君が君で居るから僕が僕で在れる



 つい三日前のことである。三郎は「学園長のお使い」と称する実施訓練のため、ある城からある人物へ書状を届ける途中だった。
仕事の内容自体は難しくないが学園長から重々に注意するように言われていた。理由は依頼者である城には近頃きな臭い噂があったこと、もう一つは一人でお使いに出かけることであった。
通常、学園生徒が外出するときは必ず二名以上で行動するのが絶対規則であった。戦国の世にあっては忍術学園の周りも危険が少なくはなかったからだ。
にもかかわらず三郎が一人で出かける事になったのは他の五年生は出払って不在、六年生と四年生も合同の演習で不在、それに引率していった教師半数、残り半数の教師は学園警護のための最少人数であり、それを削くにはいかなかったためである。三郎ならば心配はないだろうと学園長の下した判断だった。


「心配は要りませんでしたが問題がありました。書状を届ける途中、野伏せりらしき連中が六名、書状を奪いに来ました。六名中三名は始末できましたが残り三名には逃げられ、死んだ三名の所持品等は無く裏がとれませんでした。死体の始末は済ませてきました。」


三郎はこう学園長に報告した。学園長はやや眉を顰めたが「ご苦労だったな。」と一言ねぎらいの言葉をかけて三郎を下がらせた。学園長が眉を顰ませた理由は三郎にもよく解っている。打ち損ねた三名が後々忍術学園、もしくは三郎の禍根となる恐れがあることであった。



三郎の同室者であり恋人でもある不破雷蔵も学園から歩いて往復三日かかる村まで級友と二人でお使いに出ていた。滞り無く用事をかたづけ、後半刻も歩けば学園到着の距離まで帰ってきたその時である。殺気の籠もった気配を感じた雷蔵が、友人にそれを伝えようとした矢先、道脇の茂みから野伏せりが三人いきなり襲いかかってきた。不意を付かれた友人は大きな丸太で頭を殴られその場に倒れた。それをかばおうとした雷蔵も頭に一撃を食らい脳しんとうを起こして崩れ落ちてしまった。野伏せり達は雷蔵だけを抱え、その場を去っていった。


「雷蔵も今日帰って来るはずだ。もう三日も会って無い。」


そんな想いを馳せながら窓から流れる雲を眺めていた三郎の耳に、慌てて学園の門を駆け込んでくる下級生の声が聞こえてきた。何を言っているのかよく解らなかったが三郎の耳には
「…雷蔵先輩が…!」その言葉だけがはっきり聞こえた。只ならぬ様子に三郎は騒ぎのする方へ行き下級生に事情を尋ねた。


「君たち。雷蔵がどうかしたのか?」
「あっ…!ぇと鉢屋先輩ですか?あの、大変です、僕達、僕達…!」


気が動転している下級生達の説明はどうも要領を得ないが話をまとめるとこうである。



自分ら3人は町へ買い物に行った帰り、学園近くの小高い山の上で休憩をしていた。頂上から麓を見ると雷蔵が見えたので、大きな声で名前を呼ぼうとしたとき、


「草むらから男が3人出てきて、棒みたいなので…それで先輩達二人とも倒れて、そいつら雷蔵先輩だけを…」
「―――連れ去った、と…。」


三郎の目がぎらりと光を放ち、周囲の空気を冷たく変える。その怒気に当てられた下級生は恐怖で顔が引き攣っている。


「では君は新野先生に連絡を、君は友達を2人連れてけが人の収容、頭を殴られているなら出来るだけ揺らすな。それから君は僕と一緒に学園長先生の所へ。」


迅速で適切な指示を出し学園長の元へ急いだ。




「―――このような状況で雷蔵の安否が気遣われます。雷蔵の救出と野伏せり3人の掃滅指揮を私に執らせていただきたく…」

口調はあくまで冷静だが心の中では煮え湯が荒波のように轟いている。


「それはならん。」
「…何故です。」


学園長さえも睨み返す気迫。隣に座っている下級生は冷や汗をかいている。


「今のお前は冷静さを欠いておる。代わりに鉄丸!居るか?」
「ここに。」


三郎の後ろに担任教師である木下鉄丸が音もなく歩み寄る。


「鉄丸、お前にこの件の委細全てを任せる。教師半数が不在故お前以外の教師が学園を出ることは許可できんが、生徒を危険の及ばぬ範囲内で使うことを許可する。以上。」
それだけ言うと学園長は退室した。


