温泉2人旅7



ふと、何かの気配に龍之介は眼をさました。
生きている物とは違う、静かな気配。
傍らで眠る悠理を起こさぬように、そっと裸のまま布団から這い出ると、
庭に面した障子を開きガラス越しに外を眺めた。
白く、美しいものが、天からゆっくりと降り注いでいた。

「雪だ・・・」

やはり雪虫は雪を連れてきたのだ。
昼間見た色鮮やかな日本庭園が、今は白一色だ。

「もう、冬なんだな・・・」

そうつぶやくと、背後から声がした。

「そんな格好で・・・風邪ひくじゃないか」

振り向くと、毛布にくるまった悠理がいた。
毛布の中の悠理もまた、一糸も纏ってはいなかった。

「・・・起きたのか?」
「龍之介がいないと寒いから・・・」
「・・・じゃ、おいで」
「違うよ、龍之介があたいのところに来るんだ・・・」

悠理は毛布の中に龍之介を招き入れると、そのまま抱きしめた。

「悠理は・・・暖かいな」
「龍之介もだよ・・・」

2人は一枚の毛布にくるまりながらしばらく、たゆたう雪を眺めていた。

「・・・雪、積もるのかな」
「どうかな。でも、積もるといいな」
「龍之介・・・?」
「なに?」
「さっき、目が覚めたときね・・・一瞬、龍之介がいなくなっちゃったかと思ったんだ」
「隣で寝てなかっただけで?」
「うん、自分でもバカみたいだなって思うんだけど・・・」

龍之介は、ふっ、と柔らかな笑みを浮かべた。

「・・・オレはいなくならないよ」
「うん・・・わかってる」

悠理は龍之介の胸に頭を預けたまま、再び眠りに入った。
龍之介は、愛しそうにその髪の毛を触ると、悠理を抱き上げて布団へと運ぶと、
再び、隣で一緒に眠った。





今朝は珍しく、悠理の方が龍之介よりも早く目覚めた。
悠理は龍之介の胸に抱かれながら、そのすこし汗ばんだ身体の匂いをかいだ。

・・・ん、龍之介の匂いだ。

安心するいい匂いだ。
獣のようで、何かの植物のような匂いでもある。
悠理を抱いた後の龍之介はいつもこの匂いがする。
女は悠理しか知らない龍之介のこの匂いを知っているのは、悠理だけ。

・・・もしも、龍之介とあたいが出会ってなかったとしたら、どうなっていたのかな。

悠理は想像してみた。
多分、龍之介は悠理と出会っていなかったら、
いつかは、誰か知らない女たちと出会い、抱いていただろう。
それとも、今、悠理を愛しているように、一人の女を心から愛し、その女だけを抱いているのだろうか。
そして、その女だけが、龍之介の匂いを知るのだ。

・・・やだ。そんなの絶対にやだ。

もしも2人が出会わなかったのならば、誰を抱いてもいいから、誰も愛さないで欲しい。
身勝手な想いだと思う。2人は出会い、こうして結ばれているのだから。

悠理は龍之介の髪を撫でながらその寝顔を観察した。
相変わらず中性的な綺麗で整った顔。
でも、その顔はゆったりとしていて、羊水に浸かった胎児のように、目を開く前の仔猫のように、安らかで無防備だ。

龍之介という男を形成する肉と血、そしてその身体に宿っている心は、全て自分のものだ。
それは、生まれる前から運命のように決まっていたのだと思う。

・・・絶対にそうだ。
龍之介はあたいが好き。あたいも龍之介が好き。
龍之介は全部あたいのもの。あたいは全部龍之介のもの。

何者にも縛られることを嫌った自分がこんな風に考えるのが不思議だった。
でも、龍之介を束縛している気もされている気もしない。
多分、お互いがお互いの翼なのだと思う。
悠理は龍之介がいるから高く飛べる。龍之介も悠理がいるから高く飛べる。
・・・そんな気がする。





悠理は龍之介の身体を撫でながら静かに欲情していた。
眠る龍之介の身体の下の方へ手を伸ばすと、
それは、朝を迎え、硬くなりかけていた。悠理は優しくそれを撫でさすった。
それはだんだんと力を得て悠理の手の中で次第に大きくなってきた。
悠理はそれをそっと口に含むと、
ゆっくりと舌を運び、愛おしげにそれを舐めあげた。
龍之介が深く息を吐き、目をつぶったまま悠理の裸の背中に左手を滑らせてきた。

