| 【不得手】 |
「えっ、長次と別れた!?だってお前ら付き合い始めて…。」 「三ヶ月だったよ。」 「何でまた…。」 木々の青葉も萌えはじめた昼下がりの中庭で、友人の思わぬ言いだしに伊作は大きな声を出した。 仙蔵は春の始めに長次と付き合い始めた。きっかけは何だったのかよく解らない。 ただ無口な長次と一緒にいる内に、何となく付き合い出した、と言う感じだった。 「私は長次が何を考えているのか全く解らないんだ。」 「そりゃ、あいつは無口で表情も豊じゃない。でも悪い奴じゃ無いぞ?」 「それは解っているよ。無口だとも知っていた。だけど、あまりに反応が無さ過ぎる!」 「・・・。例えば?」 「団子食べる?って聞くだろう。普通なら、ありがとうとか、食べるよとか、嫌いだとか、答えるのが普通だよね。」 「まぁな。」 「なのに長次ときたら!『ああ。』それだけなんだ。それで食べるかと思ってみていれば食べないんだ。だから私が甘いのは嫌いか?って聞くとね。」 「う・うん…。」 「また『ああ。』って。だったら最初っから嫌いって言えばいいじゃないか!何を聞いても『ああ。』『うん。』喋るのがもったいないとでも思っているみたい、一体何考えてるのかちっとも解りゃしない。それだけじゃないんだよ!実習に行くよって誘いに行っても、休みの日に遊びに行こうって言っても、長次のこと好きだよって言っても!」 「『ああ。』?」 「そうなんだよ!私は四六時中喋ってろと言ってる訳じゃないんだ!せめて私が好きだって言ったら『俺も』ぐらいの言葉を返して欲しかったのに〜!!」 キッとつり上がった目に涙を浮かべて、怒りながら早口に次々としゃべり立てる仙蔵に、半ば自分が怒られているような気分になりながら伊作は話を聞いていた。 話好きではない仙蔵がこんなに喋るのは珍しい。 あの騒動屋の二人組と一緒にいると無口な人間と思われるだろう。その仙蔵からも無口だと言われる長次の無口さと来たら、「長次の声を聞いたらいいことがある、笑っている顔を見たら天下を取れる」と言わしめる程に、口数と表情の少ない男であった。 伊作はちょっと好奇心を出して聞いてみた。 「長次にはなんと言って別れ話を出したの?」 「…別れようって。それだけ。」 「(率直だな…)で、長次はなんて?『ああ』?」 仙蔵はその時の状況を思い出しながら答える。 「その時は何も言わなかったな。目線を落として、俯いて、振り返って自室へ消えていったよ。」 「ああ〜、それは〜…。」 長次と幼なじみの伊作は、学園内の誰よりも長次の性格を知っている。とはいえ、その伊作でさえ長次の意思を汲み取るのはなかなか至難の業だ。そこへ持ってきてまだ四年間しか顔を合わせて居らず、間近に接したのは半年にも満たない仙蔵が、長次が何を考えているのか解らないと嘆くのも無理はないだろう。 ただ伊作が解るのは、何も言葉を発せずに俯く長次は、不本意の上での承諾か、酷く落胆しているかのどちらかだ。この場合の長次の気持ちは両方であったろうと推測される。 「私は実習があるからもう行くよ。話を聞いてくれてありがとう。またね、伊作。」 涙を拭き、笑顔を浮かべて、仙蔵は裏山の方へ走り去っていった。 仙蔵の姿が見えなくなってから伊作は樹上に潜んでいた人物に呼びかけた。 「聞いていたろう、長次。」 木の葉のすれる音がしてその後、長次が地上に舞い降りる。目線を合わせないまま、いつもの無表情で伊作と向かい合う。 「で、長次はどうする?いいのか、このままで。」 「良くない。」 眉間には深い皺が寄り、目つきはいつもにまして鋭い。 厳めしい顔のまま、ぼそりと長次が喋りだす。 「仙蔵は綺麗だ。俺が居なくても・・・。」 「そうだな。仙蔵は綺麗で人を惹き付ける魅力がある。ほっといても誰かが勝手に持ってくだろうな。でも本当にそれで良いのか?」 