「……どうしたものか」
首都プロンテラの裏通り。
どこか犯罪の臭いが漂うそこには似つかわしくない、クルセイダーの青年が一人立っている。
青年――ロフティ=アディンは悩んでいた。目の前の光景に対し、どう行動すべきかと。







『欲しいものはぬくもり』












クルセイダーたるもの、街の治安を守る義務があるとロフティは考える。
実際街の住人もそれを望んでいるのだろう。プロンテラ城にはしばしば街の治安維持の依頼が来る。
旅に出ていない間、クルセイダーたちはそれを交代で請け負うことになっていた。
ロフティの担当は今日。義務感の強い彼は深夜であろうと手を抜かず街を見回るのだった。





――ひどい物音がしたと思って、来てみればこれだ。
ロフティは目の前の光景に、顔をしかめずにはいられなかった。
ガラクタの中に埋もれるようにして倒れている少年が一人。顔や身体には傷が無数にある。
彼が普通の少年だったならば、ロフティも迷わず助けていただろう。
少年が、クルセイダーが忌み嫌っていると言ってもいいローグでなければだ。
神に忠誠を誓い、聖なる力を武器として戦うクルセイダーたちには、略奪などの悪事を繰り返すローグは許せない存在なのだ。
しかし、ロフティが少年の姿に嫌悪感を示した理由はそれだけではない。
異常なほどに乱れた少年の着衣……そこから考えられることはただ一つ。
「男としてのプライドもないのか、ローグという奴には」
少年の着衣を正してやりながら、ため息をつく。
ローグなど助けてやる義理はないと言いたいところだが、放っておけば少年は死んでしまうだろう。
確かにローグは神に背く行為をする連中ではあるが、すべての人間に平等である神が見捨てることを望むだろうか。
それに、傷だらけの人を見捨てるなんて人間としてまずいだろう。
そう思うと、少年を放ってその場を立ち去ることなどロフティにはできなかった。
(……やけに軽いな。盗賊というのはこういうものか)
しなやかで細い体つきや、淡い茶色の柔らかい髪から、どこか猫のような印象を少年から受けた。
少年をその腕に抱きながら、また一つロフティはため息をついた。
この出会いが、彼の人生を変えることになるとも知らずに。





