ハウゼンが潜伏している場所は、暗黒神官の神殿の地下にあった。
大広間の床に、地下へ通じる扉が作られていたのだ。
あの日、シャーレンは、逃げた後、密かにハウゼンの行き場を見ていた。
いや、ハウゼンはわざと、見せたのかもしれない。
入り口は、あの女が古代の魔術を使って隠していたのだから、自分に開けられるわけがないと思って。
おそらくあの女ぐらいだ、そんな大昔の魔術を知っているのは。
最初はただ、与えられた任務を忠実にこなしていただけだったのに。
自分にすがってきた幼い頃のフィルシスを、いつかその笑顔が絶望に変わる時を、楽しみに待っていただけなのに、
それはいつから、こんなにも愛しくなっていたんだろう…
フィルシスが、隣にいない日々が辛すぎて、好きにならなければ良かったと思った事さえある。
一人で、もう側にはいない人の事を、いつまでも思い出しているなんて、
寂しくてどうしようもない事なのに、同時に孤独ではない証拠。
どうやって、ハウゼンに勝てばいいだろう、あきらめられれば、どれ程楽だろうか…。
でも、それができないから…
自分の一番大切なものを奪って、そしてフィルシスを傷つけるなんて、ゆるせない。
一人でいるには広すぎる程の屋敷のどこを見ても、フィルシスの影が見えそうで。
フィルシスが他の人間の所にいて、自分が一人残されるなんて、耐えられない…
こんな風にいつも、側にいない人を思い出して、壊れそうになる心にもう耐えられない……
もう一度、名前を呼んで、寄り添ってきて欲しい……
会いたい……
だから、古代の魔術について、何日もほとんど飲まず食わずで文献を調べた。
あの扉を開けるまで、他の事には手がつかない。
この屋敷は代々の四天王の魔術師が使っていたとされているから、書斎には十分過ぎる程の魔術書が揃っていた。
新しく魔術を学ぶのは、向こうの世界で使われている魔術以来だ。
埃をかぶった書物の海から、目的のものを探し出すのも一苦労だ。
文献を見つけ出した後も、その呪文を習得できるまで、何日も夜を徹して練習する事になろうとも、もう構わなかった。
シャーレンが、再びあの神殿に足を踏み入れて、地下への入り口を開く事ができた時は、二週間近く経過していた。
石作りの階段を下りる。
ただ、フィルシスの事を思いながら。
内部は暗かったが、先の方から灯りが漏れているため、完全な暗闇ではない。
階段を降りきると、やや開けた場所で、奥に扉があった。
身を隠すような場所はなく、他に道もなさそうだ。
光はこの部屋から出ていたようだ。壁に火が灯されている。
見張りの暗黒騎士と魔術師、そして幻術師と召喚術師が一人ずつ揃っていた。
彼らは座り込んで何か談笑していたが、シャーレンを見ると驚いて立ち上がった。
「入り口、開けられたのか。こんな、見当もつかない魔法がかかっていたのに」
感心したように、魔術師が口を開いた。
「良い事、教えてやりますよ」
次は暗黒騎士がにやっと笑った。
「あの聖騎士に、随分気に入られているんですね?あんたの名前、呼んでいた事もあった。助けてって」
それを聞いてシャーレンの胸に、抑えられない気持ちが溢れ出した。
離れ離れになった人への身を切るような思慕と、隣にいる事ができた彼らへの激しい怒りが、胸を焼いていく。
「…抱いたのか?」
声が震えそうになる。だが、こんな所だからこそ、冷静でいなければ。
激しい怒りに呑まれないように、シャーレンは微笑した。
「たくさん可愛がってますよ。毎日代わる代わる。魔物に突っ込まれて、鳴いていた日もあった」
暗黒騎士が笑いながら、話を続ける。
「………」
声が出なかった。
毎日、毎日、あんなにも、側にいないフィルシスの事を考えていたのに…
フィルシスに会いたいのに、自分はフィルシスの側にいられなかったのに、自分の知らない所で、自分のフィルシスを犯すなんて、許せない…
「だからと言って、俺たちだって、ここを通すわけには行かない。おとなしく捕えられて頂けますか?
