灰色の空、長く続く贖罪の場所、闇の英雄とも言うべき暗黒神官が、その灰色の空間を破るゲートを開発した.神官は、
四人の忠臣を光の世界へ送り出した。
暗黒の騎士と魔術師、幻術師と召喚術師…
彼ら四人はあちらの世界を崩壊寸前まで導いた。
だが突如天から降ってきた創造神の作り出した゛聖なる剣゛に貫かれ、永遠の眠りについた…。
光の世界では、この四人の襲来を機に、再び襲ってくるであろう暗黒の勢力と戦えるように、聖騎士団が結成された。
それから長い戦乱の世が始まる…
四天王の一人、二代目暗黒の魔術師ジグハルト・ウェナンはひどく魔術に没頭していた。
彼は飢えるように、古今東西様々な魔術を研究した。
真っ黒な髪に夜色の瞳、漆黒のローブを着て部屋の隅で書物に没頭している姿は、まるで闇と一体化しているようだった。
時は同じく、強力な力を持つ者だけが選ばれる暗黒神官直属の魔術師団にも、そういう魔術を溺愛している女がいた。
リュシアン・トゥリスと言えば、魔術師や騎士の男達の憧れの的だった。
夢にまで見る光の世界の空の色の髪に、光の世界の海の色の瞳、美しい女だった。
だが、どんなに男達がその美しさに見とれても、彼女が振り向くことはなかった。
その深い海色の目には魔術しか映らない。
この二人は志を同じくする者同士、互いを気にはしていたが、特にお互いを愛してはいなかった。
二人の愛は魔術にしか注がれることはなかった。
それでも二人はある時、一人ではどうしてもできない性魔術というものを試してみたいと思った。
「リュシアン・トゥリス、性魔術というものを知っているか。古代に儀式で行われたものだ。」
淡々とウェナンが話しかけた。
「ええ、知っているわ、私もそれを実践してみたいと思っていたの。」
トゥリスも淡々と答える。
「そうか。では試してみてもいいか。」
「いいわ、でも忘れないで。私は魔術のためにするの。」
「それはこちらの言うことだ。」
こうして魔術だけを愛する二人が、魔術だけのために愛の無い性交を行った。
その時、生まれてしまった子供は、彼らにとってひどく無関心なものだった。
二人が欲しかったのは魔術だけ。だから子供を捨てようとさえした。
だが暗黒神官は、その子供は強力な魔術師二人の力を継いでいるにちがいないと思って、二人にちゃんと育てるように言った。
二人は子供を、本当に最低限にただ育てただけだった。
死なない程度というだけで、愛情も憎しみもなく。
古代の言葉で゛魔術゛を意味する゛シャーレン゛とだけ名付けて、ウェナンがただ一度だけ子供に話しかけたことは残酷なことだった。
「私に子供がいるということは、私が魔術以外の者に浮気したということだ。
だから子供などいてはならぬのだ。お前にファミリーネームはない。」
あまりに子供をほったらかしの二人を見て、素晴らしい才能が眠っているはずなのにこのまま魔術を教わらないままではいけないと、
暗黒神官は魔術を教えるように二人にわざわざ命令した。
それでも二人は魔術の書物を与えただけだった。
彼ら自らが教えたことはなかった。
二人とも、他人に教える暇があれば、自分が勉強したかったのだ。
たとえ子供が話しかけてきても、そちらを見て返事を返すことはなかった。
たとえ子供が泣き出しても、その手をとることは無かった。
そんな一瞬さえも、魔術に注がれるのだ。
子供は親が好きなものを好きになって、気をひこうともした。
必死に魔術を勉強したけれど、それでも彼の両親が振り向いてくれることはなかった。
それどころか、その魔術の才に嫉妬されたこともあった。
それでも一生懸命知ろうとした。
親は何に対して喜ぶのか。興味をもつのか。どんなことをすれば、自分を見てくれるのかを。
少年は親の愛を探すことばかりしていたせいか、いつしか自分の中から感情が消えていった。
ある感情を見せて両親が振り向いてくれなかったから、その感情は間違いだと次々と心の底に埋めていっていたから。
無表情でいると母親そっくりの端正な顔の造りが、冷淡さを強調した。
だが、その仮面の下の心の中では色々なことを見ていた。
自分の中では埋もれてしまったから、その感情に流されずに客観的に見れるからこそ、人の気持ちを分析するのに長けていった。
それは彼を狡猾な策士へと変えた。
自分の心すら欺いてしまうほどに。
