忌まわしい記憶と共に帰ってきた故郷。
真実を告げるその場所で、彼の未来は決まる。











プロンテラから少し離れた、名もなき村。そこがベイスの故郷だった。
「……あそこだ」
小さな孤児院を指差しベイスは言った。壁は塗り替えられていたが、そこは5年前と何も変わってはいなかった。
ノックをすると、一人の男性がドアから出てきた。40歳くらいの銀髪の男性だ。
「ん? 君は……ベイスくん、だったかな」
「……はい」
「立ち話もなんだから、中に入りなさい」
男性が奥へと消えていく。二人はそれについて歩いた。
「ベイスさん、あの人は?」
スフレが尋ねると、ベイスはそれに無愛想に返した。
「今のここの院長……死んだ前の院長の弟だよ」
「ってことは……リックスさんって人の弟っすか?」
ベイスは無言で頷いた。故郷に着いてからというもの、彼は無口になっていた。
不安だったのだ。リックスが自分をどう思っていたのか、これで明かされてしまう。
あの手紙の内容以上のものがなければ、今までベイスが出してきた結論と同じだということだ。
リックスに同情でしか見られていなかったという。
「……変わってないですね」
外観もそうだが、中はそれ以上に変わっていなかった。机も椅子も壁の色も、ベイスの描いたいたずら描きもそのままだった。
違っていたのは、風にそよぐ真新しいカーテンだけだった。
「建て替えようとも思ったんだが……兄が夢を持って建てたものだ。どうしても壊せなくてね」
さすがに汚れたカーテンは取り替えたし、外の壁は古くなったから塗り替えたがね、と院長は笑った。
「リックスさんのものは……残ってますか」
「もちろんだ。兄の部屋もそのまま残してある。誰にも使わせずにな」
「……そうですか」
「おっと、すまないが失礼する。出かける用があってね。子供たちが待っているんだ。
 まぁ、ゆっくりしていくといい。兄の墓参りにも行ってやってくれ」
院長が去っていくと、ベイスは俯いたまま椅子に腰掛けた。
「行かないんすか、リックスさんの部屋」
「勇気が出ないんだよ。怖いんだ。こんな気持ちになるのは初めてだ。
 どんな怪物も恐れたことがなかったのに……怖くてたまらないんだ。頼む。少し……待ってくれ」
「いくらでも待つっすよ、ベイスさん」
「……ありがとう」
ベイスの気持ちはよくわかる。文句を言うことなどできるはずがなかった。
俯くベイスの隣に腰掛け、スフレは彼の決断を待ち続けた。





「本当に……変わってないな」
二人はリックスの部屋にいた。ついにベイスは過去を振り返る決意をしたのだった。
古めかしいテーブルやベッド。枕元に常に置いてあるペン。ほとんどが昔のままだった。
家具のひとつひとつに手を触れながら、ベイスは昔を思い返した。
「ベイスさん、これ日記じゃないっすか?」
スフレがノートを手に取る。鍵が掛かっていたが、その鍵はテーブルの上にあった。
元々はリックスが常に持ち歩いていたものだが、彼の死後はそこに置かれたままだったのだろう。
「勝手に見ていいんだろうか」
「何言ってるんすか。……これを見ないで気持ちの整理をつけることなんて出来ないでしょ」
「……そう、だな」
鍵を開ける。ベイスはゆっくりとノートを開き、目を通し始めた。
スフレは彼を気遣って一緒に見ようとはせず、ただ彼の横顔を見つめ続けた。


『人を殺してしまった。人だと解っていて殺したわけではなかったが、その罪はあまりにも重い。
 彼らは夫婦だった。夫婦は過去に殺した悪魔による呪いを受け、悪魔に変化していた。
 調べた結果、二人には息子と同じ年齢の子供がいることがわかった。ベイスという名らしい。
 私が孤児にしてしまったその子を引き取ろうと思う。それがせめてもの罪滅ぼしだ。』

(……そうだったのか。リックスさんは親父たちを殺そうと思って殺したんじゃなかったんだ。それなのに俺は……)


