(カスタム)竹取物語 |
濃紺の夜空に美しい露珠が散らばっている。今夜も綺麗な上弦の月は白い光を放つ。 近頃の滝夜叉丸は月を見上げては哀しそうな眼をしている。季節柄、月も人をもの悲しくさせるのだろうと三木ヱ門は滝夜叉丸の傍らに座って肩を抱き寄せた。 「滝、どうした?近頃月を見上げてばかりだな。」 「三木、かぐや姫はどんな気持ちで満ちてゆく月を見ていたのだろうな。」 突然の質問を投げ、月から目を離して三木ヱ門を見つめる。その瞳は夜空の星を映した様に輝いている。 「やっぱり恨めしかったんじゃないか。月が満ちればお迎えが来て、大好きな爺様、婆様と別れなきゃなんないって判ってたんだから。」 窓の格子から見える月は冴え冴えとしてとても白い。その光を浴びる滝夜叉丸の肌は透き通って見えそうだ。 「三木、私がお前の側から居なくなったら、お前はどうする?」 三木ヱ門の頸に腕を絡め、肩口に頭を乗せて縋るように体重を預ける。三木ヱ門も滝夜叉丸の腰に手を回して抱き寄せる。 「そうだな。お前が俺のこと嫌いになって居なくなるのならば諦めにゃならんだろうが・・・・。」 「・・・嫌いになどなるものか。」 「じゃぁ、どうして居なくなるんだ。死んでしまうって事か?」 「そうじゃない。ある日突然に、何の前触れもなく、ただ消えてしまったら?」 滝夜叉丸の言わんとするところがよく解らない三木ヱ門だが、少し考えて答えた。 「俺のこと嫌いじゃないなら、お前を探す。黄泉比良坂を越えたって探しに行くぞ。」 滝夜叉丸は眼を伏せて口元だけを微笑ませて言う。その表情は今にも泣き出しそうだ。 「私が居なくなっても探さなくて良いぞ、三木。」 「いーや、探す。絶対に探し出してやる。」 「探さなくても良いというのに…、しつこい奴だ…。」 もう寝ると言って滝夜叉丸は目を閉じた。 珍しく自分からすり寄ってきた滝夜叉丸にすっかりその気にさせられていた三木ヱ門は、残念に思いながらもその寝顔に見入る。 何故あんなおかしなことを聞いてきたのか不思議に感じたが、涼しくなっていく季節の月のせいだろうと考え、滝夜叉丸の身体を抱いたままゴロリと横になり眠りについた。窓から差し込んでくる眩しいほどの月明かりが三木ヱ門の眼を射した。 「あーあ、しばらくは仕事になんねぇな。」 一人でそう呟いて三木ヱ門も眠りに入った。 そんな会話を交わした数日後の天気の良い朝だった。 気持ちよく目覚めた三木ヱ門の隣で、滝夜叉丸はまだ眠っている。 昨夜は下弦の月、妖しい光の月に惑わされたのか滝夜叉丸の方から誘いがあった。 いつになく求め来る滝夜叉丸に、三木ヱ門もつい激しく身体をぶつけてしまい結果、滝夜叉丸は今だ夢の中。 滝夜叉丸の寝顔を見つめながらクスリと笑うと、朝も早くから表の戸をホトホト叩く者があった。その特徴のある叩き方で誰が何の用事で来たのか解る。 表の商売の傍ら、裏で忍の仕事を扱っている元締めから「仕事があるから来い」の合図だ。「了解した、すぐに出向く」という合図を送って三木ヱ門は出かける支度を始めた。 ようやく目を覚ました滝夜叉丸にまだ寝ていろと言うと、滝夜叉丸は素直にそれに従った。いつもなら、なんだかんだと文句を付けながら一緒に出かけるものだが、それだけ昨日の自分が凄かったのか、と含み笑いをしながら三木ヱ門は家を出て小走りに走っていった。 その背中を見送る人間が滝夜叉丸の他にも、二人の暮らす長屋裏の松林の中に居たことに三木ヱ門は全く気付いていなかった。 元締めの処へ出向き仕事の内容を聞いた三木ヱ門は少々驚いた。仕事自体は至って簡単、この街から隣村の祖父母の所へ行く商家の娘の護衛。それはいいがその仕事に対する報酬が桁外れに多いのだ。三木ヱ門は訝しく思って元締めに耳打ちした。 「元締、変じゃないですか?普通、娘の護衛って言ったらくノ一を望むもんでしょう。それに報酬だって普通の五倍ですよ。この額なら男一人よりくノ一を二・三人雇った方が安心でしょう?」 「報酬の件なら、そんだけ大事な娘って事だろう。腕の立つ男って御所望だったからな、お前だったら女に興味はねェだろう。」 三木ヱ門は顔を赤くして反論した。 「お・俺は女が嫌いって訳じゃなくて、滝夜叉丸にだけ興味があるって事で、決して女嫌いじゃ…!」 「いいから早く行け。依頼者はお待ちかねだ。」 しっしっと犬のように払われ、三木ヱ門は娘を連れて隣村へ向かった。 朝から街を出て目的の村に着いたのは昼過ぎだった。娘を祖母の待つという家まで無事連れて行くと、娘は頭を下げて礼を言った。 「ありがとうございました。それではお約束のものです。」 この金額で帰りの護衛無しということにも三木ヱ門は驚いた。