「……そろそろ、ヤバいかもしんないなぁ」
旅館の一室で一人、スティルは呟いた。
ロフティは昼間、大抵プロンテラ城に行ってしまう。彼の許しが出ない以上外にも出れない。
別に無視してもよかったのだが、後で小言を言われると思うと気が進まない。
そんな中スティルが悩むのは、自分の性癖についてであった。
夜になるとどうしても誰かの肌を求めて体が疼く。それが数年前から続く彼の『病気』である。
大概な変態だと自分でも思うのだが、どうしようもなかった。
最近はロフティと共に過ごしているので、抱かれにいく相手を求めることも出来ない。
(このままじゃ、オレはいつか……)
ロフティを襲ってしまうのではないだろうか。そんな不安がスティルの胸をよぎった。
有り得ないことではない。人肌を求めている時の自分は、まるで動物の発情期のようだという自覚がある。
つまり、理性なんて有って無いようなものなのだ。欲にまかせてロフティを襲うことだって十分に考えられる。
それだけは避けたい。せっかくこの間友人とは言わないまでも、それに近い関係にはなれたのだ。
彼はきっと、いや絶対本当の自分を知ったら軽蔑するだろう。そんな確信がスティルにはあった。
身体を売ること自体に嫌悪感を示す潔癖な彼のことだ。自分が進んで抱かれに行っているなどと知れたらどうなるか想像に難くない。
その時のことを想像すると、胸に痛みが走る。少なくとも、嫌われるよりは出て行ったほうがマシだ。
(オレがどうにかなっちまう前に、ここから出ないと)
もう少しだけでいいから、一緒に居られたらよかったのに。スティルは自分の性癖を心から呪った。
……本当に、もう少しだけここに居ようか。
ロフティとの間に当初感じた居心地の悪さはなく、むしろ彼との生活を楽しいとさえスティルは感じていた。
予想外な居心地の良さと、友人と言ってもいいロフティの存在。それが彼の決心を鈍らせていた。





「ん……?」
窓の外から声が聞こえた。窓の外を覗き込むとそこには、ロフティと他のクルセイダーの姿があった。
おそらく同僚であろう二人のクルセイダーの男とロフティは、何やら口論をしているように見えた。
スティルは耳が良い。それが仇となって、聞かないほうが良かったであろう彼らの会話が聞こえてしまった。


『ロフティ。お前まだローグと一緒に居るのか?』
『ああ。だが、何も問題はないぞ』
『問題とかそういうことじゃなくて。そのせいでお前、あんまり良く思われてないみたいだぞ、城の連中から』
『先輩も言ってたぜ。ローグと付き合うのは一番って言っていいくらいマズイ事だって。ヘタすりゃ城の警備の仕事、解雇されるぞ』
『かまうものか。それにしても、どうにかならんものかな、偏見というものは……。上の連中は頭が固いんだ』
『頭が固い、ね。お前の口からそういう言葉を聞くとは思わなかったよ。変わったな、お前』
『どういう意味だ、それは』
『そのままの意味』
『…………』
『まぁとにかく。今後のお前のためにも、ローグとの付き合いは早めに打ち切っといたほうがいいぜ。それは忠告しとく』
『俺たちだって……偏見が無いわけじゃないんでな』
『……忠告は、一応感謝しておく。だが俺は……』
『聞くか聞かないかはお前次第だ。よく考えて答えを出しな』