「木下先生!雷蔵の救出は私に任せて下さい!」


三郎は木下に不満をぶつけた。三郎が自分のことを「僕」ではなく「私」と言うときは自己を出した時、本気になった時だけだ。


「鉢屋、学園長は俺に全てを任せるとおっしゃった。と言うことはだ、俺がお前に指揮を任せても構わないと言うことだ。お前ともあろう者がそんなことも読めん程動揺しておるとは…。不破か?」


三郎はフイと目線をそらせた。木下は察するところ在るが構わず話を続けた。


「とにかく落ち着け。この件はお前に任せ、俺は後方支援に回る。いいか鉢屋、先ず何をする?」

三郎の眼が獲物を追う忍の眼へと変わった。
 



学園に残った生徒全員が召集され事の次第と作戦指示が三郎によって伝えられた。


「一年生は不破雷蔵の似顔絵作成、三年生と二年生全員で情報収集。チームは四名編成、空砲二つが帰投の合図、合図後は学園へ戻って待機、教師の指示に従うこと。以上、六!」

居すぐりの号令で全員が作戦行動に移った。




四半刻も経たぬうち一つのチームが目撃情報を持って帰ってきた。


「鉢屋先輩、判りました!茶色の髪の少年を抱え帯刀した男三人が、山科村へ通る山道から測道へ入って不動の滝方向へ行くのを山菜取りのおじさんが見たそうです。」
「不動の滝には小さな堂がある。そこか。」

木下がフンっと鼻を鳴らす。


「では空砲を上げて帰投の合図を。不動の滝へは私一人で行きます。」
「馬鹿を言え。俺は後方支援だと言ったろうが。お前の気配が届くギリギリの所で待機する。いいな。」
「解りました。それでお願いします。」

三郎はチッと舌を鳴らす。木下は気付いているがふてぶてしく構えている。


「きみたちよく頑張ってくれたね、ありがとう。ついでに空砲を頼むよ。それじゃぁね。」


表情を作り直し、いつもの雷蔵の顔で微笑んで見せる。報告に来た三年生の手を握ってお礼を言い木下と二人学園を出ていった。陽はそろそろ傾きかけている。


「さすが鉢屋先輩、こんな緊迫した状況下でも動揺してないね。」

一人が感心していると握手を貰った少年が心配そうに言った。

「でも鉢屋先輩の手…もの凄く冷たかった。」






「小僧、この前はずいぶん世話になった。」
「全く、こんなガキ一人にずいぶん手こずったもンだ。」
「こいつぁ、ただのガキじゃねぇ。何らかの訓練を受けてるな。用心しろ。」


薄暗い中、細い蝋燭の灯りだけが唯一の光である堂の中で、雷蔵は後ろ手に縛られ冷たい床に転がっていた。殴られた頭はズキズキと痛み意識も視界も朦朧としているが、自分の置かれている状況に命の保証がないことだけは解った。
お前達は誰だ、と口を開こうとしたが猿轡をかまされており、喋られない。男は3人、落ち武者か野伏せりのようだ。大柄で武骨そうな男、細面の鋭い目つきの男、赤ら顔の男は卑下た笑みこちらを見ている。