いくらあんたでも、魔術師一人だけで、この四人に勝てないでしょう」
「嫌だと言ったら…?」
答えは決まっているが、シャーレンはそう尋ねてみた。
「力ずくしかないですね。でも、戦いになれば、勢い余って殺してしまう事もあるでしょう?
生きてくれてないと困る。怒られるし、それにあの童顔の聖騎士様も良いけど、
あんたを引きずり落とすのも、楽しいかもしれないだろ」
四人はにやっと笑って、フィルシスとは違う大人びた美しさを持つシャーレンを見た。
今まで従わされてきた者を、今度は従わせる事ができる悦びも混じっているのかもしれない。
「では、こちらも力ずくだ」
静かにシャーレンは答えた。
フィルシスに手を出した事を後悔させてやる…
フィルシスに触れたなら、消してしまおう……
もうそれ以外、何も考えられなかった。
「………」
四人がそれぞれ、構え出す。
シャーレンは呪文を唱えながら、相手の魔術師が唱えている魔法を聞いた。
魔術師が唱えているのは、相手の魔法を封じる呪文だ。
だが、まだ発音が拙い事に、シャーレンは内心笑った。
暗黒騎士が、自分を押さえつけている間に、その呪文をかける気のようだ。
四人は自分が、魔法しか使わないと思っているのかもしれない。
自分も呪文を唱えながら、ローブの袖に隠し持っていた鞭を素早く出した。
「…!あぐぅ…っ」
長い黒革の鞭で、はっとした表情の騎士の腕を強く打ち、剣を落す。
動きの崩れた騎士が体勢を立て直す前に、さっと手首を返して、次は騎士の後ろに隠れていた魔術師の喉を、鞭で傷つけた。
「ひ…う…ッ!」
咳き込んで、喉を押さえる。これで、もう呪文は唱えられない。
自分が唱えていたのは、肉体も精神も操る呪文。
驚いた召喚術師と幻術師達が、彼らの術を準備し終えるのとほぼ同時に、詠唱を終えた。
四人を同時に操って、動きを止める。
召喚術師と幻術師は、完成したての彼らの術も解かせた。
呼び出された精霊や、映し出されようとしていた幻術が消えていった。
「仕方のないやつらだ。あんなに私に逆らうなと言っていたのに。一度、体に直接教えてやらないと、わからないようだな」
冷たく刺すようなシャーレンの声が響く。
動くことができずに、床に座り込んでいる四人を見ると、静かにあふれ出す憎悪。
長い間フィルシスを奪われた事への。
自分はフィルシスの姿を見る事すらできなかったのに、勝手にフィルシスに触れて、犯して、声を聞いて…
許せなくて、許せなくて、仕方なかった。
「私のものに手を出した事、後悔しても仕切れなくしてやる…」
そう言って、魔術師の方を向く。
シャーレンはきれいな微笑みを浮かべていたが、切れ長の目だけ、氷のような視線で、床に座り込んでいる男を見下ろしていた。
よく、暗黒神官への反逆者の処刑を命じられた時に、見せしめのためによく使った無惨な魔法も、最近はあまり使っていない。
別に、あの時、イグデュールやヴァインに使っても良かった。
だが自分も、少しは我慢した。フィルシスのために、何もしなかった。
でも、そのフィルシスは今は側にいない…
こいつらは一緒にいて抱いたのに
「ふ…っ、同じ目にあったらいいんだ」
苦しくて、痛くて、切なくて。
そう思うと、我知らず呪文を唱えていた。
楽になんか殺してあげない。
目の前の男達の表情が恐怖に歪む。
「………ッ」
魔術師は潰された喉で、声にならない悲鳴をあげた。
酸をかけられたように、男の肉が溶けていく。
皮膚がただれ、所々ぴくぴくと痙攣している赤い筋肉が見え始め、溶け出していく。
彼だけ、肉体を操る呪文を解くと、言い様の無い痛みに、のたうち回り始めた。
「さて、残りはどうするか」
シャーレンは恐怖に顔を歪めている三人の方を向いた。
まだ肉体を操っている魔法は解いていないために、誰もその場から動けずにいる。
