(俺+君)×(事情)+αβ |
| 今日こそは、と決心して滝夜叉丸の部屋へと向かった。 彼に心奪われて早三年、ひとつひとつ段階を踏み、ようやく「ライバル=親友」の身分までこぎ着けた。 いよいよ最終目的「恋人」へと昇進するため、今宵、滝夜叉丸にこの気持ちを伝えようと薄暗い廊下を急いだ。 滝夜叉丸の部屋の前で大きく深呼吸をする。 たとえダメだったとしても、気落ちしないように、もう一度初めからやり直せばいいと自分に言い聞かせ、障子に手を掛けた。 さぁ、いざ開けん、運命の扉!! その時である。一人部屋の筈の滝夜叉丸の部屋から話し声が聞こえてきた。 と言うより、その声は…。 「あっ…ソコ…あっ…つぅ…」 「ごめん、痛かった??じゃぁ…こっちは?」 「気持ちいいです…雷蔵先輩…ぁっ…ぁぅ…」 「強くしても大丈夫?」 「は・・ぁッ・・ん…強い方が…いい・・・・・です。・・・・・ぁっ!」 部屋から聞こえてきたのは、滝夜叉丸と雷蔵先輩の睦み合う、滝夜叉丸の色めいた喘ぎ声だった。 脳天から火を噴いた気分だ。 信じられなかった。 滝夜叉丸が雷蔵先輩にただならぬ憧れを持っているのは知っていたが、雷蔵先輩は三郎先輩と出来ているもんだと思ってまったくノーマークだった。雷蔵先輩に相手されなければ、俺にも少しは望みがあると楽天的に考えていた。 なのに、なのに、何たる結末・・・。 その場にぺたりと座り込みしばし呆然としていた。そのうち滝夜叉丸が俺の気配に気付いたようで二人の声は止まり、「誰だ」と咎められると同時に障子がガラリと開いた。 「三木ヱ門。何をしているこんな所に座り込んで。」 入り口にたたずむ滝夜叉丸と目が合う。 その滝夜叉丸の様子はといえば、頬は紅く染まり、肩で息を付いている。いつも綺麗に結い上げられている髪も今は幾筋も落ちて、汗で首筋にぺたりと張り付き、衣服は乱れ、胸は大きく開き白い胸が覗いていた。 滝夜叉丸の脇から部屋の中を覗き見れば、布団の上に座った雷蔵先輩が驚いた顔でこちらを見ていた。 「あ…あの…すまん、邪魔をした!!」 俺はその場から逃げ出した。 忍たま長屋を飛び出し暗闇の中を闇雲に走った。自分が何処をどう走ってここまで来たのかも覚えていない。辺りを見渡せばここは裏山の林のようだった。 大きな木の根本に座り込み、誰かに聞かれる訳でもないのに一人声を殺して泣いた。朝までそうしていた。 夜が明けてとりあえず授業に出るために学園に戻った。顔を洗いに井戸へむかう所で一番出会いたくない人物、滝夜叉丸と出くわした。 「三木ヱ門、夕べは一体どうしたんだ、…なんだ、その眼は??真っ赤に腫れているじゃないか。」 俺は一晩中泣いていたんだ、お前のせいで。 「顔色も悪いぞ。食事は摂ったのか?」 そんな余裕はない。今でも吐き気を催しそうだ。 睨み付けるように滝夜叉丸を見ていると、そこへ雷蔵先輩と三郎先輩が仲良くやってきた。途端に滝夜叉丸は笑顔に変わる。 「雷蔵先輩、おはようございます。あ、三郎先輩も。」 極上の笑みで雷蔵先輩に、ついでのように鉢屋先輩に朝の挨拶をしている滝夜叉丸を恨めしい眼で見ていた。 あの二人が並んでいる所を、にこやかに笑顔で見られるはずがない。 決心して意気揚々と出向いたところで、決定的場面を見せられて打ちのめされたのだ。 項垂れてその場を去ろうとしていた俺の元へ鉢屋先輩が寄ってきた。 「田村君、話が有るんだけどちょぉっっといいかい?」 「すいません、俺ちょっと気分が…。」 「あの二人のことなんだけどさ。」 鉢屋先輩がチラっと視線を送った先には、楽しそうに話している滝夜叉丸と雷蔵先輩が居る。 俺は鉢屋先輩に着いて二人から離れた。 「田村君、どう思う?あの二人…。」 その言葉で俺の頭の中に昨晩の出来事が蘇ってきた。 「ぁ…、仲が良くて…、大変に結構だと…。」 「本当にそう思ってる?君、滝夜叉丸君が好きなんじゃないか?」 