文字には、自分の心が表れるという。  
 書き上げた木簡を見て、手本と比べるまでもない出来に、がっくりと肩を落とした。  
「これじゃ、全然ダメだ……」  
 歪んで滲んで、ぼろぼろだ。  
 こんな事ならば、もっと真面目に習字をやっておけばよかったと思う。  
 でも、こんな精神状態では、習字を習っていても同じだったかもしれない。  
 今日の昼、私は仲謀との婚儀の準備をしていた。部屋を移動している時に、豪華な衣装を身に纏った、年配の女性に会った。じっと私を見詰める女性に、目礼して立ち去ろうとした時に、後ろから声をかけられた。その時のことが脳裏を過ぎり、私はぎゅっと唇を噛締めた。  
「おい、花。いるか?」  
 仲謀の声だ。  
 こんな夜遅くに、珍しい。私は慌てて返事をして立ち上がった。  
 扉を開けると、仲謀は少しだけほっとしたような表情を浮かべる。  
 少し疲れている様子だ。  
 一ヵ月後に、私達は結婚する。お互いその準備に忙しく、最近はゆっくり話をする事も出来ない。  
「こんな時間に悪ぃ。なんか、昼間お前の様子がおかしかったと、尚香から聞いてな」  
「心配して来てくれたの? ありがとう。大丈夫だよ」  
「無理するなよな」  
 仲謀の言葉が嬉しくて、思わず笑ってしまった。と、仲謀は眩しそうに目を細めて、すぐに顔を背けてしまう。  
「じゃ、じゃあな。とりあえず、顔を見に来ただけだからな」  
「もう帰っちゃうの?」  
 とっさに仲謀の袖口を掴んで、引き止めてしまう。慌てて謝ったけれど、私の手は正直すぎて、握り締めたまま放せない。  
「やっぱり、何かあったのか?」  
「何もないよ」  
 俯いて視線をそらしたまま、私は仲謀の肩に額を乗せる。これじゃ、行かないで欲しいと言っているようなものだ。  
「仲謀、せっかく来てくれたんだし、少しだけでもお話しよう?」  
「あのな、いつも言っているだろうが。こんな時間に、だな……」  
 呆れ果てたような仲謀の声に、私は声を重ねた。  
「ちょっとしんどくて、だから落ち着いて話したいの」  
 私が願うと、仲謀は諦めたように溜息をついた。  
 
 干した杏を入れた碗に白湯を入れて、仲謀の前に置き、向かい合う形で椅子に腰掛ける。  
「それで、何があったんだ?」  
 仲謀は、ぐいと一息に飲んですぐに話を切り出した。  
 早くこの部屋を出たいという意思表示なのだと思うと、とても切ない。私は自分の碗を揺らして、杏がくるくると回る様子を眺める。  
「何もないよ」  
「あのな、俺様の目は節穴じゃねえぞ。お前の様子が変な事くらい、分かるんだよ」  
 仲謀は私のことを真剣に心配してくれている。本当は、仲謀と少し話をして、元気を分けてもらうだけのつもりだったのに、全部話してしまいたくなる。  
 仲謀の反応が怖くて、私は迷った。仲謀は、静かに私を見詰めて先を促す。  
「……仲謀には、これまでも結婚話が幾つか上がっているよね」   
「ああ」  
 仲謀は、素直に頷いた。  
 ここ揚州は南方の穏やかな気候と、船による交易で栄えている。そんな揚州をまとめる仲謀には、私と結婚が決まる前から、相当な縁談が持ち込まれたらしい。しかも、私との結婚が決まってからの方が、妾でもいいからとかえって増えたくらいだという。  
 仲謀は、根気強く周囲を説得してくれた。  
 今ではその手の申し込みも、かなり減ってきていた。それでもやはり、諦めきれない人間も多い。  
 昼間に会った年配の女性は、恐らく縁談相手の母親か、それに準じる人なのだろう。普通は女性が表立って動くことはないから、よほど腹に据えかねて、直談判に来たのかもしれない。  
『貴女のような娘が、仲謀様に何をして差し上げられるというのです』  
 蔑むような瞳で言われて、胸を刺し貫かれたような気持ちになったのを思い出す。  