「小僧、お前が運んでいた書状は誰から誰に宛てられたものだ?それさえ教えてもらえればお前は無事に帰してやるぞ。」


細面の男が尋ねる。雷蔵にはなんのことだか解らなかったが大凡の見当は付く。書状を運んでいたのは自分の変装をしていた三郎で此奴らに狙われたのだろう。


「おい待てよ、本気か?此奴には三人も殺られたンだぜ。」
そして反撃にあい三人殺された…か。三郎を見くびっていたのだろう。


「此奴はそうそう口は割らねぇよ。訓練を受けてるって言ったろ。大方忍びってトコだ。だったらなァ…」


大柄の男はニヤリと口元を歪ませ雷蔵の髪を鷲掴み顔を上げさせた。頭痛と髪を引かれた痛みで雷蔵は顔を顰めた。その表情は男達の嗜虐性に火を付けてしまった。


「どうするンだぃ。」
赤ら顔の男は期待の面もちで大柄の男に尋ねる。


「苦痛だけが拷問じゃねぇってことだ。どうせならョ、愉しみてェだろ。痛めつけんのはそれからだって遅かねぇやナ。」


大柄の男は肉厚の舌で雷蔵の頬をべろりと舐めあげた。気色悪い感触に雷蔵は背筋にぞくりと悪寒を走らせる。これから何が起こるのか想像に易い。雷蔵は目隠しをされ視界を塞がれた。目隠しが無くても目の前はすでに真っ暗だった。




手は頭上で縛られたまま仰向けに転がされていた。衣服ははぎ取られ袴もかろうじて足に掛かっている程度だった。足は縛られていないものの男が一人しっかりと押さえつけており、もう一人の男は雷蔵の胸の小さな飾りをしきりに舌で転がしている。


「ぅっ…ぅ…っ…。」


舌を噛み切らないようにと猿轡の中に木の枝を噛まされた。声を漏らさぬよう歯を食いしばる度にギリリと軋んだ音がする。男はその様子を愉しむかのように雷蔵の胸の飾りを舌で弄び、指で捻り潰す。今まで自分が経験していた三郎の愛情に満ちた愛撫とは全く違う、ただ己の欲望と雷蔵の羞恥心を煽るだけの行為に心は今にも崩れそうだった。
コリコリと堅くなった飾りを見て満足したのか、男は胸から顔を上げた。ほっと一瞬だけ安堵したが次の言葉が雷蔵の心臓をえぐる。


「おい、足、広げろ。」
「!!」
「こんなもンかぁ?」

押さえ付けられていた足が肩幅程度に広げられる。


「馬鹿、もっとだ。もっと見えるようにだ。」


これにはさすがに雷蔵も抵抗した。命の危険も忘れ去り足をばたつかせたが大の男の力に適うはずもなく、せいぜい膝が動く程度、たいした抵抗にも成らなかった。


『嫌だ!止めてくれ!嫌だぁぁ!三郎!三郎!!――』


心の中でどんなに叫んだ所で声は届かない。今にも涙は溢れそうだが泣く訳には行かない。涙を流してしまえば此奴らの思うつぼ、自分の心も押さえきれなくなってしまうだろう。


「俺は興味がない。席を外すぞ。必ず吐かせろよ。」

細面の男の声がした。男は外へ出ていったようだ。


「へっ、堅い奴だな。」

足下にいる男が愚痴る。

「こっちも堅くなってるぜ。」


さっきまで雷蔵の胸を思うさま舐めていた男の手がスッと下がり一番敏感な雷蔵自身を擦りあげた。途端に雷蔵の腰がビクリと跳ねる。ゴツゴツとした堅い手の平が雷蔵を何度も往復する。それでもまだ足は抵抗を試みているのを見て男は


「仕方のねぇガキだな。」
とつぶやき自分の口に雷蔵を含む。それは三郎にしか許されていない行為であったのに。


「ううっ!…うっ…んっ…ぅんっ…!!」


目隠しのせいで余計にとぎすまされる快感、猿轡のせいでくぐもった声しか出ない、そんな状態が雷蔵の羞恥心に拍車をかける。男は察したようにわざと厭らしい音を立てて雷蔵を責め立てる。その音にも犯されている感覚に雷蔵は堕とされていた。
さらに、足を押さえている男の視線までもが熱く自分のある一点に集中し注がれているのが嫌でも解る。全てが自分の意思と反対に働いているのが雷蔵には歯がゆく思われるがどうすることもできなかった。男の唾液は雷蔵自身の先端から滲み出た体液と混ざり合い、ねっとりと雷蔵を包み込みさらなる刺激を与える潤滑剤となっている。雷蔵はいよいよ上り詰めてきた。それを感じ取った男は吸う力を強め雷蔵をグッと締め上げた。


