彼女が泣きやんだのは、それから5分ぐらい経ってからのことだ。
「……落ち着いた?」
「うん……ごめん…………」
俺がハンカチを差し出すと、彼女は素直に受け取り、目元に押し当てた。
予想外すぎるこの反応に、この5分間、俺は何もできなかったばかりか、言葉をかけることすらできなかった。なにしろ、あのフレイムバニィが泣きだしたのだ。俺の話を聞いて。そんなこと、予想外どころの話じゃない。だって俺、殺されるって思ってたんだぞ、この子に。フレイムバニィに。
「わたしも……ね。ひとりになっちゃったんだ」
「――えっ?」
「美海ちゃん、イギリスに留学しちゃったの。風花ちゃんもお父さんのいる新潟に引っ越すって……」
「そう……なんだ…………」
俺はかけるべき言葉が思いつかなかった。
淫魔には家族がいない。友達もいない。恋人もいない。同時期に生まれた同型でさえ、現実には凌ぎを削り合うライバルそのものだった。だから、彼女の気持ちを理解できるはずがない。
でも……似た感覚なら、ついさっき味わった。
インラン様が封印された。
つまり、俺のような独立行動ができる偽装型を除く淫魔という淫魔が、この世から消え去ったということだ。いや、連絡係のやつが最後にボソッと、
――おまえが最後の1匹だからな…………
なんて言って記憶がある。あの時は、その街で最後の1匹だと思っていたが……
「あのさ……ちょっと聞きたいんだけど……俺みたいな偽装型淫魔、たくさん倒した?」
「……うん」
彼女はコクンとうなずいた。
「風花ちゃん、覚醒してからしばらく、人間に化けてる淫魔を倒してたから……」
「あぁ……じゃあ、俺もひとりだわ。一緒、一緒」
俺は初めて見つけた共通項に、嬉しさを覚えた。
彼女はキョトンとしていた。
俺はニコニコとしていた。
そんな俺の顔が面白かったのだろう。急に彼女はプッと吹き出し、頭のウサミミをふりながら、口を押さえて笑い出した。俺もなんだか嬉しくなって、いやぁ、と頭をかきながら笑い出した。
「ひとりぼっち同士?」と彼女。
「そうそう。同士、同士」と俺。
しばらく笑いあった俺と彼女は――ふと笑いをやめ、共に足下を見つめながら、ふぅ、と溜め息をついた。
再び沈黙の時が訪れた。
でも、悪い沈黙ではない。とても居心地のいい沈黙だ。
「ねぇ」と彼女。「名前、なんていうの?」
「俺?」
「お兄さんしかいないじゃない」
「おっ、『あんた』から『お兄さん』に昇格?」
「だからぁ、名前、なんていうの?」
「偽装型淫魔51018番――偽名なら山ほど名乗ったけどね。どれも今いちで」
「51018……51018……51018…………」
ブツブツと言い出した彼女は、パッと俺のほうに顔を向けた。
「『ゴトウカズヤ』ってどう?」
「『ゴトウカズヤ』?」
「うん。5と、10と、1と、8だから、510でゴトウ、18でカズヤ」
「510と18……ゴトウカズヤ……後藤和也……うん、いいね、それ」
心の底からそう思った。
「後藤和也か……うん、なんで思いつかなかったんだ? いいじゃないか、後藤和也」
「気に入った?」
「かなり」
俺は彼女に笑い返した。彼女も嬉しそうに微笑んでいる。
「じゃあ、和也」
「あれ? 『お兄さん』から呼び捨てに格下げ?」
「だって、生まれて1年も経ってないんでしょ? だったらわたしの年下じゃない」
「まぁ……そうだけど、体はどう見ても年上だよ?」
「変装できるんでしょ? 偽装型なんだし」
「無理無理。そこまで高い能力、無いって」
「そうなの?」
「そうそう。それにできたとしても、今、精力枯れかけてるし」
「わたしの、分けてあげる」
「……んっ? 今、なんて?」
「だから、わたしの精力、分けてあげる」
彼女はピョンと、ブランコから飛び降りた。
「そうすれば、死なないんでしょ?」
「まぁ……そうだけど……でも…………俺、淫魔だよ?」
「もういいじゃない。オバサン、封印しちゃったし。それに和也が人間みたいな淫魔だってこと、ちゃーんとわかったし」
「いや、でも……」
俺は戸惑った。
「俺たちがどうやって吸精するか……知ってるだろ?」
「さ、最後までさせないわよ! バカ!」
カーッと顔を真っ赤にさせながら、彼女は慌てて胸元と股間を手で隠した。胸当てがあるとはいっても、その下はワンピースの水着だ。それだけに、S学生とはいっても、妙にそそるところのある反応だった。
「だ、だから大きくしないでよ、それ!」
「あっ、ごめんごめん」
俺は不自然なくらい膨らんだ股間を押さえ、大きさを子供サイズまで下げた。
「でも、それならどうやって……?」
「キスよ、キス」
「キス?」
「わたしたち、キスで精力を送り込むことができるのよ――変なことしたら、ぶっとばすからね!」
彼女は真っ赤になったまま怒鳴りつけてきた。
そんなところが妙に可愛らしい。
なんとなくだったが、この時にはもう、彼女のことが好きになりかけていた。
♥
「いい。絶対、変なことしないでよね」
「うんうん」
正直自信は無いが、彼女とキスができるならどんな要求も受け入れる――なんていう心境になっていた。もしかすると美少女騎士には、そういう魅惑の力があるのかもしれない。まぁ、どうでもいいや。こんな可愛い子とキスができるだけでも、この世に生まれてきた意味があるってもんだし。
「……目、閉じてよ」
「はい」
俺は両目を閉じた。
「……顎、ちょっとあげて」
「はい」
言われるまま、俺は顎をほんの少しだけあげた。
彼女が俺の前に立った。
頬を両手で挟まれた。
「……やるからね」
「うん」
「……絶対、変なことしないでよね」
「うんうん」
「絶対に絶対に、絶対だからね」
「うんうんうん」
まずい。もう、変なことしたい気持ちになってきた。
と、何か柔らかいものが一瞬だけ唇に触れた。
まさか……今のが?