「多分、仲謀に縁談を持ってきた人に会ったの」  
 仲謀は、苦々しい顔をした。私は慌てて両手を上げて、仲謀を制する。  
「違うの。酷い事を言われたんじゃないよ。……ただ、その人の言葉で、私には身分も財力も何もなくて、孫家のために頑張っている仲謀を、助けることが出来ないってことを思い出しただけ」  
「俺は、そんなもんお前に求めてねえよ」  
「うん。でも、あった方が便利でしょう?」  
 仲謀が、ふいと横を向いた。  
「ふん。見返りを要求されるだけだ」  
 私は、自分の碗を手にとって一口飲んだ。自然と溜息が零れてしまう。  
「文字も読めない」  
「今勉強しているじゃねえか。いずれ読めるようになるだろ」  
「詩も作れない」  
「でも、俺と一緒に舞えるだろ」  
「うん」  
 私は膝に落とした手を、ぎゅっと握り締めた。  
「でもね、私だって仲謀に何かしたいのに、自分には何もないんだと思うと、とても苦しかった」  
「大丈夫だ。いつか、お前なら必ず出来る。なんたって、俺様と玄徳と同盟を結ばせたのは、お前の力なんだからな。あの時、お前は本とやらを持っていなかっただろ。間違いなく、お前にはそういう力があんだよ。この俺様が選んだんだから、自信を持ちやがれ」  
 仲謀の言葉は乱暴だけれど、いつも心が温かくなる。  
 
「大体だな、いきなり全部出来るわけねえだろ。俺様だって、まだまだ何もかも足りねえんだからな。俺を置いて、一人で行くつもりかよ」  
 そう慰められて、私は涙がこぼれそうになる。仲謀の方が、ずっと先を行っているくせに。  
「うん、そうだね」  
 だから、もっともっと頑張りたい。仲謀に気持ちを返したい。  
 ああ、そうだ。私が悲しかったのは、仲謀に何も上げられないからじゃない。仲謀から貰ったものの半分も、返せていないからだ。  
「私は仲謀をもっと喜ばせたくて、幸せにしたいのに、その半分も出来ないのが苦しいの」  
 仲謀が、何故か怒ったような顔を見せた。  
「俺は、十分幸せなんだよ! 俺の方こそ、幸せにしてやるって言ったのにお前にそんな顔をさせて、全然守れてねえよ」  
「そんなこと無い。仲謀は私を守ってくれているよ。私は十分すぎるほど幸せなんだよ。気持ちだって、溢れるほど貰っているよ」  
「俺は、お前から一番欲しいものを貰ってる。お前は、孫家の当主である俺じゃなくて、個人としての俺を見ているだろ」  
「皆、仲謀を見ていると思うよ?」  
「そうじゃなくて、だな……。例えば、お前は俺に何をして欲しい? 揚州をまとめる、この俺に」  
 がりがりと頭を掻き毟った仲謀が、小さく溜息をついて真顔で尋ねる。  
 でも、本当に言ってもいいのだろうか。仲謀にして欲しいこと。そんなの、数え切れないほどある。  
「言ってもいいの? 呆れるほどあるよ」  
「いいから言えよ」  
 仲謀の言葉はぶっきら棒なのに、とても穏やかだ。甘やかされていると思う。  
 何度も逡巡したけれど、意を決して口を開く。  
「あのね、忙しいの分かっているけれど、本当はこうやって毎日一緒にお茶を飲んだりお話をしたい。ずっと一緒にいたい」  
 仲謀が、大きく目を見開く。  
 我儘だと思う。大変だって分かっているのに、それでもどんなに時間が短くてもいいから、毎日顔を見て、話をしたいとずっと思っていた。  
 少し涙が滲んでいる。泣くつもりはないのに、どうしよう。  
「今日、夜遅かったけれど来てくれて凄く嬉しかった。部屋に招いたのだって、もっと話をしたかったからだし、仲謀は優しいから、しんどいって言えば絶対座ってくれると思って、嘘をついたの」  
「お前……な……」  
 仲謀の声が震えている。怒っているのだろうか。怖くなって、私は視線を落として俯いてしまう。  