帰路につきながら三木ヱ門は不思議に思うところもあったが、街へ戻り元締めに金を渡し、自分の取り分を貰って滝夜叉丸の待つ家に戻った。 戸口で自分が帰ってきたことを知らせる合図の咳払いをする。しかし戸が開かない。格子の窓を見ると外出の印である草鞋が下げてあった。 「あれ、滝は居ないのか。何処行ったんだろう。」 そろそろ夕餉の支度をしなければならない時刻だ。今日は楽な仕事で沢山の報酬を貰ったので、チョットだけ豪華な食事にしてみようか、等考えながら夕食の準備を始めた。 飯も炊きあがり、魚も焼けて、汁も用意できたのに滝夜叉丸はまだ戻ってこない。書き置きもしていなかったのですぐに戻ってくるものだと思っていたが、月はもう高い位置まで昇っていた。すっかり冷めてしまった二つの膳を前にして三木ヱ門は思い出していた。 何日か前の月の綺麗な晩に自分が居なくなったらどうするか、と滝夜叉丸が問いかけてきた時のことを。 「―――でも、嫌いにはならないと言っていた。死なないとも言っていた。ただ消えてしまったら・・・と。」 そしてかぐや姫のことも思いだした。満月の夜、大切な人たちを残して月に帰らなければならなかった哀しい女性の物語。 「滝は姫じゃないし、今日は満月でもない。俺を残して月には帰らない。」 そして家を飛び出し、滝夜叉丸を探した。 五日間、あちらこちらを飛び回った。心当たりの有るところはもちろん、学園にも尋ねて行った。 消息の判る同級生の元へも訪れたが一向に滝夜叉丸の行方は知れなかった。精も根も尽き果てて、雨に降られ、疲れ切って家に戻ってみても、暗い部屋の中はガランとしている。誰かが立ち寄った形跡もない。 意気消沈したまま部屋の隅に置いてある行李を開けると滝夜叉丸の残していった物が入っている。滝夜叉丸は自分の持ち物は忍道具はもちろん、服一着たりとも持ち出していない。 その中から滝夜叉丸が一番気に入って着ていた服を取り出す。それは二人で暮らし始めた頃に三木ヱ門が滝夜叉丸に買って与えた服だった。高価な服ではなかったけれど、滝夜叉丸はとても喜んでそれを貰ってくれた。藍色の地に蘇芳色の小さな三ツ葉模様が付いていて、決して明るい色ではないが、滝夜叉丸がそれを着ると綺麗に引き締まり、華やいで見えるのが三木ヱ門はとても好きだった。その服に顔を伏せると滝夜叉丸の匂いが残っている。 「俺、捨てられたのかな…。何が悪かったんだろう。前の晩、激しくヤリ過ぎたかな。二回目の時、滝泣いてたし…。」 滝夜叉丸が居なくなる前の晩のことを思い出してみる。 あの夜は滝夜叉丸から言い寄ってきた。情交もいつになく滝夜叉丸の方が積極的だったように思う。始め三木ヱ門は気押されていたが、一旦火が付いてしまったら、力尽きるまで止まらなくなる。 一度目は滝夜叉丸が身体の上に乗り自分で動いていたので、二度目はまだ有り余る力で滅茶苦茶に滝夜叉丸を揺り動かした。 自分の腹の下で白い喉をさらし、綺麗な顔を歪ませ、苦しげに切ない声を出し、それでも自分の腰に強く腕を絡ませてくる最愛の人を目の当たりにして理性を保てるほど、三木ヱ門は分別の付く男ではない。 熱い情欲をぶつけ、もっと声を出させる為に身体を揺り動かし、呼吸を止めるかのように唇を塞ぎ、舌を絡め取り唾液を混ぜ合わせてもまだ満足行かず、更に奧へと突き上げる。 滝夜叉丸の目端に涙が溜まると、それが三木ヱ門の嗜虐心に火を付け、まるで自分が滝夜叉丸を無理矢理に犯しているかのような心持ちになり一層手荒く、自分も滝夜叉丸も壊れてしまえと言わんばかりに乱暴に抜き差しを繰り返した。 やがて熱い液体を滝夜叉丸の体内深くに吐き出してようやく満足し、身体を離した。 滝夜叉丸の身体に埋め込んでいた己をゆっくり引き抜くと、自分の吐き出した白い欲望に混じって、三木ヱ門の無茶な行為を非難するかの如く赤い血が混じっていた。これは絶対怒られると思った三木ヱ門は自分から先に滝夜叉丸に謝ったが、以外にも怒られなかったどころか「お前が付けた傷だ。構うものか。」 熱っぽい瞳で見つめられそう言われた。 こぼれた液体を拭き取る三木ヱ門の手に、滝夜叉丸はそっと口付けて、 「もう拭き取ってしまったのか?もったいないな。」 そう言いながら三木ヱ門の胸からつつっと指を下へと滑らせ、今だ熱を持ち先程まで自分の体の中で暴れていた物を優しく口に含んだ。 滝夜叉丸の長めの舌が、三木ヱ門自身の頭をくるくると撫で回し、傘の部分をなぞるようにゆっくり舌を動かすと、三木ヱ門の息が再び熱くなる。三木ヱ門の方から望みそれを伝えぬ限り、滝夜叉丸自ら口で奉仕してくれることなど今まで無かった。 