「やめろベイス、何のつもりだっ」
「やめろと言われてやめる奴がいるかよ……あいかわらず甘い奴だ」
俺は何度もこの悪夢を見る。
銀髪のアコライトの少年が、仲間だった剣士に犯される夢。
それは5年前の、俺自身の体験。
第一章 「再会」
この夢を見た朝は気分が悪い。
何度も見ているからもう慣れたが、始めのころは起きたら目が赤かったりしたもんだ。
そんな俺の気も知らず、隣のベッドでは相棒のアルファが寝ている。
寝顔もまだ幼いそいつは、15歳のガキでありながらすでに二次職であるハンターだ。
まだ経験は少ないが、奴の才能は俺が一番よく知っている。
「嬉しいです、リッツさん……」
「んぁ?」
名を呼ばれ、奴の方を向くが、奴は幸せそうな寝顔を向けるだけだった。なんだ、寝言か……。
「僕が押し倒した一回きりだと思ってたのに、リッツさんのほうから誘ってもらえるなんて……感激ですっ」
「…………」
こいつ、どういう夢見てんだよ。
「起きろ、クソガキ」
俺の人権を夢の中で侵害するようなクソガキには、聖書でぶん殴られる目覚めがお似合いだ。
「痛っ!! だから普通に起こしてくださいって」
「お前がナメたこと言ってるからだろうが」
「僕何か言ってました?」
「……もういい。とりあえず早く支度しろや」
「はーい」
気の抜けた返事を残してトイレに行く奴に背を向け、俺も出かける準備をし始めた。
予想通り元気な奴の股間のテントには……見ないふりをして。
今日は狩りにはいかず、首都で一日休養をとる予定だ。
とりあえず、アルファと二人で露店を見てまわる。
「見てくださいリッツさん、この人形お腹押すと鳴くんですよ。可愛いなぁ〜」
「何無駄な物買ってんだお前は」
こうやってアルファが無駄買いをするたびに、金を自分が管理しといてよかったと思う。
アルファにももちろん金は持たせてあるが、ほとんどの金は俺が持っている。
奴にまかせておいたら破産するどころか、どこかに落としかねない。
とにかく路頭に迷うこと間違いなしだ。
「旅には心の安らぎも必要ですよ〜」
「そんなこと言ってお前がいくつおかしな物買ったと思ってんだ」
「う〜ん……。じゃあ、これリッツさんにあげますねっ」
そう言ってぬいぐるみを差し出してくるアルファ。
いらねーよ、と言いかけたが満面の笑みを浮かべる奴にそんな言葉は返せなかった。
「俺も甘いな……」
「へ? 何か言いました?」
「なんでもねーよ」
結局俺はアルファにはかなわないんだな……。
それからしばらく二人で露店を見たが、めぼしい物は無かった。
「じゃあ、そろそろ別行動すっか」
「え〜〜〜」
「文句言うんじゃねーよ。お前とずっと一緒にいられるほど俺はヒマじゃないんだよ」
「せっかくデートみたいでいいなって思ってたのに……」
アルファに宿屋に集合する時間を伝え、俺は一人で歩き出した。
奴は俺とずっと一緒に居たがってたようだが、一人でいる時間というのもなかなかいいものだと思う。
別にアルファと二人でいるのが嫌だってわけじゃなくて、まぁ気分転換だ。
街には、さまざまな人がいる。
見るからにお堅そうな剣士の女と、軽そうなアーチャーの男。
言い争いをしながら歩いてくる、にぎやかな剣士とマジのコンビ。
無口なアサシンと、彼に一方的に話しかけているように見える人の良さそうな鍛冶師の男。
いろいろな冒険者たちの姿がこの広い街では垣間見える。その空気を感じるのが好きだった。
俺とアルファも、誰かにこんな風に見られているかもしれないな。
そう思うとなんだか笑えてくる。
「なっ……!?」
