「またいつものハッタリだと思ってたわよ」
アンタってホント狼少年だから…とまるで100M先まで届きそうな溜め息。
「ひっでぇな、姉御」
「姉御じゃない!社長、でしょ!!」
それで?とオレは『山!川!』の合言葉と化している掛け合い漫才は見捨てて先を促す。
大切なのは何よりも、それ、なんだ!!
「…ったく、何年経っても手こずらせてくれるわ、この生意気なボウヤは……」
そうぼやくと、姉御…もとい、社長は深く凭れていた革張りの椅子の上で脚を組み替えた。
社長だから革張りっていうのもなかなか安直な話だけど、この人…結構形から入るタイプなんだよな……。
いつも自信満々で自己顕示欲強くて、でも、そういうパワーの源って実はこういう些細なことなのかも知れない。
最初は弱小芸能プロでしかなかったうちがここまでのし上がってこれたのは、実際この女社長の手腕によるところが大きいワケだし。
それにしてもあれから5年ーーーオレはあの頃描いてた未来の片隅に立ってる。
めでたく歌手デビューも果たしたし、いまや押しも押されぬトップアーティストだ。
勿論、ここまで来るのに血の滲むような努力もしたし、苦い思い出も腐るほどある。
でも、それはオレの胸だけにしまっておくとしよう…だって、天才は多くを語らないもんだし、『能ある鷹は爪を隠す?』だ!
そんなこんなで、ハッキリ言ってオレは待ちくたびれた。
オレの方は準備万端なんだぜ?
「依頼が来たのよ、あのGacから」
「うっそ!?マジかよ??」
「こんな喰えない冗談、誰が好きこのんで言うもんですか!アンタの曲作りたいですって!」
なんでか逆ギレ状態の社長を尻目に、それでもオレの心は我ながら現金なまでに浮上してくる。
「…ったく、アンタ達一体どういう関係なのよ?あのGacが自ら依頼してきたのよ!それも電話よ、国際電話!」
怒りのあまり、段々論点がズレてきてる気がするけど…この際気にしないことにしよう……。
「だから言っただろ?クラスメイトだって」
こういうコネは事前に話してもらわないと、と言わんばかりに睨み上げられ、オレは反論する。
散々自慢してやったのに信じなかったのはそっちの方だ。
「あのねぇ…クラスメイトじゃ弱いのよ……ビジネスとして」
「そんじゃ、親友」
「そんじゃあ?」
「だろ、多分」
「多分~~~ッ??」
取って付けたような答えしかできないオレに、社長の額がピキピキと青筋立ってくるけど。
けど、改めて訊かれるとオレだって困る。困るんだ。
最初はただのクラスメイトで、顔合わせても見て見ぬフリ、挨拶さえ交わさなかった。
それが、気付かぬままネットで知り合って、いつの間にか互いになくてはならない存在にまで膨らんでた。
少なくとも、オレの方はそうだった。
隣に立っていたい、一緒に手を繋いで歩きたい、戦いたいと思える相手。
ひとりじゃ無理でも、ふたりなら羽ばたけるような気がするんだ、学とならーーー。
強いて言うなら…そうだな……戦友ってヤツ?
「オレ受けるぜ?この依頼」
「何言ってんの?当たり前でしょ!」
オレの意見など最初から聞く価値もないという風に、答えは間髪入れず返った。
実際、キャリアこそオレの方が長いとは言え、知名度はGacの方が断然上なんだ。
社長に言わせれば、まだまだ半人前のオレに世界的なピアニスト様直々の申し出を断る理由も権利もない、んだそうだ。
それはそれでムカツクけど、な。
「へーへー」
「アンタは彼のご機嫌を損ねないようにだけ気を付ければいいのよ?」
相変わらず殺生な言い草……。
そんな無慈悲な台詞を聞きながら、それでもオレが浮き足だってたことは言うまでもない。
おかえり>Gac
ただいま>RizM
…今から出てこられるか?
今から?
無理?