「私は、ずるいんだよ。仲謀から沢山貰っているのに、もっと欲しくなる」  
 仲謀に何も返せないと思っているのに、どんどんと欲深くなってしまう。  
「そういうことは、もっと早く言えよ。俺様だって、お前に会いたいんだからな」  
 そっと視線を上げると、仲謀は顔を真っ赤にさせて顔を横向けている。怒っていないことに、心底ほっとした。  
「うん。ありがとう」  
「……だから、お前は可愛いんだよ。お前が望むなら、俺は幾らだって贅沢させてやれるんだ。なのに、お前はそういうことを望んだりしねえ」  
「それは、そういうのを考えた事がないからだと思う」  
「違えよ。身分が高かろうが低かろうが、貪欲な奴は貪欲だ。欲望には、際限がねえ」  
 そういうものなのだろうか。  
「お前がそうだから、俺は……何でもしてやりたくなるんだ」  
 仲謀が言うと、本当に何でもしてもらえそうな気がする。  
「あ、仲謀にして欲しいって言うか、したいことがあった」  
 
「何だよ」  
「あのね、そこに座ってて」  
 私は、席を立って仲謀の横に立つ。  
 私の方が年齢は上だけれど、仲謀の方がずっと背も高い。だから、並ぶといつも見下ろされていた。けれど仲謀が座っている状態なら、私の方が見下ろす立場になる。  
 お酒をかけてしまった時に、少しだけ触れた柔らかな手触りに、ずっと仲謀の髪を撫でてみたいと思っていたのだ。  
「ちょっとだけ、ね」  
 仲謀の頭をぎゅっと抱き締める。  
「お、おいっ!」  
「ずっと、こうしてみたかったの」  
 仲謀の身体は大きくて、私の両腕では包み込めない。でも、頭なら大丈夫。  
「お前は、馬鹿か!」  
「うーん。馬鹿かも」  
 いつも仲謀に守られているけれど、私だって守りたいと思っていた。こうやって胸に抱きこむと、自分の体で包み込んで、少しだけでも守れているような錯覚を得られる。仲謀の形のいい頭を撫で、指に絡む柔らかい髪の感触を楽しんだ。  
「いいから、放せ!」  
「いや」  
 仲謀が暴れるから、私はなお深く抱き寄せる。  
「このままじゃ、ヤバいって言ってるんだ!」  
 くぐもった声に切羽詰った響きがあって、私は小首を傾げる。  
「どういうこと?」  
「だ、だから、それは……」  
 見下ろした仲謀の顔は、耳まで真っ赤だ。  
 思わず吹き出すと、仲謀がむっと唇を尖らせた。がっしりと私の腕を握り締め、強く力を込める。痛みに私が顔を歪めるのも構わず、仲謀は低い声で命じた。  
「抱きたくなるから、手を放せ」  
 直球で言われて、やっと分かった。よく考えれば、私は仲謀の頭を胸に押し当てていた。自分から誘っているようなものだ。仲謀を放せばいいのに、硬直してしまって動けない。  
 私を見上げる仲謀の目が、欲情に妖しく光っている。  
 びくりと体が震えた。  
 けれど何故だろう。怖いという気持ちは確かにあるのに、身体の奥が激しく疼く。求められていることが分かって、ぞくぞくする。  
 今仲謀を手放して、布越しに感じる仲謀の体温がなくなる方が嫌だ。  
「私、仲謀が好きだよ」  
「だから……!」  
 苛立ちも露な声に、私は仲謀を更に抱き締めた。  
「好き、なんだよ」  
 これ以上は、言えなかった。恥ずかしくて、死にそうだ。  
 仲謀の声が弱まった。  
「……おい、それって……その、本当にいいの、かよ」  
 仲謀の手が、おずおずと私の腰に回された。私は、少し身を屈めるようにして仲謀の額に頬を寄せ、小さく頷く。  
「絶対に、止めてやれねえぞ」  
「うん」  
 私を支える仲謀の手が、震えている。  
「もしかして、仲謀も緊張しているの?」  
「……当たり前だろ」  
 ぶすっとした声に、思わず小さく吹き出してしまった。  
「おい、あのな……」  