驚きながら紅い唇から見える堅く張った自分のモノと、たまに苦しげな表情を見せながら一心に顔を動かす滝夜叉丸を見ながら、つい先程達したばかりだというのに、今度は滝夜叉丸の口の中に全てを放出した。 それを全て飲み込み、口の端を手で拭いながら上目遣いに 「もうダメか?三木?」 と尋ねる滝夜叉丸の縋るような視線に煽られて、今度は三木ヱ門が滝夜叉丸を咥えた。 「やっぱり嫌がってなかったよなぁ。誘ってきたのも滝だったしなぁ。」 滝夜叉丸が居なくなる前日の事を膝を抱え思い浮かべていると、雨の音に混じって戸を叩く小さな音が聞こえた。 「もし、もし。こちらは田村様のお住まいでしょうか。」 「!!」 聞き覚えのある声に、はっと我に返り三木ヱ門は裸足で土間に駆け下り戸を開けた。そこには黒髪を雨でしっとりと濡らした色白の人物が立っていた。 「滝夜叉丸!!」 反射的に名を呼び抱き締めると、その人物は慌て手を払いのけようと腕の中で藻掻いた。 「あっ、あのっ、落ち着いて下さい!私は滝夜叉丸様ではありません、離してぇぇ〜!!」 「先程は失礼した。ちょっと訳ありでね…。」 滝夜叉丸によく似た少年に深々と頭を下げて非礼を詫びる。囲炉裏の火で濡れた体を温めながら少年は警戒しながら三木ヱ門を見ていた。勧められた白湯を口に運びながら少年は話し始める。 「あなたが田村様?…私、滝夜叉丸様の弟の鯉丸と申します。」 「おとおとぉ〜!?」 三木ヱ門は眼を丸くして素っ頓狂な声を出した。 居なくなった滝夜叉丸と、その変わりに突然現れた弟と名乗る人物。 滝夜叉丸の射して捕らえるような目つきに比べ、こちらの目は柔らかく包み込むような印象が有るが、一五才頃の滝夜叉丸に見目形、声も似ている。 滝夜叉丸は自分の身の上は何一つ語らなかったし、三木ヱ門も聞こうとはしなかった。それが二人の暗黙の礼儀であったから。 「滝夜叉丸様は今、ご自分のお邸に居られます。田村様が仕事にお出かけになったときに迎えの者がこちらへ伺いました。実は、兄様は平家の血を引かれる方で…」 「へいけぇ〜?」 「滝夜叉丸という名は幼名で、今は清満様と名乗られています。」 「きよみつぅ〜?」 いちいち変な驚き方をしてみせる三木ヱ門に鯉丸は疑いの眼差しを向けて言った。 「あなた、本当に田村様?とても兄様の愛された方だとは思えない。兄様はとても優雅で落ち着いた方のなのに…。」 「ンだとー、俺はなぁ、滝の左耳たぶの後ろにあるほくろも、右太股の内側にある小さな赤いほくろも、両脇腹が弱いことも知っている男だ!お前の知らないこともまだまだあるぞ!♂∞*が★※▼とか、●□が∋☆Йだとか!!」 今ここでたった一つの滝夜叉丸の手掛かりを失う訳には行かない三木ヱ門は、ムキになり言わなくて良いことまで口走った。聞いている鯉丸は顔を赤くして謝った。 「解りました。それ以上はもう良いです…。あの・それで・ですね、お願いが…、こちらに伺った理由なのですが…。」 三木ヱ門の眼がギラリと光り鯉丸を睨み付ける。 止ん事無きお家からの恋愛沙汰の願いと言えば良いことであるはずがない。 キッパリ別れてくれと言われるか、はたまた金で解決されるか。忍の気迫に押される鯉丸だがこちらにも引くに引けない事情がある。一つ深呼吸をして言葉を出した。 「実は、次の満月の夜、つまり明日、兄様は御婚礼を挙げられます。」 「・・・それで。」 「その、婚礼のお相手は今勢力を広げつつあるお城の姫君で、力はありますが家柄がありません。私共は力はありませんが血統があります。平家一門ではありますが兄様の母上は尊い血筋の方で、両家共に欲しいものを見つけたことになります。兄様は御正室の嫡男ですが、私は妾腹の子ですから私では駄目なのです。このお話は確かに喜ばしいことですが今更家柄がどうのと言って何になるでしょう。兄様は邸に戻られて五日になりますが一度も微笑まれません。それに…」 そこまで言って鯉丸は口ごもってしまった。 「どうした?それに、なんだ?」 三木ヱ門が続きを急かすと鯉丸は目を潤ませて言った。 「兄様の婚礼相手の輝姫様は私と、その…文を遣り取りする仲でございまして…。」 「お前が姫君と?やるなぁ、どうやって口説き落とした?」 鯉丸は耳まで真っ赤になる。 「口説き落とすなど・・・、兄様の守り役の山室と言う男がおります。私は身分を隠してこれと同行し、何度かお城へ行った折りに輝姫様とお顔を合わせまして、そして一目惚れというか・・・。何にせよ身分違いの恋です、はなから諦めておりましたところへ、輝姫様の使いの忍が文を持って私の元へ現れました。それで私もすっかり舞い上がってしまって・・・。」 