【毒色に染めて】



三木、お前いい加減に私を抱けよ。
そんな趣味はないと言っただろう、帰れ。

私がこんなに言っているのにか。この私が・・・。
俺は興味ない。

三木、愛しているんだ・・・。誰にもお前を取られたくない。お願いだから。
では滝夜叉丸、俺の言うことを何でも聞けるか?

聞くよ。
それじゃ今夜、西側の用具室へ来い。

解った。
必ず来いよ。


必ず行く。




私は誰からも注目された。
実技、教科の成績が他人より抜きん出て優秀であることはもちろん、人目を惹く容姿のせいも多分にあった。
手を触れたくても触れられない、鋭い牙を持ちしなやかに身体を翻す山猫のような私に、皆が振り返り、遠巻きにして眺めた。

私は自尊心に満ちていた。
いつも皆より数段高い場所にいた。誰も私の後を着いては来られなかった。
その自尊心は更に私を美しく見せ、皆の視線を惹き付けた。

だがただ一人、私に目を向けない者が居た。


田村三木ヱ門。


私がどんなに良い成績を収めても、私がどんなに美しく動いて見せても、眉の根一つ動かさず、私の存在に気付いてさえおらぬように、石火矢の手入れに余念のない人間に、私は次第に苛立ちを覚えた。


あいつを私に夢中にさせてやろう。


それは小さな思い付きに過ぎなかった。私に見向きもしない朴念仁に対しての、ちょっとした仕返しのつもりだった。
言葉も発しない石火矢ばかりを抱えて、嬉しそうな顔をしている人間をからかってやろう。
気のある素振りをして見せて、その気にさせて、私に本気になったらすぐに身をかわして笑ってやろう・・・。
私にとってはちょっとした暇つぶしでしかない。

そのつもりだった。しかし…。

本気になってしまったのは私の方だった。


三木ヱ門が欲しい。


彼を想うと身体の奧が熱くなる。頭の中が彼でいっぱいになる。
私が三木ヱ門の存在を何よりも大きく感じていることを伝えれば、彼もきっと私を欲してくるはず。
そう思った。自分以外の存在にこんなにも苦しめられる事など初めて知った。

三木ヱ門が欲しい。

なのに三木ヱ門は私の存在を認めなかった。その眼中にすら私は入っていなかった。
興味がないと言われた。

初めての挫折。
苦しさに息が詰まり、身動きがとれなくなってしまった。

それからの私は惨めだった。

自尊心はどこかに置き忘れてしまった。
三木ヱ門の心を私のものにするためならば、何でも出来る。
地を這えと言われれば這うだろう。土を食めと言われれば食んだだろう。
何でもする、だから代わりに心をくれ。そう願った。


願いは届いた。
三木ヱ門は今夜、逢ってくれると言う。

心が浮いた。
自信に満ちていた頃の私を思い出したようだった。
私はまた美しく輝き、前にも増して人の目を惹くだろう。

しかし私は三木ヱ門だけの物になる。
この身体に誰も手は触れさせない。誰も心に踏み込めない。
私は三木ヱ門だけのために夜を待った。




重い扉を開けると、深い闇の中に細い蝋燭の灯りが一つだけ灯っていた。
その灯りで三木ヱ門の顔がぼんやりと浮かび上がっている。
「三木。」
その名を呼ぶと身体が熱くなり、胸の鼓動が早くなる。


三木ヱ門の方へ歩み寄り入り口から離れると、突如として闇の中に複数の気配が舞い降りた。
私の背後、入り口を塞ぐように二つ、左右の死角に二つ、どれも異様なまでに澱んだ気を発している。
私は警戒した。心が警鐘を鳴らし、背筋と掌に汗が滲んだ。
三木ヱ門は微笑んでいた。

「よく来たね、滝夜叉丸。皆、お前を待っていたよ。」
「三木、これは一体…」
「滝夜叉丸。お前は俺の言うことを何でも聞くと言ったろう。だから俺に協力して欲しい。俺のために、働いてくれ。お前は何もしなくて良い。ただ皆が満足するまで、眼を閉じていれば良いんだ。」

