枕元

(1)
 紅葉の盛りが終わるとすぐ、気の早い街は赤と緑に飾り立てて賑やかだ。
大きなショーウィンドーの中で赤いマフラーの人形たちが楽しげに踊る中は
彼風に言えば「ニセモノの雪」が降っては巻き上がり、止むことを知らない。
あちらこちらの街路樹には電飾が巻きついて、光を放てる夜を待っている。
注意しないとぶつからずに歩けないほど人の多い街はどこからも陽気な歌が聞こえてきて、
一人でいるには寂しく思える場所だった。
さて、進藤ヒカルはどこにいようと一人ではない。隣に後ろに、時に前に必ず彼がいる。
それはとてもいいことで、でもたまに厄介だった。丁度今がそんな時だ。
―――この時代は賑やかだ賑やかだと思ってましたけど。最近は特にけたたましいですね。
―――あー、そりゃあだってクリスマスだしな。
そんな会話がはじまり。
―――栗…須磨…、何ですそれ。
しまった。余計なことを言った。
彼が好奇心旺盛犬コロモードになったらとことん納得するまで質問攻めに遭うのだ。
テレビだの電車だの信号だのにいちいち絶叫する佐為にはおもしろいを通りこして
ぐったりさせられた。
最近はその頻度も落ち着いてきたけど、こんな風に珍しいものを見たときはたちまち
ぶり返すんだからくたびれる。
―――うんと、まずサンタから教えないとダメかな…
―――さんたですか。

(2)
ヒカルはカフェの前でビラを配っているサンタ姿の男性に目を向けた。
―――あの赤いおじさん、あれがサンタで世界中の子どもにプレゼントくれる人なんだ。
―――おお、あの人が!なんと徳の高いことを…
―――あー、あれはただサンタのカッコしてるだけの人なんだけど。
―――では本物は何処に?
―――……本物…ってのもいないんだなあ。
―――???? 全く解りませんよヒカル。

だからクリスマスと言うのは世界中の人がお祝いする楽しい日の事でサンタクロースは
子どもたちにプレゼントを配って回る気のいいおっさんで、子どもはみんなサンタが
好きなんだけどそれは本当は嘘で親がサンタに成りすましてプレゼントを置いてるだけで
何でそんな嘘をつくのかと言えば子どもが喜ぶので夢を与えるってことでやってるので、
親も子も楽しいからそれはいい嘘なんだ、子どもは大きくなってサンタがいないと
知るんだけど楽しかったからやっぱりそのままサンタが好きでいるのでクリスマスは
大人も子どももにこにこする日なんだ と、ヒカルのヘタクソな説明で平安貴族が
理解した時には日が落ちていた。
―――わかりました。今日はそのくりすますだからとってもいい日なんですね!
――― ……………今日じゃなくて…あー、もうやだ。
本番はまだまだ先のことと説明するのにヒカルはますますくたびれた。
帰り道は電飾の灯った木々がずっと続いていて、佐為が大喜びしたので
ヒカルは帰りが遅くなって得したかなと思い直した。
―――こういうの好きか?ちゃんとしたツリーも今度見せてやるよ。
いつもよりゆっくり、二人で歩いた。

(3)
―――ヒカルはいつまでさんたさんがいるって信じてました?
―――ん――…8歳かそのへんだったかなあ。
―――そうですか。どうしてわかったんです?
―――うーんとなあ… なんか周りの友達とかがそろそろ信じなくなっててさー、
あれはお母さんなんだぜーとかの話が聞こえたりしたし。後はなあ…プレゼントが
欲しいのと違ったりして。
―――何が欲しかったんですか?オモチャとかマンガ?
―――はは、サンタにそんなの頼まねーよ。オレ金斗雲が欲しかったんだ。
ヒカルは頭の中にドラゴンボールのアニメを思い浮かべた。
―――おお、子どもが空を!すごいすごい、雲が自在に飛ぶのですか!
その映像を見た佐為が仰天するのをヒカルはおかしく見つめた。
―――それ、オハナシだから本当にはないよ。
―――なーんだそうですか。
袖を口元に当ててしょんぼりする佐為は子どもの表情だ。
幽霊だって空は飛びたいもんなんだなと考える。
―――な、オマエも欲しくなるだろ?オレすんげーこれ欲しくて。
お母さんがサンタさんに何お願いしたのって聞いたらオレ金斗雲貰うんだー!!
って威張ってたらしいぜ。お母さん困ったってさ。
息子が幼い頃の、うっとりするほど幸せな会話の数々を話して聞かせる母親は
優しい目をしていた。そんな時はこそばいながらも遮らずに話を最後まで聞いている。
ヒカルにとっても幸せな記憶だ。