最初はただ、自分の中の空の心を埋めたいだけだったのに。
両親の恐ろしくも強大な才能を継いでいたその少年は20歳の時、暗黒神官によって魔術師団に抜擢された。
「シャーレン、暗黒騎士の戦いに興味はないか?お前はまだ見たことないだろう。
いつか共に戦うことになるだろうし、見ておくといい」
暗黒神官が、まだ若すぎる魔術師に言った。
たまにクーデターが起こるので暗黒神官には、魔術師団だけではなく、騎士や幻術師にも、少数精鋭の直属の隊がいた。
それらの人員は、各団の団長がだいたい優秀な者を選び、その中から暗黒神官が自らその能力を見て決めた。
魔術師を選んだ数日後、次は護衛とする暗黒騎士の能力を確認する公開試合が行われることになった。
神殿の中庭で、試合は行われた。
暗黒騎士の団長が自分の選んだ優秀な部下と手合わせして、神官に部下の力を見てもらうのだ。
暗黒騎士団長ギルヴァン・シザイアが数人の部下を連れてやってきた。
「お久しぶりです、暗黒神官様。」
黒髪に黒い目で、岩のようにがっしりとした体型の騎士団長が挨拶する。
「わざわざご苦労、シザイア。」
「おや、君は?」
シザイアは、神官の隣にいた見慣れない男に、かつて自分が夢中になったことのある女の影を見て思わずたずねた。
「今度新しく暗黒神官様の護衛をすることになりました、シャーレンです。団長様。」
「そうか…!では君がリュシアンとウェナンの…。ああ、すまん、このことはあまり言わない方がいいのだろうな。
まあ、よろしく。それでは、さぞかし素晴らしい魔法の才能なのだろう、期待している。」
シャーレンは、あの二人の親はあんなに自分を無関係なものと扱っているのに、
周りは自分を見てこんなにもあの二人を思い浮かべると実感して哀しくなった。
神官に軽い挨拶を済ませると、暗黒騎士達が、順に団長と戦い始める。
最後に戦ったのは、燃えるような赤い髪、黒い輝きを持つ瞳に、精悍な顔つきの男だった。
表情やしぐさにまだ若さが残る、多分自分と同じ年ぐらいかもしれない。
「そうだ…あいつは確か…ライズ家の、そして暗黒騎士団の問題児…」
隣で暗黒神官がぼそりとつぶやいた。
問題児…にしては、やはり団長に選ばれただけのことはある。
激しい打ち込みに、シザイアも少しひるんでいた。
公開試合を終えた後、暗黒神官は敬礼して整列した騎士達に向かって声をかける。
「よし、ではお前達はこれから、私の護衛だ。」
それからは、神官は新しい任務を説明するため、騎士達を別室に連れて行った。
シャーレンは魔術師団の宿舎に戻ろうと思って、廊下を歩き始めた。
神殿の食堂の前を通りかかった時、その中に面白い人物を発見した。
先程の赤い髪の暗黒騎士が、一人で酒を飲んでいた。
たった今、護衛などの任務の説明をすると言われたばかりなのに。
だが、さっき暗黒神官が、問題児、とつぶやくのを聞いて興味を持った。
自分は、親から優等生とも問題児とも言われたことはないから。
親はそんなことを思うことがないぐらい、自分に全く興味を持たなかったから。
例え親に嫌われているのだとしても、何らかの感情を持たれるだけで羨ましかった。
自分は、好きはおろか嫌いすらもない程、何の交流もないのだ。
この人は自分のことをどうみるかな、同じように親を嫌っているのなら、ほんの少しは自分のことをわかってくれるかな。
同じように、親との関係が希薄なら、ほんの少しは自分のことをわかってくれるかな。
そんなことを思うと、今まで会った誰よりも惹かれて、話しかけてみた。
相手にされなかったらどうしようと、そんな不安と恐怖に駆られながら.。
「抜擢おめでとう、暗黒騎士殿。説明は聞かなくていいのか」
「あんた、さっき暗黒神官殿と一緒にいたな。説教しにきたのか?」
騎士が大儀そうに頭を上げた。好奇心と挑戦的な輝きを瞳に宿して。
「よく見ていたな。さすがだ。そんなに怒るなよ、別に何かしにきたわけではないさ。
私はシャーレン。あなたと同じく暗黒神官に仕えることになった魔術師だ」
「そうか。じゃあ、これから世話になるな。俺はラーク」
今度は挑発的な微笑みを止めて、人懐っこそうな笑みを浮かべた。
「ファミリーネームは?」
名前しか名乗らなかった暗黒騎士を、試すようにたずねた。
「ふ…聞かないでくれよ」
「゛ライズ゛だろう?」
