温泉2人旅3



先程愛を交わした勢いで、二人は、照れながらも湯船の中でいちゃつき始めた。
幸せなカップルに、温泉とくれば、結構必然的である。

龍之介の頬を撫でる悠理の指を、龍之介が銜えてしゃぶる。
悠理は意外に指先が感じるらしく、龍之介の胸に顔を預けたまま、うっとりとしている。
さらに、龍之介の指が、湯船の中の悠理の曲線をなぞりはじめた。
今度は先程とは違う、いつもの優しい流れるような愛撫。
悠理はこれにも弱い。
そっと乳房を揉まれると、ささやくような甘い声で聞いた。

「・・・りゅうのすけ・・・もいちどするの?」

しかしその悠理の声と共に、悠理のお腹が意見した。

ぐぅ〜・・・。

温泉で上気した悠理の顔がさらに赤く染まる。
龍之介は、いたずらっぽく笑みを浮かべた。

「その前に飯食いに行かなきゃ、悠理の腹の虫が止まらないだろな」
「うぅー・・・お腹空いたー・・・」
「そう言えば、オレも腹減ったなー。
それじゃ続きは今夜な・・・」

龍之介はそう言うと、悠理の耳たぶを口に含み軽く噛んだ。
悠理の身体がぴくりと反応した。
急所は全てお見通しなのだ。





風呂から上がった二人は、食事のために、本館へと向かった。
離れの客は、悠理と龍之介だけだが、本館の方にはかなり客がいるようだ。
離れの静かな雰囲気とはうってかわって、かなりにぎやかである。

若い女性客が話をしていた。

「ここの大浴場って、時間によって混浴になるんだってよ!」
「うそぉ!それじゃぁ、時間考えないでお風呂に行ったら、男の人も入ってるってことぉ!?」

悠理と龍之介は顔を見合わせた。

「混浴だって。龍之介入りたい?」
「ん?入ってもいいのか?」
「・・・いいわけないだろぉ。龍之介があたい以外の女の裸見るなんて絶対嫌だからな!」

悠理の迫力ある睨みに、龍之介は苦笑した。

「そう言うと思った。でも、確かにオレも悠理の裸、オレ以外の男には見せたくないもんな」
「あたいだって見られたくないに決まってるだろ!龍之介以外の男になんか・・・」

龍之介は今度は嬉しそうな含み笑いを見せた。

「ふふっ」
「・・・何、ニヤニヤ笑ってんだよぉ!」
「いやなに、後でまた見せてもらおうと思ってさ」

悠理の顔が一気に紅潮した。

「もぉ!りゅーのすけのスケベ!」
「さー、飯が楽しみだなー」

龍之介は、歩みを進めるとちらりと後ろの悠理を見て、その左手をひらひらと振った。

「もー・・・りゅーのすけのばか・・・」

と、言いつつも、悠理は龍之介のその手をしっかりと握ったのだった。





二人が食事のために来た、旅館の中の和食料理屋は、
そこで食事をするためだけにここを訪れてもいいぐらい、いい雰囲気を持っていた。
二人は小上がりに通された。

「ここの板さんな、昔、綾菊で修行してたんだよ」

となれば、味は確かな保証付きだ。
悠理の胃袋もいやが上に期待が高まる。

次々と料理が運ばれてくると、その期待は一切裏切られることがなかった。

「うまい〜っ!!!」
「おぉ、太一さん、腕上げたなぁ!」

二人は揃って感嘆の声を上げた。
そこへ、件の板前が現れた。

「龍之介ぼっちゃん、今年もご贔屓にしていただいてありがとうございます」
「太一さん!」
「今晩のお食事はご堪能頂けましたでしょうか?」
「あぁ!すっごくうまいよ!」

悠理が代わりに答えた。

「これはこれは、ぼっちゃんの彼女さんですね!
仲居たちが噂してましたよ!ぼっちゃんが女性を連れてくるなんて、初めてのことですからね!」

悠理と龍之介は、照れながらも、嬉しそうに顔を見合わせた。
太一の話は続く。

「ホントにねぇ、いつもは一人でふらりと来ては芸者衆呼んで遊んでくんですけどね。
十代のうちからそんな遊び覚えて・・・って心配していたんですよ。
そんなぼっちゃんが、こんな可愛らしいお嬢さんを・・・」
「た、太一さん・・・」