「ううん。私と一緒だね」  
 少しだけ、安心した。  
「うるせえ」  
 小さく呟いて、仲謀は緊張に強張る私を引き寄せた。  
 
 私達は、寝台の中央で、互いの衣を脱がせあった。仲謀の服は、私にはどうやって脱がせるのか分からないものも多かったけれど、仲謀は辛抱強く待ってくれた。  
 ただ、下穿きに手をかけるのは恥ずかしくて、そのままになった。  
 まだ成長途中の仲謀の身体は、ほっそりとして筋肉も薄いが、やはり男の人だった。自分とは違う体が、それだけでとても綺麗だと思う。私は、直視できずに俯いてしまった。自分の膝を見下ろしていると、仲謀が肩を引き寄せて抱き締めてくる。  
 痛いほどの力に、自分が求められていると感じる。仲謀の熱い吐息が耳元に掛かって、怖いくらいなのに喜びの方が勝ってしまう。仲謀の胸に手を当てると、心臓が壊れそうなほど強く脈打っている。それとも、これは私の心臓の音だろうか。  
「仲謀……」  
 名前を呼ぶと、抱き締めてくる腕の力が抜ける。見詰めあい、どちらからともなく唇を重ねた。  
 仲謀は、何度も何度も、啄ばむように軽く触れる。痺れるような感覚に、縋り付く手に力を込める。  
「好き……」  
 唇が離れて私が思わず呟くと、仲謀の手が止まった。  
「ん、んん!」  
 仲謀が、突然強く顎を掴んだかと思うと、舌を差し入れ深く私を探る。性急に求められて、私は思わず逃げ腰になる。そんな私を引き止めるように、仲謀は私の腰に腕を回す。  
 舌が絡まる水音が、酷く卑猥だった。  
 身体の奥に、熱が溜まっていく。初めての感覚に、私は仲謀に縋り付く手に力を込めた。  
 ふっと、仲謀が顔を上げる。見上げた仲謀の瞳には、紛れもない情欲が垣間見え、壮絶な色気を滲ませていた。  
 ゆっくりと寝台へ横たえられ、恥ずかしくて身体を隠そうとすると、仲謀に両手首を掴まれ、寝台に押し付けられる。  
 痛みよりも、強引なそれに驚いて目を見開くと、仲謀は慌てて手を退けた。  
「すまねぇ。なんか、焦った」  
「私は、逃げたりしないよ」  
「あれだけ俺から逃げたくせに」  
「ち、違うよ。逃げたわけじゃなくて、皆の事が心配だっただけで」  
 仲謀と玄徳軍のどちらも大切で、仲謀のことだけを考えられなかった。だから、仲謀の所へ行けなかった。結果としてはそれでよかったけれど、全て受け止め待ってくれた仲謀には、感謝してもしきれない。  
「ふん。もう絶対離さねえから、覚悟しろよ」  
 唇が軽く重ねられて、どこかくすぐったい。  
「うん。離さないで」  
 願うと、仲謀が優しく抱き締めてくる。やっぱり、好きだ。仲謀が好き。  
 仲謀の首に腕を絡めて、顔を寄せる。  
 ふわりと暖かな手が私の胸を包み、優しく柔らかく揉み解していく。時折、握るように力を込められても、仲謀の思いの強さのように感じられて、心地良いとさえ思った。  
 仲謀がどこに触れても、身体が熱く火照ってくる。私を確かめる手が、胸から腰、太腿の外側を撫でおろす。円を描きながら彷徨う手が、少しずつ身体の中心へ近付いて、ようやくその意図に気づいた。  
 
「ん……っ」  
 びくりと勝手に身体が跳ねる。  
 仲謀の指が、羽根で触れるように柔らかく、私の秘められた場所を探る。  
「……っ、はぅ……っ」  
 仲謀の指が私を暴く。何が起ころうとしているのか、わからない。  
「……お前、優しく触る方がいいのな」  
 くすりと笑う仲謀に、今までの自分を全て見られていたのだと気づいて、恥ずかしさに顔から火が出る。  
「や……っ、見ないで……」  
「見ないと、分からねえだろ」  
 呆れたような声で、けれどその手つきだけはどこまでも穏やかだった。  
「んっ!」  