つまらん事をよく知っている人だ。 「それは・・・・。でも、滝夜叉丸は雷蔵先輩が好きで・・・、好きな者同士一緒に居られるのなら、それが一番良いと・・・」 「ところがそうは行かないんだ。雷蔵は私と将来を約束したお付き合いをしているんだから。」 「えっ!?じゃ…あれ??」 「私としては、雷蔵が毎晩滝夜叉丸君の所へ出向くのは好ましくないんだ。何しろ帰ってきた雷蔵はいつも疲れていて、相手をしてくれない。この一週間、私はほったらかしなんだよ。」 相手をしてくれないの意味がどういうことか、俺にだって解る。 「そろそろ私の堪忍袋の緒も切れそうだ。そこで君に協力して貰いたい。」 「でも、好き合っている二人の仲を裂くというのは…。」 「田村君…。」 鉢屋先輩の瞳がぎらと光った。その瞳を見て俺は背筋に悪寒が走った。 「私から雷蔵を奪っていく人間は、たとえ誰だろうと許さないよ。もちろん滝夜叉丸君だって例外じゃない。今までは私も見逃してきた。でもこれ以上はガマンできないな。」 顔は雷蔵先輩の顔で微笑んでいるが、その瞳はなんと恐ろしい光を孕んでいるのか。この眼は本気の眼だ。このまま二人の関係が続けば滝夜叉丸だって只では済まないだろう。 「もし、もしも滝夜叉丸が雷蔵先輩を諦めなかったら…?」 「滝夜叉丸君には、この世に生まれなかったことにして貰おう。」 「そんなことすれば、雷蔵先輩に嫌われますよ。」 「バレないようにするくらい、私には造作もないことだよ。」 その通りだ。鉢屋先輩なら人をひとり消したこと位、容易に隠しきるだろう。 俺にとって滝夜叉丸は、たとえ手の届かない存在になったとしても、元気に生きて笑っていて欲しい。 滝夜叉丸をこの世から消すなんて、そんな事させてなるものか。 とは言え、俺の力ではどう足掻いても鉢屋先輩に適わないし、滝夜叉丸と雷蔵先輩を引き離すことが出来れば、俺にとっても都合がよい。 俺は鉢屋先輩に協力することを承諾した。 「では田村君、作戦を授けよう。この作戦の成功は全て君の肩にかかっているんだ。なぁに、君になら出来る。」 昼休みに鉢屋先輩と校舎の裏で待ち合わせをして、滝夜叉丸と雷蔵先輩の仲を引き裂くための作戦会議を開いた。 と言っても、計画は全て鉢屋先輩が立てており、俺はその指示通りに動くように命令されるのみ。 命令されるのは好きじゃないが、滝夜叉丸の命を守るため、俺は指示に従うことにした。 時刻は未の刻、生徒は入浴を終えて消灯までの時間を、それぞれ好き勝手に過ごしている。 鉢屋先輩に指示されたとおり、滝夜叉丸の部屋の近くで闇に紛れ潜む。 雷蔵先輩はいつもこの時刻に滝夜叉丸の元を訪れると聞いた。 その言葉通りに雷蔵先輩が現れた。 「滝夜叉丸くん、僕だよ。入っても良いかい?」 雷蔵先輩が扉の前で声を掛けると、滝夜叉丸が嬉しそうな顔をして出てきた。あんな表情、俺は一度も見せて貰ったことがない。 二人が部屋の中へ入りぴしゃりと戸が閉められると、鉢屋先輩が何処からともなく現れた。 鉢屋先輩と目線で合図をしながら、中の様子に聞き耳を立てる。 「滝夜叉丸くん、ごめんね、ちょっと遅くなって。」 「いいえ、私こそいつも雷蔵先輩に無理を言って…、なんだか鉢屋先輩に悪い気がします。」 「三郎のことはほっといても大丈夫だよ。それより君の身体の方が心配だよ。ほら…ここ。こんなに硬くなって。」 「あっ…雷蔵先輩、そんなすぐには…。」 「いいから、君は身体を楽にして。こっちの方は…あぁ、だいぶ解れてきている。夕べ沢山したからね。」 「はい、とっても気持ちよかったです。」 「今日はね、もっと気持ちのいいことしてあげるよ。ほら、ここをね、こう…」 「ぁ・・あっ…ぅんっ…。」 「どう、これ。気持ちいい?」 「はい…凄・・く…あっ…。」 この障子の向こうで、滝夜叉丸はどういう格好をして、どんな表情をしているのか。 