冬の猫と春の熱
(6)
「塔矢?……あちぃ……」
自分の高すぎる体温で布団蒸しにされているせいか、今度はそう訴える。額や蟀谷に汗が浮き、髪が
張り付いていた。
「汗かいて体温下げなきゃ。これ置いとくから、喉渇く前に飲んで」
枕元にスポーツドリンクのボトルを置き、冷却シートを額に貼ってやる。冷たさに、ぶるっと進藤は
震えた。
本来なら酒を呑む用途のロックアイスを氷枕に詰め、緩衝材がわりに水を注いで口金で留める。
タオルで巻いて頭の下に置いてやると、進藤は気持ちよさそうに細く息を吐いた。それがやけに艶か
しくて、正視できない。
体の汗を拭いて着替えさせなくてはいけないのでは、とやっと思い至り、一応断りを入れて彼のリュ
ックを開ける。無造作に突っ込まれていたパジャマを出してから、洗面所にストックしてあるタオル
を数枚取って戻り、進藤の上体を起こす。自力で座っていられずにぐらぐらだ。悪戦苦闘しながらパ
ーカーとその下のシャツ、それにアンダーを脱がす。汗に濡れた肌はとても熱く、触れているボクの
手まで燃えそうな気がしてしまう。手早く背中を拭き、横たえて胸と腹を拭こうとして……タオルを
持った手が躊躇う。触っても、いいんだろうか。両胸で淡く主張する、そこに。
ひとつ頭を振って邪な考えを払い除け、ざっと汗を拭き取る。ぴく、と進藤が反応したような気がし
たが、きっと錯覚だ。
上が終われば、次は必然的に……下。胸を拭くよりよっぽどドキドキする。同性相手に妙な興奮をす
るボクは、傍目にもおかしく映っているに違いない。
ジーンズにかかる手が震える。変にもたつけば余計に警戒されるじゃないか。事務的に、さっさと済
まさないと。
露わになる内腿の、予想外の白さに動悸は激しくなる一方。下着も汗ですっかり濡れていて、替えな
いといけないのにボクはそれどころじゃなくなってる。朦朧としている進藤に声をかけ、それだけは
どうにか自分でやってもらった。
情けない。
ひと通り終わると、ボクは取るものも取りあえず手洗いへと駆け込んだ。恥ずかしさに死にそうにな
りながら処理をする。彼の名を小さく何度も呼んで。
何度か汗を拭き、着替えさせ、氷枕の中身を取り替える。着替えはとっくにボクのパジャマと下着に
なっていた。正視できないなんてカマトトぶった事を思ったのは初めのうちだけで、そのうち慣れた。
そう、汗拭きと着替え程度なら。
明け方が近づき、ボクの感情が寝不足で鈍麻してきたせいかも知れない。
進藤の熱は下がらない。いや、むしろ上がった。これはまずいのではないだろうか。
自分の机に置いた、進藤の熱さましが入った白い袋に目をやる。あれが必要なんじゃないか。でも。
……座薬、なんだよな。あれ。
(7)
どうしよう。自分でやってもらおうか?いや多分、今の病状ではできないと思うし、こんな時間に起
こすのは気の毒だ。
でもこのまま放置して、本当に脳が煮えてしまったらと思うと怖くてたまらない。
ボクは意を決し、机に手を伸ばす。薬袋を掴んで、連なった座薬の銀色をした密封パックをひとつ切
り離した。浮き出したその形がどうしても、あらぬものを連想させてしまって鼓動を乱す。
なんでこんな形なんだ。わかってる、それが最適だから。何に?だから、ほら。
進藤の白い内腿が頭に焼き付いて離れない。夏に見た時は豆電球の乏しい光の下で、それでも破壊力
満点だったのに。蛍光灯に照らされた素肌がそれ以上に視覚に訴えてくるのは当たり前なのだ。
その奥に、さっきは怖気づいて本人任せにしてしまった場所に、ボクの手でなんて、そんな。
