足跡は街と外との境界である川まで続いていた。川に架けてある橋の下へと続いて、其処を覗くと刀を抱えたままの半助が蹲りガタガタと震えていた。雅之助は眉間に皺を寄せながら半助の近くへ歩み寄った。


「半助。半助。ワシだ、解るか?雅之助だ。」


 雅之助が静かな声で語りかけその名を呼んでみても、一向に反応がない。
半助の瞳は真っ暗な闇を見つめた虚のようになり、口の中で何か独り言のように呟き、ただ震えている。両手に堅く握り締められていた刀は既にぼろぼろに刃こぼれして、一体何人を斬ったのかまるで知れない。
柄に絡んだ半助の指を一本一本外し、全ての指が刀から離れると、雨で増水し滔々と流れる川に刀を投げ捨てた。



 容赦なく降り注ぐ雨は半助の服に染み込んだ血を洗い流すのに都合が良かった。雅之助は肩に半助を担ぎながら宿へ戻った。
宿に着く頃にはすっかり血は流れきり、半助の身体には擦り傷や打撲傷が残る程度でしかなかった。







「ひゃぁ、お客さん降られなすったねぇ。外は冷えたでしょう。ささ、どうぞ湯を使ってください。」


 出迎えた宿の女中はずぶぬれの二人を見て手拭いを差し出し湯を勧めた。相変わらず呆けた様に反応を示さない半助を不審に思った女中に、酒に酔いつぶれているのだと雅之助は説明した。
雅之助は半助を担いだまま風呂へ入った。雨で流されたとは言え、血の匂いをきれいに洗い落とすのが先決であった。

 半助の、未だ幼さの残る身体を抱きしめながら風呂に浸かると湯船から湯が溢れた。
細いながらも筋肉で引き締められた腕は、郷で雅之助の訓練により鍛え上げられたものである。その腕は今や凶器と化し人を危める。
人の身体から流れ出る血を見ると半助は狂い、また更なる血を流す。
半助をそうしてしまったのは自分である、と雅之助は責任を感じている。半助の最初の過ちを自分が見抜いていれば、半助の運命はこうも狂わなかったのだろうと。
雅之助が物思いに耽っているといつの間にか半助の腕が背に廻っていた。


「半助、大丈夫か。気は確かか。」
「雅之助・・・・・。」

「解っとるな。お前はまた暴れた。」
「ああ、覚えている。今度ははっきりと。人を斬った。沢山斬った。あれは。あれは・・・・。とても気持ちが良かった。」

「半助・・・・・・・!」




「忍びは自らの命を守るときだけに人を斬るものである。そう心得よ。」
とは、郷の頭の厳しい教えであったにもかかわらず。



 人を斬る楽しみを覚えた半助の瞳は虚ろなままに笑っていた。












〜つづく〜




                   


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『主な登場人物』


大木雅之助・・・・・(二十二歳)
土井半助・・・・・・・(十四歳)
野村雄三・・・・・・・(二十三歳


イマイチ半助の狂い度が足りない。
私は充分狂っているというのに。
あははん。





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