『ダメ…!出ちゃうよ、三郎助けて!さぶろ…ああっ!!』


途端、雷蔵はガクガクと身体を揺らし吐精してしまった。



全身の力が抜けてしまった雷蔵を男はくるりとひっくり返しうつ伏せにする。両肩は床に着いたまま腰だけを高く持ち上げられ、三郎しか見たことのない雷蔵の秘密が男の目前で露わになる。その羞恥の体制に雷蔵は首を振って嫌がってみせるが、身体はしびれ熱を持ち、思うように動くことも出来ない。男は雷蔵の吐き出した物を口の中から双丘の谷間にトロリと垂らした。白い欲望の固まりは再び自分の中へ還ろうとするかの如くゆっくりと谷に沿い流れ下ってゆく。男はそれを自分の指に丹念に絡ませる。


「猿轡はもういらねぇぞ。舌噛むような力は無いだろう。色々聞きてぇ事もあるしなぁ。」
雷蔵の白い物が絡んだ指は、雷蔵の入り口部分を確かめるようにその周りでくるくる動かされている。



お前の名前は?―――無言―――指が雷蔵に分け入って来る。
書状の行方は?―――無言―――指が半分までねじ込まれる。
お前の正体は?―――無言―――指が根本まで突っ込まれる。



「ぁあっ!!あっ…っくぅっ…。」


ゴツゴツと節くれだった男の太い中指が雷蔵の中で暴れ出す。但しそれはゆっくりと、煮詰めた甘い砂糖を掻き回すようにねっとりと動かされる。粘液質の卑わいな音と、かみ殺しきれない雷蔵の声だけが部屋中に響く。
男が不意にくくっと笑いを漏らした。


「おめぇ、男を知っているな?」


雷蔵ははっと我に返りその拍子で男の指をキュゥッと締め付ける。その反応に男は尚も笑いを漏らすがもう一人の男は訳が解っていない様子だ。


「何?どういうことだ?」
「つまりなぁ…クックックッ、いいからそこで見てろ。こいつぁ愉しめるぞ。」


喜々とした男は抜き差しする指を二本に増やし、今度は荒々しく雷蔵を掻き回し始めた。二本の指は雷蔵から激しく出入りすると共にヌチャヌチャと音を立てる。たまらず苦痛の声を挙げる雷蔵だがそれは嬌声にしかならなかった。


「やぁっ・・ぁっ、ああっン・あぁっ・・ぅぁっ…は・ぁぁっぁ―――――」

雷蔵の艶のある熱い声は男達の卑しい期待と欲望を更に増長していった。

『さ・ぶろ…僕、もうダメだ…ゴメン・・ね・さぶろぅ―――。』


身体は快楽で痺れ動かずとも、自分の命を絶つだけの最後の力は取っておくのが忍。雷蔵は舌を歯に挟みギリッと力を込めた。その時だった。


「うぐぅっ…。」


低い呻き声と共に濃い血の臭いがパァっと部屋に広がりドサリと倒れる音がした。
雷蔵に指を突き立てていた男は慌てて雷蔵から指を引き抜き体制を整え身構えるが間に合わず、最初の一撃を浴びせられその場に崩れる。目隠しのある雷蔵には一瞬何がなんだか解らなかった。

「え?あっ・・て・めぇ??」


苦しい息の下で男は何かに驚き口走る。誰か侵入者が男に対して発する殺気が読みとれる。
侵入者は誰だろう?

雷蔵は気を読むことに専念するが、侵入者の気配は恐ろしい程の怒りと殺気に満ちており雷蔵も今更ながら命の危険を感じた。だが、


「この始末、お前達の命だけでは贖えん。」
『!!』


聞き覚えのある、それは雷蔵だけしか知らない三郎本人の声だった。自分を表に出した三郎は恐ろしい。今まで数えるほどしか三郎の自我を目の当たりにしたことはないがその結果は全て凄惨なるものだった。三郎の自我を引き出すまでに怒りを買った人間は、雷蔵以外にこの世に存在していない。