三木ヱ門は滝夜叉丸に恋した頃のことを思い出していた。 成績優秀で学園内でも評判の麗人だが、人を寄せ付けない滝夜叉丸に想いを寄せたときのこと。 何とかして話をしたいと思ったが、人並みの成績でパッとしない自分など相手にされ無いと思っていた。そんなときに初めて滝夜叉丸から声をかけられた。 「火器類だけが得意な田村三木ヱ門というのは貴様か?」 たったそれだけのことだったのに頭も体も熱くなって、一晩眠れなかったのを今でも覚えている。 同情の思いで三木ヱ門が尋ねる。 「それで、俺はどうすれば良いんだ?何をして欲しい?」 「どうすれば良いんでしょう〜!!私としてはあなたに兄様を連れて逃げていただきたい。しかしそんなことをすればお家のためにはなりませんし、兄様が居なくなったところで輝姫様と私は一緒になれる筈もなく、いっそのこと兄様と輝姫様が一緒になった下さった方が、私も輝姫様にお目にかかる機会が増える・・・、私一人が泣けば家も安泰、それで丸く収まるのではと。」 鯉丸はボロボロと泣き出してしまった。 暗がりで見る鯉丸は、まだ自分が触れられなかった頃の滝夜叉丸によく似ている。 「馬鹿者。泣くのは俺とお前と滝と姫君だろうが。それに滝は誰にも渡さん。」 握り拳を作り断言する三木ヱ門を鯉丸は心強く思い見ていた。 「時にお前はどうやってこの場所を知った。滝に聞いたのか?」 「兄様は自分の居る場所だけは手紙で知らせてくれましたが、学園を卒業してからのことは何も話してくれませんでした。実はあなたのことを教えてくれたのは輝姫様の使いの忍の方で・・・。」 なるほど、と言うと三木ヱ門は天井をチラッと見上げ、懐から小銭を二・三枚出してポイッと床に投げた。 小銭はチャリーンと響いて落ちた、その場所に、人とは思えぬ早さで天井裏から現れ降りた人物が瞳を輝かせ小銭を拾っていた。 「やっぱりお前か。その癖、いつか命取りになると言ったはずだぞ。」 「おひさしぶりです。田村先輩だったから油断したんっスよ。いつから気付いていたんっスか。人が悪いなぁ。」 きり丸であった。もう何年も逢っていなかったが悪戯っぽく輝く瞳はそのままに、随分と身体は大きく動きにも隙がない。 「きり丸。お前、俺のために雇い主を裏切るつもりはないか?俺は今、ちょっと金持ちだぞ。」 あくまでもおだやかな表情で尋ねる三木ヱ門だが瞳の奧には剣呑な光がある。それに気付かぬきり丸ではなかった。 「先輩、雇い主を裏切って忍は生きていけない。ご存知ですよねぇ。」 チッチッと舌を鳴らしきり丸は言う。 「ああ、もちろん知っているとも。それを押して頼んでいるんだが。」 三木ヱ門は懐に手を忍ばせ何か握っている様子だ。 歩く重火器と言われる三木ヱ門が懐の中に何を忍ばせているか解ったものじゃない。きり丸は慌てて三木ヱ門に言った。 「それが人にものを頼む態度ですか。話はちゃんと聞いて下さいよ。俺の役目は輝姫様の護衛兼側役、雇い主の殿さんから受けている命令は『輝姫様を守れ。血の一滴はもちろん、涙の一粒たりとも決して流させるな。』解ります?この意味。俺は輝姫様のためなら何やったって良いんですよ。たとえ殿さんを殺したってね。」 にっこり微笑んで答えるきり丸に安心して三木ヱ門は懐から手を抜いた。 「きり丸、お前何か算段があるのか?」 「もちろんっスよ。もう手配は済んでいますよ。」 そうして二人でなにやら話し込み始めた。 この物騒な二人に縋って良かったのか鯉丸は不安になっていた。 斯くして《滝夜叉丸奪回作戦》(命名、三木ヱ門)が始まった。 鯉丸には一つだけ指示が与えられたが、詳しい説明は無かった。後は「俺達を信用しろ。」とだけ念を押された。 鯉丸は三木ヱ門ときり丸と連れだって邸へ戻った。雨はすっかり上がり、替わって大きな月が出ている。忍込むには不向きな、満月の一日前の明るい月夜。 鯉丸はいつも通りに門から中へ、三木ヱ門ときり丸は忍び装束で塀を乗り越え茂みに潜んだ。 そしてもう一つの影が後から続いて入った。影の三人は声を立てずに目線だけで合図をし、邸の天井裏へと潜り込む。 落ちぶれた平家の邸とは言え、装飾は贅を凝らしてあり敷地も広大である。盛期の平家の暮らし振りが如何なるものだったのか、平民出身の三木ヱ門には想像も付かない。何度かこの邸に忍んでいるきり丸に続き滝夜叉丸の部屋へ向かうと、手筈通り鯉丸が滝夜叉丸の部屋の前で待っていた。天井裏の三人は部屋に入るように指示を促す。 「清満様、鯉丸です。入っても宜しいですか?」 「ああ、構わないよ。入っておいで。」 中から聞こえてきた柔らかく静かな滝夜叉丸の声に、三木ヱ門は逸る気を押さえた。 鯉丸は静かに戸を開け部屋の中に入ってスッと座り頭を下げた。