 何か、身体の奥からとろりとしたものが溢れてくる。小さな水音が、下肢から聞こえてきて、消え入りたくなった。  
「……わりぃ……」  
 小さく呟くと、仲謀が私の足を割り開き、そこへ顔を寄せる。  
「え……何、仲謀?」  
「ん……っ」  
 一瞬、何が起こったのか分からなかった。ぬるりとした感触に、ようやくそこを舐められているのだと理解する。  
「嫌ッ! 仲謀、やだぁああ!」  
 行為の恥ずかしさに、私は身を捩って抵抗した。けれど、仲謀はしっかりと両足を抱え込み、逃そうとしない。最も鋭敏な場所を、何度も吸われて舐められて、その度に身体を電気のようなものが走って、悲鳴を上げてしまう。  
「ん、ぁああっ! や、だぁあ、あ、っ……!」  
 入り口を撫でていた指が、つぷりと中へ入り込む。  
「や、うそ、あ……っ」  
 あっけなく飲み込んでしまった指が、緩やかに中を探っていく。  
「すげえ締め付け……。痛くねえか?」  
「大丈夫、だけど、変な感じ」  
 素直に答えると、仲謀が苦笑を浮かべる。  
 暫く中を探られほぐれてくると、仲謀は更に一本増やしてきた。途端、身体を引き裂くような痛みを感じる。  
「きついな。……出来るだけ、力は抜けよ」  
「そんなの、出来な……っ」  
 仲謀は無茶を言う。頑張って力を抜こうと思うが、勝手に身体はそこを締め付けて、仲謀を拒もうとする。  
「俺を、受け入れろよ」  
 敏感な花芽をちろりと舐めながら、仲謀が命令する。けれど、その指の動きはとても静かで穏やかだ。仲謀は、私の意志を無視したりしない。  
 深呼吸をして、力を抜こうと努力した。息を吐くたび、仲謀の指を受け入れている場所から、水音が高く響いてくる。仲謀を受け入れるための準備が、少しずつ整っていく。  
 
「……そろそろ、いい、か?」  
 身体を起して、仲謀が尋ねた。下穿きを脱ぎ、大きく熱いものを下肢に押し当てられた。頷くと、ぐっと圧迫感が増して、私は息を飲んだ。  
「いっ……っ!」  
 声が出ない。  
 あんなに卑猥な水音がしていたのに、身体が軋む音が聞こえてきそうだった。  
「花……っ、動く、な」  
 仲謀に掠れた声で言われて、私は初めて自分が逃げようとしていた事に気づく。  
 見上げると、どこか苦しげに顔を歪めた仲謀が目に映る。  
「……やっぱり、痛いのか」  
 途切れ途切れに、押し殺すような声で言われた。  
 まだ全てを受け入れていないはずなのに、引き裂かれるような痛みに声も出ない。浅い呼吸しか出来ない私の額を、仲謀が優しく撫でる。大きな手が、暖かい。仲謀も苦しそうなのに、私を案じてくれる。私がもう嫌だと拒絶すれば、やめてしまいそうだ。  
「痛い、けど……途中でやめる方が、嫌……っ。ちゃんと、最後まで、して……っ」   
「お前……っ」  
 仲謀が、苦痛を堪えるように眉を寄せる。圧迫感が高まって、私も小さく喘いだ。  
「この、馬鹿っ! 俺を殺す気かっ……」  
「え? っ、ふぅ、ん……っ、んぅ!」  
 強引に唇を重ねられて、舌を吸い上げられた。激しすぎるキスに、眩暈がする。舌を絡めあう水音に煽られて、身体が熱くなる。強張っていた体から、少しだけ力が抜けた。  
 その途端、仲謀が腰を進める。  
 ズッ、と音がして、奥へと入り込んでくる。  
「ぁ……っぁあ! ぅんんっ!」  
 思わず仰け反り唇が離れる。それを仲謀が追いかけて、再び舌を絡ませる。  
 身体の中を、男の凶器で無理矢理広げられる。男を受け入れたことがない場所は、引き裂かれる痛みに血を流しているはずだ。それなのにどうしてだろう。とても気持ちがいい。  
「花……っ。ん、…花っ」  
「仲、謀……っ」  
 キスの合間に、仲謀が私を呼ぶ。額や鼻先、頬や目元に唇が落ちた。  
 奥深くを穿たれるたびに、涙が零れ落ちる。仲謀が、優しく私の頬を撫でる。唇を噛締めて、仲謀が苦しげに囁く。  