「私のものを随分可愛がってくれたようだからな…お礼をしなくてはいけないな?」
一番近くにいた、召喚術師の前に立った。
黒い鞭をしならせて、シャーレンは青ざめたその男の顔を、いつもフィルシスにする時よりも遥かに強く打った。
抑えきれない激情が、そこを伝う。
「あ…ぐ…ッああ………ッ!」
何度も何度も鞭を振った。
空気を切る音、肉が叩きつけられる音、止まらない悲鳴が辺りに響く。
痛みにびくりと身を震えさせる。頬が裂けて、血が伝った。
「痛いか?」
床に座り込んだまま怯える男を見下ろして、くすっと微笑んだ。
「魔法をかけてやろう…どんな痛みも、気持ち良くなれるように」
その呪文を唱えると、もう一度、傷のついた同じ場所を鞭で打った。
「は…ぁん…ッ」
傷が深くなり、新しい血が漏れ出したが、今度は悲鳴ではない吐息が漏れる。
こんなのが、自分の代わりにフィルシスの側にいたなんて…あの体に触れたなんて…
憎悪のあまり、何度も何度も、鞭を持つ腕を振り下ろしていた。
皮膚の下の歯茎が血糊の中に覗く。
「やぁ…ん…!」
甘い声を聞いてシャーレンは、ブーツで男の股間を思いっきり踏んだ。
そのままヒールの部分でぐりぐりと突き刺して、押しつぶすように踏んでいると、男は快感に蕩けた顔をした。
凡庸な顔つきだが、その濡れた喘ぎと恍惚の表情に色気を感じて、シャーレンが微笑む。
「まだ、恥ずかしい声、たくさん出させてあげようね……私の大切な人にしてくれたように」
床に落ちていた暗黒騎士の剣を、召喚術師の目の前に向けた。
刃を向けられると再び、歯をかたかたと震えさせて、ひどく怯えていたが、耳を削ぐと途端に甘い表情に変わり、嬌声をあげた。
「んあ…ッはあぁ…っ!」
鮮血の滴る剣を、今度は腹に突き刺した。ごぷりと、赤い液体が湧く。
返り血を浴びても、黒いローブではわからない。
「あ…っん…ッ」
腹を刺されても、感覚を狂わされた男の甘い喘ぎは絶えない。
「気持ち良いだろう?」
優しく微笑んだまま、新たに呪文を唱え、男の腕を切断した。切断というよりは解体に近かった。
皮膚を裂き、筋肉を一つずつ骨からべりべりと剥がして、束になった組織をほぐしていく。
「……ふ…ぁ……ッ」
通常の性交に当てはめるなら前戯に該当するだろうか、焦れったそうに男が身じろぐと、肉の繊維が震え、血の滴が伝う。
骨が軋む音がみしりと響き始めた。
「ああぁん…ッ!」
血飛沫を飛び散らせながら、腕が胴から離れた瞬間、だらしなく開いたままの口から嬌声をあげる。
「んあ…ッ」
彼の股間は、服の上からでも、その膨らみがわかった。
「自分でしてごらん」
子供にするようにシャーレンは優しく微笑んで、召喚術師の残った腕に剣を握らせた。
体を操る呪文を解いて、自由にしてやると、ぐりぐりと剣で自分の腹を抉り始める。
「ん…っん…ッ」
着衣を裂いて、きれいとは言えない皮膚が見えた。
しかしその下から、艶やかな赤色が顔を覗かせた。
薄い膜を破り筋肉を貫いて、骨に剣がこつりと当たる音がする。
「はぁん…ッ」
胃袋が破られ、半ば溶けかけた内容物がはみ出している。かき回された小腸が切っ先に絡みつく。
掻き切られて人間のひき肉や脂肪がじくじくと混ざりあう。
男は血が纏わりついていく剣を見て、顕になった自分の腹の中を見て、恐怖に泣きながらも、快感に涎を垂らしながら喘ぐ。
その不均衡な様をじっと眺めてシャーレンは、希少な芸術品を見た時のように穏やかな笑みを洩らした。
「あはは、こんなに血を流しているのに、女みたいによがって鳴いて」
時折、男の腰がひくんと跳ねて、精を吐き出しているのを確認すると、シャーレンは嘲笑った。
あふれ出る淡紅色の臓物も、その腰の動きにあわせてびくびくと蠢く。血の泉には波紋が揺らぐ。
「面白いな」
残されていた、剣を握り締めている腕も飛ばした。