「このぉ、ガキがぁぁ!!」


男は渾身の力を振り絞り三郎に斬りかかるが一度斬りつけられているせいもあり、まともに当たりなどしない。三郎はわざと腕の皮一枚を切らせ刀を返しざま一太刀、二太刀と浴びせる。
雷蔵は怪訝に思う。三郎ならあんな手合いは一撃で倒せるものを。


「苦しいか。」

三郎の低く周囲を押さえ込む声が響く。断末魔の男は言葉も発せず唸るだけだった。

「だろうな。」

その言葉と同時に三郎は男の左頸部と鎖骨の間に刃を埋めた。

雷蔵に三郎の気配がスッと近づく。その気はまだ怒りに満ちていた。
雷蔵の頬に手を当て目隠しを取り雷蔵をじっと見据える。その視線は雷蔵にとって辛いものだった。三郎以外の男に好き勝手に扱われその結果、身体はその行為に答え三郎を裏切ってしまったのだ。そのまま消え入ってしまいたいと思った。

三郎は無言のまま雷蔵の口元に唇を寄せて、口づけではなくただ強く吸った。三郎の吸った部分は赤い痕になり、そこに自分の血を少し擦り付けると殴られた痕のように見える。頬にも自分の血と泥を混ぜうっすらと塗り付ける。これは擦り傷のように見えた。雷蔵に服を付けさせ、襟元や袖口を多少引き裂く。偽装工作が終わったところへ木下が細面の男の死体をひっさげて現れた。

「片づいたか。」
「委細滞り無く。雷蔵には大した怪我はありません。殴られた痕が二・三あるようですが。」

声はいつもの雷蔵に似せた声に戻っていた。

「ああ、問題ない問題ない。」

木下は手をひらひら振って答えた。
三郎と木下二人で死体の後始末と血の痕を消して堂を出た。この場であの忌まわしい出来事があったなど微塵も残っていない。雷蔵はふらつきながら三郎の肩を借りて堂から出てきた。


「不破、歩けるか?きついようなら負ぶって行くぞ。俺と鉢屋の背中どっちが良い。」

がっはっはと豪快に笑いながら木下が雷蔵に尋ねた。
雷蔵はチラと三郎を見たがあちらは目線さへも投げてこない。雷蔵は唇を噛み締め無理に笑顔を作って

「あの、じゃぁ…きの――」

…下先生と言おうとしたが、先に三郎がスッと膝を着き雷蔵の前に腰を下ろした。雷蔵は意を汲み取ってしどろもどろになりながら

「――毒ですので三郎に頼みます。」

と答えた。意味を成さない日本語に、木下は訝しげな表情をしたが気にとめる様子もなく三郎に言った。


「鉢屋、野伏せりの人数はこれで合うな。俺は一足先に学園長に報告に戻る。お前達は後から歩いて帰ってこい。気を付けてな。」

木下は闇の中に溶けていった。




不動の滝から学園までの帰り道、三郎は一言も言葉を漏らさない。
それが雷蔵にはとても心苦しかった。こんなに身体は近くにあるのに心に手が届かないもどかしさに、雷蔵は唇を噛んで涙を堪えていた。暗い夜道を三郎は雷蔵を背負い無言のまま歩いていく。二人にとってとても長い道のりに思えた。


学園に戻ると下級生達がわぁっと雷蔵の周りに集まってきた。口々に無事で良かっただのお帰りなさいだの無邪気にはしゃぎ回っている。


「ほらほら、もう消灯時間も近いぞ。僕も雷蔵も疲れて居るんだから、今日はかいさ〜ん。」

三郎は体よく全員追っ払った。
顔は微笑んでいるが眼が笑っていない、気付いているのは雷蔵だけ。木下がやってきて二人とも学園長の元へ出向くようにと伝えた。


「此度の失態、並びに学園内をお騒がせいたしました事、深くお詫びいたします。」

三郎は学園長に対し深々と頭を下げる。雷蔵も続いて頭を下げる。


「まぁ、良いわい。二人とも無事に戻ってきたし、元はと言えば儂がお前一人を使いに出したのが始まり。もしあの時点でお前が野伏せりを深追いして居ったら返り討ちにあっていたやも知れん。3人を取り逃がしてもそれは良かったと言える。しかし鉢屋、忍たる者、いつ如何なる状況に置かれても、常に心は月を映す水の如く在らねばならん。その事だけは肝に据えおけよ。」
「聢と。」
「では下がって良し。不破、其方にはいらぬ災難をかけた。儂も悪いが鉢屋も悪い。後でお前からよく叱っておいてくれ。おやすみ。」

