陽が暮れて宿舎内に戻ろうとした時、中庭入り口の前にラークとヴァイン達が立っていた。
「悪かったな」
入ってきたフィルシスを見てヴァインがものすごく棒読みで謝った。
「こちらこそ」
フィルシスも同じぐらい棒読みで謝った。
「だがこれで俺達があきらめたと思うなよ、俺は絶対許さないからな!俺達三人だけじゃない他にも…」
と、言ってる最中にシャーレンも後ろから宿舎内に入って来たので、ヴァインは走り去って行った。
レザックも後に続いた。
「俺は結構あんたを気に入ったよ。
聖騎士といったら馬鹿正直にひたすら謝るか、命で償うとか言い出すのかと思ってたけど、こんな素敵なものが返ってくるなんてな」
最後に去って行ったクラインだけはそう言った。

「とりあえず腹ごしらえでもしようぜ」
そう言ったラークに連れられて、食堂に向かった。
食堂には部屋の端から端までの長いテーブルがいくつも並んでいた。
食事の時間は終了していたため、ほとんど誰もいない。
三人は入り口のすぐ前のテーブルの端についた。
大きな皿に料理が残っていた。
聖騎士団では、宮廷料理人が聖騎士や宮廷魔術師達の料理も用意してくれたが、
暗黒騎士団の食事は当番制で、騎士達が日替わりで作っているらしい。
ラークは自分の取り皿に肉ばかり取り始める。
フィルシスは取り皿に魚と野菜ばかり取った。
あまり肉が好きではなかった。
幼い頃、両親を殺された時、見てしまったのだ…暗黒神官の配下の魔物が殺した人々の死肉を喰っている所を…
それは幼い心に大きなトラウマを残した。
それ以来、ほとんど肉は食べれなかった。
聖騎士団では食事のときも行儀を尊重していたが、暗黒騎士団はそうではなかった。
彼らの食事は騒々しかった。
まだ少し、ぱらぱらと食堂に残っていた騎士達が、酔って笑っている。
少し、羨ましく思う。
自分にはもう仲間達と食事はできないから。
「お前さっきから野菜とかしか食ってねえじゃねぇか。肉はいらんのか?」
魚と野菜しかない取り皿を見たラークが驚いた。
「ああ、結構だ」
「嫌いなのか?好き嫌いするなんて、やっぱ子供だな。そんなんだから、ちっさいんだよ」
小さいと言われて、フィルシスは少し動揺した。
実は結構気にしていた。
黙って聞いてはいられず、言い返した。
「お前こそ、肉ばかりではなくて魚も食べたらどうだ。
そんなんだから、部下の放火にだまされる程、頭が悪いんだ」
双方、言い返されたらもう止まらなかった。
「ふ、でかかったら無理矢理犯られることもなかっただろうにな!」
「でかいくせにちっさいのに負けるやつもいるがな」
暗黒神官の神殿での戦いを思い出しながら、フィルシスは呟いた。
「あの時は手加減してやったのがわからねぇのか、おめでたい頭だぜ。
魚ばっか食っててもその程度なら、知れてるな」
「だったらもう一度勝負してみるか?
お前の空の頭を一突きしてもいいんだぞ」
まだ食堂にいた暗黒騎士達は、いつの間にか自分達の会話をやめ、
二人の言い合いを聞いていて思わず噴出しそうになった。
彼らは聖騎士の噂を聞いたり、さっき入ってきた時のフィルシスの表情を見たりして、
聖騎士団の団長というともっと無口で堅物な人物を想像していた。
それがこんなに若くて、彼らの団長と軽口をたたきあうとは思っていなかった。
「シャーレン、お前はどう思う?!」
先程からクッキーをつまむか、お茶しか飲んでないシャーレンにラークが尋ねた。
「ふん、魔法の詠唱一つも覚えられない内は、同じ穴の狢だろう」
微笑みを浮かべてシャーレンは答えた。
「ああ、それがごもっともだよ」
墓穴を掘ってしまって、ラークは残念そうに呟いた。
「というか、お前こそちゃんと食べろよ」
「料理が不味いんだ。美味しいものならきちんと食べるさ」
気のすむまで茶を飲むと、シャーレンはヴァインに嫌味を言いに行くために、席を外した。
ラークは酒を注ぎ始める。
「何だお前、そんなもん飲んでるのかよ」
酒があるのに、オレンジジュースを飲むフィルシスに、またラークはつっかかった。
「お酒は好きじゃないんだ…」
「俺がわざわざ入れてやったんだ、いいから飲めって」
どんと、ジョッキをフィルシスの目の前に置いた。
「いい、ほとんどお目にかかれないお前の労わりの気持ちだけで嬉しい」
「ほとんどお目にかかれないなら、次いつお目にかかれるかわかんねぇんだから受け取れよ」
それでもフィルシスは受け取らなかった。
酷く酔いやすかったし、しかも酔っている時は記憶がなくなるらしいため、シャーレンに止められていた。
「だからこういう時でかい方がいいんだぜ」
はっとしたが遅かった。
ラークは油断していたフィルシスをつかんで口にグラスを当て、鼻を押さえて無理矢理飲ませた。
「ぐ…!」
全部飲ませるとラークは手を放してやった。
「美味いだろ?」
酔った聖騎士を見てみたかった。
どんな反応が返ってくるか楽しみだった。
「う………」
だが予想に反してフィルシスはいきなり机に突っ伏した。
「あれ?おい、フィルシス」
ゆすって呼んだが返ってきたのは安らかな寝息だった。
どうやら酒が入るとすぐ寝るタイプのようだ。
「何だ、寝たのかよ。つまんねぇな」
今朝のことを思い出し、多分何をやっても起きそうにないのでラークはあきらめた。
空になったグラスにまた酒を注いだ。