「う……」
旅館の一室で、少年は目を覚ました。しばらく、ぼんやりと天井を見つめる。
「……えっ!? なに、ここどこ!? オレ生きてんの!?」
突然がばっと起き上がり、騒ぎ出す少年。
「イテテテ……腹いてぇ〜〜〜!!」
「刺されていたからな。当たり前だ」
少年の目覚めに気づき、ロフティが声をかける。
「っていうか、全身痛いし。っていうかここどこ、アンタ誰? っていうか、なんでオレ生きてんの?」
「少しは大人しくできんのか。ここはプロンテラの旅館。私はロフティ=アディン。お前は私が助けた」
「全部答えてくれるなんて親切な人だねアンタ。最高」
そう言って笑い出し、また腹を押さえて痛がる少年。
生来生真面目なロフティはどうにも少年のテンションに付いていけない。
「しばらくお前は私が保護する。ここで大人しくしているんだな」
「えー、つまんね。傷治ったらとっとと出て行かせてもらうぜ。アンタ、おカタそうだし肩こりそうだもん」
「……勝手にしろ」
――頭痛がする。
ロフティは少年を助けたことを後悔し始めていた。
「お前にはいくつか聞きたいことがある。まず、名前は何だ」
「名前? ……そうだな、スティルって呼んでくれよ」
「……スティルか」
スティル、といえば『盗み』を連想させる言葉だ。どうにもそれが本名とは思えない。
「できれば本名を聞きたかったのだがな。次の質問だ。あの裏通りで何をしていた」
「ん? カラダ売ってた」
「…………」
返答の内容は想像できていたが、まさかこんなに直球で言われるとは。
恥じらいというものがこの少年には無いのだろうか。
「……で、売春をしていてどうしてあんな傷を負ったんだ」
正直うんざりしながらもロフティはスティルに問う。
「コトが終わった後、金貰おうとしたら仲間呼ばれてボコられてマワされて逃げられた。
 オレってば、ヤり捨てられちゃったってわけ。ったく、ケチな奴だぜ。金くらい払えってな。ヤらしてやったんだから」
……参った。理解を超えている。
「……普通そこは悲観すべきところだろう。お前はどうしてそんなに明るいんだ……」
「え? めちゃめちゃ落ちこんでんじゃん、オレ」
「とてもそうは見えんが」
「そうかぁ? ま、金くらいいいけどな。結構気持ちよかったし。マワされんのは勘弁だけど」
「…………」
こいつには付いていけない。ロフティは大きくため息をついた。この少年に関わってから何度目だろうか。
こうスティルが常識では考えられないようなことを当たり前のように言うので、自分の感性がおかしいような気さえしてくる。
「ため息つくと幸せが逃げるっていうぜ」
「誰のせいだ、誰の!!」
思わず声を荒げるロフティ。いつか胃に穴が開きそうだ、と彼は思った。
どうして自分はこんな奴を拾ってしまったのだろう。こんな貞操観念の欠如した奴を。
「まぁ、あのままほっとかれたらたぶん死んでたし。礼を言っとくぜ。ありがとな」
そう言ってスティルが笑顔を見せる。その笑顔はさっきまで過激な発言をしていた少年とは思えないほど輝かしい。
犯罪に心を染めたはずの人間に、このような表情が出来るだろうか。
話すことも嫌だと思っていたローグ。だがこのローグの少年には付いていけないとは思えど、あまり嫌悪感を感じなかった。
「……お前って奴は、よくわからん」
「オレに言わせればアンタこそよくわかんないけどね。聖騎士さんのくせにさ、なんでオレなんか助けたんよ」
「クルセイダーがローグを嫌っているのを知っているのか?」
「わかるさ、そりゃ。神様に仕えて戦うような連中がオレたちに好意的なわけないっしょ」
「ふむ……」
思ったよりこの少年は賢いのかもしれない。少なくとも状況を判断する能力には長けている。
そう思えばロフティにも、スティルの話を聞く気は起きてくる。
「アンタはさ、カラダを売るようなオレみたいな奴はどう思うのよ」
「はっきり言ってしまえば、男としてのプライドも何も無い奴だと」
「……ほんとにはっきり言うねアンタ。何気に毒舌? ……まぁ、そう思われてもしょうがないけんね。
 でも、アンタらは貧しい連中の苦しみを知らないからそういうことが言えんのさ」
「生きるために売春をしているんだと、そう言いたいのか?」
「昔はそうだったけどな。ま、今はオレがしたいからしてんだけど」
「したいからしている……? それと貧しさと何の関係があるというんだ」
「オレにもいろいろ事情があるってコト。傷が熱もってだるいからもう寝るぜ。おやすみ」
「……ああ」
よくわからない。貧しいから身体を売っているのかと思えば、したいからしているのだと言う。
スティルの言動は、ロフティに大きな混乱を与えていた。
元々裕福な家庭に育った彼には、男が男に身体を売るという世界があることすら驚きだったものだ。
そんな行為を進んでするスティルのことが理解できないのも当然といえた。
だが、それによって自分のローグへの偏見が強まった気がしない。それがロフティは自分の事ながら不思議だった。
それよりも、スティルへの興味が彼の胸を支配していた。まるで未知のものに魅かれる、子供のように。





「アンタはさ、なんでクルセイダーになろうと思ったの?」
ロフティがスティルを拾ってから数日。そう問う少年に、ロフティは言葉を返せないでいた。
何故かと改めて聞かれれば、わからないとしか言いようが無い。
なりたいからなったわけではなく、家柄や周囲の動きに流されたせいだと思う。
今でこそ人を助けたいからなどと言えるが、この少年には嘘はつけない。
ついたとしても、きっと見抜かれる。なぜかロフティはそう感じた。
だが、明確な意思を持たない自分が恥ずかしくもあり、はっきりと自分の弱さを認めるような発言はしたくなかった。
「正直、わからない。周囲の環境に流されて……気が付いたら、こうなっていたような気がする」
「アンタっておぼっちゃんぽいもんな。でもクルセイダーってくらいだから、神様は信じてるんだろ?」
「もちろんだ。家が代々そうだからな」
「やっぱり、ね」
ごろん、とベッドに寝転がりながらスティルが言う。
複雑そうな表情はこれまでに見たことの無いもので、ロフティはかすかに驚きを覚えた。
「もし神様がいたとしても、決して平等じゃないと思うぜ、オレは」
「何を言うんだ。神は万人に等しく恵みを与えている」
「神様が本当にいて、平等だったら、オレはどうしてこんなことになってるんだよ。
 オレが一番苦しいときに、神様は助けてなんてくれやしなかった。信じてるやつだけだってんなら、それも解るけどな」
「神を侮辱する気か」
怒りをはらんだロフティの声に、スティルは笑って返す。
「いや、オレは信じてないってだけ。アンタの信じてる神様の理想像をぶちこわす気なんかないよ。変なこと言ってごめんな」
「お前……」
「でもな、オレは神様だけじゃなく、誰にも頼らないで生きてきたんだ。きっと、これからもな。今更信じる気なんて起きないさ」
「……信じない奴に無理に言うことも無い。私はこれ以上何も言わん」
どこか含みのあるスティルの言葉に、ロフティは何かひっかかるものを感じていた。
神の存在だけではない。人間を信じる心すらも失いかけているようなその言葉に。
「そういうアンタの潔い所好きだよ。クルセイダーは天職だったかもな」
そういってへらへらと笑うスティルは、今までの軽いノリのローグの少年に戻ってはいたのだが。
どこか影のある印象を感じ、ロフティは彼と共に笑えないでいた。
(こいつは、ずっと大人なのかもしれない。周りに流されてばかりの俺なんかより)
信じたくはなかった。清廉潔白に生きてきた自分が、誰にも頼らず自由に生きるスティルを羨んでいるなどと。
神を侮辱するような存在のローグが、自分よりも人間として優れているかもしれないなどと。
だがその思いは、ロフティの胸から片時も離れることは無かった。