一つの気配が私の手を掴み羽交い締めにすると、もう一つの気配が私の眼に覆いをかぶせた。
振り払おうにも力の差が有りすぎて、私とあろう者が抵抗すら出来ない。

「三木ヱ門!」
「滝夜叉丸、お前も充分に楽しむと良い。皆、綺麗なお前が好きなんだ。余計な真似さえしなければ、決して傷付けはしまいよ。」

そう言い終えると三木ヱ門は小屋から出て行き、私は正体不明の気配と共に闇の中に残された。

気配達は私を床へ引きずり倒すと、手足を強く押さえ付けた。手際よく私の服を剥ぎ取る手と、袴を脱がせる手。口の中に指と同時に、生暖かい舌が差し入れられ私の舌を絡め取る。
噛み千切ろうとしたが、大きく広いた足の中心に暖かい息を吹きかけられ、舌先で舐めあげられると力が抜け落ち、抵抗する気力すら失われた。
罵倒しようと荒げる声は、唇に吸い込まれ、鼻から抜ける息は甘い声へと変わった。
身体の最深部に、指がねじ込まれ、まるで生き物であるかのように内部を動き回り掻きむしる。
指の動きに抵抗していた身体も次第にそれを受け入れ、侵入する指の数が増えると甘い蜜さえ流れ出す。
統率された無駄のない気配達の動きに、この巫山戯た茶番が最初から仕組まれた罠だったと気付いたとき、身体の奧から脳天にかけて身を引き裂くような激痛が走った。

何かが私の中に入ってくる。

悲鳴を上げ、その行為を止めさせるために涙を流して懇願したが、侵入者達は私の声が聞こえないのか、ただ体を激しく動かし、私を揺さぶるだけだった。
何も言葉を発しなかった気配が、小さなうめき声を上げて私の奧に熱い物を吐き出すと、身体から離れていった。
二人目、三人目、四人目もただ同じ行為を繰り返し気が済んだのか、私の身体を放置したまま小屋から出ていった。



私は呼吸すら忘れて闇の中で震えていた。



暫く経って三木ヱ門が現れた。

「お疲れさま、滝夜叉丸。感想は?まぁそんなことはどうでもイイ。これからお前には毎晩稼いで貰おう。一晩に客は四人までだ。大人しくして居れば誰もお前を傷つけないが、客は六年生だからな。抵抗すれば当然何らかの応戦を受けるから、逆らわないことだ。それからこの事は誰にも言うな。俺とお前と客達との約束だ。約束を破れば同級生達にも客になって貰うぞ。」
「なぜ・・何故私にこんな…顔が綺麗だというのなら、他にもいるだろう。」
「顔が良いだけなら沢山居るけどそれだけじゃダメだ。高慢で人を寄せ付けない成績優秀な滝夜叉丸。だからお前が高く売れるんだ。付加価値ってやつだよ。」
「私を…、愛してくれるのでは無かったのか。」
「もちろん私も、皆もお前を愛しているさ。美しくて素直な滝夜叉丸。従順なお前が大好きだよ。それじゃおやすみ。良い夢を。」


それから毎晩、私は誰かに体を貫かれる。目隠しをしているので顔は見えない。相手は毎回変わるが、同じ奴が何度か居ることもあった。三木の話で相手が六年生であることは確かだが、そんなことは今更どうでもいい。
後二ヶ月もすれば六年生は学園から出て行く。それまで辛抱すればいい。
私の恐怖は同級生達にこのことが知れ渡ること。そうなれば今まで羨望の眼差しを受けていた私は一転、蔑みの目を向けられるだろう。残りの在学期間も今と同じ辛い目に遭うだろう。


今夜も私はいつものように目隠しをして相手を待った。
戸口に気配がして重い扉が開く。

今の私には六年生達との行為は苦痛が少なくなっては来たが、相変わらず気持ちの良いものとは思えない。
声が漏れることもあるが喘ぐより悲鳴に近い。
「早く終わればいいがな。」
心の中でそんなことを思いながら自ら服を脱ぎはじめた。
乱暴に剥ぎ取られるくらいなら、初めから何も身につけていないほうが返って楽なのだ。
だが今日の相手は変だ。いつもならばすぐに私を引き倒すのになかなか近寄ってこようとしないし、気配も一つしか感じられない。
そのうち声を殺しながらすすり泣く声まで聞こえてきた。

「うっ…ぐっ・・うっ…。た…滝夜叉丸先輩……。」
その声には覚えがある。私は目隠しを取って相手を見た。そこに立っていたのは、私のことを本気で慕ってきていた一つ年下の孫兵だった。私は途端に狼狽えた。

「孫兵!?…何故お前がココにいるのだ…。このことを知っているのは六年生だけの筈…」
「友人に六年生と言い交わしている奴が居て、そいつも絶対秘密だって念を押されたけど、俺が滝夜叉丸先輩を好きだって知ってるから、こっそり教えてくれたんです。俺、信じませんでした。でも田村先輩を問い詰めたら、『金さえ払えばお前も客だ』って。あいつはどうしても欲しい重火器があるから、その資金を稼ぐためにこんなことさせてるんです。滝夜叉丸先輩がこんなことする必要ないんです。辞めて下さい…こんなこと…。」