顔が真っ赤になって居るであろう俺に、鉢屋先輩が合図を送る。 その合図で俺は障子を蹴破って中に入り、滝夜叉丸に覆い被さっている雷蔵先輩の後ろを取って、苦無を喉元に突きつけた。 「雷蔵先輩、あなたの代わりは今日から俺が務めます。これ以上滝夜叉丸に手を出さないで頂きたい。」 「た・・・田村君?一体どうしたの。僕は何か悪いことをしただろうか?」 「俺の滝夜叉丸に手を付けました。あなたは大人しく鉢屋先輩の所へ帰って下さい。滝夜叉丸は、お・れ・の!大事な者です。」 「三木ヱ門、待て!お前・・・・・」 「滝夜叉丸、お前は黙ってろ。雷蔵先輩、俺は滝夜叉丸のことを・・・・」 俺がいかに滝夜叉丸を想い、恋い焦がれているか云々を延々と喋り続けた。 おかしな作戦だ、とは思った。が、 「雷蔵はお人好しだから、君がどんになに滝夜叉丸君に惚れているかを言って聞かせれば、素直に身を引くよ。」 そう三郎先輩に言われたので素直に従った。 「・・・・・あのぉ、田村君が滝夜叉丸君の事をとっても好きだということはよく判ったよ。でも、それと僕と何の関係があるのかが判らない。」 「何をしらばっくれて・・・」 文句を言い返した、その一瞬の隙を突かれて、喉下に当てていた苦無を叩き落とされ、俺は逆に布団の上にねじ伏せられた。さすが五年生、とぼけた仕草をして見せながら、その実、好機を窺っていたのだ。 「さて田村君、君は誰の指示で動いているのかな?ま、おおかた三郎の入れ知恵だろう?違うかい。」 「・・・・。」 腐っても俺は忍、任務についてはこれっぽっちも漏らさない。 「三木ヱ門、貴様何を考えている!何の恨みで雷蔵先輩に刃を向けた!」 「それは、先刻述べたとおり、雷蔵先輩は三郎先輩と付き合っていながら滝夜叉丸にまで手をつけて・・・。」 「ぉぉぉおお大ばか者!!雷蔵先輩はだなぁ、私の肩と背中のコワリ方があまりにひどいので、毎晩解してくれていたんだ。何を勘違いしている!!」 「・・・え・・・?」 頭の中をひよこが三羽くるくる歩き回って、そしてそれがニワトリになって卵を産み落とし、落ちた卵がパチンと弾けて気がついた。 「三郎先輩にはめられたぁぁぁ〜!!あの人知ってたんだ〜!!」 「やっぱり三郎か。」 やれやれという表情の雷蔵先輩と、顔を真っ赤にして怒っている滝夜叉丸を見比べ、毎夜のマッサージが嘘でない事が判ると、俺は途端に恥ずかしくなってしまった。 にこやかな笑顔を浮かべた雷蔵先輩は、すっと立ち上がって滝夜叉丸と俺に言葉をかけた。 「ごめんね、田村君。三郎が回りくどい事しちゃって。僕が叱っておくから許してね。滝夜叉丸君、どうやら僕の代わりが出来たようだからもうこの部屋には来ないけど、何かあったらちゃんと相談して。学年一をキープするのに多大な努力が必要なのはわかるけど、あまり無理をしちゃだめだよ。それから、田村君のこと・・・ほら・・・ネッ!」 雷蔵先輩は滝夜叉丸に目で合図をしながら、右手をグッと握って親指をピンと立てた。 布団の上で惚けていたが、我に返ると滝夜叉丸の視線がやけに痛い。 勘違いした上に勢いとドサクサに紛れ、当初の目的であった告白は出来たものの、この有り様では返事を待つまでも無い。 「さぁて、もうすぐ消灯だし、俺も帰るとするか。おお、そうだ。宿題があったのを忘れていた、こりゃイカン。」 「待たんか、貴様・・・。」 誤魔化しながらその場を去ろうとしたが、滝夜叉丸に止められた。誤魔化せるとも思っていなかったが。 「おぅ、滝夜叉丸、何の用だ?もう消灯だから俺は部屋に帰らねば成らん。急ぎの用でなければ明日に・・・。」 「そこへ正座。」 「ハイ。」 腹の底へズシリと響くような低い声と眉間には深いしわを刻み、見るからに不機嫌を顔と体で表している滝夜叉丸に俺が逆らえるはずも無い。 滝夜叉丸と向かい合い正座をすると、目の前で滝夜叉丸はうつ伏せになった。 