「―――――――――良くない。」 「だったらどうすればいいか解るだろう。」 「だが、仙蔵はもう俺を見ていない。」 「(だめだ、完璧に落ち込んで壁作ってる。)そんなこと無いぞ、さっきだって仙蔵、好きだと言って欲しいって、言ってただろう。ちょっと口に出せばいい事じゃないか。」 長次は何も言わずに、ただ目線を下に向けている。 「ハァ…。とにかくだな…」 伊作は背中からごそごそと忍たまの友を取り出して長次に手渡した。 「ここに仙蔵の忍たまの友がある。さっきスリ取っておいた。これを仙蔵に渡すなり何なりして、もう一度話すきっかけを作って、自分の気持ちをきちんと伝えろ。まだ間に合うから。」 忍たまの友を持った手で長次の胸をドンと突いて、伊作は姿を消した。 残された長次は一人、思案顔(といっても無表情)をして忍たまの友をじっと見つめていた。 そこへ遠くの方から走ってくる仙蔵の声が聞こえてきた。 「おーい、伊作ぅー!ここに私の忍たまの友が・・・長次?」 「仙蔵。」 振り返り、相変わらず小さな声でポソリと呟く長次に、仙蔵が怪訝な顔をする。 長次は表情も変えず、仙蔵を見据えたまま、お互いの間を風が静かに流れてゆく。 サワサワと草と木の葉のすれる音、小鳥の鳴く声、遠くの方で生徒に集合を呼びかける笛の音が聞こえていた。 時間は確実に過ぎているが、二人の間だけは全ての活動が止まってしまったようだった。 その止まった時間を先に動かしたのは仙蔵だった。 「それ、私の忍たまの友だろう。返せ。」 「仙蔵。」 「何か言いたいことでもあるのか?」 キッと睨み付ける仙蔵。長次はその眼から逃げることなくその目線を受け止める。 「やっぱり君は何も言わないんだね!」 いつまでも話の進まない状況に仙蔵がしびれを切らし、忍たまの友を取ろうと長次の方へ歩み寄り手を伸ばした。 長次は仙蔵に忍たまの友を差し出し、仙蔵がそれに手を触れると同時に仙蔵の手首を掴み、グッと自分の方へと引き寄せると、仙蔵は体勢を崩しそのまま長次の胸の中へと倒れ込んでしまった。 「な…なにを、長次、ちょっと…」 仙蔵は抗うが、頭と肩をしっかり抱きすくめられて身動きすら満足に出来ない。 呼吸をする度に長次の匂いが仙蔵の肺を満たし、長次の体温が心を溶かす。 しばらくゴソゴソしていた仙蔵も、やがて長次の背中へ手を回し抱き締めていた。 サワサワと草と木の葉のすれる音と、お互いの心臓の音だけが聞こえていた。 「で…、また付き合い始めたって?」 「そうだよ。」 嬉しそうににっこり微笑みながら仙蔵は答える。 その横では長次が相変わらずの無表情で胡座を組み座り込んでいる。 「何でまた。」 「言葉なんかなくてもね、表情が少なくてもね、態度で現してくれるから・・・、うれしいかなって・・・。」 伊作がちらりと見れば、二人は身体の影で手を繋いでいる。 「そうですか。ははっ、心配して損した。」 「迷惑かけたね、いろいろ気を使わせて悪かったよ、伊作。」 「気にすることないさ。」 光と影のように、表情に差のある二人を見送って、伊作はその場所にゴロリと寝転がる。 「恋人ねー、チョット羨ましいかナ?」 そう呟きながら寝返りを打ち、眼と同じ高さに咲いている花を見ると、葉っぱの上に小さなカタツムリが2匹、仲良く並んでいるのを見つけた。 「ちぇっ、お前達までもか。」 苦笑しながら身を起こし校舎へ戻ろうとしたとき、学園の塀をよじ登り中に入り込もうとしている、白い忍び装束の、瞳の大きな少年を見かけた。 「またドクタケ?にしても隙だらけで不用心すぎるけど、とりあえず監視しておくべきかな。」 そして白い忍びの後を着けて行った。 伊作がその少年の名を知るのは、それから半日後のことである。 …fin… 2001/04 |
暮松様の無機的偏愛狂へ送りつけた一品。 |