温泉2人旅4



部屋に戻ると、悠理のくちびるに龍之介のそれが何度も何度も重なった。
それこそ、触れるだけのキスで、大きな山が出来そうだ。
龍之介の長い指が悠理の柔らかな髪をそっと梳いた。

・・・や・・・気持ちいい・・・。

悠理はついに観念し、腕を龍之介の首に巻きつけ、きゅっと結んでいたくちびるをとうとう緩めた。
龍之介の粘り勝ちだ。
二人の舌が、やっと出会えた恋人達のように熱く絡まった。

・・・龍之介のキスってずるいぞ。こんなキスされたら、
浮気以外なら、どんなことだって許しちゃいそうだ・・・。

やっと解放されると、悠理は小さなため息をもらした。

「・・・まだ、寝るには早いな」
「・・・うん」

時計はまだ、夜の8時をまわったばかり。

「そうだ、悠理、風呂入ってくれば?大浴場の方」
「入ってくれば・・・って、龍之介はどーすんの?」
「今晩は本館の客が多いからな、
肩だの腹だのに妙な傷がある客が泊まってるなんて噂が立ったらここが困るだろ?
それに、オレは、この部屋の風呂が気に入ってるんだよ」
「・・・じゃ、あたいも一緒にここのお風呂に入る」
「・・・だめ」
「何でだよぉ〜!」
「何でって、一緒に入ったらさっきと同じコトになるからさ」
「・・・別に、さっきと同じコトになったっていいよ・・・?あたいは・・・」
「それもいいけど、次は布団でしたいな。お風呂じゃ出来ないこともいろいろあるし。
ほーら、悠理が風呂から戻ってくるののんびり待ってるからさ。ゆっくり入ってこいよ」

と言うわけで、悠理は一人、旅館の大浴場へと送り出された。





龍之介は、一人、再び離れの檜風呂に浸かっていた。

・・・二人で入るのも悪くないけど、やっぱりのんびりできないからなぁ。
ついつい悠理にちょっかい出しちゃって。

どうしても、悠理のこととなるとあまり普通じゃない自分がいる。
感じさせてやりたいと思う。さらに乱れた姿が見たいと思ってしまう。

・・・やばいな。オレってこんな性格だったか?
女に関して、オレはもっと・・・何というか、ストイックに生きてきたはずなんだけどなぁ・・・。

幼い頃から歌舞伎町を庭として遊んでいた龍之介は、その町を糧とする男達と同じだけ、
女達にも知り合いが多かった。
彼女らは、ホステスだったり、キャバクラ嬢であったり、風俗嬢であったりしたが、
龍之介は彼女らに男達と同様の親愛を持っていたが、
手を出そうとかそういう気持ちは全く持ち得なかった。
また、彼女らもまるで、協定でも結んだかのように、龍之介に手を出そうとする女はほとんどいなかった。
中身はどうあれ、年齢的にコドモであることには変わりなかったし、
龍之介がヤクザの組長の息子であるということで、深い関わりを避ける意味もあったのだろうが、
手折ってしまうのが躊躇われる、そんなストイックな空気を龍之介が持っていたからだろう。

そんなオレが、悠理には・・・っていうか、悠理にだけなんだけど、
どうしてこう・・・いろいろしたいと思ってしまうんだ?

悠理の肌に触れるだけで身体中の血が燃えるように熱くなる。
制御できない衝動に突き動かされてしまう。

自問自答しても答えは一つ。

やっぱり・・・惚れてるからなのかな・・・?

龍之介はその頬を染めながら、温泉と檜の入り交じった香りを吸い込んで、ゆっくりと息を吐いた。

それにしても・・・気持ちいいな。

龍之介は、自らの右脇腹にある閉じたばかりの三日月のような傷にそっと触れた。

・・・あと数センチ、ロンツォアのナイフがずれていたら。
腎臓を貫かれ、オレは確実に即死していた。

死・・・か。

あの時オレが死んでいたら、一体どうなっていたんだろう?
悠理のことも思い出さず、明日の来ない夜の闇に落ちていたのだろうか?

・・・恐い。

自分がいなくなった世界の悠理が何をするのか、他の誰かを愛するのか、
それを考えると、恐くてたまらない。
いつ死んだっていいと思っていた。
どんな死に方だって平気だと思っていた。

・・・だけど今はただ、悠理を残して死ぬことが恐い。

知らずに右手を強く握っていた。そこだけがやけに白い。
龍之介はぎゅっと目をつぶった。

・・・やめよう。今は、考えるのはやめだ。

少しだけ意識を離した。ふと、頭に映像が思い浮かんだ。

今より少し歳を取った悠理と龍之介。
そして、二人によく似た子供たちが広い草原でピクニックをしている。
敷物の上には大きなバスケット。
中には龍之介が作った弁当が入っている。
子供たちは楽しそうにはしゃぎ、
悠理と龍之介は手を繋いで嬉しそうにそれを見ていた。

・・・いいなぁ、そういうの。

つかの間の白昼夢だった。
龍之介は何があってもそれを夢のままにはしたくないと思った。

・・・それにしても、ガキの頃は、結構本気でヤクザの親分になるつもりで、死ぬなら修羅場、
畳の上じゃ絶対死なねぇって思っていたのによ。
今じゃ、惚れた女と未来の自分のガキに飯食わせて楽しく暮らすってのが夢か・・・。

