冬の猫と春の熱

(1)

今日はやけに進藤が寒い寒いと言う。碁会所でもエアコンの効きが悪いのではないかと言い、今もボ
クの部屋で同じ不満を口にする。
「なあ、部屋のエアコン、壊れてんじゃねーの?」
そんなことはない、と、リモコンの温度表示を見せてやるが、納得のいかない様子である。
暦の上では春だけど、まだまだ麗らかな気候には程遠い。それは認める。けれど、普段は寒さなど大
して気にしない彼がここまで寒がるのは珍しい。
「壊れてなんかないよ。その証拠に、ボクは暑くてのぼせそうだ」
嘘なんか吐いてない。本当に暑い。頭がぼうっとするくらい暖房は効きすぎている。できれば窓を開
けて換気したいくらいだ。
見れば、進藤は首を竦めて両手で腕を摩っている。本当に寒そうなその姿を見て、遅まきながらある
可能性に気付く。
「まさか……キミ、熱を出してないか」
心なしか唇の色も悪い。何てことだ、もっと早く察することができていたら、明るいうちに碁会所か
ら家に帰していたのに。午後七時前、帰したものかどうか迷う。タクシーで送ればいいのだろうが、
今なら近所の内科医院が開いている。
額に手を当てれば、やはり熱い。想像以上だった。

外に出ると、ダウンジャケットにマフラー・手袋で防備していても進藤は寒さに震え上がった。
徒歩でさほどもかからず、ボクが幼少から世話になっている医院に到着する。狭い待合室は混み合っ
ていて、ぐずる子供や咳をする会社帰りの男性など、様々な患者でソファーは埋まり、座る場所もな
い。
受付で保険証の呈示を求められ、進藤は持っていないと答える。
「やべ、実費……?塔矢オレ、やっぱ帰って出直、」
駄目だ、と即座に却下する。
「北斗杯前の大事な時期に、こじらせて大病を引き起こしたらどうする」
今回、昨年のボク同様に進藤も過去の戦績重視で予選は免除されていた。五月まで間があるとはいえ、
本当に大病でもしたらと思うと気が気でない。彼のようなタイプは往々にして、健康であることに胡
座をかいて手遅れになったりするのだ。
渡された体温計が計測終了の電子音を鳴らす。驚いたことに四十度を超えていた。
満員で座れないため壁に凭れて立っていた進藤の目はいつの間にか虚ろになっていて、体もふらつい
ている。
ここに来るまでの道中、外気に当たったせいで熱が急激に上がったのかも知れない。
バスや電車なら席を譲って下さいと頼みもできようが、生憎この待合室には席を譲られる側の人間し
かいない。思わず舌打ちしてしまう。
「無理して立ってなくていい。しゃがんで」
ぐらぐら揺れる小柄な体を支え、壁に沿ってゆっくりしゃがませる。

(2)
体温計を受付に返す際、容態が悪いので順番を早めてもらえないかと断られるの覚悟で交渉した。出
来るだけ早めに呼ぶと言ってはもらえたが、期待しない方がいいだろう。
案の定、随分待たされてからやっと診察室に呼ばれた。

(3)
どうしよう。自分でやってもらおうか?いや多分、今の病状ではできないと思うし、こんな時間に起
こすのは気の毒だ。
でもこのまま放置して、本当に脳が煮えてしまったらと思うと怖くてたまらない。
ボクは意を決し、机に手を伸ばす。薬袋を掴んで、連なった座薬の銀色をした密封パックをひとつ切
り離した。浮き出したその形がどうしても、あらぬものを連想させてしまって鼓動を乱す。
なんでこんな形なんだ。わかってる、それが最適だから。何に?だから、ほら。
進藤の白い内腿が頭に焼き付いて離れない。夏に見た時は豆電球の乏しい光の下で、それでも破壊力
満点だったのに。蛍光灯に照らされた素肌がそれ以上に視覚に訴えてくるのは当たり前なのだ。
その奥に、さっきは怖気づいて本人任せにしてしまった場所に、ボクの手でなんて、そんな。
「ぅう…………」
進藤が苦しそうに漏らす声に、それどころではないと自分の頬を平手ではたいて正気を取り戻そうと
する。ボクは、ごくりと唾を飲み込んでから、そっと布団と毛布をめくった。部屋の空気に熱い体を
曝されて、進藤が身震いする。仰向けの体を横にして、パジャマのズボンに手をかける。躊躇わずに
一息でやってしまえ。心の中でせーの、と合図して、下着ごと強引に引っ張り降ろす。
「ごめん……すぐ、済むから」
言い訳するように謝って、銀のパックを破り、中身を出す。白い薬剤は、触れるとたちまちぬるつい
て指を汚す。そうか、腸の中で溶けるようになってるから融点が低いんだ。ますますもたついていら
れない。
もう一度、ごめん、と謝ってから、形のいい臀部を押し開く。汗ばんだその部分の肌が手に吸い付く
ようで目眩がしそうだ。熱さましを待ちわびるそこはきゅっと閉じていて、ほんのり淡い色。その中
心に、震える指でいかがわしい形のそれを、その先端を、宛てがう。座薬の底を指で支えるようにし
て力を込めると、するっと入った。底部が飲み込まれ、そこに触れていたボクの指が拒まれる。
この時点で、ボクは視覚的に充分すぎるほどの刺激を受けていて。箍が外れていることに無自覚だっ
た。
「っ!」
目を覚ました進藤が身を捩ってこちらを見る。信じられない、そんな顔。
「ぃや、っ、塔矢っ」
ボクの指は座薬を追って、彼の内部へと少しだけ侵入していた。肌よりももっと熱い粘膜が押し包む
感触に、欲望が暴走する。
「ヤダ、や」
彼が健康体なら、とっくに突き飛ばされていただろう。そもそも、こんな場所に触る状況にはなりっ
こない。でも今の進藤は熱で意識がはっきりしてなくて、体もうまく動かせない。
「はぁ……っ、はぁ、イヤだ、っ」
座薬が熱い肉壁に溶かされて、ぬるぬるが指に絡みつく。夢中になって指を蠢かしながら、もう片方
の手で進藤のままならない上半身を抑えつける。
「やめろよぉ、ヤダよ、こんな、っ」

