――淫魔たちよ! 妾のために精気を集めてくるのだ!!
なんて言われて、もう半年近く経った。
「どうすっかな……」
俺は児童公園のブランコに座りながら、ボンヤリと"これからのこと"を考え続けた。
無差別に犯りまくればいいってことぐらい、俺だってわかっている。
でもさ、俺って偽装型なわけよ。つまり触手も出せなきゃ、変身だってできない。まぁ、ナニの大きさと形を変えられるとか、その気になれば体液を媚薬にできるとか……そういう能力ならあるけど、ぶっちゃけ、その程度なわけ。
そこで問題になるのが――大地母神の聖なる戦士、"美少女騎士"なわけだ。
少数精鋭だから、もう、強いのなんのって。
だいたい、S学G年生ぐらいのくせに、金属製の胸当てをつけたバニーガールみたいな恰好なんかして、やたらとデカイ武器を軽々と振り回すだなんて、反則もいいところだろ、それにあいつらの強さ、桁外れもいいところだ。俺程度のザコなら、軽くひとふりするだけで消え去ってしまう。いや、マジで。前に見た映像に、そういう場面、入っていたし。
そんなやつらと戦えるか?
無理だ。その決まっている。
でも、俺だって淫魔だ。女の精力を吸わなきゃ生きていけない。
そういうわけで、ナンパで引っかけた女を食っては、美少女騎士たちに存在を悟られないよう、ほんの少しだけ精気を吸わせてもらう――ということを繰り返しながら、今日まで地味ぃに生きていた。
でもまぁ、ちょーっと痩せ我慢しすぎたらしい。
実は今の俺、けっこう死にそう。
精力残量、多分、あと数時間分。今から適当な女を襲えば1日ぐらいなら延命できるかもしれないけど、でもな……ぶっちゃけ、無理矢理ってイヤなんだよな、俺。淫魔だけどさ、やっぱ、向こうも心から感じてるってわかったほうが燃えるんだよね、俺って。
変だよなぁ。
でもさ、人間にだって、淫魔みたいに無理矢理が好きなヤツ、いるだろ?
それと同じじゃねーかな、なんて俺は思っている。
だからまぁ、そういう自分が嫌いじゃないから、このまま死ぬのもいいかな……なんて。
「あっ!!」
児童公園の面した車道のほうから声が響いた。
女の子の声だ。
近隣でも有名なお嬢様学校S等部の制服を身につけている。体つきからすると、多分、G年生ぐらい。ただ、胸は平らで顔立ちも凛々しいうえに、髪形もベリーショートにしているもんだから「男の子?」とか思ってしまった。ちゃんとスカート、吐いているのに。
「あぁ、もう! こんなところに残ってるし!」
そう怒鳴り散らすなり、彼女はタタタッと公園の中に駆け込み、背中の鞄を投げ捨て、右手を高々と掲げた。
「フレイムクリスタルパワー、ドレスアップ!」
なに!?
驚く俺をよそに、彼女の全身がカッと真っ赤に輝いた。
次の瞬間、紅蓮の炎が竜巻状に彼女の体を包み込んだ。
制服が燃え尽き、全裸になる。かと思うと、炎が体に巻き付いて赤いワンピースの水着に、脚にも巻き付いてピンクのオーバーニーソックスと皮のパンプスに、胸元にまとわりついて紅蓮の金属製胸当てに、それぞれ変貌した。かと思うと、あんなに短かった髪がファサッと一気に伸び、ポニーテイル状に勝手にまとまった。最後はその髪から、ピョンとウサギの耳が飛びだし、イヤリングと口紅がキラキラとついていった。
少女はカッと目を開くと、なおも周囲を包む炎の竜巻をガッと掴んだ。
そのまま両手で振り上げる。
刀身だけでも身長の2倍近い長さを持つ巨大な両刃剣が出現した。
彼女はブンッと振り抜きつつ、炎の竜巻を蹴散らし、最後にポーズをきめて俺のことを指さしてきた。
「聖なる炎が悪を焼き払う――美少女騎士フレイムバニィ、参上!」
茫然自失。
まさか、こんなところで天敵の美少女騎士に遭遇するだなんて。
「こんなとこで待ち伏せなんて、復讐するつもり!?」
復讐?
「こっちがひとりだからって勝てるとか思ってんの!? 美海(みゆ)ちゃんや風花(ふうか)ちゃんがいなくたって、あんたなんか、わたしひとりでなんとかできるんだから!」
ひとり? 美海ちゃん? 風花ちゃん?