「わりぃ、も……止められねぇ……」  
 多分、仲謀は、私が痛くて泣いていると思っているのだ。いつも、偉そうにしているのに、どこまでも優しい。  
「痛い……けど、痛くない。だから、止めないで……もっと、して……」  
 仲謀の首筋に顔を埋める。仲謀の汗の匂いが欲情した男の人のもので、自分が女だと言う事を突きつけられ、女の悦びに目が眩む。  
「好き……。仲謀、大好き……っ」  
「お前、っ…ぅあ……っ!」  
 突然、仲謀の動きが止まった。身体の奥で仲謀のものが痙攣して、その度に熱いものがじわりと広がっていく。  
 全てが吐き出されると、仲謀が私の上に突っ伏した。私の肩口に顔を埋めて、荒い息を繰り返している。  
「……お前、何、不意打ちしやがるんだよ……」  
 どこか不満そうな、悔しそうな声で、仲謀が呟く。  
「ご、ごめん」  
「別に、謝る必要はねえよ。俺が、不甲斐ないだけだ」  
「何で?」  
「……何でもねえ」  
 よく分からなかった。小首を傾げる私を、仲謀が優しく抱き締めてくる。  
 
「大丈夫か? 痛かった……よな」  
「痛かったけれど……でも、それ以上に幸せだったよ。気持ちよかった」  
「お前……なあぁあ! どうしてそういうことを言うんだよ!」  
「な、何? 私、悪い事言ったの? 本当の事だよ。痛いのに気持ちいいって、変かもしれないけれど、仲謀が凄く私を気遣ってくれたのが分かって、嬉しかったの。仲謀の方こそ、辛そうだったよ」  
「そ、それは、だな……」  
 口をもごもごと動かして、言いにくそうにしているので、話題を変えることにした。照れるけれど、本当の気持ちを伝えようと思って、私は仲謀の耳元でそっと告白する。  
「私は、仲謀をもっと好きになったよ」  
 びくりと仲謀の身体が跳ねて、次にがっくりと肩を落とす。  
「……お前、俺を煽っているよな?」  
「煽るって、何を?」  
 仲謀の声が、低く怒っている様子なのが不思議だった。  
「とにかく! 俺はお前に無茶させたくねえんだよ。これ以上可愛い事言うな!」  
「事実しか言ってないよ」  
「くそ……っ。それが可愛いんだよ! いいから、暫く何も言うな!」  
「わ、分かったよ」  
 仲謀が、私の身体を抱き締めている。でも、自分で支えてくれているから、私は仲謀の身体の重みを、殆ど感じない。それが寂しくて、私は黙って仲謀の首と背中に腕を回し、引き寄せた。  
「ば、馬鹿! やめっ……っ、動くな!」  
 さっきから怒られてばかりだ。  
 訳が分からない私に焦れたのか、仲謀が身体を引こうとするのが切なくて、とっさに太腿で仲謀の腰を挟む。  
 すると、仲謀が低く呻いた。熱い吐息が耳元にかかる。  
「え、ええ?」  
 下腹部に、何か固いものが当たっている。  
「だから、動くなっつっただろ……」  
 情けなさそうな声に、それが何かようやく気づいた。  
「で、でも、さっき終わったよね?」  
「うるせえ」  
「する、の?」  
 先ほどの痛みを思い出してしまって、声が震えてしまう。  
「しねえよ。ほっといたらおさまるし」  
 むすっとした声に、仲謀を傷つけてしまったのだと思った。それに、仲謀にばかり耐えて貰っている気がする。さっきも、凄く気を使ってくれていた。それなら。  
「あの、別にいいよ」  
「は?」  
 ぽかんと口を開けて、仲謀が顔を上げて私を見下ろす。まじまじと見られると、凄く恥ずかしいのだけれど。仲謀の頬に手を伸ばし、男の人の柔らかな唇に指を添えた。  
「だって、辛いんでしょ? 私は大丈夫だから……しよ?」  
 言ってから、気づいた。これは、私から誘っているってことになるんだ。仲謀は嫌がるかな。もしも嫌われたら、どうしよう。  