それを見て滝夜叉丸は眼だけを細めて微笑むが、表情を作っているだけで笑ってなどいない。 「鯉丸、二人だけの時は挨拶など要らないと言っただろう。それにいつも通り兄様でいいよ。山室は今、居ないのでしょう。」 絹の白い夜着をまとい仄かな灯の下で本を読んでいる滝夜叉丸の姿は、いくつもの死地を越えてきた忍とはとても思えぬ程しなやかで優しい雰囲気を醸し出している。 「はい・・・。あの、兄様、お客様がお見えで、お連れして宜しいですか?」 「こんな夜分に?私は機嫌と体調が優れないので帰っていただくよう取り計らって下さい。」 「しかし、もうここにお見えです。」 鯉丸がスッと天井を指すと天井の一角から影が三つ舞い降りてきた。 その一つの影を見た滝夜叉丸は立ち上がって駆け寄り、瞳にいっぱいの涙を溜めて腕を三木ヱ門の頸へしっかり巻き付けた。 「三木!馬鹿者、私を捜すなと言っただろう。今すぐに出て行け。」 「ああ出て行くさ。でもこの腕がはずれそうにないからな。仕方ないからお前も連れて行く。」 三木ヱ門の胸に顔を埋めたまま泣き出す滝夜叉丸は、駄々をこねる子供のようだ。三木ヱ門はその頭を優しくなでながら頬で柔らかな髪の感触を確かめていた。滝夜叉丸は胸の中に顔を埋めたまま泣きながら首を振る。 「駄目だ。私には大切な役目があるのだ。お前とは行けない。」 「何言ってんだ。その役目は俺よりも大事なのか?大丈夫、手筈は出来ているから、まかせろ。お前は俺とここを出て行く。みんな幸せになれる。」 「私も、鯉丸も?」 「俺も、姫様もだ。」 それを聞いて滝夜叉丸は邸へ来て初めてにっこりと微笑み再び三木ヱ門の胸の中へ顔を埋めた。 「あのー、お取り込み中悪いんっスけど、そろそろ取りかからないと後々の予定が〜…。」 気まずそうに声を掛けるきり丸の横で驚いた声を出す人物が居た。 「へぇー、あの滝夜叉丸君にこんな表情をさせるなんてなぁ。三木ヱ門君も隅に置けないねぇ。」 それは鉢屋三郎だった。学園内での高飛車で無表情な滝夜叉丸しか知らない三郎は珍しそうに二人を見ていた。 「鉢屋先輩、何故こんな所へ・・・。それにお前、きり丸か?」 今気付いたばかりの表情で、不思議そうに尋ねる滝夜叉丸にきり丸はやれやれと溜息を付く。 「俺は何度かここに忍んで鯉丸さんトコに来てたから、あんたのこと知ってたんだけどさ。あんたってば俺の気配すら気付かないんだモンな〜。よっぽど落ち込んでたんだね〜。」 図星を付かれて顔を赤くし、抗議の声を挙げようとした滝夜叉丸を三木ヱ門が押しとどめ、きり丸が滝夜叉丸奪回作戦についての説明を始める。 「時間が無いんで手短に説明しますよ。先ず、鯉丸さんには死んで貰います。」 「そ・・・それは困ります!私はまだ…。」 「黙って聞く。三郎先輩はこれと、これを持って・・・っと。それから―――」 きり丸が説明している間、三郎は滝夜叉丸の肩を抱いている三木ヱ門をニコニコしながら見ている。 顔を合わせれば啀み合っていた学園の問題児二人の今の姿を見てほほえましく思っていた。 「んーじゃ、みんないッスか。始めますよ〜。では鯉丸さん三郎先輩から、どうぞ!」 きり丸のかけ声で鯉丸が戸を蹴飛ばし廊下へ飛び出た。 「曲者ー!!曲者だ!誰か助け…ぎゃぁぁぁっっ…。」 三郎は叫びながら逃げていく鯉丸を追いかけ後ろから袈裟懸けに斬りつけた。 大量の血飛沫が三郎に返り真っ赤に染める。断末魔の鯉丸の声を聞きつけ家の者が出て来るが、三郎は不敵な笑みを浮かべひらりと屋根に飛び乗り姿を消した。 滝夜叉丸は倒れた鯉丸に駆け寄り涙を流しながら叫ぶ。 「ああっ鯉丸!眼を開けてたも、鯉丸〜!」 事切れた鯉丸に態とらしく覆い被さる。襖の影では三木ヱ門ときり丸が「あいつ演技下手過ぎ…」と呟きながら、いつばれることかと冷や汗をかいていた。 泣き崩れる滝夜叉丸に駆けつけてきた女房達が口々に留める。 「なりません清満様、明日は婚礼の儀なれば今血に触れては汚れまする。哀しき事なれど御身清く保ちなされませ。」 滝夜叉丸は涙を拭きながら立ち上がる。その仕草は大変白々しい。 「あい解った。この事は他言無用なれば鯉丸の死は無かったことにせよ。亡骸は裏山の墓地に埋め置け。たれかある。」 「御側。」 と出てきたのは狩衣を着た三木ヱ門ときり丸であった。二人は血塗れの鯉丸の遺体を戸板に乗せ山の中へと消えていった。 自室で書物を読んでいる滝夜叉丸の所へ山室と呼ばれる男が静かに入ってきた。 滝夜叉丸と輝姫の婚礼を取り付けた人物だ。 曲者が入り込み鯉丸を殺して逃げたと聞き、慌てて滝夜叉丸の無事を確認しに来た。 「ご無事で何より。