「ぅう…………」
進藤が苦しそうに漏らす声に、それどころではないと自分の頬を平手ではたいて正気を取り戻そうと
する。ボクは、ごくりと唾を飲み込んでから、そっと布団と毛布をめくった。部屋の空気に熱い体を
曝されて、進藤が身震いする。仰向けの体を横にして、パジャマのズボンに手をかける。躊躇わずに
一息でやってしまえ。心の中でせーの、と合図して、下着ごと強引に引っ張り降ろす。
「ごめん……すぐ、済むから」
言い訳するように謝って、銀のパックを破り、中身を出す。白い薬剤は、触れるとたちまちぬるつい
て指を汚す。そうか、腸の中で溶けるようになってるから融点が低いんだ。ますますもたついていら
れない。
もう一度、ごめん、と謝ってから、形のいい臀部を押し開く。汗ばんだその部分の肌が手に吸い付く
ようで目眩がしそうだ。熱さましを待ちわびるそこはきゅっと閉じていて、ほんのり淡い色。その中
心に、震える指でいかがわしい形のそれを、その先端を、宛てがう。座薬の底を指で支えるようにし
て力を込めると、するっと入った。底部が飲み込まれ、そこに触れていたボクの指が拒まれる。
この時点で、ボクは視覚的に充分すぎるほどの刺激を受けていて。箍が外れていることに無自覚だっ
た。
「っ!」
目を覚ました進藤が身を捩ってこちらを見る。信じられない、そんな顔。
「ぃや、っ、塔矢っ」
ボクの指は座薬を追って、彼の内部へと少しだけ侵入していた。肌よりももっと熱い粘膜が押し包む
感触に、欲望が暴走する。
「ヤダ、や」
彼が健康体なら、とっくに突き飛ばされていただろう。そもそも、こんな場所に触る状況にはなりっ
こない。でも今の進藤は熱で意識がはっきりしてなくて、体もうまく動かせない。
「はぁ……っ、はぁ、イヤだ、っ」
座薬が熱い肉壁に溶かされて、ぬるぬるが指に絡みつく。夢中になって指を蠢かしながら、もう片方
の手で進藤のままならない上半身を抑えつける。
「やめろよぉ、ヤダよ、こんな、っ」
(8)
いつもの強気な彼じゃない。病は気から、そのまんま。そんな弱さすら、ボクを煽り立てる材料でし
かない。
「イヤ、ぅく、んっ、んん」
かぶりつくように小さな唇にキスをする。感染る?構うもんか。キミが欲しい。
どうして家に帰さなかったって?決まってる、こうしたかったから。下心があったからだ。綺麗事で
本音を隠して、尤もらしい事を言って。
誘うように潤んだ大きい瞳が。赤らんだ目元が。唇が。その熱い肌が。ボクを狂わせたんだ。
華奢な首筋に唇を滑らせると、びくりと反応する。体勢がきついので一旦指を引き抜き、もう一度完
全に仰向けにして脚の間に体を割りこませる。腿に当たる性器は熱のせいか恐怖のせいか縮こまって
いるみたいだった。可哀想に、そう思って、柔らかく握りこんで先端を弄くる。
「いや、やめてよ……塔矢、たのむ、から」
拒む口調が、少しだけ弱まった気がする。それに比して、握った性器の硬さと大きさが微妙に増した、
ような。先端を撫でる指に感じるぬるつきは、座薬とは違う。
苦しそうな呼吸の合間に、どこか淫らな響きの声が混じる。
「オレまだ……っ、わかんない、から、だから、っ、はぁっ、はぁ、」
「……何がわかんないの?」
質問しても、進藤は何度も首を振るだけ。何がわからないのかわからない、んだろうか。でも、ボク
とするのは嫌じゃない、そんなニュアンスが篭ってる。とか自分に都合よく捻じ曲げて、やってる事
を正当化しようとするボクは汚い。
「いたい、痛い、寒い……」