龍之介は、風呂の湯を片手ですくい、目線よりも上の高さに掲げゆっくりと拳を握る。
そして指の間からこぼれ落ちてゆく透明な雫を眺めた。

オレは若い内にあまりに多くの人の生き死にを見過ぎたから・・・、
若いくせに老成して、いっぱしの幸せなんて感じることなんか無いと思っていたのに。
不思議だな・・・オレにこんな感情があったなんて。

柔らかく優しい気持ちが龍之介をゆったりと包み込んだ。

こんな気持ち・・・悠理と出会っていなかったら多分、一生持つことは無かったんだろうな・・・。

龍之介には、確かにそう思えた。

まいった・・・オレの心は、すっかり悠理にやられてる。





龍之介が内風呂から上がると、部屋にはすでに布団が敷かれていた。

3つある部屋の、2つの部屋にそれぞれ一式ずつ。

おそらく、女将も悩んだのだろう。
幼い頃から知る龍之介の初めて連れてきた恋人。
とはいえ、二人はまだ未成年。
布団を並べて敷くのはまだ早い、と思って仲居に別々の部屋に敷くように命じたに違いない。

龍之介は、そんな女将のまるで母親のような心情を察して苦笑した。

・・・多分、オレはここじゃ、まだまだ7つか8つのガキだと思われてるんだろな。

芸者遊びなどするような、とんでもないガキだったのだが。

悠理が戻ってくる気配はまだない。
龍之介は、敷かれた布団で少しだけ眠ることにした。





「すっげーー!!!」

本館の大浴場の大きな露天風呂に悠理は大喜びだ。
離れの温泉とは泉質が違うのか、ここの湯は乳白色をしていた。
湯の感触も、何となく粘り気がある感じがする。
そこに、柚子がいくつか浮かべてあり、とても良い香りがする。

あまりに風呂が大きいので、悠理はついつい泳いでしまいそうな勢いだ。

・・・気持ちいいーー!!!
男湯の方も同じ風呂があんのかな?龍之介も入れればいいのにな。

「・・・この温泉って」

岩陰から声が聞こえた。
悠理は露天風呂にいるのが自分一人だと思っていたので、びっくりして息を潜めた。

「この温泉って、すっごく肌にいいんだってよ」
「あー、ホントだ。なんか肌がもう、すべすべしてるぅ!」

声の主は先程食事に向かう途中で見掛けた女性客たちだった。

「こんなにすべすべの肌だったら、どんな男でもイチコロなのにねぇ・・・」
「何が悲しくて、あたしたちは女二人で・・・」
「それは言いっこなしよ・・・お前さん」

悠理は、自分の肌に触れてみた。
確かにすべすべしている。

・・・龍之介もイチコロかな?

悠理は今晩再び龍之介に肌を触れられることを思い、一人頬を染めた。

「それにしても!さっき見掛けた男のコ!」
「可愛かったよねぇ〜!!!」
「それとなく、仲居さんに聞いたら、離れに泊まってるんだってよ?」

・・・離れ?離れっつーと、泊まってるのは、あたいと龍之介の二人だけだよな?
可愛いって、龍之介のことか?あたいのなんだからな!

「あの二人カップルなのかなぁ〜?」
「いやぁ〜ん!」

・・・な、何が“いやぁ〜ん”なんだよっ!悪いか!?

「だって、背の高いコが低いコを見るときの顔、あれって明らかに大好き!って顔だったもん」
「世の中っておかしいわよ・・・」

・・・龍之介があたいに惚れてるのが何でおかしいんだ!?

「あたしたち、女があぶれてるってのに・・・」
「男二人でラブラブなんて・・・」

・・・は!?男二人ぃ!?あたいも男だと思われてるのかっ!?

「多分、背の高いコの方が女の子役なのよ!歌舞伎の女形の人みたいにきれいだったし!」

女性客達の妄想は止まらない。きっとジュネスの読み過ぎだ。

・・・しかし、何で龍之介が女の子なんだよっ!
確かに龍之介はちょっと女顔で可愛い顔してるけど・・・、
すごく強くて優しくて逞しい、男の中の男なんだぞ!

自分が男と間違えられたことよりも、それが、一番腹が立ち、悠理は思わず飛び出した。

「おいっ!さっきから聞いてれば好き勝手なこと言いやがって!
龍之介はなぁ、あぁ見えるけど全然女の子っぽくなんかないんだ!
ついでにあたいはれっきとした女だぞ!」

しかし、女性客たちは聞いちゃあいなかった。

「きぃゃあぁぁぁぁぁぁ〜〜〜!!!!男よぉぉぉぉぉ〜〜!!!!」
「うそぉぉぉぉぉ!今は混浴の時間じゃないのにぃぃぃぃぃぃ!!!!!」
「・・・だから、あたいは女なんだってば!」

しかし、二人の叫び声に気おされ、悠理は一目散に脱衣場に行き、
浴衣を引っかけると大浴場から逃げだした。


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