「アイツ、どこに行った…?」
ほとんど終わりかけの深夜、シクロは家に戻ると、部屋に誰もいないことに気付いた。
ある程度、魔力も戻ったように思われるし、自力で呪いでも解いたのだろうか。
別れの挨拶なんて、別に期待していなかったけれど、こんなにあっさり行かれるのもあまり釈然とはしなかった。
ただ、気になることはある。
魔力の残り香が、外に続いていた。
それが何故か、似たような種類が二つあるように感じる。
まるで、主と眷族がいるように。
―まさか、誰かを咬んだ…?
もう一度、外に出た。
家に戻る前に見た夜空は終わりが近く、今も白んでいく速度が早い。
再び外に出たのは、先程よりそれ程時間は経っていないのに、地平線の向こうは明るくなり始めていた。
もうすぐ夜が明ける。
それまでに、見つけ出さなくては、真実を問わなければ。
微かな匂いがする方に向かって、シクロは走った。
雌鶏の声だけが響く街の中には、人影はない。
残り香は外に向かってる。
もう、この街にはいないのだろうか。
そうこうしている内に街の出口まで来てしまった。
シクロは心の中で舌打ちをしかけたが、大木の陰に何者かの姿を見た。
「リダリス……?」
自分の目が信じられない。
何故こんな所にいるんだ、こんな魔力の匂いを置いていくんだ。
「…シクロ?」
覗き出した陽光が、昼と夜の世界を隔て始める。
それなのに、振り向いた人影は紛れもなくリダリスだった。
「リダリス…何故……何で、こんな所に…それに…」
彼が纏う魔力は知っている匂いだった。
まさか…本当に、リダリスを咬んだのは…
ルシュヴン…
「何故だ…」
深く崩れ落ちるように、その場に膝をついた。
少しでも、信用してしまった自分が悔しかった。
大切なものを奪って…
今頃嘲笑っているに違いない。
「…シクロ」
声だけに反応して顔を上げる。
足音一つ立てず、動く気配すら感じさせず、もう彼はエルフではない。
森に愛された美しさは、生命を狂わせる美しさに変わってしまった。
「僕を殺してくれ…」
血の気ない肌に、悲しい表情が浮かぶ。
「嫌だ……嫌だ…!」
立ち上がって、肩をつかんだ。
本当に、体温が感じられない。
「オレの血をあげるから…そんなこと、言わないでくれ……」
「君がそんなに動揺する顔、初めて見たよ…」
そう言いながら見せたのは、全てを諦めた微笑だった。
置いた手越しに、リダリスの肩の力が抜けるのがわかる。
「リダリス……」
「…だから、悲しい。君の…多分初めて僕に頼んだ…切実な頼みなのに、聞いてあげられなくて」
「だったら聞かなくていい、俺が勝手にする…!」
それでもリダリスは、俯いて首を振った。
「こんな姿…家族に…見せられない…
あの太陽を二度と見ることができないなんて、耐えられない…」
空の端の光が進んでくる。
夜が終わる…
「まずい、朝だ…!とにかく、一旦どこか建物に……」
「いいんだ、それに僕は…あの夜から、苦しくて仕方がない」
「え…?」
「赤い目が見張ってる…おぞましい声が耳元で囁いている…
ずっと…ずっとだ…今も…」
「…そんなの、俺が倒すから…!」
抱きしめようとしたけれど。
「…シク…ロ……」
呼ぶ声が終わる頃には塵だけが残っていた。
朝日の眩しい空に舞い散って消えていく。
はじめからいなかったかのように。
「リダリス……」
その場に力なく座りこんだ。
さっきまで、親友が立っていた足元。
それなのに、草は一本たりとも折れていない。
―こんな姿、家族に見せられない…
「リダリス…ごめん、リダリス……」
家族と談笑する彼の笑顔が、滲んだ視界に浮かぶ。
「見てろよ、あの野郎…!絶対灰にしてやる…!絶対に…」
霞む目を拭って、シクロは立ち上がった。



「上手くいったよ」
二人きりの暗い自室で、イノベルクは使い魔からの報告を聞いた。
「そのようですね」
デュイはほんの一瞬だけ、憂いたように眉を潜めた。
だが、もう慣れたことだ。
―そのまま過ごしていけば、何不自由ない人生を歩んでいけたであろう者達。
そのような者達の運命が変わってしまう瞬間、神になれる。
彼らは化け物と呼ぶだろうが、どちらも似たようなものだ。
主人の戯れで、罪のない命が消えつく度に、いつのことだっただろうか、遥か昔にそう言い放たれた言葉を思い出す。
あの人の前の人も、その前の人も、大切なものを奪われてみんな最期は…
「次が楽しみだな」
きっとまた新しい悲劇が繰り返されていく。
あの人は得るだろうか?
ご主人様と同じように、信じられないぐらいの数の悲しみの先にある虚無の力を。
「私を軽蔑するか」
「いいえ、貴方の意のままに」
いつも黙って見ているだけ。
いつも後についていくだけ。
自分はただの消耗品。
人間だった頃、大切なものは何一つなかった。
自分の身さえ、どうだって良かった。
「ふん、つまらんヤツだ」
首元に突き立てられる牙の感触。
胸に当てられる爪の感触。
いつか自分も、身体だけでなく、心さえもぐちゃぐちゃにされて、棄てられていくのかな。
あんな風に。
そう思っていることを知られたら、本当に呆れ果てて棄てられてしまいそう。
それでも良かった。今の唯一つの大切なものは、この主人だけ…



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