リッツさんが帰ってこない。約束の時間はとっくに過ぎているのに。
僕と違ってリッツさんはしっかりしている人で、時間を守らなかったことなんか一度もなかった。
いやな予感がする。リッツさんが約束を破るなんて、よほどの事があったに違いない。
そう思うと、じっと待っていることなどできなかった。
僕は大通りへと駆け出した。最愛の人を探すために。
大通りを一通り回って見ても、リッツさんの姿は見当たらない。
……どこに行ってしまったんだ、リッツさん。
大通りにいないとなれば、細い道をダメもとで探してみるしかないよな。
そう思って歩き出した矢先、僕の視界に映るものがあった。
「……これは……」
それは、僕がリッツさんにあげたものと同じぬいぐるみだった。
このぬいぐるみは一つしか置いてなかったから、間違いなくリッツさんが持っているはずのものだ。
ひょっとして、捨てられたのか? リッツさん、あまり嬉しそうじゃなかったしなぁ。
……いや、まてよ。たとえいらないものだって、リッツさんは貰ったものを粗末になんかしない。
落としたことに気づかないほど注意力が無い人でもないし……
それ以前に押されたとかよほどのことがない限り、物を落としたりなんかしない人だしな……
でもこんな人気の無い裏通りの入り口なんかで、押されたり引っ張られたりするかなぁ。
……何かがおかしい。胸騒ぎが止まらない。
ここに落ちているということは、リッツさんはおそらく裏通りのほうにいるんだろう。
……リッツさんに何事もありませんように。
そう願いながら、僕は暗い裏通りへと歩き出した。
一体、どういうことなんだ。
この状況を見ては、そう思うことしかできなかった。
青白い顔をして倒れているリッツさん、その前に佇む騎士の男。
リッツさんに何があったかは……着衣の乱れや、床に飛び散った液体から察することができた。
リッツさんの頬には涙が伝っていた。彼の涙を、僕は初めて見た。
胸がムカムカする。頭が、目の前が、熱くなってくる。
僕の気配を感じたのか、男が振り返った。青い髪のその男は、どこか冷たい印象を与える整った顔立ちをしていた。
「お、リッツがたらしこんだガキじゃねーか。アルファ、だっけ?」
「あんたが……あんたが、リッツさんを?」
「あぁ? そんなの、見りゃわかるっしょ」
へらへらと笑いながら男が言う。
「5年ぶりにやったけど……あいかわらずいい具合だったぜ、コイツ」
「…………っ」
この男は、リッツさんを前にも……!?
許せない。この男だけは絶対に。人殺しになったってかまうものか。殺してやる!!
「このっ……この、下衆野郎―――!!」
全身全霊を込めて、矢を放った。その矢は、鎧をも突き破ってこの憎い男の心臓に突き刺さるはずだった。
「甘いぜ、坊やっ」
男の姿が目の前から掻き消えた。矢が空しく空を切り、壁に突き刺さる。
「なっ……」
「俺に挑むにはまだ早いよ、お前は」
後ろから男の声がした。剣が喉に突きつけられる。
冷たい汗が背中を流れ落ちる。かなわない。実力が違いすぎる。
僕はこの男に矢の一本を撃ち込むことさえもできないのだと感じた。
「でもその歳にしちゃあいい腕してるぜ、お前。その才能に免じて命は助けてやるよ」
男が剣を収めた。それでも僕は指一本動かすことすらもできなかった。
「俺が憎いんならいつでも喧嘩売りにこいよ。相手してやるぜ」
またへらへらとした笑みを浮かべ、男は去っていった。
「……ちくしょぉ……」
悔しかった。リッツさんに酷いことをしたあの男に一矢報いることもできなかったことが。
そして、あの男の実力を目の当たりにして、怯えて何もできなかった自分に腹が立った。
ごめんなさい、リッツさん。僕は無力でした。
あなたがいつも言っている通り、一人前の男なんかじゃなくて、ただ強がっているだけの子供でした……。
ぐったりと横たわるリッツさんを抱きしめながら、僕は一人泣いた。
その後僕は、リッツさんを背負って宿屋へ向かった。部屋に着き、彼をベッドへと下ろす。