(4)
いつもの強気な彼じゃない。病は気から、そのまんま。そんな弱さすら、ボクを煽り立てる材料でし
かない。
「イヤ、ぅく、んっ、んん」
かぶりつくように小さな唇にキスをする。感染る?構うもんか。キミが欲しい。
どうして家に帰さなかったって?決まってる、こうしたかったから。下心があったからだ。綺麗事で
本音を隠して、尤もらしい事を言って。
誘うように潤んだ大きい瞳が。赤らんだ目元が。唇が。その熱い肌が。ボクを狂わせたんだ。
華奢な首筋に唇を滑らせると、びくりと反応する。体勢がきついので一旦指を引き抜き、もう一度完
全に仰向けにして脚の間に体を割りこませる。腿に当たる性器は熱のせいか恐怖のせいか縮こまって
いるみたいだった。可哀想に、そう思って、柔らかく握りこんで先端を弄くる。
「いや、やめてよ……塔矢、たのむ、から」
拒む口調が、少しだけ弱まった気がする。それに比して、握った性器の硬さと大きさが微妙に増した、
ような。先端を撫でる指に感じるぬるつきは、座薬とは違う。
苦しそうな呼吸の合間に、どこか淫らな響きの声が混じる。
「オレまだ……っ、わかんない、から、だから、っ、はぁっ、はぁ、」
「……何がわかんないの?」
質問しても、進藤は何度も首を振るだけ。何がわからないのかわからない、んだろうか。でも、ボク
とするのは嫌じゃない、そんなニュアンスが篭ってる。とか自分に都合よく捻じ曲げて、やってる事
を正当化しようとするボクは汚い。
「いたい、痛い、寒い……」
節々が痛むと訴えるのを無視して、ボクはパジャマの残りを脱がそうとボタンを外す。それを阻もう
と進藤が手首を掴んでくるが、振り払って続ける。身頃を大きく左右に開いて、胸にしゃぶりつく。
「ぁあっ……」
とうとう泣き出されてしまった。でもやめられはしない。
「っ、かったよ、も、ぜんぶ省略で、いいから、はやくやっちゃえよっ」
自棄になったのだろうか。何かとんでもない事を聞いてしまった。
「寒いし痛いし、だからさっさと終わらせろつってんの!」
余程辛いんだ。でも、受け容れてくれるって、本当に?いや、そんなの考えるのは後回しだ。
汗の浮く小さな鼻の頭に軽いキスをして、細い脚を性急に持ち上げる。ズボンのジッパーを下ろし、
ずっと出番を待っていたボク自身を取り出す。それを収める場所を探るのに手間取りながらも、どう
にか切先を宛てがい、そして、ぐっと力を込める。
「くぅ……!」
痛いのだろう、進藤が歯を食いしばって呻くのが聞こえる。ボクの先走りと、彼の内部にある溶けた
座薬が潤滑を少しだけ助けてくれてはいるが、挿れる方がこれだけきついんだ、挿れられる方は多分
もっと。