(……オレは)
スティルは身体を震わせた。
自分の存在がこんなにもロフティの負担になっているとは思っていなかった。
一緒にいるだけで周りから厭われるほど、ローグとクルセイダーとの間の溝が深いとも。
(オレは、やっぱり邪魔なんだ。アイツのためにも早く出て行ったほうがいい……)
あの日に受けた傷はもう治っている。ここに自分が居ることのできる真っ当な理由ももはや無いのだ。
自分の性癖のこともあるし、出て行くにはちょうどいい機会だ。
本当は出て行きたくなどない。だが我が侭が言える立場でないのも、そうすべきでないのもわかっている。
(夜になって、アイツが寝たらここを出よう。いろいろ面倒だし)
置き手紙くらいは書いていこうと、スティルは紙にペンを走らせた。
ロフティと共にいたのは数週間ではあったが、楽しかった。ふと蘇る思い出を噛み締めながら文を綴る。
過去のこともあり人を信じられず、誰かと話すときもどこかで警戒していた。
だが、ロフティと話していた時にはそれは無かったように思う。
人とそんな風に接したのも、迂闊にも涙を流したのも、久しぶりだった。
(何オレは感傷に浸ってんだか……らしくないっつの)
柄にもない、とスティルは苦笑した。しかしその表情が少しずつ崩れていく。
瞳の奥から溢れ出る涙が笑うことを妨げる。
(あぁ……また泣いちまった。オレ、なんかおかしいや)
しかし、今は泣きたかった。涙を流すことで、心に渦巻く寂しさと遣り切れなさを拭い去ることが出来るのならば。





どこか嫌な予感がして起きてみれば、やはりか。
スティルが寝ているはずのからっぽのベッドを前に、ロフティは奥歯を噛み締めた。
旅館に戻ってきたときのスティルのよそよそしい態度。どこか悲しげな瞳。
気づくべきだったのだ、彼の決意に。自分の鈍さを心から呪いたくなる。
テーブルの上に放り出された、前もって書いてあったらしい置き手紙を手に取る。


『生真面目な聖騎士さんへ


 いきなりで驚いたかな。そろそろおいとまさせてもらおうと思ってね。
 オレが居たら迷惑になるみたいだし。……出世とか出来なくなるっしょ、たぶん。
 まぁ、短い間だったけどアンタと居れて楽しかったよ。ちょっと……寂しくなるけどな。
 アンタがローグへの偏見無くしてくれただけでも、すげぇ嬉しいから。


 そうそう、最後に言いたいことがあるんだ。
 アンタ、オレが名前名乗ったとき、偽名だと思ったろ。
 そうだとしか思えない名前だしな。ローグで『スティル』なんてさ。
 でもあれ、本名なんだぜ。スティル=ブルークっていうんだけどさ。
 ……いや、本名っていうとまた違うかな。あ、今どっちなんだよ!ってつっこみ入れたろ。
 オレさ、名前が無いんだ。物心付いたとき……たぶんそれより前から、親がいないから。
 ガキのころは、オレと同じ親がいない仲間たちと、盗みなんかやりながらなんとか暮らしてた。
 プロンテラのほうには孤児院とかあったみたいだけど、オレの住んでる地方にはそんなの無かったからな。
 その仲間うちで一番盗みが上手かったから、『スティル』って呼ばれ始めたってわけ。
 『ブルーク』は世話になったシーフギルドの人から貰った苗字。名前だけじゃ不便だろうってな。
 どうしてこんな話を書き残してったかって? そりゃ、アンタに嘘をついたって思われたくないからよ。
 オレは生きるためにどんな嘘だってついてきたけど、アンタにだけは嘘をつきたくなかったんだ。なんでだろうな。


 アンタといると、不思議な気分だった。全然住んでる世界は違うんだけどさ、どこかウマが合うっていうか。
 こんな堅物のところ、絶対居心地悪いって思ってたのに人生って不思議だよなぁ。
 立派なクルセイダーになれよ。マジでアンタの天職だって思ってるからよ。
 オレは……まぁ、好きなことしながら暮らすさ。カラダ売ってるオレをまたどっかで見かけても、気にすんなよな。
 それが、アンタの身のためだ。またローグなんて拾っちゃだめだぜ?