彼の頬には涙の跡がある。リッツさんは普段全く涙を見せない人だ。
それだけに、あの男に犯された時の彼の心情が想像できて辛かった。
「う……」
「リッツさん……」
リッツさんが目を開けた。彼はしばらくぼんやりと天井を見ていた。
「アルファ……?」
僕に送られる彼の視線は、どうして自分がここにいるんだ、と問いかけているように見えた。
「ひょっとして、お前がここまで連れてきてくれたのか?」
「…………」
ここで肯定してしまったら、僕があの状態のリッツさんを見てしまったということを伝えることにもなる。
それはリッツさんも望むところじゃないだろう。
「どうやってごまかそうか、とか考えてるだろ」
「えっ」
「お前の考えてることなんかお見通しだっつーの。あんまり大人をなめるもんじゃねーぞ」
「……すみません」
やっぱりリッツさんにはかなわないや。
「でも、気持ちは嬉しいぜ。ありがとな」
そう言って笑うリッツさんが愛しくてたまらない。
「ところでお前、ベイスには会ったのか?」
「ベイス……?」
「青い髪の、騎士の男だ」
「……! ……はい」
そうか、と呟くと、リッツさんは俯いた。その表情は今までに見たことがないほど暗かった。
「あいつもガキの時は、あんな奴じゃなかったんだがな」
「昔からの知り合いなんですか?」
「ああ。ベイスは12、3歳くらいの時に親を失って、俺の親父が経営してる孤児院に入ってきたんだ。
同年代の奴は今まで孤児院の中には居なかったから、俺とベイスはすぐに仲良くなったよ。
なにせ15の時のアコと剣士になるための試験だって、一緒に受けたくらいだしな」
そんな昔からの友人だったのに何故あんなことになったんだろう。
リッツさんは俯いたまま話を続けた。
「その後親父が死んで、俺たちは二人で旅に出た。その時は結構楽しかったんだけどな。
17の時、ベイスは孤児院を代理で経営してる俺の叔父に呼ばれて村に帰った。
それ以来ベイスの様子がおかしくなって……ある日突然、ベイスは俺を犯した」
「……っ」
「ベイスの真意はわからない。だが今日ベイスが俺を再び犯した時……
奴は信じてた奴に裏切られる気持ちをお前にも味あわせてやる、と言っていた」
「その言葉に心当たりとかはあるんですか?」
「いや……」
リッツさんがため息をつく。
「わけわかんねーよ、ホント……」
幼なじみと言ってもいいようなベイスとかいうあの男に裏切られたリッツさんの悲しみはかなり重いものだろう。
どんな事情があったにせよ、僕はあの男を許すことはできない。
もっと強くなって、必ずあの男を……。
「……アルファ、すまないな」
「え……どうしてリッツさんが謝るんです」
「お前、前俺のこと好きだって言ってくれただろ。それなのに俺がこんなことになっちゃって、さ」
「そんな……リッツさんは悪くなんかないですよ。責任感じることなんかありません」
僕がそう言っても、リッツさんは浮かない表情をしている。
「俺、辛いんだよ。お前を裏切っちまったような気がしてさ……」
普段絶対に見せないような弱々しい表情で、彼が言う。
「お前はあんなに一途に俺のことを好きでいてくれたのに、俺は……」
「リッツさん、いいかげん怒りますよ」
「えっ……?」
「あなたがどうなったって、僕の気持ちは変わりません。裏切られたなんてことも僕思ってませんから」
「アルファ……」
そう、僕はリッツさんが好きだ。その気持ちが、こんなことで揺らいだりするもんか。
「……お前、俺のこと今でも好きか?」
「当たり前です」
「じゃあ、俺を抱け」
……はっ?
「ほ、本気で言ってるんですか」
「これが冗談に見えるかよ。つべこべ言わずにさっさとやれっての」
「だってリッツさん、あなたはあんなことがあったばっかりで……」
「……だからこそ、だよ」
リッツさんが、照れくさそうな表情をしながら言う。
「あんなことがあったからこそ、他の誰でもない…お前に抱かれたいんだ」
そ、それって……。まさかリッツさんも、僕のことを?