明日の婚礼の義、委細滞り無く手配いたして参りました。若、お家再興のためでございます。お心を確かに持ち、しかとお役目を果たされますよう――」 山室はくどくど滝夜叉丸に言って聞かせるがそれはいつものことで滝夜叉丸は言葉を切った。 「解っておる。私が子を成せば第一子嫡男は我が元へ、第二子は男子姫に関わらずこの邸へ。もう聞き飽きた。第一お前は私をなんだと思っている。私は種馬では無いぞ。」 ムッとした顔で滝夜叉丸は吐いて捨てる。 「お家再興とお血筋のためでござりまする。平家でありながら今なお生きて居られるのは、お母上様の尊きお血筋のお陰にあればこそ。その血を絶やしては成りません。」 「その血が、私と鯉丸を苦しめるのだ!」 怒鳴る滝夜叉丸の瞳を見据えて表情一つ変えず、静かに挨拶をすると山室は部屋を去っていった。 その一部始終を天井裏で見守っていた三木ヱ門は静かに降り立つと、滝夜叉丸の肩を抱いて言い聞かせた。 「滝、明日になればみんな幸せだ。今日の所は我慢、な。」 滝夜叉丸は唇を噛み締めて小さくうなずいた。 裏山の墓地では三郎が鯉丸に滝夜叉丸の変装を施していた。 「こんなモンかな。君は元々滝夜叉丸君によく似ているからね。あまり濃くかぶせる必要はないよ。」 「はぁ…そうですか?これで兄様と入れ替わっても誰も気付きませんね。でも一生このままで過ごすのですか?」 「あははは、まさか。日を経て少しずつ化粧を落として、君の素顔を出して行くんだ。そうすれば君が変装していたなんて誰も気付かないよ。君の素顔を出せるまで僕が影から側に付くから安心して。まぁ、期間は1ヶ月ってトコかな。」 にっこり微笑んで見せて鯉丸を安心させようとする三郎の笑顔は雷蔵の物である。 三郎は鯉丸の不安を紛らわそうと話しかける。 「君と滝夜叉丸君のこと、聞いても良いかい?君たちは兄弟でありながらどうしてそうも扱いが違うの?いくら長男と次男だからって、君に対するあの邸の人たちの態度は冷たすぎやしないか?」 「あぁ、その事なら…。兄様の母上様は高貴な血を引かれる方だと聞いております。一方私の母は下働きの女でした。ただ、大層美しかったとか。それで父上のお目に留まりお手付きになって私が生まれたそうです。父上は婿養子で元々は外の人、あの邸で実権を握っていたのは兄様の母上様でしたから、本来なら私はどこかに養子に遣られるか、寺に預けられる所を、兄様が駄々をこねて弟が欲しいと言ってくださったそうです。ですから邸の人から見れば、私は外の人間の子、兄様は平家の血を持つ大切な方なのです。」 「ふぅん、そうなんだ。血筋ってそんなに大事かね。僕には解らないな。血は沢山舐めたけど、どれも同じ味だったよ。」 「私にも解りません。」 そう言うと二人はクスクスと笑った。 不意な人の気配と草の擦れ合う音に気付いた三郎が身構える。 月明かりの影から出てきたのはきり丸、続いて三木ヱ門と滝夜叉丸であった。滝夜叉丸は白い絹の夜着のままである。白い月に照らされ白い絹が仄かに光を反射する。その幻想的な美しさに一同は思わず目を取られる。 「兄様、よくあの警戒の中を抜けられましたね。」 鯉丸がやや興奮気味に滝夜叉丸に駆け寄る。厳重に警護されている邸から、いとも簡単に抜け出てきた忍の滝夜叉丸に改めて尊敬の眼差しを向けた。 「当たり前だ。私は嘗て忍術学園一の天才と謳われた滝夜叉丸、そんなこと朝飯前だ、なぁ三木。」 「そぉ、そぉ。お前は凄い。」 含みがあるように笑う三木ヱ門に滝夜叉丸は怪訝な顔をする。 鯉丸は元気に笑う滝夜叉丸を見て、心から三木ヱ門を尋ねて行ってよかったと思い直した。 「そんじゃぁ最後の仕上げ、三木ヱ門先輩と鯉丸さん、頑張って下さいね。俺、先に山室のオッサンとこに行ってますんで。」 きり丸は闇の中に溶けていった。 それを見送った三木ヱ門と滝夜叉丸はお互いを軽く抱き寄せ合った。端で見ている三郎は呆れ顔、鯉丸は顔が真っ赤である。 三木ヱ門は滝夜叉丸に夜着を脱いで、自分の来ていた狩衣を着るように言う。 夜着を三木ヱ門に手渡し、三木ヱ門はそれを鯉丸に着るように指示する。 滝夜叉丸の夜着を着た鯉丸は見れば見るほど滝夜叉丸とそっくりだ。 「じゃぁ鯉丸、君は俺と一緒に邸に戻る。そこで一芝居打って山室を騙したら全て終了、君は明日晴れて輝姫様の所へ婿入りする。だから滝とはここでお別れだ。」 三木ヱ門は狩衣から忍び装束へ着替えながら鯉丸に言った。 滝夜叉丸は着替えもそこそこに鯉丸の手を握りしっかりと言い聞かせた。 「鯉丸、お前が今から清満だ。重責をお前に押しつけてしまう私を許しておくれ。今の私はアレが側に居ないと生きていけないのだ、すまない。