
T 別離
流行り病で母を亡くしたエルリック家には、父親と二人の子供達が残された。
しかし、残された忘れ形見を育てるのも出来ないほど、父親がその死に打ちのめされているのは誰が見ても明らかで。
隣人で、両親の古くからの友人でもあるピナコ・ロックベルが二人の子供達の面倒を見ていたが、ピナコにも事故で亡くなった息子夫婦の忘れ形見が居る。三人の子供たちをその老体で育てるには無理があるだろう。
そこで、名乗りをあげたのが母の親友で子供の居ない、カーティス夫妻だった。
「…エドとアルを引き取りたい?」
「はい」
「確かに、あんた達夫婦には子供が居ないのは知ってるがねぇ…。旦那は何て言ってるんだい?」
「承知してくれてます。私がそうしたいのなら、と」
「そうかい…。しかし、親戚でもないあんたに全て任せるのは酷だと思うんだけどねぇ」
「…トリシャは、私の親友です」
イズミは、目の前に置かれた紅茶から立ち上る湯気に目を燻らせる。
その向こうに、在りし日の親友の姿を見ているのだろうか。その日々に思いを巡らせるように、静かに瞼を閉じた。
「私が結婚した時に一番喜んでくれたのも彼女だし、私が…子供が出来なくなった時に一番悲しんでくれたのもトリシャだった。
…私は、彼女に言葉では表せないほど感謝してるんです」
もしも彼女の存在が無ければ、愛する夫の支えがあったとしても、きっと立ち直るのにはもっとずっと時間がかかっていた筈だから。
「…彼女の幸せな姿を見続けていたかった。いつか困った事があったら、どんな事があっても力になりたかった。…少しづつでも、恩返しできればと…」
「…トリシャは、そんな事は考えてなかったさ」
「わかってます。それでこそ、彼女は彼女なのだから。昔から、あの子は不思議と周囲の人々を癒やしてくれた」
「…ああ、そうだね。あの子が笑うと、こちらまで幸せな気持ちになれたもんさ」
「けれど、私はまだ何も返していないんです。それが悔しくてならない」
「あの子はあんたを親友だと思っていた、そしてあんたもあの子を親友だと思ってた。それだけで充分だと思うよ」
「…そうですね。それは、これからも変わりません」
その思いつめていたかのような面立ちに、やっと仄かな笑みが浮かんだ。
「…で? 子供達を引き取りたいってのは、その恩返しってわけかい?」
「…そのつもりもあります。ですが、一番の理由は心配だからです。
最初は、トリシャの墓参りと子供達の顔を見て帰ろうと思ってたんですが…」
「が?」
「村でトリシャの旦那の噂を耳にしまして」
「…ああ、なるほどね」
トリシャが亡くなってからのその伴侶の落胆ぶりは、村中の人間が気にかけている。噂にもなるだろう。