月明星稀

(22)
熱い、吐息が散る。
この熱に、どれ程焦がれたことだろう。
胸が黒く焼けるほどに焦がれて、けれど、自分ではない他の人のものだと思って、欲っする気持ちさえ
心の底に押し隠していた。
「ヒカル…」
泣き出しそうな声が頭上から聞こえる。
そっと、優しく、身を横たえられる。
ぎこちない手が衣を紐解き、おずおずと身体を探る手がその中に入り込んでくる。
ためらいがちなその手が、もどかしく、けれど嬉しく、絶えず自分の名をささやき続ける彼の熱い声に、
恍惚と酔った。
望んで、欲して、そうしてようやく得られた彼の熱い身体に、それでもまだ不安の残る優しい手に、安心
して全身をゆだねた。
やっと明らかにできた、伝えることのできた思いを、そのまままた伝えるように、自らの欲望を隠すこと
なく曝け出し、そして彼の熱い情熱を受け入れた。

(23)
ジジ、と燭の揺れる音がしてヒカルは薄く目を開いた。
眠ってしまっている彼を起こさないようにそっと彼の腕を落とし、身を起こして彼の顔を眺めた。
暗い室内に白く浮かび上がるような秀麗な面差しに、ヒカルはしばし見入っていた。
闇の中でも鋭く光るあの厳しい黒い瞳は長い睫毛の下にかくされ、きりりと引き締まった眉も今は柔らかく
緩んでいて、眠っている彼の口元にはあどけないとも言えるほどの優しい笑みが浮かんでいた。
眠っている彼の顔を見たのは初めてだった。
――君が、好きだ。
この美しい唇が、そんな言葉を囁いて、自らの唇に触れ、自分の心に火を点した。
――おまえが、好きだ。アキラ。
そう答えて、熱い口付けを返した。
見詰めていると胸が詰まってきてしまって、眠っている彼に涙を落としてしまわないようにぎゅっと目元
を手で拭い、美しい彼の寝顔から目を逸らせた。

戸の隙間から、白い月の光が、床を一筋、照らしていた。
その微かな光に誘われるように、軽く単を羽織って、ヒカルは月を求めて外に出る。
縁側に座ると、サラリと風が頬をなでた。
火照った身体に夜風が心地よかった。
見上げると天空のその頂点に、僅かに欠け始めた白い月が、煌々と輝いていた。

(24)
「ヒカル?何を見ている?」
背後からかけられた声に振り返りもせずヒカルは答える。
「月。」
促されるままにアキラは彼の横に座り、同じように空を見上げた。
満天の星々と白く輝く月。
そして目を戻し、傍らのヒカルをそっと窺い見た。
月明かりに照らされた彼の横顔は、真昼の陽の光の下にいる時とはまるで違って見えた。
白く儚げな顔に、一瞬、アキラは彼が自分を失っていたときの事を思い出し、月に心を奪われたよう
に天を見上げるヒカルを思わず抱き寄せた。
「ヒカル……」
抱きしめると彼は素直に体を預けてくる。
「なに……?アキラ……」
「自分が強欲な人間だと知っていたけれど、こんなにも欲が深いとは思わなかったよ。」
ヒカルの身体を抱え込みながら、耳元でアキラは囁いた。
「月なんか見るな。僕が傍にいるのに他のものなんか見るな。僕だけを見ていろ。
そう言ってしまいそうになって………月にさえ嫉妬するなんて……」
「馬鹿だなあ。」

(25)
アキラの肩にとんっと頭を乗せて、ヒカルは言った。
「おまえみたいだな、って思ってたんだ。」
唐突にそう言われて、なにが?と言うようにアキラは首を傾げる。
「あの、月がさ、おまえみたいだなあ、って。」
言われてアキラはヒカルの顔をまじまじと見つめ、次いで空を見上げて輝く月を睨み、それからもう
一度ヒカルを見て、不満を隠せないような声で、言った。
「日毎、夜毎に姿を変える、あの月のように僕が不実な人間だと?」
「ばあか、」
ヒカルはそんなアキラを見てふんわりと笑う。
「どれほど姿を変えても月は月だ。小さく細くなってしまっても、いなくなってしまったように思っても、
本当はちゃんとそこにいて、気付かないうちにまた姿を変えて、ある夜ふと見上げると月は大きく、
明るく、輝いてるんだ。」

冷たい氷のように高く遠く一人輝いていたり、夜明けの空の暁の光に溶けて消えてしまいそうに儚げ
に見えたり、春の夜に柔らかく霞んで見えたり、どんな姿をしていてもおまえはおまえだ。
月の無い闇夜がどれほど心細いものなのか、日の落ちてしまった夜に月の光がどれ程心強いもの
なのか、闇に彷徨うまでは知らなかった。深い夜の闇の中にいた俺にとって、闇を照らす月の光は、
闇に隠した俺の罪を暴く恐ろしいものでもあったのだけれど。
どんなときも月はいつもそこにあった。
いつも俺を照らしていた。いなくなってしまったように思えても、それでも本当はそこにいた。
ある時は冷たく厳しく。ある時は暖かく優しく。

(26)
佐為。

降るような星の光を仰いでヒカルは思う。
夜空を彩る幾千万の星の中の、どれが佐為の光なのだろう。どの光が佐為の魂なのだろう。
わからないけれど、きっとあの中のどれかが佐為の輝き。

佐為。
俺、アキラが好きだ。
好きなのはおまえだけだと思ったのに、おまえがいなくなってしまった時、俺の中の、誰かを好きだと、
大切だと思う気持ちもおまえと一緒に無くなってしまったように思ってたけど、違ってたみたいなんだ。
佐為。
俺はずっとおまえを忘れない。
いつまでも、おまえは俺の中にいる。
いつだって、俺の中にはおまえがいる。
でも、同じくらいにアキラが好きなんだ。
わかってくれるだろう?いいだろう?佐為。


瞬いた星が、なんと答えたのかはわからない。
満天の星空に、月は明るく輝いていた。

(完)

テレワークならECナビ Yahoo 楽天 LINEがデータ消費ゼロで月額500円〜!
無料ホームページ 無料のクレジットカード 海外格安航空券 海外旅行保険が無料! 海外ホテル