『ベイスくんがボーカルに襲われているところを助けた。危ないところだった。
 こんな所で死なせるわけにはいかない。夫妻への負い目など関係なく、彼は私の息子と言っていいからだ。
 それにしても、体調がおかしい。悪魔と化した夫妻の血液を浴びたのが原因かもしれない。
 病気とは明らかに違う症状だ。これは毒に近い。しかしこれを治す方法はおそらく無いだろう。
 毒の進行を食い止めることぐらいしか出来ないが、仕方のないことだ。私には……相応な罰だ。』

(俺はこの時恋したんだよな。リックスさんが助けてくれたから……。
 それにしても……リックスさんの病気の原因はこれだったのか。こんなことがあったなんて)


『死んだ妻に謝らなければならないかもしれない。心を惹かれる人が出来てしまった。
 それも同性で……しかも子供。下手をしたら犯罪者だ。
 私を慕ってくれるあの子を、いつしか気にかけるようになっていた。
 あの子に関する償いようのない罪を持っているというのに。私は本当に、馬鹿だ。』

(……これって)


その時、強い風が吹いた。風に押されて真新しいカーテンが捲くれ上がる。
「あれ……?」
「どうした、スフレ」
「あのカーテンの下の壁に何か見えたような気がしたんすけど」
ベイスはスフレの指差すほうへ向かうと、カーテンを捲った。
カーテンにより今まで隠されていた小さな文字が、ベイスの目に飛び込んでくる。
ベイスの頬に涙が伝う。初めて見るベイスの涙にスフレは戸惑った。
「ベイスさん……?」
「……リックスさんの墓に行ってくる。少し一人になりたい」
そう言ってベイスは部屋を出ていった。俯いたまま、涙を拭おうともせずに。
残されたスフレは先ほどまでベイスが見ていた壁の文字を覗き込んだ。
「……そういう、ことね」

『ベイスくん、愛している』
壁には震える字で、そう書かれていた。

かつて、自分の最期の時を感じ取ったリックスはベイスへ手紙を書いた。
その時一つだけ、迷った末に始めは書かず、思い直したのだが最後に書き足すことの出来なかった言葉があった。
それがベイスへの愛の言葉。
しかしリックスは薄れゆく意識の中力を振り絞ってベッドの横の壁に自分の思いを書いた。
いつかベイスがそれを読んでくれることを信じて。
神の意志か、彼の弟でさえもこのメッセージに気づくことはなかった。カーテンを換える時に近づいたにも関わらずだ。
そして5年の月日を経て、思いはベイスへと伝わった。
遅くはあった。だが、遅すぎたわけでは決して無い。まだベイスはやり直すことができるのだから。


「リックスさん……ごめんなさい。俺は、おれは……!」
孤児院の近くへ建てられたリックスの墓。そこでベイスは泣いていた。
5年間一度も流すことなく封じ込めてきた涙。リックスの墓に縋りつき、彼はそれを流し続けた。
彼の胸の内に広がるのは、今までしてきたことへの後悔の念。そして再び湧き上がったリックスへの愛情だけだった。





その日から、ベイスは睡眠時にうなされるようになった。
おそらくリックスの夢でも見ているのだろう。
皮肉にも、リッツを裏切り、彼に悪夢を見せ続けたベイスが今度は悪夢に苦しむようになったのだった。


そんなベイスを自他共に認めるお人よしのスフレが放っておくわけがなかった。
「ベイスさん、これ飲んでみてください」
「……なんだよこれは」
スフレが手渡したのは、フラスコに入った明らかに彼手製の薬だった。
「ベイスさん……最近よく眠れてないんでしょ。夢も見ずにふかーく眠れる薬……ひらたくいえば睡眠薬っす」
「大丈夫だよ。ちゃんと寝てる」
「バレバレっすよ。顔色悪いし、足元もふらついてる。薬を作る職業なんだ、原因くらいはわかります。
 いいから飲んでください。一晩でもぐっすり眠れれば、少しはよくなるはずだから」
「……わかったよ。まったくお前はお人よしすぎておせっかいなくらいだぜ」
「へへ、それもよく言われます」
口では悪態をついているが、ベイスにとってスフレの心遣いはありがたかった。
リッツも例のハンターと出会ったことであそこまで立ち直れたのだろう。
自分にとってのその存在が、今そばにいるスフレなのかもしれない。ベイスはふとそう思った。