私の替わりにしっかりと役目を果たすんだよ。先ず第一に輝姫様を幸せにすること。第二に最低子供を二人作る…だ。頑張れ!」 「はい。私は好きでこの路を行こうと思っています。兄様が気に病まれることはありません。兄様もお幸せに!あの…一つお聞きしたい事が、宜しいですか?」 鯉丸は滝夜叉丸を引いて三木ヱ門達から少し離れる。そしてなにやら耳元でこそこそ話しているようだった。その滝夜叉丸の手がわなわなと震え、振り返って三木ヱ門をギラリと睨んだ。 だが、大きく深呼吸をすると、何事もなかったような笑みを作り、鯉丸に最後のさよならを告げた。 三木ヱ門は鯉丸と邸に忍び込み滝夜叉丸の部屋へそっと戻る。そこには滝夜叉丸のために絹の布団が敷かれて有った。 「全く凄いよなー、絹の布団だぜ。あの文机だって見たことない異国の装飾だし。それに何だ、この匂いは?えらく良い香りだな。滝と同じ匂いだ。滝はこんな世界で育ったんだなぁ…。」 鯉丸は苦笑して三木ヱ門に説明する。 「この香りは沈香です。とても高価なもので・・・。実際、邸の財政は火の車ですが、山室は兄様にだけは殿上人としての暮らしを忘れさせませんでした。」 「じゃぁ何故、滝を忍術学園なんかに入学させた。殿上人の暮らしとは程遠いぞ。」 当然の疑問である。殿上人として生きて行くならば、忍びの勉強より歌や楽を覚えた方がよっぽど役に立つだろう。 「なんだかんだ言っても、戦国の世ですから。生き残るための情報操作、暗殺、戦術、身を守るにも裏の世界知るためにも忍術を覚えておいた方がいいと。でもあなたと兄様が出会うなんて。山室も予想しなかったでしょうね。」 「ふーん、そりゃそうだ。」 頷きながら三木ヱ門は布団に入り鯉丸にも手招きで入るように促す。 うっすら頬を赤らめて鯉丸はそれに従う。二人の作戦内容は三木ヱ門がわざわざ忍び込んできたのは、ここにいるのが本物の滝夜叉丸であると周囲に思い込ませるためだ。 「そんじゃ、行きます。あ、肩の力は抜いて。」 「は、はい、よろしくお願いします。」 新婚初夜のような妙な挨拶を交わし、緊張する鯉丸の上に覆い被さる。もちろん本気ではない、夜這いの振りをするだけなのだ。 だが初々しく頬を赤らめ目を堅く閉じる滝夜叉丸と瓜二つの鯉丸を見ていると、理性を保つ自信を失いそうだった。 三木ヱ門は態と顔を見られるために頭巾を取り、灯もつけ、掛け布団は投げ飛ばしやすい位置にずらした。その時、鯉丸のはだけた夜着から白い足と胸元が覗く。三木ヱ門は無意識のうちにその胸元へ口付けた。 「ちょっと、田村様!?」 只ならぬ様子の三木ヱ門に鯉丸が驚きの声を挙げるが三木ヱ門も戸惑っている。自分の身体の下にいる人物は滝夜叉丸ではないと頭の中で理解しているものの、身体と理性が言うことを聞かない。 『やばい!俺、本気になってる。きり丸、早く来いよ〜…』 そう念じながらも手は服の中へ滑り込み、脇腹を優しく撫でながら下へと降りていく。途端に鯉丸の身体が跳ね、色めいた声が漏れる。 「ぁっ…んっ・やめっ…」 『やはり兄弟、感じるトコは同じなんだ…。それどころじゃない!きり丸〜、滝〜!!』 鯉丸は三木ヱ門の手を掴み払いのけようとするが弱いところを攻められて力が入らない。堅く目を閉じ涙を浮かべ頬を赤らめる様は、男の征服欲をかき立てるのに充分であった。 三木ヱ門の手は更に下腹部へと下がる。 山室は輝姫の父からの手紙をきり丸から受け取っているところだった。 「輝姫様は明日の婚礼を殊の外、喜んでおられます。この儀を取り付けて下さった山室殿にお礼の言葉もないと申されておりました。」 表向きはにこやかな会談。当たり障りのない言葉を並べながらきり丸は行動に出る頃合いを見計らっていた。その時、常人には聞こえない小銭の落ちる音を聞きつけたきり丸はハッとして行動に出た。 「山室殿!あちらの方で妖しい気配がっ!」 「なんと?あちらは清満様のお部屋!さてはまた曲者か!?」 立ち上がり二人は三木ヱ門の居る部屋へと走り出す。 きり丸は山室よりも早く部屋へ着きガラリと障子を開け二人の姿を見て驚く。 「ちょっと・・・!あんた本気だろう!?何やってんっすか、もう、早く準備準備、オッサン来ますよ!」 小声で急かしながらきり丸は小太刀を抜いて構える。 三木ヱ門も腕に血糊を付け、苦無を出し身構え、一瞬後ろを振り向き鯉丸にスマンと謝る。 そこへ山室がやってきた。 「清満様はご無事か!?おのれ、下賤の身で若のお体に触れるとは不届き至極、きり丸殿、あやつ打ち取っていただきたい!」 「もちろん承知、こちらにとっても大事な婿殿をこーんな軽薄野郎に渡す訳行きません。」 「んだと?この野郎!」 