ヒカルは本当に小さかった。あんなにわくわくしたり、必ず訪れると解りきっているはずの
その日が本当に来るのか不安になったり何度も何度もカレンダーを指でなぞったり、
いっぱい寝たら早くクリスマス来ないかななんて真剣に計算したりした頃。
昔を思い出して、今の自分と比べてみる。
もうあんな気持ちにはならない自分がちょっとさびしい。

(4)
―――金斗雲貰ったら学校まで空飛んでいって皆にすげーすげー言われて、
それから海の上まで飛んでってーとか、楽しみだったなあ。
―――ふふ。想像できますよ、ちいさなヒカル。無邪気だったでしょうね。
―――でも朝起きたら、プレゼントの箱がちっちゃいんだよ。
えー、金斗雲こんなのに入るのか?って急いで開けたらオモチャのロボットだった。
それで、ああ、空は飛べないんだ。サンタも普通の人なんだって思って。
なんとなーく冷めてって信じなくなったの。
――― 大人になるときっていうのは、さびしいものですね。
―――まあ解っちゃえば別に悲しいとかはないよ。
それよりお母さんが、オレの寝てる間にこっそ〜り入ってきてプレゼント
置いててくれた事考えたら、その方がなんかせつねー。
大人になると、光いっぱいの幸せな記憶に切なさが混じって色が変わる。
――― …ヒカルも親になれば、同じように子どもの所へ忍んでゆくのでしょうね。
―――オレの子かぁ。考えらんねーけどな。
ヒカルの子どもを見て佐為は何と言うのだろう。
きっと可愛い可愛いと大騒ぎするに違いない。口が似てる目がそっくりと
はしゃいでくれるだろう。
―――初めてプレゼント置く時はどんな気分なんだろな。オマエも一緒に置かせてやるぜ。

遠い未来を思って二人は笑った。
この時は二人一緒の未来があると信じていた。
大人になると、幸せな記憶の色が切なく変わる。
そしてだからこそいとおしい思い出になるのだ。
ヒカルは毎年街が赤と緑に染まる度この日々を思い出して眩しく瞳を閉じることになる。

(5)
24日。やっと今日がくりすます本番なのに、ヒカルは学校で終業式の長いお話を聞き
ボロボロの通知表を受け取り大掃除でワックスに足を取られかけるなど余り
楽しい目に遭っていない。
せっかくのこの日、もっといい思いがしたいと佐為は思う。
あの夜から佐為はずっとわくわくした気分でヒカルに教えてもらった「本番」を待っていた。
(本当の本番は25日だけどどういうわけか前日の方が盛り上がるのだとは、
もうめんどくさくてヒカルは黙っていた)

学校の門を出たヒカルに佐為はしがみついた。
―――ヒ〜カ〜ル〜。つりー見に行きましょう、行きましょう〜〜
―――今からあ? 早いよオマエ。
―――見たい見たい見たいんです〜
あの綺麗な木を佐為は大層気に入り、この2週間ほどヒカルはわざわざツリーを見るため
だけに電車に乗って名所巡りをする羽目になっていた。
もうクリスマス気分は満喫しきってお腹いっぱいである。
―――今日が一番見たいんです。行きましょう〜。
平安幽霊、クリスマスに夢中。
しょうがないか。ヒカルはマフラーをきつく締め、寒くなったら帰るからなと念を押した。
結局は佐為の笑顔に負けて、たっぷりツリーの前で過ごすことになるんだろうけど。

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