「さぁ、かかってらっしゃい!」
「…………」
「どうしたの!? さぁ!!」
「……あの、さ」
俺は頬をポリポリとかいた。
「倒されることに異論は無いんだけど……復讐って、なに? ひとりって……アクアバニィとウィンドバニィ、どっかいったの?」
今度は彼女が黙り込む番だった。
もっとも、呆気にとられていた俺とは違い、疑念の目で俺のことを見ている。
「いや、別に罠とかそういうんじゃないって。俺、偽装型だからずっと単独行動してたし、今だって精気も枯れかけてるから、反撃なんて不可能だし……っていうか、ザコだから相手になんないって。罠にかけるにしても、弱すぎだろ? それよりさ、復讐ってなに? まさか、クィーン・インラン様が倒されちゃったとか?」
「……知らないの?」
彼女が訝しむように尋ねてきた。
「やっぱり……」
予想はしていたが、こうして現実に聞かされるとショックが大きかった。
道理で毎週現れていた伝達役が、ここ最近、姿を見せないわけだ。
「んじゃ、いいわ。生きてる理由もないし、サクッとやっちゃって。サクッと」
「…………」
「ほら、早くしてよ。腹減ってしゃーないし」
「…………」
「んっ?」
見るとフレイムバニィは、ものすごーく、胡散臭いものを見るような目で俺のことをジロジロと見ていた。いやまぁ、実際に胡散臭いモノなんだけどね。
「あんた、ホントに淫魔?」
疑うように彼女が尋ねてきた。
というより、美少女騎士なら直感で淫魔か否か判別できるはずだ。それとも俺の残り精力が少なすぎるせいでわからないのか? いや、きっとあれだな。俺が淫魔の変質者、人間みたいな淫魔だから、変に思っているだけだろう。
だから俺は、苦笑まじりに答えた。
「淫魔ですが、なにか?」
「ホントに?」
それでも彼女は、俺の正体を疑い続けた。
♥
誰かに見られると面倒なことになるので、フレイムバニィは児童公園に結界を張り巡らせた。以前ならアクアバニィがやっていた作業なので、随分とてこずっていた。
「うん、これでOK」
「お疲れ様」
俺の超感覚も、公園が結界に包まれたことを告げていた。これで公園の中の様子は誰も見えないし、聞こえないし、気が付かない。近づこうともしないし、仮に近づいてもイヤな感じがして近づきたがらなくなる。
と、フレイムバニィはジーッと俺のことを疑い深そうに見つめていた。
「なに?」
「……あんた、ホントに淫魔?」
「だから、人間にこんなこと、できる?」
俺はズボンのチャックからデローンと垂れ下げたペニスを一瞬で勃起させ、さらにシュワシュワ、シュワシュワと大きさを自在に変えて見せた。疲れている今でも、これくらいのことは呼吸するようにできる。
フレイムバニィは「うーん」と唸りだした。
「もっとさ……淫魔って『うへへへ!』とか『ぐふふふ!』とかさ、そういういやらしい感じなのが普通じゃないの? 目だってギラギラさせるのが普通だし。あんた、淫魔にしてはさわやかすぎない?」
「人間にも淫魔みたいな変質者、いるだろ? 俺は淫魔の中の人間みたい変質者なわけ」
「変質者って……」
「無理矢理って、どうにも燃えないんだよねぇ。燃えないから精気の吸収も今いちだし」
「それより、いいかげんしまってよ。それ」
「あぁ、ごめんごめん」
俺はペニスを小さくしてからズボンにしまい、チャックを閉めた。
「ホントに変わってんのねぇ……」
彼女は溜め息混じりに苦笑を漏らした。
「それより聞かせてもらえない? クィーン・インラン様、倒されたんだって?」
「うん。もう、2ヶ月ぐらい前かな?」
どうせだから少し話を整理してみよう。
今から数億年前、もはや文明の痕跡が残っていないくらい遠い昔、太陽系には偉大な文明が存在した。その頃の金星を統一したのが大魔術師クィーン・インラン様だ。だが、淫魔を操り、地球まで支配しようとしたインラン様は、月に本拠地を置く"美少女騎士"たちに倒され、封印されてしまった。
それから数億年後の今から約8ヶ月ほど前。インラン様を封印していた魔導書を、ひとりの人間が解放してしまった。復活したインラン様は淫魔を産み出し、精気を集め、往年の力を取り戻すことで、再び世界を征服しようとした。
だが、ここでもまた美少女騎士たちが邪魔をした。
数億年前、インラン様を封印した美少女騎士たちは、いずれ復活するかもしれないインラン様を倒すべく、転生の秘術で未来に魂を移したのだ。そのうちのひとりが、今、隣のブランコに座っているフレイムバニィこと火野朱美(ひの あけみ)ちゃんだ。
夢の中で聖母ガイアのお告げを受けた朱美ちゃんは、最初のうちこそ信じていなかったが、友達が淫魔に襲われたことを受け、ついに覚醒した。その後、しばらくひとりで戦っていたそうだが、クラスメートの河野美海(かわの みう)ちゃんがアクアバニィに覚醒、同じく嵐山風花(あらしやま ふうか)ちゃんがウィンドバニィに覚醒し、共に戦ってくれるようになった。