「ん……く、ふぁ……??」
その日の晩。妙な感覚に違和感を覚え、スフレは目を覚ました。
「うわぁ!? な、なにしてるんすかベイスさん!?」
布団を捲り上げると、そこにはスフレ自身を愛しそうに舐め上げているベイスがいた。
スフレは焦った。何故こんなことになっているのか。とりあえずベイスを止めなければ。
「と、とにかくやめてくださいよベイスさん。てかなんでこんなことになってるんすか」
ベイスを引き剥がすと、スフレは彼の顔を覗き込んだ。
「ベ、ベイスさん……?」
ベイスは明らかにまともではなかった。顔は赤く染まり、目も虚ろだ。
普段とは全く違うベイスの表情にスフレの鼓動が高まった。
(……って、ドキドキしてる場合じゃないっての! なんでベイスさんがこんなになったか考えなきゃ……
 ていっても、心当たりは……ひとつしかないよな……)
スフレは大きくため息をついた。
「調合間違ったな、こりゃ……」
睡眠薬を作るつもりで、おそらく……媚薬みたいなものを作ってしまったのだろう。
(なんなんだ、このエッチな話によく出てきそーな状況は)
しかし相手は女の子ではなくベイスだ。どう対処したらいいのか……
スフレが葛藤していると、痺れをきらしたベイスが抱きついてきた。しかしその抱きつき方は、子供が大人にするようだった。
「……リックスさん……大好きです」
ぽつりとベイスが呟いた言葉を、スフレは聞き逃しはしなかった。
(ひょっとしてこれ、ただの媚薬じゃなくて、もっと別の作用がある薬なのか?
 ベイスさんは、リックスさんの幻覚を見てるんじゃないのか……?)
「でもまさか、リックスさんが俺のお願いを聞いてくれるなんて思いませんでした」
そう言って笑いかけてくるベイス。その表情はいつもの鋭さを感じさせるそれではなく、子供のする純真なものだった。
(ベイスさんの目にはオレじゃなくて、リックスさんが見えてるはずだ。
 おそらくオレの言葉もリックスさんのものとして聞こえるんだろう。ふりを、するしかないのかなー……
 それにしても、ベイスさんの言うお願いって何だろう。もしかしたら……)
ベイスの話で知っていた。ベイスがリックスに自分を抱くよう頼んだことを。
おそらく今ベイスが見ている幻覚は、ベイスが最も幸せだった時……つまり、リックスと結ばれた夜の幻覚だろう。
スフレはそう考えた。同時に、リックスを演じることへの不安も感じ始めていた。
「……後悔してないですか? リックスさん」
不安そうに見つめてくるベイス。ここで答えなければベイスを傷つけることになる。
それだけはしたくなかった。こうなったら最後までリックスを演じきるしかない。スフレの決意は固まった。
「後悔なんかしてないよ、ベイスくん」
(は、恥ずかしい)
スフレの顔が赤く染まる。それに気づいているのかいないのか、ベイスは笑顔を浮かべ再びスフレに抱きついた。
(……こういうのも、結構いいかもな〜……って、そうじゃなくて!
 このままいくと、オレはベイスさんとすごい事をしなきゃいけないんじゃないのか?)
ベイスは『リックス』の次の行動をじっと待ち続けている。もう、後には引けないのだ。
(男となんてしたことないよ……女の子とだってそんなたくさんないし。それなのにできるのかぁ?)
考えこむスフレ。だがそのうちに考えるのをやめた。悩んだってしかたがない。そう思ったのだ。
(……これは、治療なんだから。ベイスさんを正気に戻すための治療なんだからなっ)
そう自分に言い聞かせ、スフレはついにベイスを押し倒したのだった。