龍之介の表情が固まっていた。
悠理の可愛らしい顔が瞬時に般若のそれと変わったのを見た太一は、
自分がうっかり余計なことを言ってしまったことに気付いた。

「そ、それではごゆっくり〜!」

に、逃げやがった・・・。

「・・・龍之介?」

やけにクールな声で龍之介は名前を呼ばれた。

「・・・何?」

恐る恐る返事をした。

「・・・芸者衆って、どーいうこと?」
「・・・あははっ」
「こらっ!笑って誤魔化すな!湯治でここに来てたんじゃなかったのか!?」
「いや、ほら、あの離れでかいから一人だとつまんなくてさ!」
「そんなこと、聞いてないだろ?
・・・ふーん、龍之介って芸者さんと遊ぶのが好きなんだ」
「いや・・・それは」
「それならそれで、あたいのことほっといて芸者さん呼んで遊んでればいいだろ!」

とりつく島がないとは、まさにこのことであった。





食事を終えて、離れの部屋に戻る途中も、まだ悠理は一人でぷりぷりと怒っていた。

・・・まいったな。

確かに龍之介は、十を越える前から芸者遊びを覚えたという男であった。
それもこれも、幼い頃から菊翁に連れられて、そういった場所に出入りしていたからだ。
とは言え、純粋にお座敷遊びを楽しむだけだ。
なんて、密かに龍之介を狙っていた芸者衆は数知れないのだが。

・・・ていうか、悠理と出会う以前の話じゃないか。

それでも、やはり悠理としては、
龍之介が自分以外の女性と何らかの関わりを持つのは気に入らないのだ。
わからなくはない。

・・・オレだって、悠理と清四郎が婚約してたって話、聞いたときはブチギレしたからなぁ。

と、その時。

「あらぁ、千歳鶴の若旦那じゃございませんか!」

やけに艶のある声が、龍之介の名を呼んだ。

「は、花奴・・・!」

龍之介の一歩先を怒り肩で歩いていた悠理も振り返った。
そこには、赤い紅さす唇が白粉の肌に映える、美しい芸者がいた。

「今年は、離れのお座敷に呼んでくださらないのかしら?」

芸者の美しい口角がくいっと粋に持ち上がるのと対称的に、悠理の眉毛がつり上がる。

・・・まさに、火に油だな。

「悪いな、今年は、連れがいるんだ」
「・・・あら、旦那も隅に置けないのね」
「まーな」

そう答えると、龍之介は、悠理の肩をぐいっと自分の胸に引き寄せた。

「・・・と言うわけで、芸者遊びは卒業だ。ねぇさん達によろしく言っておいてくれよ」
「あらあら、残念。旦那のファンの芸者衆が大勢泣くわね。
でも、こんな可愛らしい方がお相手ならしょうがないでさぁね。きっとみんな納得しますよ」





花奴が去ったあとも、龍之介は悠理をそのまま胸に抱いていた。

「・・・龍之介、離せよ」

悠理は龍之介の腕を振りほどこうともがいてはみるものの、
しっかりと抱かれている上に、龍之介の力にはどうしても適わない。
締め付けられているわけではないのに、逃げられない。

「・・・やだ」
「やだって・・・あたいはまだ許してないんだぞ!」
「それでも、やだ。絶対離さない」

龍之介の語気が強まった。

「・・・人が・・・来ちゃうだろ・・・」
「構うもんか・・・お前が言ったんだぞ。お前はオレのものだって」
「・・・りゅうー・・・」

悠理は龍之介を見上げた。

「そして・・・オレはお前のものなんだろう?」

悠理は、切なげな表情で自分を見つめる男に、心がきゅんと痛んだ。

・・・あたいは何で、こんなバカみたいにやきもち妬いて意地張ってるんだ?
龍之介にこんなに愛されてるのに。

「・・・そうだよ。あたいは龍之介のもので、龍之介はあたいのものだ」

悠理は龍之介の胸に顔を擦り付けた。
龍之介の腕からふわりと力が抜けた。だが、悠理はそのまま龍之介に抱かれたままでいた。

「悠理・・・部屋に戻ろう」
「・・・うん」

二人は寄り添いながら離れの部屋に戻っていった。


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