自分の体をえぐっていた剣が無くなって、もどかしそうに体をくねらせる。
「仕方ない淫売だ」
黒革の鞭を、目の前にちらつかせると、男の瞳が輝いた。
その瞳の片方をびしりと打った。
「はぅ…ん…っ!」
眼球がぶちゅりと潰れて体液が飛び散ると同時に、男が体をくねらせて、嬌声をあげる。
鞭で、原型の留めていない内臓を絡めとって、腹の外に引きずり出した。
腸が連なりながら、くねる。
「あぁん…ッはあぁッ!」
その刺激に再び射精したらしく、股の部分の着衣に染みが漏れ出していた。
「はッ…あぁ…」
真っ赤な血液、引き裂かれた内臓や肉片、骨の欠片を零しながら、絶え間なく喘ぎ続ける男を見て、シャーレンは酷薄な笑みを浮かべた。
「今、魔法を解いたらどうなるかな?」
くすっと笑って、今度はかけていた呪文を解除した。
「……あ…」
びくんと、召喚術師の血まみれの体の動きが止まる。
「ぎ…ああ…あぁぁ…ーッ…!」
甘い喘ぎに代わり、耳をつんざくような断末魔が響いた。
残った目は白目を剥いて、口から血の混じった泡を吐く。
「次は、お前と遊んでやろうか」
玩具に飽きたように、シャーレンは今度は、床に座り込んだままの幻術師の方を向いた。
彼は自分では動かせない体で、目の前の光景から目を背ける事もできないため、ずっと目を閉じていた。
顎をつかむと、びくっと驚いて目を開ける。
「そんなに見るのが嫌か」
呪文を唱えて、指先に魔法で焔を灯した。
その指を、恐怖に見開かれた左目に当てる。
「ひ…ぅ…っぐ…あああぁ……!」
人間の声とは思えない絶叫が響いた。
黒い炎が眼球の表面膜を焼き破っていき、その中身をじりじりと溶かしていく。
その周りの皮膚や骨も一緒に。
肉や脂の焦げる音と異臭と認知できない程の激しい痛みに、男はやがて声すら出せずに口をぱくぱくさせた。
涙は蒸発したが、代わりに溶け落ちた眼球が流れていた。
「痛かった?」
顔立ちはとても良いとは言えないが、残された瞳を潤わせ、ひゅうひゅうと浅い息をついている表情はどことなく愛らしい。
シャーレンは慰めるように、床に座り込んだままの男の頭をなでたが、残った片側の瞳の視線は、虚ろに宙をさ迷っていた。
「死ぬ前に、良くしてやろうな。ああ、悪かった、そんな目では快楽に溺れて死んでいく自分の姿が見れなくて、残念だな」
茫然としている幻術師の下着を下ろし、先程の召喚術師の体を動かしてきた。
溢れ出ている内臓は、まだびくびくと痙攣していた。
だが、彼が生きているのか、絶命しているのかはわからない。
その腹の上に幻術師を座らせた。
柔らかな内臓に、彼の性器が入り込む。
「あっ…」
極限の痛みの中、快感を探ろうとしたのだろうか。
もう何も見えていない彼には、暖かい血と肉に包まれる感触が安らぎを与えたのだろうか。
「ん…あぁ…ッ」
体の自由を奪っていた魔法を解くと、涙を流しながら、腰をゆっくり前後に揺らし始めた。
「く…う…んあぁ……ッ」
苦痛と快感がごちゃまぜになった男の血の気の失せた唇から、呻きとも喘ぎとも取れる声と、涎が漏れ続ける。
やがて、血溜まりの中に、白い液が吐き出され、混ざり出す。
「こんなものでも良かったのか?冥土に逝ってもそうして仲良く戯れているがいい」
笑顔で眺めるのを止めてシャーレンは、かたかたと膝立ちのまま震えている暗黒騎士の方を向いた。
「お前も友達を悦ばせてやるんだ」
「やめてくれ…許してくれ………」
子供のように震えて、涙を流して懇願してくる、体格の良い立派な男に、シャーレンは優雅に微笑んだ。
「まだ、何もしてないだろう?」
肌の白いきれいな手で、暗黒騎士の震えるいかにも男らしい手を握る。
その手を引っ張って、強張った体を膝立ちのまま、抉られた眼球の痛みで呻いている幻術師の前に来させた。