 じゃあな、楽しかったぜ。ありがとな。アンタと会えて本当によかった。

                                              スティル=ブルーク』


「……っ」
ロフティは思わず、旅館を飛び出していた。
どうしようもない激情が自分の胸の内に湧き上がってくるのを感じていた。
(あいつは、たぶんあの時の俺たちの会話を聞いていたんだ。だから出て行こうなんて……馬鹿がっ)
彼の心を支配するのは、自分の気も知らず勝手に出て行ったスティルへの苛立ちと、どうしようもない遣り切れなさ。
自分がどうしてこんなに必死になっているかはわからない。
ただ一つ言えるのは、このままスティルと別れたくないということ……それだけだった。
(どこだ……どこにいるんだ、あいつは)
スティルのいる場所など見当もつかない。共に暮らしている間、怪我のせいもあり外に出る彼を見たことがなかったからだ。
ロフティと彼が共有している場所といえば、一つしかなかった。
二人が最悪な出会いをした、あの裏通り。
後から聞いた話だと、あの場所は男娼が相手を探す場所の一つであるらしかった。
スティルが未だに身体を売り続けているとしたら。自分との別れの寂しさをそれで誤魔化そうとしているならば。
彼はそこにいるに違いない。ロフティは一つの確信を胸に、夜のプロンテラを駆けた。





(そういえば、オレここでアイツに拾われたんだっけ)
スティルは一人、裏通りに座り込んでいた。結局ここに来てしまうのはやはり『病気』なのだと思う。
(ひどい格好だったろうな。ボコられてマワされた後だもんな。あんな酷い目にあった事ってなかったし)
全くツイてない、とあの時は思った。でもそのおかげでロフティに会えたのだと思うと捨てたものでもないと今では思える。
外気の冷たさが身にしみる。心のどこかにある寂しさと相まって、余計にそれを感じた。
「君、一人かい?」
かけられた声に顔を上げると、騎士の男が自分を見下ろしていた。
「そうっすよ〜。もう身も心も凍えそうで。暖めてくださいよ」
そう言って、男に腕を絡める。
今日は、この男に抱かれるのか。何の感慨も無くスティルは思った。
顔はろくに見ない。ただ自分を一夜だけ満たしてくれればそれでいいし、それだけの相手だからだ。
本当にそれで自分が満たされているかどうかはわからないけれど。
男に腕を引かれ、歩き出そうとしたその時。
彼は、信じられない人物の声を聞いた。





「スティル―――っ!!」
ロフティは思わず叫んでいた。知らない男に腕を引かれたスティルが驚いた顔で振り返る。
彼のもとに駆け寄り、反対側の腕を掴む。
「な……なんなんだ、あんたは?」
騎士の男を睨みつけながら、ロフティは言った。
「すまんな、こいつに用があるんだ」
「先約……ってやつか?」
「……まぁ、そうだな。先約だ」
ぐっとスティルの腕を引き、男から引き離す。そしてそのまま彼の手を引き、駆け出した。
「ちょ、おい、あんたっ!?」
呆然とした男を残し、二人は裏通りから立ち去った。
(暖かいな……)
ロフティはガントレットを外していた。そのため繋がれた手からスティルはロフティの体温を感じていた。
冷たい自分の手に染み渡るその暖かさに、身体が震えた。
(オレ……ヤバいかもしんない……)
朝に感じた『病気』の予感。自らの理性が少しずつ失われていく感覚をスティルは覚えた。





「どういうつもりだよ……」
ロフティに導かれ旅館に戻った後、スティルは問いかけた。
「俺にもわからん……」
ロフティがそれにぽつりと答える。
本当にわからなかった。自分があんな行動に出たことが今では信じられないくらいだった。
ただあの時は必死で、スティルを連れて行かれたくないという想いのままに行動してしまった。
自分の中にそんな馬鹿げているともいえる熱い部分があるとは思ってもおらず、ロフティは混乱していた。
「とりあえず、さ」
その瞬間、ロフティの身体がベッドに沈んだ。見るとスティルが自分の上に馬乗りになっている。
「な、何を?」
「引き止めたりして、こんな状態のオレを興奮させたアンタが悪いんだぜ……」
スティルの理性はロフティを前にして、急激に失われていた。
このまま消えるはずだったのに引き止められ、ロフティの自分への執着心を見てしまったこと。
それが、起こってしまった『病気』と相まってスティルの情欲に火を付けていた。
きっと今まで抱かれた誰よりも心地よいだろう。ロフティの身体の熱さを想像し、彼の身体は疼いた。
「さっき邪魔してくれた責任は取ってもらわんとね……」
そう呟くスティルの瞳は、妖しく光っていた。














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