「……あのぉ?」
「い、今のはテスト! 次が本番!」
彼女があわてて怒鳴りつけてきた。その反応がとてもいじらしくて、俺はつい、口元を緩ませた。
「わ、笑わないでよ! しなくてもいいの!? 死んじゃうんでしょ!?」
「このまま死ぬなら最高だなぁ」
「……もぉ、いい!」
彼女の手が頬から離れた。
目を開くと、耳まで真っ赤になったフレイムバニィが、頬をふくらませつつ、プイッと顔を背けていた。
胸の奥がジーンと熱くなった。
こんな可愛らしい子と、触れるだけのキスができたなんて……
「ありがとう、フレイムバニィ」
語りかけると、彼女は頬を膨らませたまま、目だけをこっちに向けてきた。
俺は素直な気持ちをうち明けることにした。
「その気持ちだけで充分だよ。俺、どう転んでも淫魔だからさ……生きながらえたところで、どうせろくなことしないし……だったらこのまま、君の手で仲間のところに送り届けてくれたほうが気楽なんだ。あっ……でも、手にかけるのがイヤなら、このまま帰ってもらってもいいよ。そうすれば、今夜のうちに――」
突然だった。
バッと再び俺の頬を両手で挟み込んだかと思うと、ギュッと目を閉じたフレイムバニィの顔が急接近した。
彼女の唇が、俺の唇に押しつけられた。
目をパチパチさせていると、フレイムバニィは唇を離し、少し顔をうつむかせながら、
「……息、吹き込めないじゃない」
と恥ずかしそうに言ってきた。
子供サイズにしたペニスが、これ以上ないほどズキューンと固くなった。意識していなければ、最大サイズまで膨張していたかもしれない。それぐらい、ハートと股間を直撃されてしまった。
俺は思わず、彼女の背中に両腕を回した。
「きゃっ!」
驚いた彼女はみじろぎしたが、ギューッと抱きしめるだけだとわかると、ふぅ、と吐息をつきつつ体の力を抜いた。
「……それ以上やったら、許さないからね」
彼女が耳元で囁いてきた。
ゾクゾクときった。
俺はうんうんとそのままうなずいた。
「……脚、揃えて」
いわれるまま、俺は脚を揃えようとした。ちょうど間にきていたフレイムバニィの脚につっかえたが、彼女は俺の脚をまたぎ、あろうことか、揃えた俺の太股をまたぐようにして腰を下ろしてきた。体位で言えば対面座位。ちょいと捻れば抱き地蔵。わかってやっているのか、無意識の行動なのか。ペニスを子供サイズにしていなかったら、もう、すごいことになっている状況だ。
と、今さらだったが、彼女の胸当てが消えていることに気が付いた。
そういえば巨剣もいつしか消えている。
武装は変身中の出し入れも自在らしい。おかげで今は、ワンピースのハイレグ水着にオーバーニーソックスとウサミミをつけたS学G年生の女の子、なんていうドリーミィな状態にある。自分にロリ属性は無いと思っていたけど、これはこれで萌えまくるのだから淫魔心というのは不思議なものだ。
「……口……開いて…………」
言われるまま、俺は目を閉じながら、少しだけ唇を開いた。
彼女の小さな唇が押しつけられた。
柔らかくて、吸いついてくる感触が溜まらなかった。
「――ふぅぅぅぅ」
熱い吐息が吹き込まれてくる。それは濃密な精気を伴っていた。
俺は貪るように、それを吸い込んだ。
甘い。それに熱い。
全身に染み渡るほどに、体が燃えながらとろけていく感じさえあった。
「――はぁぁぁ――ふぅぅぅ」
少しだけ唇を離した彼女は息を吸い、再び吹き込んできた。
俺の呼吸もそれにあわせた。
彼女が息を吸う時に吐き、吹き込む時に吸う。
3度繰り返すだけで全身に力がみなぎってきた。4度目にはさらなる活力が沸いてきた。5度目になると、股間にも力がみなぎったせいで、子供サイズを維持するのが難しくなってきた。
まずいな――と思ったので、これで最後と思いながら6度目を吸い込んだ。
限界を超えた。
やばい――と意識して押さえ込んだが、ペニスが1段階上のサイズまで膨張した。
さらにまずかったのは、無意識のうちに、俺が彼女を強く抱き寄せていたことだ。晩冬だが、淫魔な俺に寒さは関係ない。だからジャケットの下はロングTシャツ1枚という薄着でいたのだが、そのおかげで水着越しに感じる、異常なぐらい柔らかくて熱い彼女の体の感触がなんともいえず……