「雷蔵先輩の代わりになるのだろう。早くしろ。」 「えっ・・・あっ・・ああ・・・はいはい。」 「先ずは肩から、あっバカ、力の入れすぎだ。んっ、そう、その調子・・・、も、ちょっと上・・・あっ・・ん、ソコ。」 滝夜叉丸に言われるとおりに肩から背中、腰にまでマッサージをさせられる。 力加減が下手だの、勘が悪いのと言われながらも少しづつ滝夜叉丸の体を解していく。 俺としては滝夜叉丸の体に触れられるのだから、コレは大変嬉しいことだが、如何せん、滝夜叉丸の出す艶かしい声にだけは僅かだが困っている。 このまま俺の理性がいつまで持つか・・・。 その前に告白の返事・・・・・・は、まだいいか。 茂みに潜んでいる所を雷蔵に見つかって、煙球と手裏剣で燻し出された。俺の計画は成功したが、雷蔵には小言を沢山言われた。 「まったく、自分の手を汚さずに他人を動かして、君らしいといえばそうだけど、アレじゃ田村君に悪いだろう。こら、三郎。聞いてるの?」 「あててっ、耳を引っ張るなよぉ。でも俺も田村も目的を果たせたし良いじゃないか。一石二鳥だろう。」 「一石三鳥だよ。うふふっ・・・。」 意味深に笑いを浮かべる雷蔵を問い詰めてみた。 「実はね、僕は滝夜叉丸君に本当に手を出そうとしたんだよ。でも滝夜叉丸君も田村君のことが好きなんだって拒まれちゃった。そう言われちゃぁね、僕も大概の曲者だけど君ほどの鬼じゃないから、それからは手を出そうとは思わなかったけど。」 何だって!? 「お前、それって浮気しようと・・・!!」 「はい、コレ・・・。」 そう言って雷蔵は俺の目の前に数通の結ばれた文を突きつけた。 「数人の下級生がコレをくれたんだよ。僕宛と思って読んでみたら、先月の月見亭での先輩はとても激しかっただとか、先週の合同野外実習の最中では燃えちゃったとか、不思議なんだなぁ。僕の身に覚えの無いことが沢山書いてあるんだ。」 「・・・・・・。」 「誰だろうねぇ?僕に変装して、手当たり次第に下級生を食っちゃう悪い奴が居るみたいなんだ。ねぇ三郎、それが誰だか・・・、知らないかい。」 雷蔵が、俺より一杯も二杯も食えない奴だと、知っているのは俺ぐらいのものだ。確かにお前はやさしい奴だけど、怒らせると凄く怖い。 まぁ、雷蔵を本気で怒らせることが出来るのは俺くらいなもの。それだけ愛されてるって事か。な? 「おーい、滝夜叉丸。昨晩のオレ、どうだった?」 「ああ、なかなか良かった。少々強すぎるときもあるが、それはそれでまた気持ち良かったりするぞ。でも、もう少し優しくしてくれると私の身体も助かるのだが。」 廊下で態と大きな声で滝夜叉丸に呼びかけ話していると、同級生数人が「ええっ!?」と言った目つきで俺達二人を見ていた。 たぶん最初の俺のように皆誤解しているのだと思うが、誤解は解かないままでいい。そのほうが滝夜叉丸にちょっかいを出す奴が減って都合がいい。今はマッサージ要員として滝夜叉丸の部屋に通っているが、今に見ていろ。そのうちもっと別の気持ちの良いコトを・・・。 「なにをニヤ付いている?変な奴だ。」 「いやぁちょっと・・・思い出し笑い。ははははっ。」 「ふん?なぁ三木ヱ門、今夜も来てくれるのだろう。私はお前にシテ貰わないと身体が疼いて眠れない。」 「あ・・あぁ、モチロン、お前が満足するまで何度でも!!」 廊下で態と大きな声で三木ヱ門と話していると、同級生数人が「ええっ!?」と言った目つきで私達二人を見ていた。 恐らく私の部屋に飛び込んできた時の三木ヱ門のように、皆誤解しているのだと思うが誤解は解かないままでいい。そのほうが私としても三木ヱ門を落すのに都合がいい。今はマッサージ要員として通わせているが、今に見ていろ。そのうちもっと別の気持ちの良いコトを・・・。 さて、今夜も彼のところへ行こう。 さぁ、今夜も彼を私の元へ誘おう。 ・・・fin・・・ 2001/05 |