同時に打ち込む二人の間にキンと高い金属音が響く。 三木ヱ門はきり丸を跳ね飛ばし障子を蹴破り外へ逃げ、それを追うきり丸。 後に残されたのは肩まで肌を出し呆然としている鯉丸とそれを身を挺して守っていた山室の二人。鯉丸は我に返り、山室を騙せただろうかと窺い見る。 「若、ご無事で何より。危うく御身が穢れるところでございましたな。湯浴みの用意を致しますのでしばしお待ちを。」 気付く事無く山室が退室した行ったのを、鯉丸はほーっと深く安堵の溜息を付く。 「はぁ…、うまく行ったみたい。疲れたぁ〜。」 三木ヱ門ときり丸は裏山の墓地まで走り抜けた。 そこには三郎と滝夜叉丸が待っていた。三木ヱ門は滝夜叉丸の手を取って全て終わったよと笑顔で告げ、滝夜叉丸も良かったと微笑み返す。 「巧くいったようですね。俺は三木ヱ門先輩を仕留めたって報告に戻りますんでこれでお別れです。じゃ、皆さん、また機会があれば。」 走り去ろうとするきり丸を三木ヱ門が止めた。 「待て、きり丸。礼は要らないのか?お前が只では帰らんだろう。」 「これは俺の仕事の一環。輝姫様を悲しませないための作戦ですから、三木ヱ門先輩から謝礼を貰う必要はないっすよ。それより三郎先輩の方をよろしく。」 それじゃと、きり丸は意味ありげに言い残し邸へ戻っていった。 それを見送って三木ヱ門は三郎の方を振り返る。 「三郎先輩、お礼ですが今は持ち合わせがあまりないので…。」 と言うと三郎はお金はいらない、ただ自分と一緒に着いて来て欲しいと言う。 「実は、雷蔵に浮気がばれてね〜。言い訳さえ聞いてもらえないんだ。」 「…はぁ…。それ・・で?」 「君たち二人で雷蔵の前でいちゃついて貰って、羨ましがらせてそこに俺が現れるとか、一緒に説得して貰うか、それとも―――」 「浮気しなきゃ良いじゃないですか〜。」 「雷蔵先輩、普段は優しいけど怒ったら凄く怖いからな…。」 「兎に角頼む!一緒に考えてくれ。」 「って言われても、第三者の介入する余地無いみたいですけど・・・。」 「三郎先輩にはこれからしばらくお世話になるし、協力しよう、三木。」 そうして三人は連れだって明るい闇の中を歩いて行った。 「さて、鯉丸の件も片づき、三郎先輩と雷蔵先輩も上手く仲直りできた。」 「うんうん、良かった良かった。ほら…」 三木ヱ門は布団をポンポンと叩き滝夜叉丸においでと手招きする。何しろ二人きりになれた夜は十日ぶりのことで三木ヱ門は心も身体も焦っている。 「しかし片づいてないものが一つある。」 「うん、コレか?」 三木ヱ門は既に大きく形を成している自分の股間を指さす。 「それもあるが…。」 滝夜叉丸がそろりと三木ヱ門の傍らに沿い横になると、すぐにのし掛かられた。 三木ヱ門が口付けをしようと顔を近づけると、喉元にピタリと苦無が当てられた。 「何かお気に召さないことでも…」 「貴様、鯉丸に私の♂∞*が★※▼とか、●□が∋☆Йだと言ったそうじゃないか。」 「ああ・・あの時は必死だったんだ。お前の手掛かりが何一つ無くて…」 「それはまぁいい…。貴様、鯉丸に手を出したんだって!?」 「あ・・あれは、だって、あんまりお前に似てて、そんで、なんか初々しくて…。それに最後まで行ってない!」 初々しいの言葉に滝夜叉丸の眉間に皺が刻まれる。 「そうか。そんなに初々しいのがいいか。だったらその辺でおぼこいのを引っかけてこい!」 「ちょっ…滝、そんなに怒るなよ。俺がお前じゃなきゃ駄目だってよく解ってるだろう。」 三木ヱ門を睨み付けたまま、拗ねた顔で滝夜叉丸は言葉を続ける。 「待っていた。」 「え?」 「探すなと言いながら、やはりお前が来るのを待っていたんだ。邸に居る間、何も手につかず、食事も進まず、生きていく気力さえ無くなっていた。お前が、生きて私を待っていると思うと…。」 瞳からは涙がこぼれ頬を伝い落ちる。 当てられた苦無を自分の喉を食い込ませて三木ヱ門は笑いながら言う。 「だったら簡単だ。お前が居なくなるときは俺を殺して行け。そしたら気にならないだろう。簡単だ。」 「そんなこと、出来るわけ…!」 「だったら俺の前から居なくなるな。解ったか?」 小さく頷いた滝夜叉丸の手から苦無を取り上げ傍らにポイと投げ遣った。 「ともかく・・・・だ。」 滝夜叉丸の襟元を大きく割り手を滑らせ、胸の突起を指で転がし耳元に熱い息を吹きかける。 「置いてけぼりを喰った俺はこれでも怒ってるんだから、朝まで寝ずに説教してやる。言い訳、沢山しろよ。」 滝夜叉丸の言い訳は言葉を成していなかったが、三木ヱ門にはそれで充分だった。 …fin… 2001/03 my設定では三木滝21歳です。 |