すると突然、誰かに腕を引かれた。後ろ姿しか見えなかったが、騎士の男のようだ。
男はかなり力が強く、抵抗は何の意味もなく俺は彼に引きずられた。
抵抗に気をとられていたせいか、気がつくと周りの景色が変わっていた。
男に引っ張りこまれた先は人気の全くない路地裏だった。
「てめぇ、何しやがるっ」
いまだ背を向けている男に向けて怒鳴る。
男の肩が震えている。どうやら笑っているようだ。
「何がおかしいんだよ」
「お前の性格があまりにも5年前と変わってないんでな」
「なに……?」
「……俺の顔を忘れたとは言わせないぜ、リッツ」
そう言って振り向いた男の顔。
それを、俺が忘れるはずは無かった。
鋭い目、通った鼻筋、薄めの唇。一般的に美形と言われるだろうその顔だちは、今日夢に見たばかりだ。
「ベイス……何のつもりだ」
「別に? ただ、街を歩いてたらお前が居たんでな。久しぶりに顔でも見せようと思ってな」
「お前の顔なんざ見たくもねーよ」
「俺はお前の顔ならいくらでも見たいね。あいかわらずの気の強そうな顔、好きだぜ」
「ふざけたことを」
「ふざけてねーよ。それにしてもまさか、お前に会えるとは思わなかったぜ」
俺も、会うだなんて思っちゃいなかった。それも、あの夢を見た日にだなんて。
5年ぶりに見たベイスは剣士から騎士になり、よりたくましく見えた。
細身ではあったが、騎士らしくひきしまった体は男として羨ましくもある。
魔法ばかりを鍛えてきた俺は筋力も何も無い。戦闘職の女になら腕力で負けてしまうだろう。
背はそれなりに伸びたが、体格はあまり良くなることはなかったからだ。
「敵意むきだしって感じの顔だな」
「当たり前だ。あんなことされて恨まない奴がいるかよ」
「そりゃそうかもな。でもこうあんまり睨まれると……腹が立つな」
「自分勝手なこといってんじゃ……んぅっ」
いきなり顎をつかまれ、口づけられた。
ベイスの舌に口内をぐちゃぐちゃに犯されるが、口を閉じることができない。
唾液が口の端を伝っていく。気持ちが悪い。
「……ふぁ…っ、何のつもりだ……!!」
「何のつもりって…5年前は何度もやったことだろう?」
「な……」
「もう一度、犯してやるよ」
背中に強い衝撃が走った。壁に強く打ったようで、ズキズキとした痛みが広がる。
「プリーストになっても可愛いぜ、リッツ」
「ふざけるな、離せっ!!」
ハンターのアルファに押し倒された時ですら全く抵抗が通用しなかった俺だ。
騎士であるベイスをどうこうできるわけがなかった。
「……くっ」
ベイスの指と唇が、俺のはだけた胸を這い回る。
やっぱり上着の下には何か着ておくべきだったか。でもプリーストってだいたい素肌に上着だしな。
どうせ着てたって脱がされるんだろうし。
じわじわと襲ってくる快感の中で、ぼんやりとそんなことを考えていた。
「…ぅわっ」
すると突然、自身をズボンの上から握りこまれ、体が跳ねた。
「あいかわらず敏感だな」
ベルトが外され、中に手が滑り込んでくる。
「あ…っ、はぁっ……」
がくがくと足が震える。もう立っていられない。
「立ったままってのもいいと思ったんだが……まぁいいか」
ゆっくりと座り込む俺に合わせるように、ベイスが覆いかぶさってきた。
ズボンと下着が取り去られ、自身が外気にさらされる。
昼間、それもこんな屋外で、俺はなんて格好をしてるんだ。
そう思うと、顔が熱くなってきた。
首筋に唇を落としながら、ベイスは俺自身への刺激を続ける。
「うぁ、あ…っ」
どうして男を登りつめさせるのがこんなに上手いのだろう、この男は。
