銃弾がメン・トプスルを貫通した。索具に若干の損害が出ている。
メン・トガンスルのバックステイがはじけるような音を立てて切れ、何人かの水兵が組み継ぎをしに飛んでいった。敵が狙撃を繰り返しているが、海上ゆえの動揺でさほど当らない。
だが…勝敗を決するのは白兵戦だ。
古来、海戦の実態は白兵戦であった。
ポエニ戦役ではローマ市民軍が海洋国家カルタゴの海軍を撃破したが、その際の決め手は、
いかに接舷白兵戦を有利に展開するか、であった。
後に火砲が登場し、そして艦船にもそれを搭載するようになった。
だがそれは、あくまでも接舷攻撃の前段階として、いかに敵兵力を漸減するかの手段であった。
さらに後になると火砲が強力になり、より遠距離で敵を撃破できるようになる。接舷攻撃の機会は失われ、
海兵隊は拙作「北の鷹匠たちの死」の如く強襲揚陸作戦へと特化していくことになる。そして現代、
従来型の火砲すら廃れ、今や対艦攻撃の主役はミサイルとなった…だが、これはあまり関係が無い。
この時代、大型の火砲が登場しているのか、あるいはそれを代替しうるもの、例えば長いリーチを持つ魔法などがあるのか、筆者は知らない。だが双方に遠戦火力の使用への束縛があることは原作より明らかであろう。
「全員を招集してくれ、ミスタ・スティル。戦闘準備」
「ボーンディング・ネット展張は間に合いません!」
「警報。警報。接舷攻撃に備えよ」
「海兵隊は配置につけ。敵が乗り移ってくるぞ」
「くそ、減速せんぞ。ラム戦をやる気だ!」
「接舷攻撃用意! 斬り込み隊は配置につけ」
「左舵1点。ファースト・ジブを張れ」そして怒鳴った。「大舵をとるな、莫迦もん!」
「左舵1点」操舵手は舵輪をわずかに回し、固定した。
「さらに左舵少々――よーそろ」
後方からの追い波に乗って、浮き沈みと縦揺れを繰り返しながら、良好な航走性を持った海賊船は彼我の距離をどんどん縮めていく。
敵船は脆い船腹をこちらに向けている――屈強な男に組み敷かれた可憐な少女のそれの如く。
瞬間、船長は叫んだ。
「ボード・ハード。下手舵! 転桁索のもの! ミズン・トプスルに裏帆を打たせろ!」
艦は針路を左に回し、敵艦と併走する形になった。
その針路は鋭角に交わり、距離が急速に縮まっていく。
「切り込み撃退用意」
「隊長! 敵船、減速なしで接近中! ぶつける気です!」
「構わん突っ込め! 全員衝撃に備えてどこかに掴まれ!」
「警報! 警報! 総員衝撃に備えよ」
足元が揺らいだ。
二本の針路は交錯した。
排水量でわずかに勝る敵船が押した。
両者を少しでも結びつけようと続けて鉤縄が飛ぶ。
「突撃! 突撃!」「さあ、木偶の坊どものツラを拝みに行こうぜ!」
さほどの高低差はなく、攻撃要員たちに飛び降りる必要は無い。
11のように並んだカタチとなり、宮古沖海戦のような惨状ではない。ガットリングガンも無い。
こんなことを書いているのは筆者がさっきまで「燃えよ剣」を読んでいたからで、他意は無い。
渡し板が何本も渡され、男たち――女たちも――がなだれ込んでいく。
冒頭述べたポエニ戦役では「カラス」と呼ばれる移乗兵器がローマに勝利をもたらしたが、結局はイロモノ兵器の域を出なかったのか、ほかに使用された記録はあまり見当たらない。渡し板は今でも有益な「兵器」だ。
そして…とにかく、戦端は開かれたのだ。
(そして本編へと続くのです)