重火器…ねぇ。そういえば三木はフランキとやらを欲しがっていたか。そんなモノのために私は身体を切り売りしているのか。
少しでも三木ヱ門の気が引ければと思っていたが、そんな可能性はないのか。

膝に縋って声を殺しながら泣き続ける孫兵の頭をそっと撫でる。
私は今まで自分のことしか見ておらず、回りに目を配ることがなかった。
こんなにも近くに、私の存在を何よりも大切に想ってくれる人間が居たというのに。
私を欲しがる人間は大勢居たが、私の存在を欲しがる者は居なかった。
このことにもっと早く気が付いていれば、私はここまで堕ちなかっただろうか。

「孫兵、お前金を払ったのだろう。だったら・・・・、私を好きにして良いぞ。」
「な・・何・・・を、滝夜叉丸先輩。」
「お前にはその権利が有るんだ。」
「権利なん・・て・・・・、俺には無いです。滝夜叉丸先輩を好きにして良い権利なんて…。」
「有る。私が認める。」

私の突然の言葉に固まってしまった孫兵に口づける。口を開けさせて舌を絡めて熱い息を吹き込む。
それだけで孫兵は熱くなってきた。袴から手を差し込んで孫兵自身を優しく扱きあげると、微かに可愛らしい声を挙げる。
「孫兵、お前初めてか?」
言葉もなく頷く仕草も可愛らしい。
「女も抱いたことが無いのか。」
また頷く。
私は今までこの行為をなんと汚れきったものだろうと思っていたが、初めて楚々としたものだと思えた。



大きく口を開け、孫兵を喉元まで呑み込み、私の思うままに扱い、舌を絡める。
丹念に、唾液を染み込ませ、口の中で吸い上げる。
たまに目線を上げて孫兵を見ると、まるで石のように固り、頬を紅潮させ目を見開き私を凝視している。
その間にも孫兵自身は大きくなり、あつく熱を持ってくる。

「っ…、滝夜叉丸先輩・・・・・・もぉ・ぅ…ここまでで・・いいです。」
「何故?」
私の舌の愛撫に敏感に反応を示し、大きくなっている愛らしい孫兵に軽く舌を這わせながら尋ねた。
「もう、出そうで…、後は自分でしま・・す・・・っから・・・。」
「馬鹿、そんなので満足できるのか?」
「でも、あの・・・ぁっ・・。」
「いいから、楽にしていろ。」
そして再び口の中で慈しみ、力強く吸い上げると、孫兵は事もなく破裂し、暖かい液体で私の口の中を満たしてくれた。
全て飲み干すつもりが、喉に絡んで飲みきれなかったものが口の端からこぼれ、私の胸を伝って落ちて行く。
薄く目を開いて私に酔いしれていた孫兵は、それを見て慌てて自分の頭巾を脱ぎ、拭き取ろうとした。
「すいません!すぐ拭きます、あ・・あの…ごめんなさい滝夜叉丸先輩…。」

こぼれたものが私を汚したとでも思ったのか、孫兵はひどく動揺し狼狽えている。
液体を拭こうとした孫兵の手を止めて、人差し指と中指でそれをそっと拭い取る。
「これはこれなりに、ちゃんと使えるものなんだぞ。」
指に付けたものを、今だに衰えぬままにいる孫兵へと塗りつけた。私のヌルリとした指の感触にも、孫兵はぴくり、ぴくりと反応をする。


私の知りうる孫兵とは、上級生に対しても強気で、いつも背伸びをしているようだった。
私を真っ直ぐに見つめ物怖じもせず、率直に想いを伝えた、意志の強い男だと思っていたが、暗闇を恐れる子供のような一面を見て、心の奥に少しだけ暖かさが蘇ったような気がした。

「孫兵…、疲れたか。」
「いえ、大丈夫です。」
そう言いながら肩で息を付いているのは、疲れではなく体温の上昇のせいで空気が足らないのだろうか。

「孫兵、そこに横になれ。」
「いえ、疲れてはいませ・・・っん。」
それ以上喋ろうとする孫兵の唇を口で塞ぎ、黙らせた。

口づけたままで孫兵の胸を押し、仰向けにさせる。片手でヌルヌルとした孫兵を扱いながら、身体の上へ跨り、私の入り口へと導いた。ここへ来て孫兵は事の次第に気付いたようで、視線は私の一点へと釘付けになっていた。孫兵によく見えるように、上体をそらして少しづつ腰を落とした。慣れてしまった行為ではあるが、やはり始めは抵抗がある。苦痛に眉間に皺を寄せた私を見て、孫兵はそれを止めさせようとした。