俺自身の先端からすこしずつ流れ出てくる液のぬめりを借りて、ベイスの指が与える快感が激しくなっていく。
このままではダメだ。そう思うのに、体が言うことをきかない。
俺の体がおかしいのか、ベイスが上手すぎるのか。どちらなのかわからぬままに。
「くっ……あぁっ……!!」
ひときわ高い嬌声を上げて、俺は達した。
「くぅっ……」
息も整わぬうちに、ベイスが中へと指をうずめてくる。
ぐちゅぐちゅと音をたてながら、俺の体は白濁の滴る指を受け入れた。
「そういえばお前、ハンターのガキと一緒に歩いてたな」
「……っ、見てたのか」
「今度はお前が入れる側に回ったのか? それとも」
ベイスの指が感じる場所に押しあてられた。強すぎる刺激に体が震える。声が止まらない。
「ふあぁっ……!」
「あのガキともこういう風にやってるのか? どうなんだよ」
否定はできない。
たった一度とはいえアルファに体を許しているからだ。
原因は俺のイタズラ。それから奴がその気になって、押し倒されて。
はじめは抵抗した。でも奴は抵抗する俺にこう言ったのだ。
好きだと、愛していると。
アルファがそんな風に俺を見ているなんて知らなかった。
でもその時の奴の目は真剣だった。こいつにならいいか、と思った。
そして俺は奴とひとつになった。
奴はものすごい下手だった。いや、最中に急激に上手くなってはいたが、それでも俺を満足させるには程遠かったはずだ。
それなのに、奴との行為を気持ちいいと感じたことを覚えている。
俺が今やっていることは……アルファへの裏切りなのだろうか。
「まぁ、お前があのガキとどうなのかなんて、俺にとっちゃどうでもいいことだけどな」
「……ふん」
「さて、そろそろ挿れさせてもらうぜ」
その言葉に、ぞくりと体が震えた。
アルファの顔が目の前にちらつく。奴はこんな俺を見てどう思うだろう。
それでも好きだと言ってくれるだろうか。それとも蔑むだろうか。
「は、離せっ!!」
「なんだよ、今頃抵抗するんじゃねーよ」
アルファを裏切りたくはなかった。だから精一杯の抵抗を俺はした。
だが、強く押さえ込まれ、抵抗が通じることは無かった。
そして、ベイス自身が、俺の中に潜り込んだ。
「あぁっ、うあぁ……!」
揺さぶられ、ベイス自身が俺を楔のように穿つ。
快感に飲み込まれそうだった。知らないうちにアルファに助けを求めていた。
「嫌だっ、アルファ、アルファっ……」
「あのガキに助けを求めてんのか? 健気なとこもあるんだな、お前」
ひたすら助けを求める俺は、まるで女のようだ。
俺はプリーストになって強くなったと思った。俺がアルファを支援して、間接的に守ってるんだと思っていた。
でも違う。俺はアコライトの時と何も変わってはいない。一人じゃ何もできないんだ。
俺が、アルファに守られていたんだ。
「なぁ、俺が5年前お前を犯したのは何でだと思う?」
「はぁ、あ、知るか……!」
「信じてた奴に裏切られる気持ちを、幸せそうな顔してるお前にも味あわせてやりたかったんだよ」
「な……?」
それはどういうことなんだろうか。
「それに俺は、気の強い男が普段見せない乱れた顔を見るのが大好きなんでね」
にやり、とベイスが笑う。
「いつも突っ張ってるお前の表情が崩れるのは最高だったぜ……!!」
「……っ」
「さぁ、もう一度お前の乱れる顔を見せろよっ」
そう言ってベイスは、俺を深々と貫いた。
「ふぁっ、あぁぁっ……!!」
強く突かれ、俺は快感に負けて二度目の絶頂を迎えた。
目の端を涙が伝う。泣いたのなんて何年ぶりだろう。
ゆっくりと視界が、白く染まっていった。