「きっと、まだ彼女の死を受け入れられないのでしょう。
よく行き先も告げずにフラリと出て行ってしまうと、とトリシャからは聞かされてましたから、どんな風来坊なのかと思ってましたが。
…それでも、本当に彼女を愛してくれていたのでしょう。それは嬉しいことです。
けれど、その忘れ形見たちを育ててやることができないというなら、話は別です。子供達が一人立ちできるようになるまで、私が責任を持って引き受けます」
「…あんたの気持ちはよくわかった。…けど、子供達が何て言うかねぇ。
あの子たちにとってここは生まれてからずっと暮らして来た土地だ。今更他の土地へ行くのは嫌がるんじゃないのかねぇ。
ここには一応とはいえ父親がいて、友達もいて、母親の墓もある」
それは、イズミも充分承知しているのだろう。
僅かに頷いただけで、それ以上は口にしなかった。
「…そうですね…」
「この辺りは本当に田舎で、隣町でも随分離れた土地だが…如何せん、ダブリスは遠すぎるねぇ…」
このリゼンプールは東の外れに位置しているのに対し、ダブリスは南に位置している。
この地が四季のはっきりとした土地なのに比べ、ダブリスはほぼ常春か常夏だ。
有名な観光地であり、リゾート地でもあるが、その暑さに耐えられず、イズミがこの地に避暑に来るのは毎年の恒例行事になっている。
同じ国内でそこまで気温差があるだけでも、いかに離れた土地か知ることが出来るだろう。海の無い内陸に位置するこの国で、最も早い交通手段である列車を使っても、十日はかかってしまうのだ。
順応性の高い子供としても、色々と心配な事は多い。が、このままにしておくわけにもいかない。
「ただいま〜」
その時、深刻な空気を打ち払うかのような明るい声が聞こえ、勢い良く玄関の扉が開き、三人の子供が騒がしく入って来た。
「おかえり、ウィンリィ。エド、アル」
「ただいま! ねぇねぇ、聞いてばっちゃん! あのねっ」
一番最初に入って来た金髪の女の子が、慌てた様子で祖母に駆け寄る。が、そこに見慣れない人物が居るのに気付き、立ち止まる。
しかし、腕の良い機械鎧技師でもあり外科医でもあるピナコのもとに見知らぬ客が来ているのは珍しいことではなく、ウィンリィも然して気には留めなかった。
「ごめんなさい、お客様だったの?」
「ああ、それよりどうしたんだい、その格好は」
三人とも、服が泥だらけで、女の子の後ろに居る二人は、一人が背負われている状態で。誰がどう見ても、何かあったのだとわかるだろう。
「ああっ! そうだった。ばっちゃん、アルを見てあげて!」
「アル? アルがどうかしたのかい?」
「帰って来る途中で捨て猫がいてね。箱が丘から落ちたのをアルが拾おうとして自分も落ちちゃって」
「怪我をしたのかい?」
「そうなの! 早く早く!」
急くように祖母の手を引く女の子の先には、背負っていた子供を床に座らせ、心配そうに覗き込む男の子の姿があった。
「大丈夫か? アル。痛いか?」
「大丈夫だよ、兄ちゃん」
まだ舌足らずな、可愛い声。
傍らで自分を抱き締める同じ金髪金目の少年が心配そうにしているのを見て、微笑み返す。
その微笑は、亡くなった親友にあまりにも酷似していて…。
「…トリシャ」
「え?」
こちらに向いた幼い子供は、一目で彼女の子供だとわかるくらいに、とても良く似ていた。
大きな瞳も、優しい顔立ちも、その仕草も。