いやいや、そんなわけないよな。自意識過剰もいいトコだぞ、僕。うんうん。
「あぁもう、恥ずかしいこと言わせんなよ!! やるのかやらないのかはっきりしろ」
「……そんなこと言われたら、僕止まりませんよ」
「童貞卒業したばっかのくせに生意気だぞ。望むところだっての」
ゆっくりと、リッツさんの上にのしかかる。
前みたいに無理矢理じゃなくて、合意の上でこういうことができるなんて思ってもみなかった。
夢みたいだ。そう思いながら、僕はリッツさんに口付けた。
「ん……」
舌を深く絡めあう。さすがにリッツさんは慣れている感じがするが、僕も負けていられない。
「っは……。そういや、キスすんの初めてだったなぁ」
リッツさんが言う。そういえばそうだったっけ。
「てか、お前キスする前にヤっちゃうのっておかしいって」
「……あの時はいっぱいいっぱいだったもんで……」
「ヤるだけで頭がいっぱいだったってか。ケダモノかお前は」
「……うぅ、すみません」
やっぱりどうやっても僕はリッツさんには勝てない気がする……。
せめて、僕がリードできるらしい今日くらいはリッツさんより上に立ってみたいなぁ。
「……っ」
胸に舌を這わせると、彼はぴくりと身じろぎをした。
「……なんだよ」
僕の視線に気がついたのか、リッツさんが睨んでくる。
「リッツさん敏感ですねぇ。ってか前より……」
「……うるさい。はやく続けろっ」
年上に言うのもなんだけど……真っ赤になっちゃって、可愛いなぁ。
前より感じてくれてるってことは、僕も前より上手くなったのかな、なんていい気になってみる。
……これが二回目だってことはこの際置いておこう。
「んんっ……」
リッツさんの呼吸が荒くなってきた。ゆっくりと手を彼の下半身へと伸ばし、ズボンの中に滑りこませる。
「あ、リッツさんのちょっと固くなってる」
「……そういうこと言うな……。言葉責めのつもりか、お前は……」
「やっぱばれちゃいました?」
「この前と違ってえらい余裕じゃねーか……。…くっ」
彼自身を握りこんだ途端、ついさっきまでの悪態が止まり、彼の体が強張る。
「んっ……あぁっ」
彼の声が、僕の手の動きに合わせて上がる。リッツさん、感じてくれてるんだ。
「リッツさん……気持ちいい、ですか」
「うっせ……下手なんだよ、お前、は…っ」
「そんな潤んだ目で睨まれても怖くないです」
「ちくしょぉ……後で絶対殴るっ」
成人してるのに、こういう所はリッツさんも子供だなぁ、なんて思う。……口には絶対出せないけど。
邪魔なズボンを取り去り、足を開かせる。
途端に顔を再び赤く染める彼に笑いかけると、やっぱり睨まれた。
「……なんだよ」
「もっと気持ちよくしてあげます」
そう言って僕は、彼自身を口に含んだ。
「……っ、バ、バカ! そんなことまですんなよっ」
僕の頭を押し返そうとする彼の手には力はない。
少し前までこういう知識なんてまるでなかった僕がこうなってしまったのは……
やっぱりあの時リッツさんを抱いてしまったからなんだろう。
もちろんこんなことするのは初めてだけど、感じやすいリッツさんは体を震わせている。
「あぁ…っ、ちょ、離せって…っ」
「リッツさん、前僕にやってくれたでしょ」
彼自身から一旦口を離して言うと、彼が顔をしかめた。
「そ、そりゃそうだけど……お前こういうこと、したことないんだろ。男のなんか咥えて気持ち悪くないのかよ」
「リッツさん相手だからやるんです。他の男だったら吐きますね」
「し、信じらんねぇ……んんっ」
再び彼自身を咥える。口のなかで彼自身が質量を増していくのがわかった。
「んぁっ、だ、だめだっ、離せっ……」
限界が近いのだろう。リッツさんが僕の頭を必死で離そうとしてくる。