大丈夫だけど……
それじゃ…学校!校門の前で待ってるから!
返事を待たずに部屋を飛び出る。
だって、もう待ちくたびれたんだ。
夢を待つことにも、あいつを待つことにも。
久し振りのチャットは歯痒いような照れ臭ささえ感じて、そう言えばGacが学だと分かってからは一度もそうすることがなかったのだと今さらながら気付いた。
逢いたい、今スグ逢ってーーー。
ッ!?オレ、今何考えた??
うっわあぁ!一時の気の迷いだ!気の所為だ!!
「どうかした?変な顔して」
「ッッ!!」
突然暗闇から話し掛けられて、やましいところがあるオレはびくりと跳ね上がる。
「おまッ、驚かせんなよ!」
妄想…想像してた顔よりも少しだけ大人びた顔が間近で覗き込んできて、オレの心臓がバクバクと鳴る。
5年分の成長に少しだけドキマギする。
お前の目にオレはどう映ってる?
そんな疑問が胸に渦巻く。
「何度呼び掛けても気付かなかったのはそっちの方だろ!?」
「それにしたってもうちょっと、こう、あるだろ?仮にも感動の再会だぜ?」
「そっちだって、思い出し笑いでニヤついちゃってさ!このむっつりスケベが!!」
なのに!それなのに!甘い再会とは程遠い会話が飛び交う。
照れ隠しに言ったハズの皮肉が、段々本気モードに。
次第にイライラは募り、今までの不満とか欲求とかがごちゃ混ぜになって蘇ってくる。
「大体な、ケジメだか何だか知らないけどな、今まで5年も音信不通なんて薄情すぎるぜ?お前!そのクセ、急に日本帰ってきて曲提供してやるなんて、一体何様だっての!こう見えて、オレだってヒマじゃないんだからな!」
こんなこと言いたかったワケじゃない。
けど、けどさ、もしかして応えてくれるかも、なんて甘い期待を抱いてほとんど毎日サイトチェックしてたオレがなんか馬鹿みたいじゃん?
ひとりでカラ回って、さ。
「そんなの分かってるよ!でも……願掛けだもん。しょうがないだろ」
「は?」
「願掛けだもん!しょうがないだろ!!」
は?願掛け??
「ほら、よくあるだろ?自分の目標達成するために好きなもの断ちするっての」
目標は分かる。
でも、好きなものって…オレはものじゃないだろ……って!問題はそこじゃない!!
「好きなものって…ひょっとして……オレ?」
半分冗談、半分本気で訊いてみる。
「……気持ち悪いだろ?」
作り笑いじゃん?
「……こんなん、いい迷惑だろ?」
5年越しの片想いなんて唄にもならない、なんて笑ってみせるけど。
目が笑ってないって!
「迷惑じゃない」
「え?」
「だから!迷惑じゃないっての!」
「嘘…だろ?」
「こんな喰えないウソ、誰が好きこのんで吐くかよ!さっきのアレだって、学のこと考えててああなったんだからな!」
だってさ、こんな風に照れたり、拗ねたり、怒ったり、男のそんなトコ見て可愛いと思うなんて相当…スキ……なんだろ、多分。
「オレさ、上手く説明できないけど、この先ずっと隣に立ってたい。一緒に手を繋いで歩きたい、戦いたいって思える相手は学だけなんだ。だから、一緒に目指そうぜ?イカロスが目指した大空」
「それ……殺し文句」
真っ赤になって俯く学を見て初めて、オレは自分の言った台詞がまるでプロポーズみたいだって気付いたけど、それも後の祭りで。
「それにしてもオレら…こんな夜中に母校で何やってんだろうな……」
夜の闇に隠され、火照った頬を夜風に冷やされながら、今が夜で良かったと本気で思った。
でもな、学。
あの時言ったオレの言葉に嘘偽りなんてないんだ。
今こうして一緒にスポットライトを浴びる傍らにはあの日描いた夢のようにーーー学がいる。
Happy
End
2002/2/1 fin.
戻ル?
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