金魚

(53)
 「ん…眩し…」
枕元の時計を見ると、起床時刻を二時間も過ぎていた。ヒカルはまだ眠っている。腕の中に
抱き込んでいた彼の頭をそっとはずす。肩の感覚がなかった。
 昨日のことは夢ではない。大好きなヒカルと一晩過ごしたのだ。だけど、素直に喜べない。
彼はどう思っているだろう。彼は昨日酔っていたし、かなりショックも受けていた。
 ヒカルは目を覚ます気配がない。アキラは寝床を這いだし、彼に布団をかけ直した。
そして、半分眠っている身体をすっきりさせるため、浴室へと向かった。

 アキラが再び部屋に戻ったとき、ヒカルは布団の上に起きあがってボンヤリしていた。
自分がどこにいるのか把握できていないらしい。
「進藤?」
アキラが声をかけると、ヒカルはきょときょとと辺りを見回した。
「進藤…」
もう一度呼ぶと、彼は漸くアキラの方を向いた。

(54)
 寝ぼけ眼から少しずつ瞼を持ち上がる。終いにはこれ以上ないくらい大きく開かれた。
「……!あ…と、と、塔矢…!?」
ヒカルは慌てて布団を引き寄せ、身体を隠した。
「おはよう。」
「お…おは…おはよ…」
「気分はどう?お腹空いてない?」
ヒカルは大きく首を振った。そして、顔を真っ赤にして俯いた。
「昨日のこと覚えてる?」
――――――忘れてないよね。進藤。
アキラは、ヒカルの側に膝をついて、顔を覗いた。不安だった。もしも、昨日のことは
忘れて欲しいとか、酔ったはずみだったとか言われたら立ち直れないだろう。
「オレ…オレ…昨日は…酔ってたから…その…」
 顔から血の気が引いていくのがわかった。アキラは膝に置いた手を握りしめた。
「いつもはあんなムチャクチャじゃないんだ…!ホントだよ。オレ…」
ヒカルは赤い顔で一気に捲し立てた。
「オレ、オマエがずっと好きだったから…酒の勢いを借りて…そしたら…そしたら…」
アキラはヒカルを抱きしめた。

(55)
 「痛…!」
彼が顔を顰めた。
「ゴメン…」
慌てて離れようとしたアキラにヒカルは抱きついた。
「…へへ…気持ちいい…」
うん。好きな子を抱きしめるのは気持ちがいい。
「でも、昨日はすごく痛かった…」
「うん…ゴメン…」
オマエは謝ってばっかりだとヒカルは膨れた。
「……ホントは、ちょっとだけ気持ちよかった…」
ヒカルは恥ずかしそうに笑った。アキラも笑う。すぐに笑いは収まって、二人とも黙って
抱き合った。
「本当は、不安だった。一夜のアヤマチって言われたらどうしようかって…」
ヒカルの肩に顔を埋めた。彼はアキラの髪に手を差し入れて、優しく梳いてくれた。
「オマエこそ…オレでいいの?オレ、男だし…」
「うん。」
こうして触れあえるだけでいい…それだけで十分…
 しばらくそうしていたが、ヒカルのお腹がささやかに自己主張し始めた。
「ムードねえな…オレ…」
アキラは笑った。大きな声で笑った。
「お風呂入っておいでよ。ご飯食べよう。」

(56)
 「塔矢ぁ、どこぉ――――――――?」
玄関の方からヒカルの声がする。「いないの?」と、大きな声で何度も呼んでいる。
 アキラも負けず、大きな声を出した。
「こっちだよ。庭に回って。」
 しばらくすると、ヒカルが姿を見せた。彼は、縁側に座っているアキラの側に置いてある
ものに気が付いて「わぁ」と駆けてきた。
「あ〜金魚じゃん!可愛い。」
 丸い金魚鉢に赤い金魚が一匹。天気のいい日に一緒に日向ぼっこ。
「これ、流金?目がでかいから出目金か?赤いのもいるんだ…」
ヒカルはすっかり夢中になっている。彼も魚は好きらしい。よく、棋院のバーチャル水槽を
見ている。
「名前あるの?」
金魚に視線を向けたまま訊ねられた。
「ヒカル…」
「なに?なあ、名前つけたの?」
「だから、ヒカル。」
ヒカルは、始めは間の抜けたような顔をしてポカンと口を開け、次に顔を真っ赤にした。
それはもう金魚に負けないくらい見事に赤く…
「バカ!そんなんだったら、オレも金魚飼って“アキラ”ってつけるぞ!」
 アキラは笑った。
「いいね。ボクのは黒い金魚にしてくれ。」
「ふざけるなよ。バカバカ!」
「それで、毎日、キミが名前を呼んでくれたら、最高だな。」
 ヒカルは赤い顔のまま、ひたすら「バカ」と言い続けていた。

おわり

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