(5)
全部挿りきるまで、時間がかかった。進藤の中はめちゃくちゃ熱かった。そのせいでボクも汗だく。
「痛い?」
ボクの問いに、彼は可愛い顔を歪ませて小さく頷く。涙を零してしゃくり上げながらも、叫んだり喚
いたりせず、じっと堪えてくれている。それだけでもう爆発しそうだ。
「ごめん、外で出すの、間に合わなかったら」
傷つけたくないし、負担もかけたくない。でも、欲望のままに貪りたい。矛盾の落とし所はどこなの
だろう。
「はっ……ぁ、んっ、ったぃ、っ、はぁ、はっ」
ゆっくり揺さぶり始めると、やっぱり進藤は痛いと口にする。痛いだけで終わらせるのはあんまりだ
と自分でも思ったので、合間に感じそうな場所へキスをしたり、性器を擦ったりと、できるだけ快感
も与えるようにする。それが役に立ったかどうかはわからない。そのうち、自分が動くことだけに夢
中になってしまったから。
「あぁ、はぁっ、あ、あ、あ」
彼の喘ぎがボクを終わりへと急き立てる。痛いの?それとも気持ちいいの?
「あっ」
「あぁ……ごめん!」
結局、抜くのが間に合わず、ボクは進藤の中に放ってしまった。

その後は、惨憺たるありさまだった。
ぐちゃぐちゃに汚れた布団と毛布を交換し、進藤の体を拭いて着替えさせて。そこからが本番だった。
進藤はひどく腹を壊し、何度も手洗いに行く羽目になった。熱と行為のダブルパンチで足腰が立たず、
ボクの支えなしに歩けない。しまいには「もうトイレに住みたい」とまで言い出す始末。
そんなだから当然、次の座薬なんて使えない。最初に使った分は、ろくに吸収されなかったのではな
いかと思う。相変わらず熱は高い。
「……塔矢」
どうにか腹の具合も一段落し、敷き直した布団に入った進藤が呼ぶ。
「喉渇いた?」
「寝てないだろおまえ。ホラ、来いよ」
中から布団を持ち上げて隙間を作り、ボクを誘う。よっぽど妙な顔をしてたのか、彼は小さく笑った。
「ベロチューまでしといて、感染るとか今更だろ?ほれほれ」
いや、それ以上のこともしましたが、勘定に入ってないんですか。まあいいけど。
誘われるままに潜り込むと、熱すぎる腕が抱きしめてくる。
「挿れられて、出しちゃうとか思わなかった……キモチイイとか覚えてないのに、変なの」
耳元で囁く声は、ひどく艶めいていて。またしてもボクの鼓動を乱す。
「塔矢……治ったら、改めて、しよ」
気が付けば、もう陽は高く昇り。
ボクは彼の熱さに包まれて、まどろみに落ちた。

馴染みの老医師はボクの顔を見ておや、と言ったが、話に付き合う気はない。
聴診器を当てるので胸を出して、との言葉に、ボクはどこを見ればいいのかと視線を彷徨わせる。
パーカーとシャツを一緒にたくし上げた進藤の、まだ出来上がっていない華奢な体の線。背筋の窪み。
滑らかそうな、肌。
ボクまで熱が上がったかのように、顔が火照る。
丸椅子がくるりと回り、今度は体の前面がボクの目に飛び込んでくる。少し肋の浮いた胸、厚みがな
くなだらかな腹。形のいい臍。
これまで同じ部屋に泊めてきて、着替えで裸身を見ないわけではなかったけれど。
去年の夏、暑さにしどけなく寝乱れる彼を意識してしまって以来、まともに目を向けられずにいた。
(いけない、彼は今、熱を出してるんだぞ)
布団に潜り込んできて、ぴったり体を寄せて眠る進藤の息遣い。触れる髪の柔らかさ。自分より小さ
めの肩。思い出してはいけないと戒めれば戒めるほど、それらが脳内を駆け巡って胸が苦しくなる。

インフルエンザだろう、と曖昧な診断を受け、栄養剤の注射だけされて処置は終わり。
「熱が高すぎる状態が続くと脳が煮えるからね、熱さましの座薬を出しとこう」
薬で強制的に熱を下げるのは、体が病と戦う機能を損なう事になるので本当は良くないのだとか。け
ど、それにも限度というものがあるらしい。
保険証持参ではなかったので、一時的に全額を支払う。進藤の持ち合わせで足りないでもなかったが、
交通費がすっからかんになるのでボクが一部立て替えた。帰宅する、と言い張る彼をどうにか説得し、
ボクの家へと連れ戻して布団に叩き込む。
「インフルだし、おまえにも感染ったらどーすんだ」
荒れた呼吸をしながらボクを心配するような科白を吐く進藤がいじらしくて、そんな状況じゃないは
ずなのに頬が緩む。
「薬局で熱さましもらって来るから、おとなしく寝てるんだ」
言い残し、コートを着込んで外に出る。遅くまで開いている調剤薬局は少し遠い。早足で向かう。
閉まる間際に滑り込み、処方箋を渡して暫し待つ。呼ばれて受け取るまでにそう時間はかからなかっ
た。
氷の作りおきがなかったのに気付き、帰りにコンビニに寄って調達ついでにスポーツドリンクや冷却
ジェルシートなども買っておく。しまった、シートは薬局で買えば良かった。二箱しか売ってない。
戻る時間が惜しい。行きと同じく早足で家路を急ぐ。
帰宅して真っ先に進藤の様子を伺うと、目を閉じて浅く短く苦しそうな息をしていた。

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