そのせいで俺は、左手で彼女の腰を、右手で彼女の背中を押さえつつ、グッと体を引き寄せていた。つまり、大きくなった股間の感触を、彼女はダイレクトに股間で感じ取れる状態にあったのだ。
怒る――と、俺は思った。
だが、彼女は何も言わなかった。それどころか、逃げる素振りもなく、さらに7度目となる"精気のマウス・トゥ・マウス"をしてきた。理性は「彼女を突き放せ!」と叫んだが、これほどの精気を一気に吸収するのがあまりにも久しぶりだっただけに、俺は彼女をさらに抱き寄せ、彼女が吹き込んでくる精気をめいっぱい吸収した。
目の裏側でチカチカと星が瞬いた。
もう限界だ。
たまらなくなった俺は、彼女の口の中に舌をスルッと差し込んだ。
彼女は逃げなかった。
舌で応えてくれた。
俺は無我夢中で彼女の口腔を犯した。舌を絡め、上あごを舐め、歯茎と頬肉の間も舐めた。淫魔なので長い舌を持っている俺は、縦横無尽に――でもできるだけ優しく――彼女の小さな口腔を犯していった。
「んっ……んっ……んっ……」
彼女の腕は、俺の首に軽くまきついていた。
後頭部をまさぐってくる彼女の手が、ものすごく気持ちいい。
俺はとうとう、彼女のお尻を両手でわしづかみにした。そのまま前後に軽く揺すり、コットンの柔らかいズボンの膨らんだところへ、彼女の水着に包まれた股間をこすりつけた。
彼女はこれにも抵抗しなかった。
燃えるように熱く、マシュマロのように柔らかい彼女の股間は、これまでの女性に対する挿入感を遙かに上回る気持ちいいものだった。
と、彼女が唇を離し、潤んだ眼差しで俺のことを軽く睨んできた。
「……変なこと……するし…………」
「ごめん。これ以上はしないから」
殴られるのを覚悟でそう告げると、彼女は潤んだ眼差しのまま、小首をかしげた。
「……若返った?」
「えっ……?」
俺は彼女を動かすのをやめ、右手で自分の顔を触ってみた。
どことなく頬に丸みがあった。
いや、それだけじゃない。手の感じも少し違う。そういえば、この姿勢になった時のフレイムバニィも顔も、最初は少し下にあったのに、今は同じ高さにあるような気がする。
「何歳ぐらいに見える?」
「……わかんないけど……K校生……かな?」
だったら若返っている。
「すごいなぁ、美少女騎士の精気って……インラン様が欲しがるわけだ…………」
俺が知るインラン様の外見は老婆そのものだったのだから、そりゃあ、多少のリスクを背負ってでも欲しがったはずだ。多分、そのせいで墓穴を掘り、倒されたのだと思うが。
と、彼女がむーっと唇を尖らせていた。
「なに?」
「……媚薬の力、使ったでしょ」
「えっ? あっ……」
ようやく彼女が抵抗しなかった理由に気が付いた。
「ごめん。無意識に使ってたかも……」
「……変なことしないって約束したのにぃ」
「本当にごめん……」
俺は彼女のお尻を掴んでいた左手も離した。正直、イクまでやめたくなかったが、こうなっては仕方がない。なにしろ俺は約束を破ったのだ。ディープキスに服越しのこすりっこだけでも、殴られて当然の行いなわけだし。
そう思った矢先、彼女はこつんと、俺のおでこにおでこをぶつけてきた。
彼女はつぶやいた。
「……優しくしてくれる?」
イキかけた。その一言だけで、射精しそうになった。
反則だろ、それ。
つまり、そういうことでしょ?
「だから言ったのに……俺、淫魔だよって」
「……うん……ちょっと……油断したみたい…………」
「でも、《聖なる貞操体》があるんだよね?」
「……もう外してる」
「えっ?」
「鎧……外したし…………」
それから彼女は、おでこ同士をくっつけあったまま、自分の胸元を軽く撫でた。
スーッと水着が消えていった。
桜色に染まった、瑞々しい彼女の裸体が白日の下にさらされていた。
「これで……全部だから…………」
今になって気が付いた。俺のズボンは、ジュースでもこぼしたかのように濡れていた。あまりにも彼女の体温が高くて気づかなかったが、もう、彼女のそこは、どうしようもないくらい、ベトベトに濡れていたのだ。
またもや射精しかけたが、体を震わせるだけで、どうにか耐えしのいだ。