戻ってきたシャーレンは、寝ているフィルシスを見て怪訝そうな顔をした。
「何故、寝てるんだ」
「…こいつだって疲れてるんだって、色々」
もっともらしいことを言ってごまかしてみた。
「こんなところで簡単に寝るなんて…らしくない」
確かに一度寝だすとなかなか起きないが、安全な所でしか寝ようとしないのに。
「その酒…飲ませたんだろ?」
テーブルに酒瓶が置いたままだった。
「…はは、やっぱわかる?」
「全くもう…とりあえず起きる前に部屋に連れて行かなければ…」
「起きる?途中で起きるものなのか?面白そうだな」
「前はどれだけひどかったか…。早く部屋に案内してくれ」
昔、祝い事で酒を飲んだ時のことを思い出した。
フィルシスは酒にはかなり弱く、酔うとかなり性質が悪かった。
酔うとすぐに寝ると思いきや、普段抑圧している自分の本音を暴露するのだった。
その本音がいいことばかりだとは限らない。
騎士団長の悩み、暗黒神への恨み等、しかもとんでもない言葉で暴露した。
こんな暗黒騎士の巣窟で、そんな予想できる本音を叫び出されてはたまらない。
しかも次の日になると本人は全く酔っていたときのことを覚えていないのだ。
「わかったよ」
あんなに飲んでいたのに顔色一つ変わっていないラークは残念そうに立ち上がった。
シャーレンは眠ったままのフィルシスを抱き上げて後に続く。
「それにしてもお前、よくそいつをここに連れてくる気になったよな。こんないつ狙われるかわからんところに。
俺は今日の朝、絶対お前は許可しないと思ってたぜ」
「……見せつけたかったのさ、私のものだってね…」
それに、この宿舎の地下には…
それは、今夜の愉しみだ。
「お前なあ、そればっかじゃないか」
すること成すこと全てを愛情に正当化するシャーレンにラークは苦笑した。
フィルシスのことは最初はただ、何の感情もなく、ただ好奇心で、どこまで耐えられるかを見るのを楽しんでいた。
それなのに、いつの間にか、気にいってきてしまっている自分がいた…
少し、哀れだと思ったことはある。
でも、シャーレンがこんなに楽しそうで良かったと思う気持ちもあった。

宿舎の一階、団長の部屋の隣に、何部屋か来客用の部屋があった。
「ここが来客用の部屋だ。二人同じ部屋でいいか?」
「ああ、それでいい」
「じゃ、また明日」
きれいに掃除された部屋に入るとシャーレンはとりあえずベッドに腰を下ろした。
時折苦しそうに呻く体を、ベッドに横たえて頭を膝の上に乗せた。
途中で寝苦しくならないように、靴を脱がせたり、騎士団の制服の上着などを脱がせてやった。
耳をなでると気持ちよさそうになる寝顔が愛しくて、しばらく見ていた。
しかし、突然眠っていたはずのフィルシスがいきなり話し掛けてきた。
やっぱり出た。今日は何を言い出すのだろうか。
「……シャーレンは本当は私のことなんかどうでもいいんだろ」
かなり投げやりな調子で聞かれた。
「そんなことないですよ」
酔っている時は何を言い出すかわからなかったが、とりあえず普通に話す時と同じように返事する。
「そんなことないって言ってるでしょう?」
膝の上から見上げる頭をなでてなだめる。
フィルシスはしばらく黙った後、見上げていた視線を逸らし、ぼそっと言った。
「じゃあ…何て思ってるの…」
黒いローブを小さくつかんで消えそうな声で聞いた。
答えを聞くのが怖いといった様子で。
「好き、ですよ」
「…ほんとに?」
恐る恐る確認する。
「もちろん」
そのままフィルシスの唇に口付ける。
「ん…っ」
フィルシスの方も小さく吸い付いてくる。
「私は絶対あなたを殺したりはしませんからね」
フィルシスがいつも不安に思ってること。
自分のフィルシスへの気持ちのことで、不安に思って思い悩む様子が楽しいから、
素面の時には決して教えないけど。
「うん、シャーレン……」
微笑んで、今にも眠りそうなフィルシスに、最後に尋ねた。
「あなたは私のことをどう思ってるんですか?」
「ん……?すき……」
そう答えながら、フィルシスはまた眠りに落ちた。
だが眠っても、シャーレンのローブを強く握ったまま放さなかった。
「こんなに強くつかまれたら寝着に着替えられないじゃないか」
苦笑して、仕方ないのでそのまま抱いて布団に潜る。
反射的に自分の胸に頭をすり寄せてきたので、なでてやると狼の耳がぴくついた。
次に目覚めた時は、こんな会話も忘れてしまっているんだろうけど。



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