これを知ったインラン様は、特別に作り上げた3体の上級淫魔を差し向け、美少女騎士たちの精気を奪い取ろうとした。だが、その試みは失敗に終わり、逆に上級淫魔は3体とも葬り去られたばかりか、インラン様の根城もわかってしまい、逆に再封印されてしまうことになった……
「言っとくけど、《魔導書》は探そうとしたって無駄だからね」
「いや、探す気もないし、どうでもいいよ」
俺はキィ、キィ、とブランコを軽く漕ぎながら苦笑をもらした。
偽装型だったもんだから、そんな動きがあったなど欠片も知らなかった。考えてみると美少女騎士と対面するのも、これが初めてだ。映像では飽きるほどみてきたが、こうして対面すると、あの理不尽な強さが嘘のように思える。それくらい、小柄で普通の女の子なのだ。フレイムバニィは。
「それにHなことしようとしても、武装してる間は絶対無理なんだからね」
「そうなの?」
「わたしたちの《聖なる貞操体》、破れると思う?」
「貞操体……」
思わずブランコを足で止めた俺は、隣でブランコに座る彼女の股間を凝視してしまった。
「こ、こら!」
彼女があわてて股間を隠した。
「あっ、ごめんごめん。ここ数日、吸精もなにもやってないもんだからさ」
俺はアハハハと力無く笑いながら、再びブランコを漕ぎだした。
だが、彼女はムッと俺を睨んだまま、言い返してきた。
「そうやって油断させようとしてるんでしょ」
「どうかな? まぁ、どうでもいいや。インラン様、もういないんだし」
俺は、ふぅ、と溜め息をついた。
「でも……そうか……もういないんだ…………」
それから俺は黙り込んだ。
彼女もなぜか、黙り込んだ。
キィ、キィ、というブランコのきしむ音だけが聞こえる。と思ったが、遠くでカラスがカァ、カァと鳴いた。目の前の道路を自動車が通る。カップルらしい高校生の男女が、少し頬を赤らめながら、手をつなぎつつ、通り過ぎていった。
「いいねぇ」と俺。
「なにが?」と彼女。
「恋人って、いいよなぁ……って」
「……あんた、これからどうするつもり?」
「どうって……」
キミに殺されるんだろ?――なんて聞く気にはなれなかった。いくらなんでも、嫌みだろう。むこうはそれが職務なんだし。
すると彼女は、沈黙する俺に、別の質問を投げかけてきた。
「なにかしたいこととか、あるの?」
「したいこと……うん、ある」
それはすぐ思いついた。
「いっぱいあるなぁ。ゲームで遊んだり、カラオケいったり、映画みたり、ドライブしたり……そうそう、○×亭のラーメン。あれ、TVで見た時、1回は食いたいって思ってさぁ。あのチャーシュー、たまらなくうまそうなんだ。ほんとに。あっ――あと、学校ってところにも行ってみたかったなぁ。そうそう、ぼやーっと街を歩くってこともさ。ずうっと、怯えて暮らしてたから……美少女騎士に見つからないように、インラン様の逆鱗に触れないように……あはは、考えてみると、今日までずっと、こうやって空を見上げたこともなかったっけ。なんでかなぁ。空って広いんだなぁ。当たり前だけどさ」
俺は溜まっていた鬱憤を吐き出すように、ベラベラと喋りだした。
自然と、生まれてから今日までのことも話しだした。
生まれた直後は戸惑ったこと。
他の偽装型と一緒に街に出た時、妙に感動したこと。
命令通りに初めて襲った女性のこと。そのことがずっと気になり、遠くから彼女のその後を見ていたこと。そのせいで彼女に見つかったこと。土下座したら、泣きながら何度も叩かれたこと。それでも許してくれたこと。
街を離れたこと。
精気を集めるためにナンパをしまくったこと。風俗嬢のヒモになったこと。美少女騎士の話を聞いて怯えたこと。吸精しすぎて体調を悪くさせた女の子がいて、あわてて注精したせいで、ノルマが果たせなくなり、そのことで怯えたこと。
連絡係がこなくなったこと。もしかして、と思い始めた頃に女遊びがバレて風俗嬢に追い出されたこと。行く当てもないので、最初の街にもどってきたこと。俺が最初に傷付けた女の子が、引っ越していたこと。
少しずつ自分が死にかけていること。
でも、なにもやる気になれないこと。
「……で、キミと会ってしまったってわけ。いや、運命って面白いもんだわ。おかげでインラン様が封印されたこともわかったし、俺が生きてる理由が無いってこともわかったわけだし。もう、心おきなくズバーッと逝けるって感じ? いやぁ、ホント、人生っていうか、淫魔生ってやつ? なにがどうなるかわかんないもんだよねぇ」
俺はアハハハと笑った。
その間、彼女はズッと無言だった。おかげで俺は、スッキリするまで話すことができた。
ありがとう、フレイムバニィ。
これで俺も踏ん切りがついたよ。
「こんなところでいいだろ? さぁ、ズバっとやってよ」
それでも彼女は無言だった。
「フレイムバニィ?」
俺は尋ね返し――本当に今さらだったが、彼女がポロポロと泣いていることに気づいた。