 思わず後悔してしまった私の頬に、仲謀の大きな手が添えられ、顔を上げさせられる。深く唇が合わさり、舌を絡め取られる濃厚な口付けに、私はうっとりと目を閉じた。  
 呼吸が出来ないほど激しい口付けが終わり、ゆっくりと目を開けると、端正な仲謀の顔が間近に迫っていた。欲情に目元を赤く染まっており、仲謀の熱が私に移り、心臓が跳ねた気がした。  
「……私から誘っても、嫌いにならない?」  
「なるわけねえだろ」  
 
 仲謀の指が、私の足に触れる。どこか痺れたようになっているそこに指を差し入れて、中の様子を探る。開かれたばかりのそこは、仲謀の指を容易く飲み込み、奥へと誘い込んでいる。  
「……なあ、入れてもいいか?」  
 仲謀の精と私の蜜が混じったものが、私の中からとろりと溢れ出す。仲謀を求めて、泣いているようだ。  
「んっ、お願い……入れて」  
 言い終わるのとほぼ同時に、圧倒的な存在感で、仲謀が入ってくる。  
 痛みは確かにあるのに、何でこんなに幸せなんだろう。  
「んっ……っ、は、ぁあ……っぁ」  
 仲謀の首に腕を絡めて、唇を求めた。慰めるような優しい口付けに、泣きたくなる。  
 吐き出された精が、潤滑液となったため、先程よりも仲謀を受け入れるのは辛くなかった。奥深くまで仲謀を受け入れて、これ以上ないほどぴったりと身体が重なった。  
「はっ……あったけぇ……」  
 唇が触れ合う距離でしみじみと言われて、何だかとても恥ずかしくなる。  
「……動いても、大丈夫か?」  
「うん」  
 音を立てて、引き抜かれる。中を擦られる痛みとは別に、身体の奥から熱が生まれる。溶けていく。  
 二度目だからだろうか、拒絶するようだったそこは余分な力が抜けて、今は仲謀をしっかりと包み込んでいる。身体の中にある楔の形が、先程よりも感じられた。  
 仲謀の吐息が肌に落ちて、まるで愛撫されているようだ。  
「ん……っ、ぁああっ、仲謀っ」  
「は、…すげ……気持ちいい…っ」  
 仲謀の掠れた声に、どくりと心臓が跳ねる。まだヒリヒリとした痛みがあるのに、身体が蕩けていく。  
 私は、さっきよりも何も分からなくなっているのに、逆に仲謀は少し落ち着いているようだ。私の中を楽しんでいるように、じっくりと腰を動かしている。  
「ぁあっ、……っ、は、んぁっ!」  
 鼻にかかった声は、自分のものとは思えないほど淫らな響きがする。恥ずかしくて、唇を噛んで堪えようと思うのに、揺さぶられてしまうと、最早声など抑えられなかった。  
「……なんだ、気持ち、いいのか?」  
 仲謀が、小さく笑って私に囁く。そんな言葉にさえ、私は煽られてしまう。  
「うん、いいよ。……気持ちいい」  
「この……っ! 優しく出来ねえだろ……っ」  
 十分優しいのに、どうしてこんなことを言うんだろう。これ以上私を甘やかして、どうするんだろう。  
「仲謀……の……好きにしていいよ、大丈夫だから……っ」  
 痛みさえ、心地いい。仲謀に触れられると、それだけでおかしくなってしまう。胸を潰すように握られても、肌を強く吸われても、電流が走るように全身が甘く痺れる。  
「花……っ」  
 唇を合わせて、舌を吸われる。足を抱えられ、更に深く結合する。身体の奥を何度も突かれ、その度に目の奥に火花が散った。卑猥な水音が高く響く。仲謀に身を任せると、もっと気持ちいい。繋がった所から溶けて、身体がなくなってしまいそうだ。  
「お前、あんまり可愛い事、言うなよ……」  
「ん、……っぁあっ、は、だって、気持ち、いいもん……っ」  
 痛みはもう、殆どなかった。あったのかもしれないけれど、そんな事よりも幸せで、気持ちが良くて仕方がなかった。  
「仲謀……っ!」  
「っつ……っ、ぅ……っ」  