僕の口の中に出すのが嫌なんだろうけど……僕はかまわないのに。
「ふぁ、ああぁ……っ」
口の中に、熱いものが注ぎ込まれる。すごく苦かったけど、嫌な気分じゃなかった。
放たれたものを飲み込む僕を見て、彼がまた顔をしかめた。
「飲むなよ。マジ信じらんねぇ」
「前リッツさん飲んでたじゃないですか」
「お前なぁ……俺を基準にすんのやめろって。人生踏み外すぞ」
「もしそうなったとしても本望ですよ、僕は」
「……お前、最悪」
それにしても、リッツさん相手にここまでリードできるなんてなぁ。
ひょっとして僕才能あったりして。嫌な方面の才能だけど……。
唾液を指に絡ませ、彼の秘所に潜りこませる。
前はキツく進入を拒んだそこがあっさりと僕の指を受け入れた。
それに疑問を感じる間もなく、中から溢れ出した白い液体が僕の手の甲を伝った。
「……あ」
これは、あの男の……。
「……すまないな、こんなになっちまって」
「いえ……」
彼の中から、あの男の残したものを掻き出す。
リッツさんが犯されたってことは解っているんだけど……こうはっきり目の当たりにしてしまうと……。
胸がズキズキと痛む。でも、リッツさんはもっと辛いに違いないんだから……。
「やっぱり辛くないですか、リッツさん……」
「……さっきまで好き勝手やってたくせに今更そういうこと言うなよ。
それに、俺は犯された辛さをごまかすだけのためにお前に抱かれるわけじゃないんだぜ」
「え……」
「あいつに犯られてた最中、お前の顔を思い出した。気がついたらお前の名前を呼んでた。
きっと俺は、仲間って以上にお前のことを大切だって思ってるんだ。それに初めて気づいた」
「……リッツさん」
「お前になら抱かれてもいい。いや、抱かれたい…そう思ったんだ。わかったら、早く続けろ」
「……はい」
ゆっくりと僕自身をリッツさんの中に入れる。
この前は夢中でわからなかったけど……すごく熱くて、きつい。でも、すごく心地いいと思った。
「動きますよ……」
「ん……」
彼の返事を聞くと、僕はゆっくりとリッツさんを揺さぶった。
その動きを、少しずつ早めていく。
「はぁ、あ……うあぁっ」
リッツさんの甘い声が僕の理性を奪っていく。
この人を喘がせたい。めちゃくちゃにしたい。気の強い彼が乱れるのを見たい。
そんな男としての征服欲もあったけれど……何よりも、彼が好きで好きでたまらない。
「あぁっ、アルファっ……」
「リッツさん、好きです。大好きです……!」
こんな時にこういうことを言うなんて卑怯かもしれないけど……でも、言いたかった。
「僕はあなたを絶対に裏切ったりしません。だから……傍に居てください……」
僕は子供だから、いつリッツさんに捨てられるか不安で仕方がなかった。
でも傍に居てくれだなんて、厚かましいだろうと思って言えなかった。きっと迷惑だろうって。
だけど…今日のことがあって、覚悟が決まった。
もう二度とリッツさんに辛い涙を流させないよう、僕が守っていこうと決めたんだ。
「はぁ…っ、あぁ、んぁっ」
「う…っ、リッツさんっ……」
リッツさんも僕も、もう限界か。そう思い、僕は腰の動きを早めた。
「アルファぁっ……ああぁっ」
「リッツさんっ、一緒に…っ」
今までで一番、深く、強く突き上げた。
「あっ、うあぁぁっ……!!」
リッツさんが体を震わせて達すると同時に、僕も彼の中にすべてを放った。
彼の体から力が抜け、そのまま彼は眠りについた。
「あの言葉……目が覚めたとき覚えていてくれてるかなぁ」
気持ちよさそうに眠るリッツさんを見ながら呟く。
まぁ、覚えてなかったとしても……離れたくなんかないけどね。
「お休み、リッツさん。……大好きですよ」
眠るリッツさんに軽く口付けると、僕も彼の隣に横たわり、ゆっくりと目を閉じた。