「本当に止めても良いのか?」
「………その…でも…」
口の中でもごもご言っているのは、止めたくない証拠だろう。何処までも私を気遣う。
「では、お前の方から来い。最初は窮屈なものだけど、次第と気持ちよくなるんだ。」
本当は気持ちがいいと思ったことはないが、そうでも言わないと孫兵は納得しないだろう。

私は床に寝ころび、大きく足を開いて見せた。途端、孫兵は私に強く抱きつき、呪詛を紡ぐように私の名を呼び続ける。孫兵の頭を撫でてやり気持ちを落ち着かせて、再び私の入り口へと導いた。

「ゆっくりでいいから。但し途中で止めずに、一旦根本まで深く入れ込むのだぞ。後は…自然と腰が動く。」
自分でも卑わいなことを言っているのではと、顔が熱くなる。

私は今、孫兵を欲している。ここで孫兵を離したくないと思っている。
それは身体が求めるものなのか、心が求めるものなのか、単なる欲望の捌け口なのか、私にも解らない。
今はただ孫兵が欲しい。そう思った。

私の教えにこくこくと頷き、大きく深呼吸を一つ着いて孫兵は弱々しく腰を私へと押しつけた。
「あっ…ぁあ…滝夜叉丸先輩、滝夜叉丸先輩…。」
「孫兵、もう少し力を入れないと入らないぞ。」
「でも…滝夜叉丸先輩が…」
「中に入らないと私も痛いだけだ。」

孫兵は大きく息を吸い込み、今度は強く腰を押しつけた。
私の身体の入り口に強い衝撃が、但しそれは優しさを持って私の中に入ってくる。

「ん・んっ…ぁ…ぁ…た…滝夜叉丸・せん・・ぱ…ぃ。」

孫兵の腰に手を回し、私の中への侵入を手助けする。堅く眼を閉じ、額に汗を滲ませ孫兵は私の中をゆっくりと突き進んでくる。やがて根本まで到達すると、孫兵は私の胸に額を着けて大きく息を吐いた。

「滝夜叉丸先輩…全部…入りました…痛くないですか?…嫌じゃないですか?」
「ぅんっ…大丈夫だから、後は孫兵の好きな様に動いていい…。」
「でも…苦しくは無いですか?」
私を気遣う孫兵。本当はすぐにでも私を突き動かしたいだろう?私の中のお前はそう言っている。
孫兵の耳元に口を寄せて口火を切ってやろう。

「早く、気持ちよくさせてくれ。」

途端に孫兵は身体を激しく私にぶつける。その動きは荒々しくてぎこちなく、まるで容赦がない。私は呼吸も忘れて孫兵の胸にしがみついた。孫兵も私の身体を両腕で力の限り抱き締める。

「滝夜叉丸先輩っ、滝夜叉丸先輩っ、好きです、好きです、好きです…!!」
「ぁっああ…っ…ま・・孫兵っ…あぅっ…ぁうっ…ぁっああ・・・・」

名を呼ぶことしか出来無いほど頭の中が真っ白になった。いや、果たして正しく発音できていただろうか。
こんな感覚は初めてだ。心の底から、身体の奧から、孫兵を求める私が居る。
孫兵に身体を貫かれながら、悦びの声を挙げる私が居る。

私の身体は孫兵で染まる。

「ぅ…ぁっ…滝…せ……く・・んっっ…!!」

額から汗を滴り落とす孫兵が、私の名を呼びながら小さく呻き、私の中を熱く満たす。
はぁ、はぁ、と肩で大きく息をしている癖に、執拗に私の唇をねだり深く舌を絡めてくる。
母親の乳房を求め泣きじゃくった赤子が、乳を吸いながら眠りにつくように、孫兵の呼吸も次第に穏やかになり、落ち着きを取り戻した。


「滝夜叉丸先輩。あの…すいません、夢中になりすぎて、俺だけ…」
恐らく今の私は、うっとりとした眼で孫兵を見上げているのだろう。身体は満足したわけではないが、心がとても満たされた気分で、こんなに心地よい交わりは初めてだ。
申し訳なさそうに私を見下ろしている孫兵の頭を抱き寄せると、体の重さが直に伝わってくる。