騎士の腰あたりに丁度、片目のない顔が来た。
暗い空洞になった眼窩から、血や、溶けた肉片と骨が、紅と白の筋となって流れ出していた。
ぴくぴくと痙攣して変色した唇からは、小さな悲鳴が漏れ続けている。
彼の下には、先ほどの召喚術師の、半ば肉塊と化した体が転がっていた。
むき出しになった内臓はまだ、びくんびくんと脈動しながら、優しく包むように幻術師の性器を咥えこんでいた。
「ひ…」
暗黒騎士は間近で、そんな二人の姿を見て、小さく悲鳴をあげた。
膝立ちの男の後ろから手をまわして、シャーレンはなだめるように軽く頭をなでた。
そのまま手を下方にやり、腰のベルトに手をかける。男はびくっと体を震わせた。
気にも留めず下着を下ろすと、萎えきっている性器が現れる。
それを手にとって、目の前の、黒い穴となった幻術師の左目に向ける。
「何を…何をする気だ…」
暗黒騎士が悲鳴のような声をあげた。
「すぐに、気持ちよくなるさ」
手に握った男の陰茎を軽く揉みながら、耳元で囁く。
「嫌…やめ…っ!」
シャーレンはそのまま彼の体を押して、片目の男の暗い眼孔に性器を突っ込んだ。
「があああぁ…ッ!」
騎士よりも先に、眼孔に陰茎を突っ込まれた突然の激痛に、幻術師が再び咆哮を上げた。
残された片目を大きく見開いて、体がびくんびくんと大きく跳ねた。
差し入れられた性器に押しつぶされて、ぬめる血や潰れた眼球の破片、千切れた筋が、色とりどりの花びらのように飛び散る。
その衝撃に、彼の性器を腹に突っ込まれている男の体も、芋虫のようにくねった。
「あ…あぁ……!」
暗黒騎士は涙を流しながら、恐怖と気味の悪さに喉の潰れたような悲鳴を洩らした。
「今度はこっちに挿れてやろう」
シャーレンは男の尻を軽くなでると、優しくそう言って、妖艶な微笑みを浮かべた。
「ひ…」
男がびくっと体を強張らせる。
「少し痛いかもしれないな」
シャーレンが、ネクロマンシーの呪文を詠唱すると、先程事切れた魔術師の死体が動き出した。
その体は所々青黒く変色し、溶けて、動くとまだ、液体と化した肉が滴り落ちたが、まだ人間の形は留めていた。
「嫌だ…やめろ…!」
あのおぞましい死体に犯させる気だと悟ると、暗黒騎士の顔が凍りついた。
「う…ああぁ…!」
半ば肉の溶けている指が、後孔に侵入してくる。
その指の粘液状の肉が、ちょうど潤滑液のようだった。
「あ…ぁ…やめ…っ」
前立腺を探られて、そこだけをぐりぐりと押される。
くちゅくちゅと卑猥な水音がする。反射的に腰が跳ねた。
生理的な涙があふれて止まらない。男どころか、屍に尻を弄られるなんて。
さらに入れられている指の本数が増えていくのを感じて、騎士は嗚咽をもらした。
「ん…っ」
だが、しばらくして、声に苦痛だけではないものが混ざり始めているのを見て、シャーレンは微笑んだ。
「そろそろか」
暗黒騎士は、後孔に入れられていた指が抜かれ、尻の入り口に何か太いものが当てられるのを感じた。
陰茎だと、悟った。
死体のはずなのに、ネクロマンシーのせいなのか、それは熱を孕んで脈打っているような気がする。
「いや…!」
まだ狭い後孔の中に突き進んでくる。しかし、魔法のせいで、逃げることはできない。
「ひ…あぁ…ッ!痛い…抜いて…抜いてくれ…ッ!」
男は無我夢中で叫んだ。
挿入自体にも、孔が切れて激痛が走ったし、まして顔の原型すら留めていない骸が、自分を犯している。
うなじや尻に、溶けた肉と思しき汁が、ぽたぽたとかかる感触がわかる。気味が悪くて仕方ない。
ぐちゅぐちゅと、血と溶けた肉が滑る音がしている。
やがて、痛みは感じなくなったが、恐怖と嫌悪が先立って、快感にはならない。
「やめて…やめて…もう…絶対…逆らわない……」
見るからに屈強な暗黒騎士が、子供のように泣きじゃくった。