事の原因である三郎の変装の是非はお前達で決めろと言うことだ。
学園長が出ていってからすぐにガラリと障子を開け木下が入ってきた。


「お前達、特に鉢屋、返り血を浴びてるだろう。風呂の湯はまだ張って在るから入ってこい。お前らが最後だからな。掃除は明日二年生にさせるから湯は抜くな。」

それだけ言うとドカドカと廊下を歩いて去っていった。


『風呂…か。』



もちろん雷蔵は今すぐにも身体を洗いたかった。自分の身体に付いたあの男の跡をすっかり消し去ってしまいたかった。しかし三郎と一緒にというのは今は気が引ける。何も言わない三郎を伺い先に入るように言おうとすると、三郎はさっと立ち上がり雷蔵の手を引き風呂へと向かった。




脱衣所でも三郎は無言のままで雷蔵の服を脱がしにかかる。自分で出来るから、と雷蔵が三郎の手を制したが逆に雷蔵の手が払いのけられた。すっかり雷蔵を裸にしてしまうと次は三郎が脱いだ。
二人とも裸になると三郎はまた雷蔵の手を引き風呂場へ入っていった。湯船の前に雷蔵を座らせると元結いを解き、頭から手桶に何杯もの湯をかけた。いい加減雷蔵が苦しくなって止めるよう頼むと、続いて糠袋でゴシゴシと身体を擦り始めた。
顔に続いて腕、頸、背中と胸へ回り足先まで、丹念に洗い上げる。まるで何かに憑かれたように作業を続ける。雷蔵は言葉もかけてもらえない自分がなんだか惨めな気持ちになり哀しくなってきた。三郎の手が、雷蔵の今日最も被害を受けた場所に触れた。雷蔵がピクンと肩を動かし


「痛いよ、三郎…。後は自分でするから、君は自分を洗ってよ。」

押さえきれなくなって涙目で三郎に訴える。三郎は糠袋を見せて、

「これが痛いのか。」

今日初めて雷蔵に向けて言葉が発せられた。

「そうだよ…。」

目からはずっと我慢していた涙がぽろぽろと落ちる。
自分は三郎に嫌われてしまったと思った。あの悪夢のような現実の中、何度も名前を呼んだ愛しい想い人は優しくしてくれない。今も身体が崩れそうで、心は壊れてしまいそうなのに、汚れてしまった自分を見てくれようとしない。仕方がない、原因は何にせよ自分の力不足もその一つ。せめてさよなら位は言葉で、と顔を上げた。


「あの…三郎、今日はごめんね。怖かったけど、三郎が来てくれて嬉しかったよ。今までありがとう。」

三郎は眉間に爪楊枝が挟まりそうな深い皺を寄せた。何が不満だったのか雷蔵には解らないが、この際どうでも良くなってきている。

「最後にお願い・がある。僕、身体が・壊れそうなんだ。一寸の間でいいから、抱き締めて…。」

俯きながらやっとの思いで声に出す。
三郎は雷蔵の身体をヒョイと抱え上げ共に湯船に入る。湯船の隅に雷蔵の背中をもたれさせ、自分は雷蔵に覆い被さり背中に手を回す。雷蔵も三郎の肩に顎を載せ、背中に手を回ししっかりと抱き締める。


『ああ、やっぱりコレって安心できるなぁ。三郎、僕って本当にあなたが好きなんだね。』

夢見心地にうっとりしている雷蔵から三郎は身体を離した。
もう少しこのままで…とおねだりの眼をする雷蔵の両膝を掴み、自分の身体が入るだけの幅を作る。突然の事に雷蔵は戸惑い、三郎を突き放そうとするが再び三郎に抱き寄せられる。三郎は片方の手で雷蔵への入り口を探り自分を宛う。場所を確認するや、暴れる雷蔵を押さえつけて一気に突き上げる。