節々が痛むと訴えるのを無視して、ボクはパジャマの残りを脱がそうとボタンを外す。それを阻もう
と進藤が手首を掴んでくるが、振り払って続ける。身頃を大きく左右に開いて、胸にしゃぶりつく。
「ぁあっ……」
とうとう泣き出されてしまった。でもやめられはしない。
「っ、かったよ、も、ぜんぶ省略で、いいから、はやくやっちゃえよっ」
自棄になったのだろうか。何かとんでもない事を聞いてしまった。
「寒いし痛いし、だからさっさと終わらせろつってんの!」
余程辛いんだ。でも、受け容れてくれるって、本当に?いや、そんなの考えるのは後回しだ。
汗の浮く小さな鼻の頭に軽いキスをして、細い脚を性急に持ち上げる。ズボンのジッパーを下ろし、
ずっと出番を待っていたボク自身を取り出す。それを収める場所を探るのに手間取りながらも、どう
にか切先を宛てがい、そして、ぐっと力を込める。
「くぅ……!」
痛いのだろう、進藤が歯を食いしばって呻くのが聞こえる。ボクの先走りと、彼の内部にある溶けた
座薬が潤滑を少しだけ助けてくれてはいるが、挿れる方がこれだけきついんだ、挿れられる方は多分
もっと。
(9)
全部挿りきるまで、時間がかかった。進藤の中はめちゃくちゃ熱かった。そのせいでボクも汗だく。
「痛い?」
ボクの問いに、彼は可愛い顔を歪ませて小さく頷く。涙を零してしゃくり上げながらも、叫んだり喚
いたりせず、じっと堪えてくれている。それだけでもう爆発しそうだ。
「ごめん、外で出すの、間に合わなかったら」
傷つけたくないし、負担もかけたくない。でも、欲望のままに貪りたい。矛盾の落とし所はどこなの
だろう。
「はっ……ぁ、んっ、ったぃ、っ、はぁ、はっ」
ゆっくり揺さぶり始めると、やっぱり進藤は痛いと口にする。痛いだけで終わらせるのはあんまりだ
と自分でも思ったので、合間に感じそうな場所へキスをしたり、性器を擦ったりと、できるだけ快感
も与えるようにする。それが役に立ったかどうかはわからない。そのうち、自分が動くことだけに夢
中になってしまったから。
「あぁ、はぁっ、あ、あ、あ」
彼の喘ぎがボクを終わりへと急き立てる。痛いの?それとも気持ちいいの?
「あっ」
「あぁ……ごめん!」
結局、抜くのが間に合わず、ボクは進藤の中に放ってしまった。
その後は、惨憺たるありさまだった。
ぐちゃぐちゃに汚れた布団と毛布を交換し、進藤の体を拭いて着替えさせて。そこからが本番だった。
進藤はひどく腹を壊し、何度も手洗いに行く羽目になった。熱と行為のダブルパンチで足腰が立たず、
ボクの支えなしに歩けない。しまいには「もうトイレに住みたい」とまで言い出す始末。
そんなだから当然、次の座薬なんて使えない。最初に使った分は、ろくに吸収されなかったのではな
いかと思う。相変わらず熱は高い。
「……塔矢」
どうにか腹の具合も一段落し、敷き直した布団に入った進藤が呼ぶ。
「喉渇いた?」
「寝てないだろおまえ。ホラ、来いよ」
中から布団を持ち上げて隙間を作り、ボクを誘う。よっぽど妙な顔をしてたのか、彼は小さく笑った。
「ベロチューまでしといて、感染るとか今更だろ?ほれほれ」
いや、それ以上のこともしましたが、勘定に入ってないんですか。まあいいけど。
誘われるままに潜り込むと、熱すぎる腕が抱きしめてくる。
「挿れられて、出しちゃうとか思わなかった……キモチイイとか覚えてないのに、変なの」
耳元で囁く声は、ひどく艶めいていて。またしてもボクの鼓動を乱す。
「塔矢……治ったら、改めて、しよ」
気が付けば、もう陽は高く昇り。
ボクは彼の熱さに包まれて、まどろみに落ちた。