「・・・おはよう。もう起きてたのか?」
「うん。龍之介のこと、こんなにしちゃった」
「・・・ホントだ、でかくなってんな・・・」

まだ、夢うつつの状態で龍之介は返事をした。
寝言の延長のような口調だ。
龍之介は悠理に左手を残したまま、猫のように伸びをした。

「このコのこと、あたいの中に入れちゃってもいい?」
「・・・うん・・・入れてやって・・・」

悠理は龍之介に跨ってゆっくりと腰を落としていく。2人の身体が再び一体となる。
悠理は再び龍之介に身を寄せ、龍之介はしっかりとその腰を抱いた。

「はぁ・・・オレもう、死んでもいいや・・・」
「・・・ばか、死んでもいいなんて軽く言うな」
「ごめん、でも、悠理と一緒だとすごく安らぐんだ・・・これでオレの人生終わりだって言われてもいいぐらいにさ」

龍之介は本当に気持ちよさそうな顔をしていた。
悠理は自分が龍之介に安らぎを与えられることがとても嬉しかった。

「バカだな。あたいと龍之介の人生はこれからだろ・・・?」
「ん・・・そうだな」
「・・・少し動いてあげるね」
「・・・ゆっくりでいいよ」

二匹の優しい獣は朝のまどろみに似た動きで性愛を交わした。
穏やかに訪れた高まりに、悠理は龍之介の肩を噛み、
龍之介は痛みと悠理の生を同時に感じながら悠理の中に爆ぜた。
2人は自分たちがそのまま一つに溶けてしまいそうな気がした。
やっと息が落ち着いた悠理の目に、隣の部屋の龍之介のために敷かれた布団が目に映った。

「・・・向こうの龍之介の布団、全然使ってないのバレバレだね」
「あれ見られたら、みんなオレが悠理に夜這いをかけたんだって思うんだろうな・・・」
「なんだよーそれって、あたいが龍之介に夜這いかけたって言いたいのかー?」
「だって、オレが寝てたら悠理がキスしてきたんじゃないか」
「あたいの布団だぞ?勝手に入って堂々と寝てたんだから何されたって文句言えないだろー!」
「文句なんか言わないよ。嬉しかった」

そう言うと龍之介は相好を崩した。
悠理の頬がポッと桜色に染まった。

・・・うー、龍之介ってば、やっぱり可愛い。

悠理は照れ隠しに龍之介の口角に軽くキスをした。
龍之介はくすぐったそうに目をつぶった。





部屋の電話が申し訳なさそうに鳴った。
龍之介は全裸のまま悠理の布団を這いだして電話に出た。女将だった。

『ぼっちゃま、おはようございます。
先程、菊正宗様と仰られる方からお電話がありまして、
お友達皆さんでこちらに向かわれているそうですよ』
「え゛?」

龍之介が受話器を置くと、悠理も布団から裸のまま這いだしてきて聞いた。

「どしたの?」
「・・・あいつらにバレた。清四郎達、こっちに向かってるってさ」
「えー!?せっかく龍之介と2人っきりだったのにー!」
「オレたちの邪魔しに来るなんて、よっぽど閑なんだな・・・」
「あ。龍之介寝癖ついてる」
「え、寝癖?」

龍之介は自分の後頭部に手をやった。

「あー昨日、ちゃんと乾かさなかったからなぁ」
「ちょろっと跳ねてて、カワイイよ。そーだ、奴らがくる前に、また一緒に内風呂入ろっ!」
「一緒にかー?」
「だって、あいつら来たら、なかなか2人だけの時みたいにベタベタできないだろぉ?
・・・それに、昨日龍之介にいっぱいあと付けられたから大浴場には入れないもん」
「あー・・・ホントだ。オレも無茶すんなぁ。こんなに沢山・・・」

龍之介は、昨夜、悠理の身体に自らが夢中で付けた無数のキスマークを指でそっと撫でた。
昨夜からの恋の熱風が、2人の間を駆けめぐる。

「・・・あたいが龍之介の髪の毛洗ってあげるからさ、ね?」
「じゃ、オレ、悠理の身体洗ってもいい?」
「ばっ・・・ばかぁ!」
「冗談だよ」
「なんだ・・・冗談なのか?」
「あれ、洗って欲しかった?」
「もうっ!龍之介のバカバカバカ!」

悠理は真っ赤な顔で肩を怒らせて内風呂の脱衣場へと消えた。

「あちゃー・・・また怒らせたかな?」

その時脱衣場から声がした。

「何してるんだよー!早くっ!」

龍之介はきょとんとした顔を、徐々に綻ばせながら声の方へと向かったのだった。


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