「っあぁっっ!さぶろっ・やめっ、あっ・・んっ…あぅっ!」

愛撫も無しにいきなり突き上げられては、いかに慣らされた行為でも雷蔵には苦痛である。眉間に皺を寄せ瞼をギュッと閉じて歯を噛み締めて痛みに耐える。その表情はひどく扇情的で三郎はもう自分では歯止めが利かない所まで来ていた。

三郎が激しく雷蔵を揺り動かす度に湯が跳ね、二人の動きに合わせてチャプリ・チャプリと音を立てる。
三郎をきつく締め上げていた雷蔵も少しづつ和らいで今では優しく包み込み内側では更に三郎を求め迎え入れようと伸縮を繰り返す。三郎は雷蔵を突き上げながら口づけし雷蔵の舌を絡め取り、自分の口中に吸い込み甘く歯で噛む。鼻から抜ける雷蔵の甘い声は益々三郎を情欲的に煽り立てる。


「んっ…ぅふっ・んっ…んんっ…っはぁっ…」


口を離せば絡み合った唾液が糸を引きやがて切れる。雷蔵は自分の中のバラバラの理性をかき集め三郎を止めようとする。自分も三郎も止まらなくなっていることは解っていたのだが。


「あっ…さぶろ・ぅっ、だ・めっだよ、もう…止め…っ」

三郎は少しだけ力を緩めるが、雷蔵を揺り動かすことは止めない。湯船の湯は尚も音を立てる。

「何故駄目なんだ?」

ムッとした声で聞き返す。三郎自身の声だ。

「僕は…君をっ・・あ・んっ…くっ、ぼく…汚・・れて・・」
「そんなモノは私が押し流す!」


三郎にはもう聞く耳はない。汚辱にまみれようが、血にまみれようが雷蔵は雷蔵、生きて自分の側にで笑っていればいい、それだけだ。三郎は自分の限界を知りまたも激しく全ての思いを込め雷蔵を突き上げる。荒い息使いの元、雷蔵の耳に口を寄せ熱く呟く。


「雷蔵…、お前はキレイだ……っくっ―――!!」


絶対致死の殺し文句である。雷蔵はこの呟きと共に吐き出された三郎の情愛全てを受け止めて、自分もそれに答え応じた。




湯は静かにかすかにうねる。荒く熱い息づかいも消え遣らぬ中、雷蔵は額を三郎の肩口に付けてぐったりとしているが、腕だけは愛しい人を離すまいと背中に回し、三郎は身体中の力が抜けた雷蔵をしっかりと両腕で抱え、静かに言い聞かせる。


「雷蔵、お前はお前だ。解るか。」
「ん。」
「お前が居るから、私が在るんだ。」
「ん。」
「お前が消えたら私も消える。」
「ん。」
「だからお前は居続けなければいけないんだ。」
「ん…僕は、何処に居ればいいの?」
「私のすぐ側、私の中に、だ。いいな。」
「ん〜?三郎…、今は君が僕の中に居るね。」


雷蔵は冗談混じりに三郎にクスリと微笑む。
三郎はそれを見て安心し、悪戯を思いついた子供のような顔をして口の端をつり上げると雷蔵の頬に口づける。

「そうだな。今は私がお前の中に居るな。」

また湯が音を立てて揺れ始めた。






…fin…



『後日談』

お前ら、俺の見舞いも来んのか。(by殴られた友人)
雷蔵君の怪我ですか?頭の打撲と、あ、唇の端に妙な内出血が(by新野先生)
お風呂場が生臭くて困りました。(byお風呂掃除に来た下級生)
風呂長すぎ(by木下鉄丸)
雷蔵が何度もしがみついて来るもんだから♪(by三郎)
三回だけだろう!…あ。(by雷蔵)
………。(一同)






暮松様の現【目隠庭園】に爆番を踏んだ折に送りつけたブツ。
いけませんわ。こりゃ。
駄文の見本とも言うべきシロモンですわ。
自分で読んでてばさらか恥ずかしかったもん。
よくこんなもん送りつけたぞ自分、ちったぁ恥じを知れ。
いやはや、ん〜・・・・マジで恥ずかしい。
まぁ、いいや。



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