 奥深くで、仲謀が弾ける。中に放たれて、満たされる悦びに、私は気を失ってしまった。  
 
 

→別展開 
 
 暖かな温もりに包まれている。とても幸せな気持ちで目を開けると、仲謀の顔がすぐ前にあった。  
 驚いて、思わず声を上げそうになってから、昨日のことを思い出す。  
 夢じゃなかったんだ。  
 仲謀に抱かれたという事実は、何故か不思議な感じがして、私は仲謀の金色の髪をそっと撫でる。柔らかくて、気持ちいい。よく見ると、仲謀の睫毛も金色だ。当たり前なんだけれど、忘れていた。  
 部屋は明るくて、整っている仲謀の顔がよく見える。  
 ということは、今は何時ごろなんだろうか。今日の仲謀の予定を知らない。仲謀はよく眠っているようだし、起すに忍びない。先に起きて確認しようと寝台から抜け出そうとすると、突然腰に腕が伸びて、後ろから抱き締められる形で寝台に逆戻りしてしまった。  
「仲謀? 起きてたの?」  
「ああ」  
「じゃあ、早く起きようよ。今日も仕事があるでしょう?」  
「行きたくねえ」  
 孫家の当主として、自尊心も高く責任感のある仲謀が、そんな事を言うなんてどうしたんだろう。  
「もしかして身体の調子が悪いの? 昨日無理した?」  
 実際、自分の体は結構あちこちが痛い。仲謀も私を庇っていたようだから、大丈夫だろうか。振り返って顔を見たいのだけれど、がっちりと腰を掴まれているので、身動きも取れない。下手に暴れると、余計仲謀に負担がかかりそうで、とりあえずおとなしくしている。  
 ふと、肩口に柔らかな感触が落ちる。ちゅっと軽い音がして、肩甲骨や首筋に、唇が落ちたのが分かる。  
「な、何?」  
「夢じゃない事を、確かめさせろ」  
「え? ちょっ……待っ」  
「うるせえ。こんな都合がいいこと、絶対夢に決まっている」  
 どこか切羽詰っている声に、私は混乱してしまう。まだ裸の身体を探られて、胸の膨らみを包み込まれて悲鳴を上げてしまう。  
「やっ、……っ、仲謀! 朝、朝だよ! やめて……っ!」  
「嫌だ」  
 胸をやわやわと揉みこまれて、私はどうしたらいいか分からない。昨夜の情熱の残り火は、簡単に燃え上がってしまう。  
「仲謀! 朝からだめ……っ!」  
「……夜ならいいのかよ」  
「いいよ、いくらでもいいから……っ」  
「本当だな? 約束したからな。俺様は、絶対忘れないぞ」  
「忘れないっ、あ……っ、だから、放して……っ!」  
 唐突に解放されて、私は大きく肩で息をする。  
 朝から心臓に悪いと思う。  
 と、後ろを振り返ると、仲謀は早速寝台から出て、速攻で着替えている。仕事をやる気になったのだろうからいいのだろうが、何か腑に落ちない。  
 服を着終えると、仲謀がこちらにやってきた。  
 私は、まだ裸のままだ。服を着た仲謀が間近に迫っていると、恥ずかしくて死にそうになる。  
「花、逃げるなよ」  
「う、うん」  
 低い声で命じられ、とっさに頷いたけれど、どういう意味だろうか。そもそも、どうして逃げるとか逃げないとか、そんな話になったんだろう。  
 先程の会話を反芻して、私はやっと気づく。  
 もしかして、今日の夜また部屋に来るのだろうか。しかもこの様子だと、ただお話したりお菓子を食べたりするだけでは、終わらなさそうだ。いや、終わらない。終わるわけがない。  
「ちょっと、待って。まさか……」  
「約束したからな」  
 一瞬だけ、唇が重なる。  
 鼻先に漂った仲謀の男の匂いに、眩暈がした。  
 ひたと見据えられて、続けるべき言葉を失う。  
 真っ赤になって、私は小さく頷いた。  
 
 
 それに、夢じゃない事を確かめたいのは、私も同じだから。  
 
 

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