賭け碁
(21)
「バカ。お前バカ。バカ過ぎ。こんな無意味な事して。」
流石にアキラもむっとした顔になった。
「そんな言い方しなくても。好きな人の裸を他の男に見せて平気だったら、その方が
おかしいじゃないか。」
「あのな、そういうことじゃなくて。全部無駄!だったってこと。」
「?」
「オレ、あの話とっくに断ってたんだよ。」
「えっ?どうして?」
「ど、う、し、てだと?あのなあ。」
両手でがしっとオカッパ頭を捕らえた。
「オレがオマエのこと考えないと思うか?!」
「……あ…」
アキラの瞳が揺れた。ちょっと赤らんだヒカルの顔を、もっと赤い顔で見つめる。
「ごめん…」
「全くだ。」
「ごめんなさい。」
「フン。」
「ごめん、進藤。本当にごめん!ごめんごめんごめんなさいごめん!」
「あー、もういいから!」
放っておけば土下座でもしそうな勢いのアキラに掛布団を頭からかぶせた。
布団の塊となった恋人の首の辺りを抱え込むように抱きしめる。
「あのな、オレはけっこーオマエが好きなんだぜ。こんな体にされても許しちまう位にはな。」
「……」
「だから…もうちょいオレのこと、信じてくれねえかなあ。」
(22)
布団が僅かに振動した。それでうんと言ったのだと解る。
口があると思われる処に唇を押し付けた。
「……愛してるんだからな。」
小さな小さな囁きは、布団越しの耳に届いたかどうか。
塊がびくりと震えたことから察すると…
「だー!シャワーしてくるから!コレ被ってろ!」
真っ赤な顔で怒鳴って、ヒカルは浴室に駆け出した。
ふらつく足では速度は普通の歩み以下だったので、アキラがもういいかと顔を
出した時ヒカルの裸のお尻はまだ部屋に残っていた。
アキラはズキッときた下半身を叱りつけた。これ以上は本当にやばい。
音立てて浴室に消えた愛しい存在を思う。
ひどいことをしてしまった。あんなに優しい気持ちを貰っていたのにも気付かず。
「…ゴメンナサイ。」
ああ、だけど頬が緩んで仕方ない。嬉しくってたまらない。
「アリガトウ。」
これをちゃんと言わなくては。誰より優しいアキラの恋人に。
それと、彼がくれたのと同じ囁きを。
ひとしきりアキラは幸せを噛み締めた。
さて、彼が風呂からあがる前に片づけをしよう。見て思い出すのは嫌だろうし。
新聞紙に積もったものを集めて、ティッシュで幾重にも包みタッパーに入れて
大切に引き出しの奥にしまった。真の目的は別にあったが、この行為は物凄く
楽しかった。もうさせてはくれないだろうな。
(23)
そういえば、彼のお願いは何だったのだろう。
床を見渡しても、ある筈の彼の紙が何処にも無い。アキラのはちゃんとあるのに。
「…?飛んじゃったのかな?」
結局それは、浴室脇の屑入れから見つかった。
アキラはそれを見て―――ガックリ崩れ落ちた。
ミミズの這ったような個性溢れる文字をヨミ切れば、こうなったのだ。
『 旅行しよう どこでもいい 2人で行きたい 』
勝つんじゃなかった…
後悔の海に深〜く潜水していたアキラはやがてゆるりと浮上し始めた。
考えてみれば、これこそわざわざ賭けなくたって、言ってくれれば良いことではないか。
自分がズレていると言うならば、彼だって相当だ。
妙な所で似た者どうしな2人である。
アキラは、彼のいる曇りガラスの扉を見やってにっこり微笑んだ。
「さて、どこに連れてってあげようかな。」
―おしまい―