「う……くっ、あぅっ……」
「き、きっつ……」
今まで慣らしてきたとはいえ、ベイスの内部はきつくスフレを締め付けた。
(動けねーよ、これじゃっ)
スフレはベイスの顔を見やった。ベイスも苦痛に顔を歪めている。
ふとベイスの体に視線を落とす。後のことを思って跡は付けなかったが、今までスフレが与えた快楽によって肌は上気していた。
(それにしても、きれいだなぁ。男に言うのもなんだけど)
騎士という職業柄多少の傷はあったが、それを差し引いてもベイスの体は美しいといえた。
女性のようだという意味での美しさではなく、均整な美しさだ。
「っく、このままじゃ動けない。力を抜いて……」
「む、無理……ですっ」
ため口で話す自分、敬語で返すベイス。今までの立場が逆転したかのような錯覚をスフレは覚えた。
深く口付けてやると、ベイスの力が抜けてゆく。それを見計らって動き始める。
「う、うぅ……あぁっ、リックスさんっ」
スフレに抱かれながら、ベイスはリックスの名を呼ぶ。傍から見れば妙な光景だ。
そんなベイスにスフレは微かな苛立ちを覚えていた。
(リックスさん、か。抱いてるのはオレなのに……
 って、なに考えてんだオレ。これは治療だろ? これじゃまるで……)
嫉妬してるみたいじゃないか。スフレは小さく呟いた。
だが、過去にこうしてリックスがベイスを抱いたと考えると、やはり苛立つのも事実なのだ。
「……っ、はぁ……リックス…さんっ」
ベイスの瞳から一筋の涙が零れる。それを見てスフレは困惑した。
「い、痛いのか?」
「そうじゃ、なくて……。嬉しいのに、すごく嬉しいのに涙が……。
 俺、すごく……んんっ、今、幸せなんです。それなのに、なんで泣いてるんだろう」
涙を流すベイスを、スフレは強く抱きしめた。
(ベイスさん……どこかで気づいてるのかな。これが幻だってことに。
 現実は辛くて悲しいけど、それから逃げちゃだめだってことに)
「……これで、ふっきれるんだ。もう、逃げちゃいけない」
「リックス、さん……? あぁっ」
ベイスの腰を掴み、大きく突き上げる。
スフレもベイスも細身だったが、同じような体格ということもあって少し辛い。だが気にしてはいられなかった。
(終わりだ、ベイスさん。過去にしがみついてこういうことをするのは。もう、これで……)
最後までリックスの身代わりだった自分。それをスフレは寂しく思った。
「これで、みんな……最後だ!」
「リ、リックスさ……う、あぁぁっ」
体を震わせるベイスから自身を引き抜くと、スフレはベイスの腹に熱をぶちまけた。
「これでよかったんだよな……」
気絶したベイスを抱きしめ、スフレは静かに呟いた。





「ありがとう、スフレ」
起きてきたベイスの第一声はそれだった。
「えっ……!?」
スフレは焦った。後始末はちゃんとしたし、何事もなかったかのようにベイスの着衣だって整えておいた。
昨晩のことがばれるはずがないのだ。……記憶に残ってさえいなければ。
「ど、どうしたんすか、ベイスさん」
「いや、別に深い意味はないんだけどな。昨日の晩、すごくいい夢を見れた気がするんだ。
 たぶんお前の薬のおかげだと思う。それで、礼を言っとこうと思ってさ」
「は、はは……」
(その薬……ちょっと違う方面に働いちゃったんだけどね)
冷や汗をかくスフレを、ベイスは不思議そうな顔で見ている。
(それにしても……体はなんともないのかな、ベイスさん。丈夫な人だ)
何の障害も無さそうに動くベイスを見て、スフレはそう思った。
「……リッツに、連絡をとろうと思う」
ベイスがぽつりと呟いた。その瞳には決意の光が宿っていた。
「リッツさんって……ベイスさんが始めに裏切ったっていう」
「……ああ。これから俺が生きていくためには、あいつにまず会わなきゃならない」
「これから、ですか。……もう、ふっきれたんすね」
スフレの言葉に、ベイスは笑顔を向けた。
「俺が傷つけてきたたくさんの人のために……することがたくさんあるからな」
その言葉を聞いてスフレの表情が曇る。それは過去に縛られているということではないのか。そう思ったからだ。
そんなスフレにベイスは再び笑顔を向ける。
「そんな顔すんなよ。償いが終わるなんてことはないが……その中で、俺のやるべきことを見つけるさ。
 リックスさんのことは忘れない。……いや、忘れられはしない。でもそれに縛られる気はないぜ、俺は」
「ベイスさん……」
「スフレ、お前はこれからどうする? ついてくる義務なんかないぜ。お前の好きなようにしろよ」
問いかけに、スフレは笑顔で返した。
「聞く必要なんてないっすよ、ベイスさん。お供いたしますぜ……へへっ」
「おいおい……ふざけた奴だなお前は」
呆れたような口調で言うベイス。だがその顔には笑みが浮かんでいる。
二人の本当の旅は、ここから始まるのだ。














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