「滝夜叉丸先輩…。俺はもう誰にも貴方を触れさせたくありません。俺だけの、貴方になって欲しい。」
「それは無理だ。三木ヱ門はともかく、六年生には刃向かえない。下手をすればお前まで怪我をする。あと二ヶ月足らず、卒業まで我慢してくれれば…。」
「ダメです。待てません。」
そう強く言う孫兵の眼はとても真剣で、私を射抜くように鋭い。
この眼に、孫兵に縋っても良いのかも知れない、そうすれば全てうまく行く…と、この時私は思った。
了解と服従の意味を込めて、私はもう一度孫兵に深く口づけた。


孫兵と一夜を共にした次の日の放課後、三木ヱ門が私の所へやってきた。
「滝夜叉丸…今夜からもう客はいない。お前はもう用済みだ。」
それだけ言うと素っ気なく去っていった。

私のあずかり知らぬ所で何があったのだろうか。孫兵は一体何をしたのだろうか。


それから二ヶ月後、卒業式が行われ、六年生は全員学園から出て行った。
三木ヱ門に用済みと言われた日以来、六年生から抱かれることは全くなくなった。
孫兵が手を回してのことだろうが、どんな行動をとったのか、なんとなく聞けずにいた。
ただ気が付いたのは、六年生達の私を見る眼が、近寄りたくないと言わんばかりの、まるで毒蛇を見るかのような眼であったのが気にかかっていた。

六年生が居なくなって最上級生になった私は、本当に解放された気分だった。
中庭の日当たりの良い木の下で本を読んでいるところへ、孫兵がひょっこり、笑顔で現れた。
「滝丸先輩、野苺を採ってきました。食べませんか。」

たきまるというのは孫兵が私に付けたあだ名。
滝夜叉丸先輩と呼ぶのは長いから滝で良いと言ったのに、それでは目上の先輩に失礼だから、二人だけの時は滝丸先輩と呼ばせてくれと言われた。なんだか耳の後ろがくすぐったい。
「私は酸っぱいものは苦手…んぅっ…。」
「どうです。甘いでしょう。」
口移しで食べさせられた野苺は、とても甘い。
孫兵はいつの間にこんな事が出来るようになったのだろうか。


私は以前から疑問に思っていたことを孫兵に聞いてみた。
「孫兵、六年生と三木ヱ門をどうやって私から遠ざけたのだ?私にはどうしても解らない。ジュンコやジュンイチを使ったところで、そういつまでも睨みが利くものではないだろう。」
途端に孫兵の顔色が変わった。
ばつが悪そうに下から私の顔を覗き込む。
「滝丸先輩、怒りません??」
そう聞かれれば怒らないとしか答えようがない。

「実は…滝丸先輩は、感染率の高い悪い病気を持っている、その病気は肉の交わりで必ず伝染し、移されたら男根の皮が剥け、やたらとかゆみを持ち、命に係わりはないが一生付きまとうタチの悪いやつで、最悪の場合勃起すらしなくなると言う…」
「つまり、性病保持者だと??」
「まぁ、そうなりますか…」
開いた口が塞がらないとはこのことだ。

よりによってこの私が、忍術学園始まって以来の優秀な成績を誇るこの私が、性病にかかっているだと?
「孫兵!その噂が学園中に広まったらどうするつもりだ!!」
「大丈夫ですよ、あの事は六年生間だけでの絶対秘密だったし、それに滝丸先輩に手を出した奴は、自分も病気持ちと思われたくないから滝丸先輩の事は他に漏らしませんよ。」
言われてみればそうだが、そうなのだが…。

「あの…怒ってます??」
「・・・・・・。」
「すみませんでした。あの…滝丸先輩…。」
シュンとしょげている孫兵を睨み付けてやる。
むろん私は怒って等居ない。あの時、私にとって孫兵は唯一の光であり、温もりであった。
蛇が身を守るために毒を持つように、孫兵も私を守るために噂という毒を持たせただけなのだ。


しかし、私にあらぬ噂という毒を持たせた孫兵を、充分に叱って置く必要がある。
「孫兵、お前に言いたいことが山ほど有るから、今夜私の部屋へ来いよ。」
「はい、必ず行きます。滝丸先輩…。」



孫兵は私の口の中にもう一つ、野苺を放り込んでから次の授業へと走って行った。

私は夜を待つ。 
私を守るために、
私に毒を持たせた人のために。
毒を持った生き物を抱えて走るあの人のために。


…fin…




2001/05



森のお茶会のtea様に送りつけたやつ。
私の小説より、tea様の感想文の方がとても面白いですvv
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