さっき暗黒神官が洩らした名を聞いてみた。
その名は自分も知っていた。
一番最初に暗黒神に仕えたドレアク・ティラ・ライズを先祖に持つ大貴族の家柄。
「なんだ、知ってるのかよ。そう、あの由緒正しい貴族の伝統のあるライズ家」
そんな大貴族の子息が、わざわざ暗黒騎士団に入るのは少し不思議だった。
どちらかと言うと、神官になるはずだ。
「では何故暗黒騎士なんかやってるんだ」
「厄介払いってとこかな。あの家で問題児だったのさ、俺は。面倒なんだ、家の規則が。
暗黒神への祈りの時間とかご先祖様への礼とか。律儀すぎるんだ、向こうの聖職者じゃあるまいし。
あまりに自分勝手にやってたら、勘当みたいなものかな、騎士団に入れてしまえばなんとかなると思ったんだろう」
「なるほどね。どこに行っても変わらないようだが」
こんな所で上官の話を聞かずに酒を飲む彼を見て苦笑した。
「まあそう言うなよ。何かに縛られるのが嫌なんだ。暗黒騎士団は基本的に実力主義だし、苦労はないさ。
そう言うお前こそ、ファミリーネームは?シャーレン」
聞いてないようでちゃんと聞いていた。侮れない男だ。
それを聞かれるのは辛かった。
でもこの男なら、親に告げられた真実を言ってもいいような気になった。
同じように家で厄介者扱いされているのなら…。
「私の親は、子供なんかいないと思っているらしくてね。ファミリーネームを名乗らせてもらえないのさ」
「…お前も結構苦労してるんだな。まあ座れよ」
それ以上は親のことを聞かなかった暗黒騎士を少し気に入った。
他の魔術師団の者や、幻術師団の者が、自分の親のことについて聞いてくるのはたまらなく辛く、自分をいらつかせた。
「本当に大胆なやつだな」
この騎士は、神官の説明はもう全く聞きに行く気がないらしい。
でも親を求めた自分とは正反対の、親から逃げた彼の話すことには興味があったので、自分も茶を淹れて向かいに座る。
いつも探していた。自分が興味を持てるものを。
今まで生きてきて、あの両親に興味を持たれなかったから、何かに対する興味の持ち方がよくわからない。
「暗黒神官ね…俺は正直暗黒神とかどうだっていいんだがな」
「それは勘当されるくらいだからそうだろうな。しかしそんな正直に言うなよ。団長が聞いたらどうなることやら」
「はは、頼むよ、内緒にしてくれよ。なんかお前になら、つい言っても大丈夫な気になってしまったんだ」
自分になら言っても大丈夫…そんなこと、初めて言われた。
それは、目の前の男にとって、自分だけは特別ということなのだ。
そう気づいた時、今まで感じたことのない不思議な気持ちになった。
「言わないさ。私も別に、特別に信心深いわけではない。
ふ、だが問題児でも何か一つ取柄はあるようだな。
さっき見ていたが、すばらしい剣の腕だったぞ。いつか団長になれるかもしれないな」
初めて、本心から人を褒めた。こんな言葉が出てくるなんて、自分でも驚く。
「よしてくれよ、俺はそういう面倒なのは嫌なんだ」
そろそろ、暗黒神官の所に戻らなければならない時間。
でも、まだこの場を離れたくないと思った。
目の前の男…ラークと、もう少し、話したいと思った。
屈託なく笑う彼。そんな笑顔、今まで向けられたことがなかった。
途中でラークが、今日から友達だなと、そう言ってくれたことが余りにも嬉しくて結局、食堂で夕暮れまで話してしまった。
暗黒神官や騎士団長に見つかって、怒られるまで。
その日から、ラークとよく話すようになった。
自分を見るたびにあの二人の魔術師を思い出す周りの者があまり好きではなかったし、
ラークも、自分を見るたびに格式あるライズ家を思い出す周りの者がたまらなく嫌だった。
神殿で自分を見かけると、気さくに手を振ってくれるラークに、いつしか惹かれていた。
自分自身だけを見て判断してくれた、初めての人。
それに、ラークは結構感情の起伏が激しくその感情もよく面に出す方だが、自分はそうではない。
ラークは本を読んだりするタイプではないことも、自分と逆だ。
他の暗黒騎士達の気性も、ラークと似たようなものだ。
だから、自分と正反対である故に、戦場で、ラークに頼られることも少なくないことが、嬉しかった。
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