「ふふ、情けないな。さっきの威勢はどうしたんだ?」
一向に勃たない男の性器を見て、シャーレンは後ろから彼の目元に手をあてて塞いだ。
落ち着かせるように片方の手で、頭を優しくなでる。
「…ぁ……」
視界を奪われて、騎士には現実が見えなくなった。
性器に伝わってくる。
ぐちゅり、ぐちゃり…
眼窩の奥の神経を、脳を、潰す感触。
最初は痛みでしかなかった後孔の中の異物が、徐々に快感へと変わる感触。
「あ…はぁ…っ」
目隠しをされたまま、いつの間にか、眼孔の奥の脳に陰茎を擦り付けていた。
腰を振れば、自分の後孔の中に入れられたものからも、快感が与えられる。
死人のように蒼白だった顔が、今まで経験したことのない快感に火照り始めた。
「はあぁ…っあぁ……ッ」
何も見えない真っ暗闇の中では、その不気味な音も、おぞましい肉に包まれる陰茎の感触も、非現実的な快感を与えるだけに過ぎなかった。
前立腺を嬲る血のぬくもりのない肉の感触と、陰茎を包み込む生暖かい肉のような脳天の感触だけが、ただ、彼が感じる全てだった。
男の目の無い穴から、どれ程、血や、肉片や、筋が滴っていようとも。
後孔の中に突っ込まれている性器の主が、グロテスクな屍であっても。
そうするうちに片目を犯されていた男は、一度凄まじい断末魔の咆哮を上げたきり、あの耳をつんざくような悲鳴は発しなくなった。
ぐちゅぐちゅと、肉をかきまわして潰す音、切れた後孔の中で、血がぴちゃぴちゃとかきまわされる水音だけが響く。
最初は怯えて震えていたが、今は眼窩の奥に打ち付けるように腰を使い始めた男の姿を、シャーレンは冷たい青色の目でじっと眺めた。
「気持ち良い?」
猫なで声でそっと囁いた。
絹のような水色の髪が、汗のにじみだした男の頬にかかるほど近くで。
「はあ…はぁ…ッ!」
やがて騎士は大きく腰を反らせた。
その絶頂の瞬間、シャーレンは男の目に当てていた手を放した。
「あ…ッ!っあぁー…ッ!」
男は見てしまった。
人間の眼孔に突っ込んで、達してしまった自分を。
屍に貫かれて、感じていた自分を。
「ひ…あぁ………」
暗黒騎士は茫然と、その場に座りこんだ。
抉られた眼孔から白く垂れた精液が、涙のようだ。
「ふふ…っ、そんなに気持ち良かったのか?」
先ほどの優しい声音とは真逆に、シャーレンが冷たく笑った。
「ははは、こんなものに突っ込んで、こんなものに突っ込まれて、腰を振ってイくなんて、お前も随分な淫乱だな」
引きずり落としたいと、そう言った気持ちはわかる。
自信や誇りに溢れた者達の姿が、崩れ落ちていく様を眺める事が、悦びをもたらしていく。
「さあ、お前はこれからどうしようか」
凄惨な三人の屍を見て、男はびくっと顔をあげた。
だが、暗黒騎士は、ラークに免じて命は取らないでおくつもりだ。
ただ、屈強な暗黒騎士が、子供のように怯える姿を眺めるのは面白かった。
「ほら、私の機嫌を取るチャンスだぞ?」
黒衣を切れ目からめくり、下着を下ろして、膝立ちのまま茫然としている騎士の目の前に股間を晒す。
硬くなっている性器を、恐る恐る唇を開け始めたその口に突っ込んだ。
「ん…ッぐ……」
初めてと思われる男の口淫は、決して上手ではなかったが、すでに勃ち上がっていたシャーレンのものは、
男の舌にすりつけているだけで、すぐに精を吐き出した。
「う…ぁ……っ」
暗黒騎士は、初めて口にするものをとても飲めず、むせて床に吐き出した。
彼はそのまま、茫然と床を見つめていた。
「ふふ、少々遊びすぎたな」
おそらく、彼はもう立ち向かっては来ないだろう事を悟ると、シャーレンは彼に背を向けて、扉に向かった。
醜い屍肉が散らばる中、その美しい微笑みだけが場違いだった。
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