「兄上!!」
ロフティとスティルが泊まっている旅館に、一人の少女が駆け込んでくる。
「ティフか。何の用だ?」
「何の用だ、ではないでしょう。ローグを助けたというのは本当なのですか」
少女はロフティの妹、ティファニー=アディン。彼女も兄と同じクルセイダーである。
そして、もちろん生真面目な性格も兄譲りだ。
「なんだ、それだけの用で来たのか。その通りだ。あそこに寝ているのがそうだ。スティル、というらしい」
「どうしてそんな事を。我々がローグを忌み嫌っているのはわかっているでしょう。兄上もそうだったはずです」
「俺もまだ完全に偏見が消えたわけではないがな。でももう少し、あいつの話を聞いてみたい」
「普通ではありません、兄上は。あの男に毒されたのですか」
食い下がる妹にロフティは意地の悪い笑顔を向けた。
「ならば聞くが、お前が最近行動を共にしている詩人の男とはどういう関係だ?」
その言葉にティファニーの顔が赤く染まる。
さっきまでの毅然とした表情とは対照的に、その顔は歳相応の少女そのままだ。
「な…っ、アスターはこの件には関係ないでしょう!」
「ほう、名前を呼び捨てにできるほどの仲なのだな、ティフとそのアスターという男とは。
 おかしいな。お前は詩人など軟弱だと嫌っていたのではなかったのか?」
「ア、アスターは軟弱などではありません。勇気のある男です」
「見方が変わることなどよくあることだ。俺のスティルへの興味もその一環なのかもしれん。
 偏見は人を歪ませる。間違った見方は変えるべきだ。そう思うだろう、ティフ」
「……よくわかりません。しかし兄上がそこまで言うのなら、これ以上は言いますまい。くれぐれもお気をつけて、兄上」
そう言って去っていくティファニーを見送り、ロフティはスティルのほうへ視線を向けた。
スティルは今の騒ぎで起きたのか、じっとロフティのほうを見ていた。
「……オレって、ひょっとして邪魔系?」
「気にするな。ティファニーは良くも悪くも私に似た女なのだ」
「あのさぁ、アンタって普段自分のこと『俺』って言うの?」
「まぁ、友人やティフの前ではな」
「オレの前でもそう言ってくれよ。何だか嬉しかったんだ。アンタがオレのことを認めてくれた気がして。
 いや、まだ偏見があるってことはわかってるよ。カラダ売るようなオレを軽蔑してるだろうってことも。
 でもさっき、妹があそこまで言ってるのにオレを追い出さないでいてくれたから、だから……」
混乱気味のスティルをなぜかロフティは微笑ましく思った。
この間までのローグへの憎悪はどこに行ってしまったのか、と自分でも可笑しく思う。
まだ完全に不信感が消えたわけではない。だが、妹との会話の中で自然とスティルを庇ったのは事実だ。
スティルと接してから、自分の心の壁が少しずつ溶けて消えていくような感覚をロフティは覚えていた。
「わかったよ。お前には普段どおり接することにする」
「マジで!? ……でもあいかわらずおカタい喋り方なのな、アンタ」
「これは素だ。すまんな」
「それっぽいもんな〜。ま、とにかくありがとな。なんか、すげぇ嬉しい。ほんとに、マジで……」
ふいに、スティルの瞳から涙がこぼれた。それは本人も予期するところではなかったようで、慌てて拳で頬をぬぐっている。
「うぇ!? なんでオレ泣いてんだよ、マジダサい……」
「そんなに嬉しいのか?」
「わかんねーよ、オレにもっ」
ついにベッドに突っ伏してしまった少年を、ロフティは穏やかな気持ちで見ていた。
(変に人生に達観してるかと思えば、こんな子供みたいな反応もする。本当にこいつは面白い奴だ)
拾ったその日よりも、さらにスティルへの興味が強くなるのを感じる。
相手のことをもっと知りたいだなんて、恋人同士でもあるまいし。そう思うと、何だか可笑しくなってくる。
「何ニヤニヤしてるんだよ」
「いや、たいしたことではないんだ」
笑いの止まない自分に向けられるスティルの不審そうな視線を感じながら、ロフティは思った。
(こいつはローグだが、今まで想像してたような奴じゃない。こいつの傍にいるのも、悪くない)














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